2006/08/19 - 2006/08/25
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ライオンベラーさん
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※ 11 (http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10412425/) の続きです。
マサイマラからナイロビに向かいます。
赤道近くとはいえ、標高1700mの高地なので、暑くもなく寒くもない快適な気候です。
舗装(ほそう)が不十分なので車は揺れますが、慣れてしまえばそれもまた、ワイルドな気分を満喫できて、最高のアトラクション(催し物)を体験している気分です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ケニア航空
-
ナロックという街に着きました。
帰国後に調べましたが、昨夜のロッジからここまでは100kmほどで、ここからナイロビまでは、150kmぐらいあるようです。
給油のため、ガソリンスタンドに立ち寄りました。 -
ナロックの街並みです。
ガソリンスタンドはこの写真の後ろ側になります。 -
何と、ここに荷台の側面に日本語で○○○○商店と書かれたトラックがありました。
関東の地名も書かれていました。
えええ!? もしかして盗品でしょうか?
このような車が盗まれて海外へ送られるという話はよく耳にします。
でも、もし盗品なら文字は塗りつぶしていると思うので、普通に中古品を輸入したのだろうと考えて納得しました。 -
出発しました。
後はナイロビ観光を残すだけとなりました。
しかし本来、ナイロビの様子を知るということも、この旅の大きな目的のひとつだったので、これからそこへ向かうということで、気持ちはまだまだ期待で一杯です。
ナイロビの街は到着した日に通過しましたが、まだ詳しい様子はわかりません。
どんなガイドブックを見ても、外務省の情報を見ても、ナイロビは治安が悪くて、決してひとりで出歩いてはいけないと書いてあります。
確かにそのような治安に対する不安はありますが、 -
その逆に怖いもの見たさのような期待感もあります。
これまでは比較的安全な観光地を周ってきましたが、これからは違います。
ここからが本当の冒険となるのでしょう。
気持ちを引き締めながらナイロビに向かいました。
ジェフさんとの会話ももうすっかり慣れて、いろいろな質問もできるようになりました。
ジェフさんは、自慢の息子さんがいて、成績が優秀なので、将来はパイロットにしたいということです。 -
その息子さんはサッカーが得意で、今はフォワードとして活躍しているということです。
到着した日にジェフさんが説明してくれたように、ケニアには42の部族があって、その中の最大のものがキクユ族(ケニア人全体の約30%)だということです。
尋ねてみると、ジェフさんはそのキクユ族だそうです。
キクユ族はジェフさんも含めて、比較的温厚な丸顔の人が多いようです。
そして、2番目に多いのがルアー族だそうです。
ルアー族はどちらかといえばプライドが高くて、好戦的な -
人が多いということです。
そして何と、空港で出迎えてくれたジェフさんもルアー族だということです。
習慣の異なる部族の人たちが同じ会社で働いているということはとても面白いことだと思いました。
正面に丘陵(きゅうりょう)が見えてきました。
大地溝帯です! -
この大地溝帯の縁(へり)を上っていくようです。
大地溝帯は来るときも通りましたが、ここを通った記憶はありません。
来るときはナイバシャ湖を左に見て、ナクル湖に向かいました。
今、地図で調べてみると、ナイバシャ湖は写真のずっと左の方にあって、ナクル湖はそのさらに先の方(写真のずっと左)になります。
ということは、行きはこの写真の大地溝帯の向こうの道を、写真の右から左に進んで行ったということになります。 -
今調べてみると、その行きに通った道は、海岸のモンバサからナイロビを経てウガンダの首都、カンパラへと続く幹線道路のようです。
今進んでいる道はこの先で、その幹線道路に突き当たります。
左に折れるとナクル湖へ向かい、右に折れるとナイロビに向かいます。
私たちはナイロビに向かっているので右に折れます。
(しかし、実際にはこのときはまだ、どこをどう進んでいるかはまったくわかりませんでした。) -
この作物は何でしょうか?
ジェフさんに尋ねて教えてもらいましたが、今はそれが何だったか忘れてしまいました。 -
大地溝帯の縁に近づいてきました。
ということは、ここは大地溝帯の中だということになるのでしょうか?
ということは、今進んでいる地面は、海底から湧き出してきた、できたてほやほやの地面だということになります。
このときは、そんなこともまったく意識していませんでした。 -
大地溝帯の展望所にやってきました。
-
展望所からの風景です。
-
来るときもこのような展望所に停まったので、そのときと同じところかと思っていましたが、今見ると、別のところのようです。
-
ジェフさんに写真を撮ってもらいました。
-
そしてここにも売り子の少年がいました。
来るときと同じ少年だったかも知れないと思っていましたが、写真をよく見ると明らかに別人です。 -
いっしょに写真を撮ってもらいました。
-
このあと、また車に戻って、ナイロビに向かいました。
ついにナイロビに到着しました。
4日前に初めて到着したときは、ここはほとんど素通りして、そのままナクル湖に向かいまいました。
でも今度はここに1泊して、今から明日の夕刻まで、ゆっくりと観光できます。
街の中は、ビルなども建ち並んでいますが、どれも古いコンクリート製のもので、昔からほとんど何の補修もしていないような状態で、何十年も前のヨーロッパの下町のような雰囲気でした。 -
街の中を走っている車も、何十年も前の中古車をそのまま輸入してきたような、年代物がほとんどでした。
ここは人が各地から集まってきているので、街に慣れていない人もたくさんいるようです。
この車はサファリカーなので、それに乗っている外国人の私は、誰が見ても明らかに観光客です。
何かあれば、珍しがって人が集まって来るような気配も十分に感じられました。
そこで、あえてきょろきょろと街を見渡すようなことはしないで、旅慣れした旅行者のような気分になって、すまし顔で後部座席から外を見ていました。 -
「あの辺りはスラム街で、よくいろいろと物騒な事件がおこります。」
と、ジェフさんがいいました。
交差点の信号機で停まりました。
そのとき、レゲエ風に着飾った、ミュージシャン風の男がこの車に近づいて来ました。
そのまま超満員の舞台に立っても、全く違和感のないような雰囲気の男でした。
しかし、焦点(しょうてん)の定まらないような異様な目つきをしています。 -
赤信号だし、目の前の横断歩道を人が渡っているので、車を動かしてもらうこともできません。
男は私のところまで来て、手を出して何か言いました。
ジェフさんの方を見ると、彼は
「物乞いをしています。」
と言うだけで、男に何か言ったり追い払ったりはしてくれません。
さあ、チップでもあげてやり過ごしてくださいとでもいうような様子でした。 -
この男に味方して自分の身を守っているようにも思えました。
でも、私はずっと昔に、パキスタンのカラチで、子連れの母親らしい女がまとわりついてきて、あまりにしつこいので、試しに1円相当の紙幣をあげてみたことがあります。
するとその途端(とたん)に、それを見ていたほかの乞食(こじき)たちが次から次から集まってきて、取り囲まれてしまって、何十本という手を差し出されたことがあります。
それ以来、街の中では、いくら乞(こ)われても物は一切、あげないようにしてきました。 -
だから今回も、頭を下げて両手で覆(おお)い、手のひらを男に向けて押すような仕草をして、あげられないんだ、頼むから向こうへ行ってくれというような仕草で断りました。
男はあきらめて去っていきました。
ジェフさんを見ると、最初はあげたらいいのにという表情をしていましたが、私の行動を見て、何か察して納得したような表情に変わりました。
彼らからすると、日本人は金を持っているんだからどんどんばらまいたらいいだろう、というぐらいにしか思っていないようでした。
しかしあまりにも気軽にほいほいと金を渡していたら、 -
どんどんエスカレートして集(たか)って来られることは十分に予想できます。
ここで簡単に日本の10円ほどを渡したとしたら、彼らからしたら乞えばいとも簡単に現地の千円ほどもらえるという感覚になるのでしょう。
だからどうしても施(ほどこ)しを渡そうとするときは、その土地の物価などを十分に考慮した量を渡さなければならないと思いました。
朝、早くマサイマラを出たので、まだ昼時です。
これから昼食を食べにレストランに向かいます。 -
市内の”カーニバル”という名のレストランにやってきました。
ジェフさんのさも自信ありげな仕草から、ここはナイロビでもかなり有名で、多くの観光客を満足させるところのようです。
でも、こんなところこそテロの標的になりやすいと思うと、とても心配です。
写真はカーニバルの入り口です。
ここに着いたとき、空港で出迎えてくれたロイさんが迎えに来てくれていました。 -
これは、このレストランの従業員の人です。
愛想よさそうなので安心しました。 -
これがロイさんです。
ロイさんは、プライドの高いルアー族です。 -
これは、写真用にカーニバルの看板を指し示しているところです
-
カーニバルの入り口で記念撮影です。
-
さあ、いよいよ中へ入っていきます。
-
おお、異国情緒(じょうちょ)いっぱいのレストランです。
(ここは実際に異国なのですが・・・) -
おおお、本当に感じのいいところです。
-
古い街並みが続いていたので、ここにこんなセンスのレストランがあるなんて、とても驚きです。
-
おおお、何と、ここで肉を焼いているようです。
モダンワイルド(野性味たっぷり)な雰囲気の厨房(ちゅうぼう)です。 -
おおお、ワイルドです!
-
店員はシマウマに化けています。
まさにアフリカンです。 -
ロイさんとジェフさんは外で待っているということで、私だけがレストランの中に案内されました。
厨房(ちゅうぼう)のある室内席を抜けると、その向こうには中庭があって、写真のようなテーブル席がその中庭を囲んでいました。
私はそのテーブルの一つに案内されました。 -
このような席に案内されました。
席から中庭を見ています。
何組かの西洋人の観光客らしい人たちもいました。 -
何と、ここではいろいろな動物の肉が出されるようです。
オオオ!
どんな動物が出てくるのでしょうか?
サービスマンがテーブルを周って、皿に肉を配って周るようです。
いくつかの肉が配られました。
写真でフォークを差しているのはチキンです。 -
この肉はポーク(豚肉)だそうです。
ここまでは、日本でもよく食べる肉です。
ところが・・・ -
おおぅ!
こ、この肉は・・・
わ、わ、わ、ワニ・・・
・・・だそうです・・・おお・・・
味は・・・ん?・・・かなりあっさりしていてチキンのようです。
複雑な味を想像していたので、意外でした。 -
これはダチョウです。
何か、焼きブタのような色をしています。
でも味は牛肉のようでした。
ワニがチキンで、ダチョウが牛・・・
少し意外です。 -
そしてこれが羊・・・
これは昔から世界中で食べられてきた肉です。
モンゴルで遊牧民なんかもこれを食べながら旅をしていたのでしょう。 -
そして、これは何とラクダ・・・
これも砂漠で旅をしながら途中で食べられていたのでしょうか?
ラクダぐらいになると、少し不憫(ふびん)な気がします。
そして、以前は何と、ここでキリンの肉も出ていたそうです。
今は、動物愛護の観点から禁止されているようですが・・・ -
料理はこれらの肉と、サラダとパンです。
ふう、これでこのレストランが有名な訳がわかりました。
ナイロビのレストラン”カーニバル”。
多分、もうこの名前はずっと忘れないでしょう。 -
食べ終わると、しばらく中庭を眺めながらワインを飲みました。
あの、マサイマラのロッジでボーイたちが並んで歌っていた歌が流れていました。
本当にテンポよく、感じのいい曲です。
おそらくここのご当地ソングなのでしょう。
覚えて何度でも聞きたい歌です。 -
急いで、ビデオカメラの電源を入れて、録画しました。
この歌を録(と)るためです。
ビデオカメラはこうしてテーブルの上に置いていました。
しかし、本当にいい感じの歌です。
ジャンボ〜、ジャンボブワナ〜・・・
ハバリガニ〜、ンズリサナ〜・・・ -
ワゲニ〜、マカリビシュワ〜・・・
ケニャエツ〜、ハクナマタタ〜・・・
歌がひと通り終った後、ウエイターを呼んで、会計を済まし、チップを渡して席を立ちました。
外に出ると、ロイさんとジェフさんが待ってくれていました。
(「13 http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10424824/」に続く)
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