黒龍江省旅行記(ブログ) 一覧に戻る
7:14:34 <br /><br />今朝の朝食 <br /><br />豆乳を飲む <br /><br /><br />//////////////////////////////////////////////////////<br /><br />2009.平成21年10月25日(日)<br /><br />■孫呉よサラバ <br /><br />いつもように6時頃には起き、7時からの朝食を食べに行く。 <br /><br />まだ水漏れの修理はなかなか終わらないだろう。今日も大きくその場所を空けていた。だだっ広いレストランに今日も最初は私一人、後から数人が入って来たが、まだまだ集客力もなく苦戦が続くのだろう。 <br /><br />一体、どんな関係の人がこの孫呉を訪れるのだろうか?大きな会社もないようだし、観光客といっても軍都・孫呉の軍事遺跡を観光する中国人が一体どれほどいるのだろう。一応、軍事遺址巡りは旅行社のコースに結構詳しい。沢山のコースがあるようだ。 <br /><br />午前9時50分の孫呉(発)哈爾濱行きまでに時間が有るので、朝食の後、ぶらりと散歩に出た。新しい高層団地群と、昔ながらの住居地域とは全然違う街並みだ。まず道路が違う。平屋の住宅街は地道がほとんどで、雨でも降ればぬかるみ、乾いてもデコボコ道だ。 <br /><br />計画的に再開発して、順次市民は高層団地ような建物に移っていくのだろうか?それとも平屋住居地域はそれなりに残しておくのだろうか?みんなはどっちに住みたいのだろう?聞いていないので分からないが。“藤○”も“肖○○”も平屋の一戸建て住居に住んでいると言っていた。 <br /><br />この辺の暖房用燃料は石炭のようで、石炭山積みの石炭屋もあった。日本にもいるがゴミ箱をあさって、金になる物をリヤカーに積んでいる人もいる。足の向くまま歩いていたら昨日の昼に食べた店の前に偶然出た。「ああ、昨日はここで食べたんだった」と。 <br /><br />中学校の校庭には日曜日の今日も国旗が掲げられていた。公的建物には必ずと言っていいほど国旗の掲揚がある。日本も警察や消防署、その他、そうなのだろうが、日本よりもこっちではより多く目につく。 <br /><br />日本の学校ではいろんな行事・式のような時にも国旗の掲揚に反対する教師がいる。それを思想信条の自由と履き違え、子供の前でそんな態度を示す。又それを支持する日本人がいる。 <br /><br />日本国民である事を誇りに思わないのか?日本人に生まれた事に感謝できないのか?その象徴である国旗に敬意を持てないのか?何故そんな人間が日本の公務員として職を得れるのか?不思議でならない。何でそんな人間が教育の場に存在できるのか?許容されているのか? <br /><br />例えその学校に外国籍の生徒が何人いようが、それと自国国旗の掲揚は関係ない。どこの国の人間であっても、その国に居住し世話になる以上、その国の国旗に敬意を払うのは人間として当たりまえのことだ。 <br /><br />戦争時に日の丸の旗の下に一丸となり日本人は戦った。その戦争の象徴だと忌み嫌うのか?戦ったからこそ今の日本がある。戦争は起こしたくない、地獄の修羅場がそこにある。私自身も無論そうだが子々孫々未来永劫戦争の当事者にはなって欲しくない。 <br /><br />戦争を体験していない私でも、そう思うくらい、戦争の悲惨さは容易く想像できる。しかし体験者は想像などという範疇とは次元が違う地獄以上の恐ろしい現実が戦争だと言う。それも想像できる、いやいくら言われても想像しか出来ない。 <br /><br />人間が成せる、想像できることの最悪の恐怖、苦しみ痛み、自分が、親が、或いは我が子が、生きたまま目の前で切り刻まれ、引裂かれる地獄絵図、それが戦争だと思う。だから戦争の当事者には誰しも絶対なりたくない。 <br /><br />60数年前の先人達、何時の時代の全ての日本人も、そんな想像くらい誰しも出来る。それでも尚且つ国家国民の存亡、将来の日本の為を想いその修羅場の道を決断し実行した。命を捨てても、地獄を見ても構わないと。 <br /><br />そんな道に進むのに大儀がなくてどうしてその道を選択出来よう。そしてその大儀が、いささかでも疑念ある大義なら誰がたった一つの掛け替えのない命を賭けれよう。 <br /><br />苦渋の上に苦渋の決断をし、正義を信じて戦いに臨み、とことん戦い敗れた。その中のいろんな局面で何もかもあっただろう。その何もかもが戦争であり、片方だけが悪であるのは有り得ない。互いに殺すか殺されるかの修羅場だ。その場にいる自分を想像すれば分かるはずだ。 <br /><br />吾らが祖父であり親であり兄である。そんな先人達の戦争を声高に非難し、戦争をまるでルールの決められた競技であるかのように反則や悪事を執拗に探しあげつらう。そしてそんな自分こそ戦争に反対する良識ある善人だと自己満足する。 <br /><br />そして今現在進行形の侵略国家である中国に行き日本の進攻を侵略と位置づけ、それを詫びる。 <br /><br />その上先人の成したことの詳細と事実をとことん調べることなく今の中国人や韓国朝鮮人に謝罪する。その愚かさと大罪を少しは考えたことはあるのか?その罪、過去現在未来の日本国及び日本人に対して万死に値する。 <br /><br />日本人の誰しも、命ある今ならまだ間に合う。目を覚まして欲しいと心より祈る。 <br /><br />満洲時代の日本に郷愁を感じながらの私の旅だ。街を朝から晩まで箒を持ち、ゴミを拾いながら働く人の姿がこの中国のどの都市でも見かける。どこも同じユニフォームのようだ。交代制なのだろうが早朝から夕刻までその姿があちこちにある。この人たちの仕事を失くさない為にゴミを勝手気ままにそこらに捨てる?これってホントのことなのか。 <br /><br />退房の為に散歩から戻って来たら、ホテル前には飾りをつけた車が数台停まっていた。今日これからこのホテルで結婚披露宴があるのだろう。葬式はまだ見たことないが結婚式は良く目にする。 <br /><br />8時20分頃ホテルを出て、北方向に真っ直ぐ一直線の解放路を孫呉站に向う。途中、解放路に孫呉→哈爾濱行きの寝台バスも停まっていた。まだこの寝台バスには乗ったことがない。 <br /><br />駅の待合室でいつも思う事は、どんな時間でも多くの人が集まって来る。日本なら通勤通学時間以外はそれなりに人も少ないが、この満州では、早朝でも夜遅くても、中途半端な時間でも、いつでも発車時間になると待合室は一杯の人になる。便数が少ないからか。安くもあるし。みんな何をしにどこまで行くのだろう・・・いつもそう思ってしまう。 <br /><br />

黒河・孫呉の戦跡を訪ねる。10月25日(日)

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2009/10/20 - 2009/10/27

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明石DS

明石DSさん

7:14:34

今朝の朝食

豆乳を飲む


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2009.平成21年10月25日(日)

■孫呉よサラバ

いつもように6時頃には起き、7時からの朝食を食べに行く。

まだ水漏れの修理はなかなか終わらないだろう。今日も大きくその場所を空けていた。だだっ広いレストランに今日も最初は私一人、後から数人が入って来たが、まだまだ集客力もなく苦戦が続くのだろう。

一体、どんな関係の人がこの孫呉を訪れるのだろうか?大きな会社もないようだし、観光客といっても軍都・孫呉の軍事遺跡を観光する中国人が一体どれほどいるのだろう。一応、軍事遺址巡りは旅行社のコースに結構詳しい。沢山のコースがあるようだ。

午前9時50分の孫呉(発)哈爾濱行きまでに時間が有るので、朝食の後、ぶらりと散歩に出た。新しい高層団地群と、昔ながらの住居地域とは全然違う街並みだ。まず道路が違う。平屋の住宅街は地道がほとんどで、雨でも降ればぬかるみ、乾いてもデコボコ道だ。

計画的に再開発して、順次市民は高層団地ような建物に移っていくのだろうか?それとも平屋住居地域はそれなりに残しておくのだろうか?みんなはどっちに住みたいのだろう?聞いていないので分からないが。“藤○”も“肖○○”も平屋の一戸建て住居に住んでいると言っていた。

この辺の暖房用燃料は石炭のようで、石炭山積みの石炭屋もあった。日本にもいるがゴミ箱をあさって、金になる物をリヤカーに積んでいる人もいる。足の向くまま歩いていたら昨日の昼に食べた店の前に偶然出た。「ああ、昨日はここで食べたんだった」と。

中学校の校庭には日曜日の今日も国旗が掲げられていた。公的建物には必ずと言っていいほど国旗の掲揚がある。日本も警察や消防署、その他、そうなのだろうが、日本よりもこっちではより多く目につく。

日本の学校ではいろんな行事・式のような時にも国旗の掲揚に反対する教師がいる。それを思想信条の自由と履き違え、子供の前でそんな態度を示す。又それを支持する日本人がいる。

日本国民である事を誇りに思わないのか?日本人に生まれた事に感謝できないのか?その象徴である国旗に敬意を持てないのか?何故そんな人間が日本の公務員として職を得れるのか?不思議でならない。何でそんな人間が教育の場に存在できるのか?許容されているのか?

例えその学校に外国籍の生徒が何人いようが、それと自国国旗の掲揚は関係ない。どこの国の人間であっても、その国に居住し世話になる以上、その国の国旗に敬意を払うのは人間として当たりまえのことだ。

戦争時に日の丸の旗の下に一丸となり日本人は戦った。その戦争の象徴だと忌み嫌うのか?戦ったからこそ今の日本がある。戦争は起こしたくない、地獄の修羅場がそこにある。私自身も無論そうだが子々孫々未来永劫戦争の当事者にはなって欲しくない。

戦争を体験していない私でも、そう思うくらい、戦争の悲惨さは容易く想像できる。しかし体験者は想像などという範疇とは次元が違う地獄以上の恐ろしい現実が戦争だと言う。それも想像できる、いやいくら言われても想像しか出来ない。

人間が成せる、想像できることの最悪の恐怖、苦しみ痛み、自分が、親が、或いは我が子が、生きたまま目の前で切り刻まれ、引裂かれる地獄絵図、それが戦争だと思う。だから戦争の当事者には誰しも絶対なりたくない。

60数年前の先人達、何時の時代の全ての日本人も、そんな想像くらい誰しも出来る。それでも尚且つ国家国民の存亡、将来の日本の為を想いその修羅場の道を決断し実行した。命を捨てても、地獄を見ても構わないと。

そんな道に進むのに大儀がなくてどうしてその道を選択出来よう。そしてその大儀が、いささかでも疑念ある大義なら誰がたった一つの掛け替えのない命を賭けれよう。

苦渋の上に苦渋の決断をし、正義を信じて戦いに臨み、とことん戦い敗れた。その中のいろんな局面で何もかもあっただろう。その何もかもが戦争であり、片方だけが悪であるのは有り得ない。互いに殺すか殺されるかの修羅場だ。その場にいる自分を想像すれば分かるはずだ。

吾らが祖父であり親であり兄である。そんな先人達の戦争を声高に非難し、戦争をまるでルールの決められた競技であるかのように反則や悪事を執拗に探しあげつらう。そしてそんな自分こそ戦争に反対する良識ある善人だと自己満足する。

そして今現在進行形の侵略国家である中国に行き日本の進攻を侵略と位置づけ、それを詫びる。

その上先人の成したことの詳細と事実をとことん調べることなく今の中国人や韓国朝鮮人に謝罪する。その愚かさと大罪を少しは考えたことはあるのか?その罪、過去現在未来の日本国及び日本人に対して万死に値する。

日本人の誰しも、命ある今ならまだ間に合う。目を覚まして欲しいと心より祈る。

満洲時代の日本に郷愁を感じながらの私の旅だ。街を朝から晩まで箒を持ち、ゴミを拾いながら働く人の姿がこの中国のどの都市でも見かける。どこも同じユニフォームのようだ。交代制なのだろうが早朝から夕刻までその姿があちこちにある。この人たちの仕事を失くさない為にゴミを勝手気ままにそこらに捨てる?これってホントのことなのか。

退房の為に散歩から戻って来たら、ホテル前には飾りをつけた車が数台停まっていた。今日これからこのホテルで結婚披露宴があるのだろう。葬式はまだ見たことないが結婚式は良く目にする。

8時20分頃ホテルを出て、北方向に真っ直ぐ一直線の解放路を孫呉站に向う。途中、解放路に孫呉→哈爾濱行きの寝台バスも停まっていた。まだこの寝台バスには乗ったことがない。

駅の待合室でいつも思う事は、どんな時間でも多くの人が集まって来る。日本なら通勤通学時間以外はそれなりに人も少ないが、この満州では、早朝でも夜遅くても、中途半端な時間でも、いつでも発車時間になると待合室は一杯の人になる。便数が少ないからか。安くもあるし。みんな何をしにどこまで行くのだろう・・・いつもそう思ってしまう。

  • 7:28:34 <br /><br />朝食後の散歩に出る <br /><br />出祖汽車(個人タクシー)の出動・・・か <br /><br />これが車庫だったのか <br /><br />

    7:28:34

    朝食後の散歩に出る

    出祖汽車(個人タクシー)の出動・・・か

    これが車庫だったのか

  • 7:29:32 <br /><br />裏通りの家並み <br />

    7:29:32

    裏通りの家並み

  • 7:31:00 <br /><br />地道に平屋に煙突 <br /><br />風情があっていいなあ <br /><br />これで雪でも積もっていれば <br /><br />孫呉ここにありと思うのに <br /><br />

    7:31:00

    地道に平屋に煙突

    風情があっていいなあ

    これで雪でも積もっていれば

    孫呉ここにありと思うのに

  • 7:33:32 <br /><br />石炭屋さん <br /><br />孫呉で冬を過ごすのに欠かせません <br />

    7:33:32

    石炭屋さん

    孫呉で冬を過ごすのに欠かせません

  • 7:34:14 <br /><br />孫呉の廃品回収業者? <br /><br />廃品のなかに文化あり <br /><br />

    7:34:14

    孫呉の廃品回収業者?

    廃品のなかに文化あり

  • 7:35:30 <br /><br />ゴミ箱の中から再度回収 <br /><br />どこの国にもある職業 <br /><br />職業に貴賤なし <br /><br />ご苦労様です <br /><br />

    7:35:30

    ゴミ箱の中から再度回収

    どこの国にもある職業

    職業に貴賤なし

    ご苦労様です

  • 7:37:54 <br /><br />大和ホテルが建っていた所のようです <br /><br />今はこのビルが建ってます <br /><br />解放路を左に真っ直ぐ行けば北苑賓館 <br /><br />右に行けばすぐ孫呉駅 <br /><br />

    7:37:54

    大和ホテルが建っていた所のようです

    今はこのビルが建ってます

    解放路を左に真っ直ぐ行けば北苑賓館

    右に行けばすぐ孫呉駅

  • 7:42:08 <br /><br />昨日四人で昼食を食べた「東輝押面館」 <br /><br />向こう側が日本時代の建物 <br /><br />ピンク色は公衆便所 <br /><br />

    7:42:08

    昨日四人で昼食を食べた「東輝押面館」

    向こう側が日本時代の建物

    ピンク色は公衆便所

  • 7:49:08 <br /><br />校庭にも教室にも国旗が掲げて有ります <br /><br />それが普通の国だと思います <br /><br />今の日本の現状は正常ではなく異常です <br />

    7:49:08

    校庭にも教室にも国旗が掲げて有ります

    それが普通の国だと思います

    今の日本の現状は正常ではなく異常です

  • 8:22:24 <br /><br />北苑賓館を退房 <br /><br />服務員の応対は良いです <br /><br />今年8月オープンのホテルです <br /><br />

    8:22:24

    北苑賓館を退房

    服務員の応対は良いです

    今年8月オープンのホテルです

  • 8:22:58 <br /><br />このホテルで結婚式があるようです <br /><br />こんな飾った車は時々見かけます <br />

    8:22:58

    このホテルで結婚式があるようです

    こんな飾った車は時々見かけます

  • 8:35:26 <br /><br />孫呉→哈爾濱 <br /><br />こんな所にバスが停まっていました <br /><br />このバスは寝台バスでした <br /><br />私は鉄道で行きます <br /><br />///////////////////////////////////////<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=tLGFdGkNHjc&amp;feature=player_embedded<br /><br />///////////////////////////////////////<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=vqt909yZIYM&amp;feature=player_embedded<br /><br />

    8:35:26

    孫呉→哈爾濱

    こんな所にバスが停まっていました

    このバスは寝台バスでした

    私は鉄道で行きます

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    http://www.youtube.com/watch?v=tLGFdGkNHjc&feature=player_embedded

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    http://www.youtube.com/watch?v=vqt909yZIYM&feature=player_embedded

  • 8:38:50 <br /><br />孫呉駅前広場 <br /><br />二泊三日の軍都:孫呉を去る <br /><br />名残惜しさは尽きねども <br /><br /><br /><br />//////////////////////////////////////////<br /><br />■9時50分(発)哈爾濱行き車中にて <br /><br />汽車の切符は、最初の日の哈爾濱で受け取っていた。頼んだのは軟座。座席は「硬座」と「軟座」寝台は「硬臥」(片側三段)と「軟臥」(片側二段)があり軟のほうが硬より高い。でも日本人の感覚から言えば鉄道移動は非常に安い。バス移動は鉄道より高いけど到着は早い。 <br /><br />孫呉→哈爾濱は、70元(¥980)。硬座ならもっと安い。約10時間の鉄道の旅なのに・・・。私は、軟座というのは寝台ではなく、普通の座席の上等な席かと思っていたが、乗ってみれば軟臥だった。四人の個室で、軟臥寝台車と全く同じだ。でも、この個室の定員が軟臥の4人ではなく、倍の8人くらいだった。 <br /><br />普通の座席だと思って戸惑っていたら女性服務員が案内してくれた。12号室にはいると黒河から乗っていた夫婦と男性の計3人がすでにそこに居た。夫婦は窓際に向かい合って座り、もう一人の男性は上段ベッドで寝ていた。取り敢えずは孫呉からは4名のスタートになった。 <br /><br />10時間の汽車の旅は始まった。最近はバス移動ばかりだったし、日中の一日を列車で過ごすことは、図們に行った時に大連を午前11時頃に出発し翌朝10時前に到着した時以来だ。どんな列車の旅になるのか不安と少しの期待を持って・・・。 <br /><br />すぐにデッカイ、オバチャンが声を掛けてくれた。といっても私が最高齢だったが。声を掛けて来たのですぐに私が日本人と分かり、中国語学習の始まりにもなった。 <br /><br />ご夫婦は、ご主人が“王○○”1952年生まれ。奥さんが“○○秀”。哈爾濱まで仕事で行くようだった。どんな仕事なのか、聞いたが分からず。何日か滞在するようだった。 <br /><br />もう一人の男性は、40代、体はガッチリして男っぽいがトランプ遊びに興じている姿や、私への対応はちょっと不思議な男性だった。積極的に係わっては来ないが、時たま話しの中に入って来たり気を使ってくれたり・・・。 <br /><br />そして五大連池から三人の女性軍団が入ってきた。これで7人部屋になった。この三人の内の一人が、後から孫いる女性だったと分かったが、最初はもっと若いのかと思っていた。彼女が賑やかで、私にも気配りをしてくれたというか、日本人に興味が有ったのかも知れないが、人の良いご夫婦と彼女のお蔭で長い車中の旅が長く感じず楽しい旅になった。 <br /><br />私にも一応トランプを誘ってくれたが、大の大人があれだけ長時間、そして同じトランプゲームを楽しめるのか?お金を賭けている様子もなく、子供のように大声で喜んだり騒いだり笑ったり、そして四人でしか出来ないのか?その中に加われない者には、自分の持ち札を見せて同じ様に楽しんでいる。 <br /><br />上段ベッドにいる者も、下を覗き込んで何やら声を掛けている。その後、どこの駅か忘れたがもう一人入って来て結局8名の部屋になった。上段ベッドに二人が陣取り、下段の座席は3名づつの6名、計8名だ。その最後に入って来たのが男女の若いカップルで、交代して座っていた。 <br /><br />ここでもみんな知り合いか、昔からの友達かのように遠慮なく接している。誰が友達で、誰が知り合いで、誰が初対面なのか区別は付かない。 <br /><br />この8名との話の中では、歴史や政治的な話題も出ず、私が「日本や日本人は嫌いか?」と問い掛けても、さらりとかわされて盛り上がらず。その他のシビアーな話しは記憶にない。そして10時間が苦もなく過ぎた。通路に出たり連結部に行ったり、車窓の写真を取り捲っていた。 <br /><br />長時間移動の鉄道の旅の良さが、しみじみ分かった。動き回れる。体が楽だ。車窓の風景も見やすいし、写真も撮りやすい。時間に余裕があれば長時間移動はバスより鉄道がお勧めだ。 <br /><br />各駅停車のように次々駅に停車しながらの旅であったが、龍鎮や北安の駅の傍に立っている給水塔が、今年の5月に拉林に行き、拉林駅にあった満洲時代に日本が作った給水塔と同じだったので、これらも満洲時代のものかも知れないと思って写真を撮った。龍鎮のは帰国後、写真で見比べてもほとんど同じだ。 <br /><br />海倫(Hilun)を3時半頃に過ぎたら車窓の景色は、もう夕陽に赤く照らされて来た。満洲の大地に沈みゆく夕陽。どれほどの日本人がこの光景を見ながら故国日本を偲び、満洲を想ったのか・・・。 <br /><br />明治の半ば頃から、女郎衆も石光真清も、我が祖父も、関東軍兵士も、開拓団で入植した方々も、そしてこの地で生まれた日本人も、この大地に沈み行く夕陽を眺めた。無論、満蒙漢日朝の五族みんなが見ていた。そして満州として素晴らしい国家の建設を着々と進めた。無念なり。 <br /><br />私にとって満洲は今も満洲だ。ただ、今は漢族が多数を占めたに過ぎない。それだけをもって今の中共に満洲統治の正当性はない。満洲が続いていれば、さぞかしアジアの合衆国として繁栄し、東アジア・アジア、ひいては世界の安定に、現中共統治に比較すれば、遥かに寄与しただろう。漢族による人口侵略は世界の脅威だ。今後の日本もその脅威に晒されている。 <br /><br /><br /><br />満洲国 <br />『ウィキペディア(Wikipedia)』より以下↓引用 <br /><br />満洲国は公式には五族協和の王道楽土を理念とし、アメリカ合衆国をモデルとして建設され、アジアでの多民族共生の実験国家であるとされていた。 <br /><br />五族協和とは、満蒙漢日朝の五民族が協力し、平和な国造りを行うこと、王道楽土とは、西洋の「覇道」に対し、アジアの理想的な政治体制を「王道」とし、満洲国皇帝を中心に理想国家を建設することを意味している。 <br /><br />//////////////////////引用終わり<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=BNi8ZjoIYKw&amp;feature=player_embedded<br /><br />/////////////////////////////<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=-jKs_VBeDxw&amp;feature=player_embedded<br /><br /> <br />

    8:38:50

    孫呉駅前広場

    二泊三日の軍都:孫呉を去る

    名残惜しさは尽きねども



    //////////////////////////////////////////

    ■9時50分(発)哈爾濱行き車中にて

    汽車の切符は、最初の日の哈爾濱で受け取っていた。頼んだのは軟座。座席は「硬座」と「軟座」寝台は「硬臥」(片側三段)と「軟臥」(片側二段)があり軟のほうが硬より高い。でも日本人の感覚から言えば鉄道移動は非常に安い。バス移動は鉄道より高いけど到着は早い。

    孫呉→哈爾濱は、70元(¥980)。硬座ならもっと安い。約10時間の鉄道の旅なのに・・・。私は、軟座というのは寝台ではなく、普通の座席の上等な席かと思っていたが、乗ってみれば軟臥だった。四人の個室で、軟臥寝台車と全く同じだ。でも、この個室の定員が軟臥の4人ではなく、倍の8人くらいだった。

    普通の座席だと思って戸惑っていたら女性服務員が案内してくれた。12号室にはいると黒河から乗っていた夫婦と男性の計3人がすでにそこに居た。夫婦は窓際に向かい合って座り、もう一人の男性は上段ベッドで寝ていた。取り敢えずは孫呉からは4名のスタートになった。

    10時間の汽車の旅は始まった。最近はバス移動ばかりだったし、日中の一日を列車で過ごすことは、図們に行った時に大連を午前11時頃に出発し翌朝10時前に到着した時以来だ。どんな列車の旅になるのか不安と少しの期待を持って・・・。

    すぐにデッカイ、オバチャンが声を掛けてくれた。といっても私が最高齢だったが。声を掛けて来たのですぐに私が日本人と分かり、中国語学習の始まりにもなった。

    ご夫婦は、ご主人が“王○○”1952年生まれ。奥さんが“○○秀”。哈爾濱まで仕事で行くようだった。どんな仕事なのか、聞いたが分からず。何日か滞在するようだった。

    もう一人の男性は、40代、体はガッチリして男っぽいがトランプ遊びに興じている姿や、私への対応はちょっと不思議な男性だった。積極的に係わっては来ないが、時たま話しの中に入って来たり気を使ってくれたり・・・。

    そして五大連池から三人の女性軍団が入ってきた。これで7人部屋になった。この三人の内の一人が、後から孫いる女性だったと分かったが、最初はもっと若いのかと思っていた。彼女が賑やかで、私にも気配りをしてくれたというか、日本人に興味が有ったのかも知れないが、人の良いご夫婦と彼女のお蔭で長い車中の旅が長く感じず楽しい旅になった。

    私にも一応トランプを誘ってくれたが、大の大人があれだけ長時間、そして同じトランプゲームを楽しめるのか?お金を賭けている様子もなく、子供のように大声で喜んだり騒いだり笑ったり、そして四人でしか出来ないのか?その中に加われない者には、自分の持ち札を見せて同じ様に楽しんでいる。

    上段ベッドにいる者も、下を覗き込んで何やら声を掛けている。その後、どこの駅か忘れたがもう一人入って来て結局8名の部屋になった。上段ベッドに二人が陣取り、下段の座席は3名づつの6名、計8名だ。その最後に入って来たのが男女の若いカップルで、交代して座っていた。

    ここでもみんな知り合いか、昔からの友達かのように遠慮なく接している。誰が友達で、誰が知り合いで、誰が初対面なのか区別は付かない。

    この8名との話の中では、歴史や政治的な話題も出ず、私が「日本や日本人は嫌いか?」と問い掛けても、さらりとかわされて盛り上がらず。その他のシビアーな話しは記憶にない。そして10時間が苦もなく過ぎた。通路に出たり連結部に行ったり、車窓の写真を取り捲っていた。

    長時間移動の鉄道の旅の良さが、しみじみ分かった。動き回れる。体が楽だ。車窓の風景も見やすいし、写真も撮りやすい。時間に余裕があれば長時間移動はバスより鉄道がお勧めだ。

    各駅停車のように次々駅に停車しながらの旅であったが、龍鎮や北安の駅の傍に立っている給水塔が、今年の5月に拉林に行き、拉林駅にあった満洲時代に日本が作った給水塔と同じだったので、これらも満洲時代のものかも知れないと思って写真を撮った。龍鎮のは帰国後、写真で見比べてもほとんど同じだ。

    海倫(Hilun)を3時半頃に過ぎたら車窓の景色は、もう夕陽に赤く照らされて来た。満洲の大地に沈みゆく夕陽。どれほどの日本人がこの光景を見ながら故国日本を偲び、満洲を想ったのか・・・。

    明治の半ば頃から、女郎衆も石光真清も、我が祖父も、関東軍兵士も、開拓団で入植した方々も、そしてこの地で生まれた日本人も、この大地に沈み行く夕陽を眺めた。無論、満蒙漢日朝の五族みんなが見ていた。そして満州として素晴らしい国家の建設を着々と進めた。無念なり。

    私にとって満洲は今も満洲だ。ただ、今は漢族が多数を占めたに過ぎない。それだけをもって今の中共に満洲統治の正当性はない。満洲が続いていれば、さぞかしアジアの合衆国として繁栄し、東アジア・アジア、ひいては世界の安定に、現中共統治に比較すれば、遥かに寄与しただろう。漢族による人口侵略は世界の脅威だ。今後の日本もその脅威に晒されている。



    満洲国
    『ウィキペディア(Wikipedia)』より以下↓引用

    満洲国は公式には五族協和の王道楽土を理念とし、アメリカ合衆国をモデルとして建設され、アジアでの多民族共生の実験国家であるとされていた。

    五族協和とは、満蒙漢日朝の五民族が協力し、平和な国造りを行うこと、王道楽土とは、西洋の「覇道」に対し、アジアの理想的な政治体制を「王道」とし、満洲国皇帝を中心に理想国家を建設することを意味している。

    //////////////////////引用終わり

    http://www.youtube.com/watch?v=BNi8ZjoIYKw&feature=player_embedded

    /////////////////////////////

    http://www.youtube.com/watch?v=-jKs_VBeDxw&feature=player_embedded


  • 8:55:10 <br /><br />昔は愛琿駅があった <br /><br />駅は同じ場所ではないらしいが <br /><br />今は西崗子駅に変わったようだ <br /><br />その附近に愛琿陣地はあった <br /><br />

    8:55:10

    昔は愛琿駅があった

    駅は同じ場所ではないらしいが

    今は西崗子駅に変わったようだ

    その附近に愛琿陣地はあった

  • 9:11:32 <br /><br />孫呉駅の待合室 <br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=0ucPmipLD64&amp;feature=player_embedded

    9:11:32

    孫呉駅の待合室

    http://www.youtube.com/watch?v=0ucPmipLD64&feature=player_embedded

  • 9:41:28 <br /><br />2009/平成21年10月25日 <br /><br />不思議にも同じ列車に乗り合わせ <br /><br />同じ方向に行く人たち <br /><br />この偶然を運命と言わずして何と言う <br /><br />不思議で仕方がないと思うのは私だけかも <br /><br />//////////////////////////////////////<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=ICWkuIEVftQ&amp;feature=player_embedded<br /><br /><br /><br /><br />

    9:41:28

    2009/平成21年10月25日

    不思議にも同じ列車に乗り合わせ

    同じ方向に行く人たち

    この偶然を運命と言わずして何と言う

    不思議で仕方がないと思うのは私だけかも

    //////////////////////////////////////

    http://www.youtube.com/watch?v=ICWkuIEVftQ&feature=player_embedded




  • 9:43:38 <br /><br />この“くすんだ色合い”が好きだ <br /><br />“旅”を感じる <br /><br />

    9:43:38

    この“くすんだ色合い”が好きだ

    “旅”を感じる

  • 9:44:08 <br /><br />孫呉北⇔5km⇔孫呉⇔20km⇔清渓 <br /><br />始発は黒河 <br /><br />

    9:44:08

    孫呉北⇔5km⇔孫呉⇔20km⇔清渓

    始発は黒河

  • 10:23:54 <br /><br />“王○○”“○○秀”ご夫妻 <br /><br />その他、計8名(含・私) <br /><br />良き同乗者に恵まれ <br /><br />楽しい鉄道の旅であった <br /><br />大家非常感謝! <br /><br />///////////////////////////////////<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=3PcFHwVnvPU&amp;feature=player_embedded<br /><br />

    10:23:54

    “王○○”“○○秀”ご夫妻

    その他、計8名(含・私)

    良き同乗者に恵まれ

    楽しい鉄道の旅であった

    大家非常感謝!

    ///////////////////////////////////

    http://www.youtube.com/watch?v=3PcFHwVnvPU&feature=player_embedded

  • 11:13:16 <br /><br />孫呉(発):1時間23分後の車窓の景色 <br /><br />

    11:13:16

    孫呉(発):1時間23分後の車窓の景色

  • 11:33:36 <br /><br />孫呉(発):1時間43分後の車窓の景色 <br /><br />龍門河站も過ぎました <br /><br />

    11:33:36

    孫呉(発):1時間43分後の車窓の景色

    龍門河站も過ぎました

  • 11:38:50 <br /><br />車内販売の方便面(インスタント拉麺)を買う <br /><br />5元(70円)だったと思う <br /><br />白湯を入れてくれる <br /><br />美味い。 <br /><br />

    11:38:50

    車内販売の方便面(インスタント拉麺)を買う

    5元(70円)だったと思う

    白湯を入れてくれる

    美味い。

  • 11:56:04 <br /><br />龍鎮站 <br /><br />孫呉(発):2時間4分後 <br /><br />

    11:56:04

    龍鎮站

    孫呉(発):2時間4分後

  • 11:59:24 <br /><br />今年5月拉林で日本時代の物だと教えてくれた <br /><br />拉林站にあった給水塔と瓜二つに見える <br /><br />ここの給水塔も満洲時代のものかも <br /><br />

    11:59:24

    今年5月拉林で日本時代の物だと教えてくれた

    拉林站にあった給水塔と瓜二つに見える

    ここの給水塔も満洲時代のものかも

  • 13:18:20 <br /><br />北安駅 <br /><br />当初の予定はここで一泊するつもりだったが <br /><br />孫呉で二泊になった <br /><br />

    13:18:20

    北安駅

    当初の予定はここで一泊するつもりだったが

    孫呉で二泊になった

  • 13:41:46 <br /><br />北安(発) <br /><br />ここは、どんな街なのか? <br /><br />

    13:41:46

    北安(発)

    ここは、どんな街なのか?

  • 13:49:10 <br /><br />満洲の大地 <br /><br />孫呉(発):4時間後 <br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=0ZbzJbSDT8o&amp;feature=player_embedded

    13:49:10

    満洲の大地

    孫呉(発):4時間後

    http://www.youtube.com/watch?v=0ZbzJbSDT8o&feature=player_embedded

  • 14:58:02 <br /><br />孫呉(発)5時間後・海北駅到着、次は通北 <br /><br />

    14:58:02

    孫呉(発)5時間後・海北駅到着、次は通北

  • 15:02:32 <br /><br />車窓の景色見飽きず時の経つのを忘れる <br /><br />何でこんなに郷愁を感じるのか? <br /><br />寂・・・として <br /><br />

    15:02:32

    車窓の景色見飽きず時の経つのを忘れる

    何でこんなに郷愁を感じるのか?

    寂・・・として

  • 15:09:26 <br /><br />広漠たる満洲の大地 <br /><br />先人達の夢ここにありし <br /><br />満洲国の夢潰えたりと言えど <br /><br />ここにドラマ在ったこと幻ではなく <br /><br />

    15:09:26

    広漠たる満洲の大地

    先人達の夢ここにありし

    満洲国の夢潰えたりと言えど

    ここにドラマ在ったこと幻ではなく

  • 15:27:48 <br /><br />海倫 <br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=hp-9OgefnUw&amp;feature=player_embedded

    15:27:48

    海倫

    http://www.youtube.com/watch?v=hp-9OgefnUw&feature=player_embedded

  • 15:32:40 <br /><br />満洲の夕暮れ? <br /><br />

    15:32:40

    満洲の夕暮れ?

  • 15:39:26 <br /><br />

    15:39:26

  • 15:57:38 <br /><br />

    15:57:38

  • 15:57:48 <br /><br />

    15:57:48

  • 16:07:02 <br /><br />満洲の夕陽 <br /><br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=bvUNdseaFZA&amp;feature=player_embedded<br /><br />//////////////////////////////////////<br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=2Jv5-hPhQ6E&amp;feature=player_embedded<br /><br /><br /><br />

    16:07:02

    満洲の夕陽


    http://www.youtube.com/watch?v=bvUNdseaFZA&feature=player_embedded

    //////////////////////////////////////

    http://www.youtube.com/watch?v=2Jv5-hPhQ6E&feature=player_embedded



  • 16:02:16 <br /><br />トランプに興じる同乗者 <br /><br />嬉々として賑やかです <br /><br />http://www.youtube.com/watch?v=fwwhFeWPX1o&amp;feature=player_embedded

    16:02:16

    トランプに興じる同乗者

    嬉々として賑やかです

    http://www.youtube.com/watch?v=fwwhFeWPX1o&feature=player_embedded

  • 20:07:16 <br /><br />哈爾濱に戻って来た <br /><br />////////////////////////////////////<br /><br />哈爾濱:到着 <br /><br />定刻どおり午後8時2分に着いた。名残惜しくみんなと別れ、下車した集団にもまれながらプラットホームから出口に向った。この列車は、次に賓江、そして哈爾濱東が終点だ。 <br /><br />列車から降りたら、黒河・孫呉と気温の違いを感じた。そんなに寒くない。パッチは穿かなくて済みそうだ。10月20日ここ哈爾濱に来た時は、風もあり凄く寒さを感じたが、もっと寒いところに行っていたので、寒さを感じなくなっているのだろう。 <br /><br />出口を出て、盛んに声を掛けてくる宿泊の客引きを無視しながら、慣れた足取りで紅軍街の上り勾配の坂道を歩き、哈爾濱に戻って来たことを実感していた。そして、華僑飯店に到着。やっぱし5月同様、フロントの服務員・小姐の態度は最低だった。 <br /><br />200元の押金を払い部屋に行く。当然だがぼろくて汚い部屋だった。何でこれが一番高い一泊¥220元なのか?駅に近いということなのだろう。 <br /><br />8時20分頃には既に部屋に入った。さあ、明日は阿城へ行く。 <br /><br />

    20:07:16

    哈爾濱に戻って来た

    ////////////////////////////////////

    哈爾濱:到着

    定刻どおり午後8時2分に着いた。名残惜しくみんなと別れ、下車した集団にもまれながらプラットホームから出口に向った。この列車は、次に賓江、そして哈爾濱東が終点だ。

    列車から降りたら、黒河・孫呉と気温の違いを感じた。そんなに寒くない。パッチは穿かなくて済みそうだ。10月20日ここ哈爾濱に来た時は、風もあり凄く寒さを感じたが、もっと寒いところに行っていたので、寒さを感じなくなっているのだろう。

    出口を出て、盛んに声を掛けてくる宿泊の客引きを無視しながら、慣れた足取りで紅軍街の上り勾配の坂道を歩き、哈爾濱に戻って来たことを実感していた。そして、華僑飯店に到着。やっぱし5月同様、フロントの服務員・小姐の態度は最低だった。

    200元の押金を払い部屋に行く。当然だがぼろくて汚い部屋だった。何でこれが一番高い一泊¥220元なのか?駅に近いということなのだろう。

    8時20分頃には既に部屋に入った。さあ、明日は阿城へ行く。

  • 20:08:34 <br /><br />哈爾濱駅 <br /><br />

    20:08:34

    哈爾濱駅

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