2010/01/09 - 2010/01/13
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sikizakuraさん
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写真は、先日引退した大横綱の人形ではありません。漢陽陵の陪葬坑から出土した兵士俑です。でも、よく似てますね。驚きました。
漢陽陵博物苑は、前漢王朝第四代景帝の陵墓を中心とする陵園と、そこから出土した副葬品や遺構などを展示した三つの博物館(地下遺址博物館・考古陳列館など)から成る、中国でも最大面積の博物館だそうです。
ここでは、始皇帝の兵馬俑との大きな違いに驚きました。
そこで、何がどう違うのか、またその違いはなぜ生じたのかなどと考えながら見学しました。
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漢陽陵全体の地図です。ピンク色の部分は、帝陵陵園、グリーンの部分は陪葬陵園。双方を合わせると始皇帝陵よりも広いと言われてます。
中央の緑色の四角形が、景帝陵と皇后陵です。 -
まず、真ん中の星印の場所で車を降りました。
ここは、景帝陵の東側正面です。
陽陵は前漢4代目皇帝である漢景帝と皇后の合葬陵墓ですが、「異穴同葬」という形式をとっています。一つの陵墓に合葬するのではなく、別々の陵墓を作っています。日本ではこういうのは合葬とは言わないと思いますが?? -
階段の向こうに見える山が景帝陵です。普通の小山にしか見えません。
赤いじゅうたん(?)が敷いてあるのはびっくり。 -
あの有名な地下博物館の入場券は、ここで買います。
あまり人気が無いのか、知名度が低いのか、この時の見物客は我々だけでした。 -
西漢皇帝陵群のひとつ、陽陵であると書いてあります。
中国では、前漢のことを西漢と言うらしいです。
つまり、前漢は西の長安に、後漢は東の洛陽に都を定めたからです。 -
遠くに皇后陵が見えます。景帝陵と400m離れているとのことですが、もっとあるように感じました。
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景帝陵は塀で囲まれていたそうです。もちろん、今はその遺構しか残っていません。
南門は復元され、現在はその遺構を保存展示するための展示館となっています。
この展示館には行っておりません。遠くから眺めるだけ。 -
景帝陵の前には広く長〜い参道が続いています。
先ほどの地図にもありましたように、中国では、これを神道と呼ぶらしい。 -
地下博物館の入口が見えます。
地下なので、地上から見えるのはこれだけです。
今立っている場所の下が博物館となっています。 -
入口前の壁面には、前漢の各皇帝のレリーフと簡単な説明書きをした石板(?)が並んでいます。
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これが、この陵墓の主、景帝の石板(?)です。
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地下博物館の入口です。
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「漢陽陵帝陵外蔵坑」と書いてあります。
中国名では、帝陵外蔵坑遺跡保護展庁が正式名称だそうです。 -
入るとまず、靴を青のビニールで被せるように言われます。
なぜ??それは後で分かります。 -
最初に、景帝陵の模型
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陵墓と門の間に縦の筋が見えますが、これが地下陪葬坑です。
この陪葬坑の一部分の上に建てたのが、この博物館です。 -
歩きながら撮ったらピンボケに。頭もややピンボケ気味かな?
陪葬坑を囲むようにコの字にガラス張りの廊下が続きます。 -
入って直ぐの廊下からガラス越しに見える陪葬坑
入口側からではよく見えませんね。
この廊下は向こう側につながっています。 -
陪葬坑が並んでいます。
その両側がガラス張りの廊下です。 -
奥の廊下は、陪葬坑の上に掛けられています。足元もガラス張りです。
入口で靴を青いビニールで被うよう言われた理由がここに来て分かりました。足元のガラスを汚したりキズつけたりしないためでした。 -
こんな感じです。真上からよく見えます。
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ここでは、掘り出した当時のままの姿で保存しています。
兵馬俑のように、補修して並べたりしていません。 -
こんなふうに埋まっていたんですね。
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豚などの家畜や壷などの生活用品なども、
兵馬俑では見られなかったものです。 -
こんなふうに立ったままの姿で埋まっていたところも、
漢陽陵では、兵士俑だけでなくすべての俑が、景帝陵に向いて並んでいるそうです。
これに対して、始皇帝の兵馬俑では、墓陵を背にして立っていると、ガイドさんが説明してくれました。
兵馬俑は来世でも始皇帝を守るために副葬されたのに対して、景帝陵では、景帝の威厳を示すものに過ぎない、ということでしょうか? -
端の陪葬坑は、このようになっています。
陪葬した当時の姿を再現したものだそうです。
兵馬俑では青銅製馬車でしたが、ここでは木製です。 -
このように、人形に服を着せ、木枠と囲んでいたということが分かります。
上から人形に直接砂を被せたわけではない、とガイドさんが説明してくれました。 -
この先の階段をさらに下ります。
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陪葬坑と同じ高さまで降りてきました。
ここは、陪葬坑をすぐ横から見学できるようになっています。 -
手間は豚で、奥は犬のようです。その数も数百はありそうです。
兵馬俑では、一つ一つ作っていたが、漢陽陵では、型にはめて、同じものを大量に作成したと、ガイドさん。 -
馬車をひく四頭の馬のようです。
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人俑は、いずれも手がありません。チョッと異様な感じがします。
これは、手を木で作ったためだそうです。2000年の間に、朽ちてしまったということです。 -
先に進むと、展示室です。
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景帝陵の四方にある門を一部復元したものが正面に見えます。
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当時の人はこんな服装をしていたと。
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当時の兵士、始皇帝陵の兵馬俑の甲冑より軽そう
始皇帝軍より弱そう。 -
左右が出土したもので、中央は、陪葬当時の姿を再現。
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こんな風にして陪葬したそうです。
こうしたものは始皇帝陵には見られません。漢王朝も四代目となり安定期に入ったことを示しているものと思われます。 -
右は、鎧姿の俑です。鎧が2000年の間に劣化して、こんな姿になったとか、
腕は、展示の際に付けたものです。出土時には腕はありませんでした。 -
馬車の復元模型 高車というタイプです。
兵馬俑からも馬車は出土してますが、青銅製のため銅車馬と言われてます。
これに対して、ここ陽陵では、木製です。 -
奥はみやげ物屋
中国の博物館には珍しく、店員は売る気の無い様子でした。 -
ここを抜けると外に出ます。
こういうタイプの博物館は始めてでした。陪葬坑の保護と展示を両立させる工夫を施した施設です。
歴史に興味のある方にはオススメです。 -
次は考古陳列館へ
地図では、右下の灰色の四角部分がそうです。1km前後あるので、車で移動。 -
着きました。この建物が陳列館です。
ここは普通の博物館です。 -
入りると右に、大きな陽陵全体の現状模型がありました。
その一部、陳列館付近です。 -
館内は、陽陵で出土したものをこのように展示しているに過ぎません。
そのため地下博物館を見た後にここに来ると、やや失望するかもしれません。 -
人俑が並んでます。兵馬俑と異なり、60cm位だったように記憶してます。実際に測ったわけではありませんが。
兵馬俑のような威圧感もありません。
右端、宦官です。ガイドさんは、宦官の俑が始めて陪葬されたと説明していました。 -
これが宦官です。
宦官とは「中国で、貴族や宮廷の後宮に仕える去勢された男子」だそうです。
中国史上最も有名な宦官は、始皇帝に仕えた趙高でしょうね。 -
ちなみに、これは女性の俑です。
違いがこのようにはっきりしているものと、そうでないものとがありました。 -
この股を広げた俑は、女性騎馬隊だそうです。
なぜかって、ほら、あれがないでしょう?
ただ僕は疑問です。なぜなら、そうだとすると景帝の時代は騎馬隊は全員女性になるからです。 -
こんな風にまたがって
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牛車
平安時代、貴族が使用した牛車の原型は、これでしょうか?これまで牛車は日本固有のものと思っていたのでややびっくりで。 -
兵器の陳列コーナー
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ここは、馬車に関する陳列コーナー
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生活器具も沢山陪葬されていたようです。
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その一つ、かまどです。
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立ち姿の美しい女俑も
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女性的な魅力あふれる女俑がいくつも展示されていました。
露出を間違えたので写真写りが悪いなって‥、この俑の魅力を現せませんでした。 -
これは、地下博物館と同じ展示
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充分堪能したので、外へ出てきました。
これからHOTELへ戻ります。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ゆうこママさん 2010/02/14 19:42:46
- 西安
- こんばんは。
興味深いものばかりの旅行記。
お写真、美しいですよ。
十分堪能させていただいてます。
- sikizakuraさん からの返信 2010/02/14 20:51:43
- RE: 西安
- こんばんは!
ご訪問ありがとうございます。
NHKの運慶特集を見ていたので返事が遅れてしまいました。
> 興味深いものばかりの旅行記。
> お写真、美しいですよ。
カメラはいいのですが、腕がいまいちで。
> 十分堪能させていただいてます。
ありがとうございます。
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