2008/07/20 - 2008/07/27
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mas98765さん
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ローマと言えばコロッセオです。まずはここへ行きました。地下鉄コロッセオ駅の目の前にあるので便利です。駅前から写真のような景色がみえます。向こう側に渡るのに、信号がないのでちょっと苦労します。古代ローマ帝国の円形闘技場です。ちょっと壊れています。西暦72年にヴェスパシアヌス帝が建て始め、息子のティトス帝が完成させました。庶民を喜ばせて、社会問題から目をそらすのが魂胆でした。もともと、ここはネロ帝の黄金宮殿の一部で、ネロ帝の巨像(コロッソ)があったためコロッセオと呼ばれ、これが現在世界中にあるコロシアムの語源になっています。4階建てで、1階がドーリア式、2階がイオニア式、3階がコリント式、4階がアーチなしのコリント式だそうですが、予習不足もあって、わたしには区別がつきませんでした。
(注意)最新の旅行ではありません。行き当たりばったりで旅行に出かけていた頃の写真をまとめたもので、ガイドブック程度の写真と説明しかありませんが、よかったら参考にどうぞ。
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別の角度から見ると、こんな感じです。
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中に入ります。入場券を買う人が並んでいましたが、朝早く行ったのであまり混んでいませんでした。
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無残に壊れかけています。その昔は屋根と床があったらしいです。内側から見ると3階建てのようですが実際は4階あって、1階席は元老院や上層階級、2階席はローマ市民、3階席は下層階級や解放奴隷、4階席は女性というように区別されていたそうです。
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当時の座席のほんの一部が今も残っています。
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昔あった床(アリーナ)がなくなって、地下が見えています。
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別の角度からも見てみます。
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地下には、準備室や倉庫、ライオンの檻などがあったらしいです。
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別の角度からも見てみます。
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これは、夜に撮ったものです。こんな感じでライトアップされます。もっと派手なライトアップをイメージしていましたが、意外に地味でした。
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次は、カラカラ浴場に行きます。コロッセオ駅の隣のチルコ・マッシモ駅で地下鉄を降りて、南東に延びる大通りに沿って歩くと右側にあります。西暦235年にカラカラ帝が建設した浴場です。浴槽の他、アスレチック施設や図書館、商店がついた複合レジャー施設で、しかもただ同然の安い料金だったそうです。この派手な建物がローマ帝国の財政を悪化させ、帝国崩壊へと導いたようです。
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カラカラ浴場の内部は、いたるところに高い壁があります。予習不足で、どこがどこかさっぱり分かりませんでした。現在のカラカラ浴場には、浴場どころか自動販売機さえも見つかりませんでした。暑い最中で、喉がカラカラでした。
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ローマ帝国時代のモザイク模様の床が今も少しは残っています。
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風呂の跡のようです。
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コロッセオに戻ります。すぐ近くに、コンスタンティヌスの凱旋門があります(向こう側にコロッセオが見えています)。コンスタンティヌス帝がミルヴィオ橋の戦いに勝利したのを記念して建てたもので、ローマ最大の凱旋門です。
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コロッセオからみて、コンスタンティヌスの凱旋門の裏側にフォロ・ロマーノがあって、坂道が内部にのびていましたが、出口専用のようだったので、遠回りして入りました。フォロは、今のフォーラムの語源になっている公共広場で、古代ローマの人々はここで集会や裁判、商業活動や討論を行いました。当時のガイドブックには無料とあったのに、無料ではありませんでした。説明板があるわけではなく、予習していなかったので、何が何だか分かりませんでした。後でガイドブックの写真と比較すると、この写真で左側に見える柱が並んだ建物は、カンピドーリオの丘近くの、サトゥルノの神殿のようです。
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左側に見えるのはセヴェルスの凱旋門で、セヴェルス帝を記念して建てられました。右側に見える1本の柱はフォカス帝の記念柱です。右奥に見える3本柱がカストルとポルックスの神殿です。フォロ・ロマーノはとにかくゴチャゴチャしていて、よく調べないと何が何だかさっぱり分かりません。
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フォロ・ロマーノの中にある元老院の建物(クーリア)です。古代ローマの共和制時代に政治の中心となった建物ですが、あいにく最近再建されたものです。しかも訪れた時は中にも入れなくて面白くも何ともありませんでした。
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これはレジア(王宮)です。
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フォロ・ロマーノの横には小高い丘があります。パラティーノの丘といいます。歴代の皇帝がここに住みました。宮殿を意味するパレスという言葉はここから来たそうです。
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カピトリーニ美術館に行きました。ここには、カピトリーノの雌狼というブロンズ彫刻があります。伝説によれば、ローマはオオカミに育てられた双子ロムルスとレムスの1人ロムルスによって建国されました。だからこれは、ローマのシンボルであり宝です。この彫刻のうち双子は後から付け加えられたもののオオカミはかなり古くから存在したと考えられていましたが、つい最近になってオオカミも比較的新しく、あまり価値がないことが分かりました。彫刻を見張っていた係員の女の人に写真撮影を頼んだら断られました。また、入口付近でうろうろしていたら怪しまれて、チケットは持っているかと尋ねられました(それだけの理由で)個人的に面白くない美術館です。
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スペイン広場に行きました。その昔、上に見えるトリニタ・デイ・モンティ教会が崖の上にあり、信者が苦労したのでこの階段を作ったそうです。かつて近くにスペイン大使館があったため、この名があるようです。階段には多くの観光客が腰をおろして休んでいます。こうした所では、スリも観光客に混じって獲物をねらいます。
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スペイン階段を起点にコンドッティ通りが西にのびています。両側には高級ブランドショップが並んでいます。わたしはブランド物には興味がないので、こうした通りは退屈で仕方がありません。
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トレヴィの泉に行きました。地下鉄の駅を降りてここに来るまでに結構迷って、道を尋ねました。後ろ向きにコインを投げるとローマへもう一度戻れるという言い伝えがある有名な泉です。観光客でごった返しており、誰もコインを投げ入れていませんでした(禁止されていたかも)。
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トレヴィの泉では、泉と観光客だけでなく、後ろにそびえるポーリ宮という建物と彫刻も見る価値があります。
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パンテオンに行きました。古代ローマ時代の神殿であり、街中にありながら壊れもせず、そのままの姿をとどめている驚異的な建物です。パンテオンとは全ての神という意味で、紀元前に最初の神殿が建てられましたが火事でなくなり、西暦118年にハドリアヌス帝が建て直したものが今でも残っています。一般に古代ローマ時代の建物は中世になって、他の建物を作る材料を得るためことごとく餌食にされてしまいましたが、この建物はキリスト教会に変身したため、災難を免れたようです。
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パンテオンの内部です。この世知辛い世の中にあって、無料で入れるのは嬉しいです。無料だけあって、中には人がウヨウヨしています。8つの祭壇があって、かつて神々が祀られていましたが、今では国家的な功労者を祀っています。有名な芸術家ラファエロの墓もここにあるらしいのですが、予習不足でうっかり見逃してしまいました。
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パンテオンの天窓です。古代ローマ時代に建てられながら、天窓があってモダンな感じを受けます。直径9mもあるらしいのですが、建物自体が大きいためか、かなり小さく見えます。この天窓が唯一の光源ですが、結構明るく中を照らしています。ところで雨の日はどうなるのか疑問に思いましたがよく知りません。透明なガラスがあるのでしょうか、フタをするのでしょうか(ガラスかもしれませんが、昔はどうだったのでしょうか)。
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パンテオンの柱を通して中から外を見ます。この柱が厳かな雰囲気を作っています。
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ナヴォーナ広場です。ローマを代表する広場の1つで、観光客だけでなくローマ人もここで休憩するらしいです。ドミティアヌス帝がここに競技場を作ったのが始まりだといいます。個人的には、夏の暑い中で日陰さえもないつまらない所でした。手前にあるのはネプチューンの噴水です。向こうのオベリスクの所にも四大河の噴水というのがあり、一番向こうの端にはムーア人の噴水というのがあります。右側に見えるのは、サンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会です。
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マダーマ宮(上院)です。日本でいう参議院です。守衛さんがイカメしい顔をして立っています。
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サンタ・マリア・イン・コスメディン教会に行きました。教会の長い名前は馴染みがありませんが、この中にある真実の口はとても有名です。鐘楼がある珍しい教会でもあります。
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真実の口です。道路から既に見えているので意外です。嘘つきは手を食べられてしまうといいます。わたしは正直であることが証明されました。この怪物は古代ローマのマンホールの蓋らしいです。開館直後に訪れ、ゆっくり写真撮影が出来ると思っていたら、後ろから韓国人団体客が押しかけ、そのうちの1人に写真を撮ってもらいましたが、オゾい携帯のカメラだったためピンボケで、早く早くというブーイングの中、必死で撮り直してもらいました(記念写真は公開しません)。
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マルケルス劇場です。カエサルが建設を始めアウグストゥスにより完成された円形競技場で、コッロッセオの手本になったといいます。右側に見える3本の柱は、紀元前5世紀頃に建てられたアポロ神殿の柱です。
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アウグストゥスの墓です。こんなに有名な皇帝の墓なのに、工事中で柵の隙間から写真を撮ることしか出来ず残念でした。当時エジプトのアレキサンドリアにあったアレクサンダー大王の墓を真似して作ったのだそうです。
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チルコ・マッシモです。だだっ広いただの広場のようですが、古代ローマ時代のとてつもなく大きな円形競技場だったらしいです。タルクィニウス・プリスクス王が造ったと言われます。正面にあるのが真実の口で有名なサンタ・マリア・イン・コスメディン教会です。写真には写っていませんが、右側に茶色い岩山のように見えるパラティーノの丘がとても綺麗でした。チルコ・マッシモにはニセ警官が出没するなど、危ないことがあるらしいです。
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