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 この旅行記は2001年のものである。4travelにブログを掲載し始めて丁度2年になる。この機会にとりだしたのが「ロマンチック街道とウィーン・ライン古城」の旅である。<br /> かれこれ8年前の旅行で、かなり記憶も消え失せたが、思い出す範囲でUPしたい。<br /> この旅行はスタートは10月8日であるが、実は春先から9月15日スタートのアメリカ旅行を計画していた。催行が決まり、9月11日不足分を補充すれば荷づくりが完了するまでにこぎつけたのが、夜の10時ごろであった。しばらくしてテレビを見ていた家内からニューヨークが燃えていると知らされた。まさかのこれが全世界を震撼させたニューヨークテロ事件の始まりであったとは思いもよらなかった。テレビはテロの詳細のほか、各旅行社のアメリカツアー中止を告げ始めた。9月14日までのツアーは中止されたが、15日以降の出発は未定。翌日旅行社の営業所に駆け込んだが、情報は得られるはずもなかった。13日なって中止の報が入り、断念するにいたった。しかし荷造りを解く気力もなく、即刻最短で安全なヨーロッパ旅行のツアーを探し、潜りこんだのがこれからアップするツアーである。<br /> 飛行機は永世中立国のオーストリア航空、国は南ドイツとオーストリア。申し込んで19日目のフライトとなった。この旅行にはまだ尾ひれがある。フライト前日成田のNホテルに宿泊した。朝食に向かいながら売店を覗くと新聞のトップ大見出しで米英軍のアフガニスタン空爆を報じていた。家内がこれを知ると何を言い出すか分からない。新聞を買うわけにはゆかない。搭乗機までバスで運ばれ、タラップを登り搭乗口で新聞を受け取り詳細を始めて知った。参加人員が緊急キャンセルにより予定より減少したことが添乗員から知らされてはいた。家内には飛行機は北極圏経由ウィーン空港行きで、アジアの上空は飛ばない旨説明し、この一件に終止符を打った。<br /> 飛行機はウィーン空港経由フランクフルト アブ・マイン空港に到着した。バスで空港を出発して約1時間ハイデルベルグ・マリオットホテルに到着したのは夜の9時近くであった。<br /> 観光第1日目はライン下り。普仏戦争(ふふつ戦争 独仏戦争とも呼ばれる)の後小高い丘に建てられた、ドイツ帝国発足記念ニーダ―ヴァルト記念碑女神ゲルマニア像を観光し、ここからリフトで下った。ライン川と周辺のぶどう畑を一望でき、素晴らしい眺めであった。ライン川のほとりのドロッセルガッセでワインを試飲、昼食の後リューデスハイムからライン下り。おもしろかったのは乗船客のうち最も多い国の言語で船内案内が行われていた。ドイツ語のほか日本語、英語など5〜6ケ国語で、たまたま日本人旅行者が多かったらしく日本語で船内案内が行はれ、ありがたかった。ライン川の両岸にはぶどう畑が広がる。また高台に建つ城は廃墟化しているものが多い。これら城の存在は、古来ライン川の船の往来が重要な交通手段であったことをうかがい知ることができる。ライン川の全長は1326km。6カ国が接する国際河川である。ライン下り区間は約30km、1時間40分ほどでサンクトゴアに到着下船した。ハイデルベルグへの帰途ライン川に突き出したローレライの岩の写真を撮った。ローレライの歌があまりに有名なので何か拍子抜けしたのを覚えている。<br /> 観光2日目はハイベルベルク市内見学。ハイデルベルク城の見学では一夜の門などを見学したが、記憶は遠のいている。世界一のワイン樽があったがこの大きさには驚いた。市街の散策ではネッカー川に架かるカール・テオドール橋、騎士の家、学生牢、などを見学したが、ハイデルベルグには数多い大学があり、大学の都市でもあった。<br /> 昼食の後次の観光、宿泊地であるローテンブルクに向かった。<br /> <br /> <br />

ロマンチック街道とチロル・ウィーン・ライン古城の旅 ライン下りとハイデルベルク編

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2001/10/08 - 2001/10/17

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na1430

na1430さん

 この旅行記は2001年のものである。4travelにブログを掲載し始めて丁度2年になる。この機会にとりだしたのが「ロマンチック街道とウィーン・ライン古城」の旅である。
 かれこれ8年前の旅行で、かなり記憶も消え失せたが、思い出す範囲でUPしたい。
 この旅行はスタートは10月8日であるが、実は春先から9月15日スタートのアメリカ旅行を計画していた。催行が決まり、9月11日不足分を補充すれば荷づくりが完了するまでにこぎつけたのが、夜の10時ごろであった。しばらくしてテレビを見ていた家内からニューヨークが燃えていると知らされた。まさかのこれが全世界を震撼させたニューヨークテロ事件の始まりであったとは思いもよらなかった。テレビはテロの詳細のほか、各旅行社のアメリカツアー中止を告げ始めた。9月14日までのツアーは中止されたが、15日以降の出発は未定。翌日旅行社の営業所に駆け込んだが、情報は得られるはずもなかった。13日なって中止の報が入り、断念するにいたった。しかし荷造りを解く気力もなく、即刻最短で安全なヨーロッパ旅行のツアーを探し、潜りこんだのがこれからアップするツアーである。
 飛行機は永世中立国のオーストリア航空、国は南ドイツとオーストリア。申し込んで19日目のフライトとなった。この旅行にはまだ尾ひれがある。フライト前日成田のNホテルに宿泊した。朝食に向かいながら売店を覗くと新聞のトップ大見出しで米英軍のアフガニスタン空爆を報じていた。家内がこれを知ると何を言い出すか分からない。新聞を買うわけにはゆかない。搭乗機までバスで運ばれ、タラップを登り搭乗口で新聞を受け取り詳細を始めて知った。参加人員が緊急キャンセルにより予定より減少したことが添乗員から知らされてはいた。家内には飛行機は北極圏経由ウィーン空港行きで、アジアの上空は飛ばない旨説明し、この一件に終止符を打った。
 飛行機はウィーン空港経由フランクフルト アブ・マイン空港に到着した。バスで空港を出発して約1時間ハイデルベルグ・マリオットホテルに到着したのは夜の9時近くであった。
 観光第1日目はライン下り。普仏戦争(ふふつ戦争 独仏戦争とも呼ばれる)の後小高い丘に建てられた、ドイツ帝国発足記念ニーダ―ヴァルト記念碑女神ゲルマニア像を観光し、ここからリフトで下った。ライン川と周辺のぶどう畑を一望でき、素晴らしい眺めであった。ライン川のほとりのドロッセルガッセでワインを試飲、昼食の後リューデスハイムからライン下り。おもしろかったのは乗船客のうち最も多い国の言語で船内案内が行われていた。ドイツ語のほか日本語、英語など5〜6ケ国語で、たまたま日本人旅行者が多かったらしく日本語で船内案内が行はれ、ありがたかった。ライン川の両岸にはぶどう畑が広がる。また高台に建つ城は廃墟化しているものが多い。これら城の存在は、古来ライン川の船の往来が重要な交通手段であったことをうかがい知ることができる。ライン川の全長は1326km。6カ国が接する国際河川である。ライン下り区間は約30km、1時間40分ほどでサンクトゴアに到着下船した。ハイデルベルグへの帰途ライン川に突き出したローレライの岩の写真を撮った。ローレライの歌があまりに有名なので何か拍子抜けしたのを覚えている。
 観光2日目はハイベルベルク市内見学。ハイデルベルク城の見学では一夜の門などを見学したが、記憶は遠のいている。世界一のワイン樽があったがこの大きさには驚いた。市街の散策ではネッカー川に架かるカール・テオドール橋、騎士の家、学生牢、などを見学したが、ハイデルベルグには数多い大学があり、大学の都市でもあった。
 昼食の後次の観光、宿泊地であるローテンブルクに向かった。
 
 

  •  ニーダーヴァルト記念碑 女神ゲルマニアの像<br /> 1871年普仏戦争の後ドイツ帝国発足記念としてたてられた。

    ニーダーヴァルト記念碑 女神ゲルマニアの像
     1871年普仏戦争の後ドイツ帝国発足記念としてたてられた。

  •  ニーダーヴァルト記念碑から河畔までリフトで降りた。ライン川とブドウ畑

     ニーダーヴァルト記念碑から河畔までリフトで降りた。ライン川とブドウ畑

  •  曇り空と逆光<br /> 

     曇り空と逆光
     

  •  ライン川両岸の斜面は一面ぶどう畑

     ライン川両岸の斜面は一面ぶどう畑

  •  この付近ドイツワインの一大産地

     この付近ドイツワインの一大産地

  •  ライン川の両岸平地は集落、背後の傾斜地の農作物はすべてブドウ畑

     ライン川の両岸平地は集落、背後の傾斜地の農作物はすべてブドウ畑

  •  集落の中心には必ず協会が建っている。

     集落の中心には必ず協会が建っている。

  •  ライン川は山岳地帯を縫うように流れる。ライン川は交通手段でもある。

     ライン川は山岳地帯を縫うように流れる。ライン川は交通手段でもある。

  •  ライン川を見下ろす高台には城が建っている。これらの城のうち利用価値が見いだせない城は廃墟になっている。

     ライン川を見下ろす高台には城が建っている。これらの城のうち利用価値が見いだせない城は廃墟になっている。

  •  集落の中心は教会である。

     集落の中心は教会である。

  •  丘の上に城が建っている。

     丘の上に城が建っている。

  • この高台の城は今は何になっているだろうか。

    この高台の城は今は何になっているだろうか。

  •  最初城の数を数え始めたが、川の両岸に次々現れるのでカウントは途中挫折。<br /> また、写真にも収めきれない。

     最初城の数を数え始めたが、川の両岸に次々現れるのでカウントは途中挫折。
     また、写真にも収めきれない。

  •  この城は立派な構えだが、ホテルorレストラン?

     この城は立派な構えだが、ホテルorレストラン?

  • ネッカー川のほとり

    ネッカー川のほとり

  •  水の精が住むと言われたローレライの岩 ローレライの歌は悲しい歌である。

     水の精が住むと言われたローレライの岩 ローレライの歌は悲しい歌である。

  • サンクト・ゴアの街

    サンクト・ゴアの街

  • サンクトゴアの街の建物

    サンクトゴアの街の建物

  • ネッカー川にかかる古いカール・テオドール橋<br />ハイデルベルク城展望台から。<br />早朝はネッカー川に立ち上る霧が街を覆い尽くす。  

    ネッカー川にかかる古いカール・テオドール橋
    ハイデルベルク城展望台から。
    早朝はネッカー川に立ち上る霧が街を覆い尽くす。  

  • ハイデルベルク旧市街 展望台から

    ハイデルベルク旧市街 展望台から

  • ハイデルベルク旧市街

    ハイデルベルク旧市街

  • ハイデルベルクの市庁舎のような建物(未確認)

    ハイデルベルクの市庁舎のような建物(未確認)

  • ハイデルベルク大学街

    ハイデルベルク大学街

  • ハイデルベルク城展望台付近

    ハイデルベルク城展望台付近

  • ハイデルベルク城は廃墟化してるが、遺跡として保存されている。<br /> 写真はハイデルベルク城の象徴になっている。<br /> 建物の形をしているが、壁だけが残っている。

    ハイデルベルク城は廃墟化してるが、遺跡として保存されている。
     写真はハイデルベルク城の象徴になっている。
     建物の形をしているが、壁だけが残っている。

  • ハイデルベルク城

    ハイデルベルク城

  • ハイデルベルク城遺跡

    ハイデルベルク城遺跡

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