2010/02/03 - 2010/02/03
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花好京人さん
京都で節分の厄除けのお参りは、子供の頃は吉田神社か壬生寺と思っていましたが、今では色々な社寺で節分祭や節分会の行事が行われています。1~2箇所の社寺でメインの行事の時間にゆっくりとお参りするのが本筋ですが、今回はできるだけ多く回ってみることにしました。
今回ご紹介するのは、①吉田神社、聖護院、須賀神社、熊野神社、平安神宮、廬山寺、下御霊神社 に続く ②八坂神社、ゑびす神社、六波羅蜜寺、因幡薬師、壬生寺です。この後 ③だるま寺、大将軍神社、北野天満宮、千本釈迦堂、千本えんま堂に続きます。
- 交通手段
- 自転車
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日本3大祭の一つ、祇園祭が行われる八坂神社でも節分祭が賑わっていました。
300円の籤引つきの福豆を買って、その場で当るというので大勢の人が並んでいました。 -
八坂神社は、ヤマタノオロチ(八岐大蛇=あらゆる災厄)を退治したスサノヲノミコト(素戔嗚尊)、クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)、ヤハシラノミコガミ(八柱 御子神)を祀っています。
八坂神社は、平安建都の約150年前の斉明天皇2年(656)に創建されたと伝えられています。日本各地に現在も約3千の分社があります。
八坂神社はながらく、「祇園社」「感神院」などと称しましたが、明治維新の神仏分離にともなって、「八坂神社」と改称しました。 -
八坂神社本殿
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2日の13時からは先斗町、15時からは宮川町、
3日の13時からは祇園甲部 、15時からは祇園東の
花街のきれいどころの舞踊奉納と豆まきが行われます。
今様の奉納は3日の11時からあります。 -
八坂神社から西へ四条通を進みます。
花見小路で左に折れ南に向います。
京都では南に行くことを「下がる=さがる」、北に行くことを「上る=あがる」といいます。
なぜかと言いますと京都は標高が北のほうが高いのです。私の記憶違いでなければ、東寺の塔の天辺と北大路通りの標高とがほぼ同じだそうです。 -
花見小路を南に進みます。
道路は石畳で風情があります。
ただし車も通りますので注意が必要です。 -
建仁寺の境内を通り西門を出て左に折れて進みますと右手に「ゑびす神社」があります。
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京都ゑびす神社は西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすと称され、「えべっさん」の名で親しまれています。
その起源は約800年前土御門天皇の建仁2年(1202年)に禅の祖といわれる栄西禅師が建仁寺建立にあたり、その鎮守として最初に建てられたものです。 -
今日多くの方はゑびす様と言えば「商売繁盛の笹」をイメージされますが、ゑびす信仰の象徴とも言える笹は元来京都ゑびす神社独自の「御札」の形態が広まったものです。
笹は縁起物の松竹梅の竹の葉で「節目正しく真直に伸び」「弾力があり折れない」「葉が落ちず常に青々と繁る」といった特徴から家運隆昌、商売繁盛の象徴となりました。 (京都ゑびす神社のホームページ) -
2つ目の鳥居にはゑびすさんの顔がかかっています
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京都ゑびす神社の本殿
節分祭は午後6時より、本殿にて悪魔払いの神事がおこなわれます。
神主・巫女による福豆まきとこぶ茶の無料接待があります。 -
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ゑびすさんの像
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ゑびす神社の一角に名刺塚、財布塚がありました。
松下幸之助氏と京都実業界重鎮の吉村孫三郎氏の名前も見えます。 -
ゑびす神社を下がって六波羅蜜寺に行きました。
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節分会の行事としては、2月3日午前11時から星祭特別祈願会、14時から昆布茶、清酒の無料接待、14時50分から福豆まき、15時から古式に依る追儺式 京都中堂寺六斎会による六斎念仏、15時30分から福豆まきが行われます。
アクセス:市バス206「清水道」、「五条坂」 -
六波羅蜜寺に14時50分に着いたときにはもう人だかりでした。
六斎念仏(ろくさいねんぶつ)は、鉦や太鼓ではやし、念仏を唱えながら踊る民俗芸能で国の重要無形民俗文化財の一つです。 -
下京区の大宮通より西は西新道、北は松原から南は丹羽口通を中堂寺と呼びます。
元禄10年頃に始められた中堂寺六斎は別名を八右衛門六斎ともいわれます。、中堂寺にいた八右衛門という人が大変六斎に熱心で、自らの家屋敷を開放して練習場所に当てたりなど中心的な存在だったからです。一旦途絶えましたが、昭和21年に復活しました。
町内に棚経があるだけで、地元に定例の公開場所といえる本拠地はありません。近くの壬生寺をはじめ下鴨神社や伏見稲荷など各地で活動しています。 -
豆まきです。撒かれる豆は3粒ずつ紙に包まれています。
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六斎念仏
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六斎念仏
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福神信仰は、室町時代における京洛の民間信仰で、京都が七福神の発祥の地です。
六波羅蜜寺の境内には、美や音楽、技芸、弁舌、学問の神様、弁財天が祀られています。
残る6福神は、先ほどの「ゑびす神社」の恵比須神。七福神で随一、日本固有の商売繁盛の神様です。
慈愛同仁、寿福円満、開運招福、商売繁盛の神様である松ヶ崎大黒天の大黒天、多聞天の別名をもつ武勇の神様で元はインドの財宝福徳を司る神様である東寺の毘沙門天、中国に実在したお坊さんで福徳円満の神様である万福寺の布袋尊、幸福と富貴と長寿神様である赤山禅院の福禄寿、人の寿命を支配する星の化身である革堂の寿老人
です。 -
因幡薬師
少将橘行平(ゆきひら)が、長徳3年(997年)、因幡国司としての任を終えて帰京の途中、重い病にかかり、夢のお告げに従い、「因幡国の賀露津(かろのつ)の浦から波間に光るものを引き上げてみると、それは等身の薬師如来の像であった。この薬師像を祀ったところ、行平の病は癒え、京に帰ることができた。この薬師像は天竺(インド)の祇園精舎の四十九院の1つ、東北療病院の本尊であった。行平は薬師像をいずれ京に迎えると約束して因幡を後にしたが、その後因幡を訪れる機会がないうちに長い歳月が過ぎた。その後、長保5年(1003年)4月7日のこと、行平の屋敷の戸を叩く者がある。戸を開けてみると、それは因幡からはるばる虚空を飛んでやってきた薬師像であった。行平は高辻烏丸の屋敷に薬師像を祀ったといわれています。
節分会があると聞いて立ち寄ったのですが、ひっそりとしていました。 -
壬生寺は、吉田神社と並ぶ京都で節分のお参りする人が多いお寺です。
京都では珍しい律宗の大本山の寺院で、本尊は地蔵菩薩です。中世に寺を再興した円覚上人による融通念仏の「大念仏狂言」を伝える寺として、また新選組ゆかりの寺としても知られます。壬生寺は通称で、正式には心浄光院宝憧三昧寺といいます。 -
狭い通りに露天が立ち並び人で混雑します。
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壬生寺の節分会では、恒例の大護摩供養、山伏、稚児のお練り供養、厄除け護摩祈祷、星祭と様々な祭事が行われます。
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お馴染みの炮烙(ほうらく)には、年齢・性別を書いてお寺に奉納します。 節分前から事務所に準備されていますから早めに書き込むことも出来ます。 このように集まった多くの炮烙は4月の壬生狂言の演目の中で割られ、厄除けになると言われています。
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2月の節分にも壬生大念仏狂言「節分」が上演されます。 2・3日の各両日に8回演じられ無料で見せて頂けます。
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幸福堂です。大きな店ではありませんが、「金つば」を買い求める客で行列ができます。
1個150円で、店内で焼いているので、焼きたてがもとめられます。 -
こちらは新撰組を支援した八木家が経営する鶴寿庵京都鶴屋です。歯ごたえのある餅に京野菜の壬生菜を刻み込んで入れてある「屯所餅」を売っています。1個140円。
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鶴屋では、茶房で一服して御餅とお茶を味わうことができます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- morino296さん 2010/02/11 18:30:41
- 節分社寺巡り
- 花好京人さん
こんにちは。
?に続いて、楽しませていただきました。
壬生寺の炮烙、こうして納められれうのですね。
壬生狂言のクライマックスで、炮烙が割られた時は、
余りの多さに驚きましたが、納得ですね。
morino296
- 花好京人さん からの返信 2010/02/11 20:45:48
- RE: 節分社寺巡り
- morino296さん
こんばんは
> ?に続いて、楽しませていただきました。
>
> 壬生寺の炮烙、こうして納められれうのですね。
> 壬生狂言のクライマックスで、炮烙が割られた時は、
> 余りの多さに驚きましたが、納得ですね。
度々書き込みいただき有難うございます。
お参りされる方の多くはほうらくをお買いになっておられました。
割った法楽はどう処分されているのでしょうね。
随分多いですが。
花好京人
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