2009/06/19 - 2009/06/30
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warajiさん
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6月24日水曜日。母島3日目。YHのレンタバイクで母島を一周した。この日初めて他の旅行者を見た。本日も泊まりは昨日と同じ。YHのメンバーも変わりなかった。
ビーチに山に歴史にいろいろ触れることが出来てとてもいい想い出になった。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 船 新幹線 徒歩 バイク
-
今日は一日YHのレンタバイクで島を一周した。一周と言っても道は南北に20?程度だし一本道だ。
値段は確かに高いが、これは仕方が無い。でも8時間2500円は安いと思う。
鍵は付けっぱなし。ビックリしたが、盗みようがない世界だし・・・。運命共同体だからね。逃げる事も出来ないし、みんな知ってる仲だし。これっていい世界だよね。家だって超開放的。これが父島では昔は母島みたいだったようだがもう無理。
母島って本当に楽園だと思う。たぶん住めばいろいろ大変な事とかあるはずだけどね。
最初はYHの近くから回って南下する。海岸線巡りをしながらヘリポートや施設を探検し、御幸之浜へ。 -
今日も朝は曇っていたが、出かける頃には夏空の青い空が広がっていた。今日も暑くなりそう。
YHで氷水とお昼のおにぎりを確保し、出かけた。自販機でペットボトルのお茶も確保。とにかく小笠原の旅では水と食べ物は事前に宿や近くの店で出かける前に調達しなくてはいけない。命に関わる問題だ。ちょっと忘れたでは済まされない事なのだ。
御幸之浜の途中、島特産のラム酒工場を見学。ただ建物があるだけで人の気配や動いてる様子無し。特産品売り場とかあるようなパンフの書き方がされていたが、よく分からなかった。
その他畑を眺めたりして旧ヘリポート跡へ。サトウキビ畑らしきものやパイナップル・バナナなど、南国のくだもの畑や野菜も植えられた土地が広がっていた。特にパッションフルーツは多かった。
バイクだったので、適当に止めて入ったが、ちゃんとPとかある場所があったみたい。
でも私はとにかくそこら辺に止めてガンガン行く。これも田舎ならでは。
歩いて15分位だろうか?最初の浜に降り立った。とてもきれいだ。 -
御幸之浜。解説によると、1927年昭和天皇がここで生物採集してこの名が付いたとか。
貨幣石というめずらしい化石も見れるらしいが、分からなかった。
カニがたくさんいた。思ったより岩場だった。 -
御幸之浜を見てこの地区は離れた。何となく行ってもしょうがない気がして。
次にいよいよ島の最南端を目指す。今の所ここが観光では沖縄方面など除けば最南端の場所。東京都最南端でもある。
道は農道の如き。でもしっかり都道である。車のナンバーも品川だ。
完全に南国の道を走っていると、こんなヤドカリ注意のかんばん。珍しい。 -
東京都最南端。ついに来ました!
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ここからは外来種駆除の為の対策地域。同じ母島でも特別区がある。すでに外来種に侵された地域からまだ守られている地域がこの南端にあるらしく、その水際作戦で害虫の卵駆除対象区がここだった。
で、その為にこれから南端のハイクに行く人はここで靴の泥とかを落とすのだが、これが曲者。
果たしてそれを理解し、ちゃんと遂行する人がどれだけいるか疑問だった。
実際私のほかに何組も入っていったが、一組は私が注意しなければそのまま行ってしまうところだった。
帰りも私は泥を落としたが、他は落とした形跡が無い。ちょっと危ないなぁ〜。
小笠原はエコツーリズムの島と言う事がよく分かったが、観光客のマナーが人それぞれ違うのでその対策もおのずと変わってくる。
このままでは危険な気がした。実際小笠原の自然はかなり破壊されており、保護対策を完全にしないとただの美しい島という文字だけが残ってしまう事になるだろう。 -
ま、そんな事を思いながら南崎を目指していざ出発!しばらくジャングルの中を歩くと案内板がありました。この辺りに咲いている花の図鑑です。
そういえばこんな花咲いてた気がする。 -
あれ?これも。乳房山にもあったかな〜?
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そうこう歩いてるうちに最初の観光ポイントへ到着。
案内では蓮池ですが、言われないと分かりません。
かつては池だったようで、蓮も咲いてたかもしれないけど、今はもう沼というか泥炭層みたいになってます。一応のぞいてみました。 -
解説によると、蓮は栽培されてたんですねー♪
ここにもやはりと言うべきか・・・外来の植物の繁殖がすごいみたい。元々人間が生活の為に栽培したものだけど。複雑な気持ち。 -
蓮池はただいまこんな感じです。外来のカエルの繁殖を抑える為、防護ネットが張ってあった。
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タコノキの遊歩道。ここも何という木か忘れたけど帰化植物化している繁殖の強い外来の植物に覆われていたらしい。実験的に一部排除してずい分明るくなっていた。
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最初に見えたのは逢菜根。狭い入り江で岩と砂利の浜だった。岩に戦争後の濠だろうか?不気味に穴が覗いていた。
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逢菜根ビーチ。ここから右に岩づたいに歩くとかわいいビーチあるらしい。行こうとも思ったが、やめた。今となっては行けばよかったなぁ〜。
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逢菜根を離れてしばらく歩く。今度はすり鉢という観光ポイント。休憩所もあったので少し休んだ。
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崖が崩れてすり鉢状に土砂が流れたのだろう。昔はここで子供たちがそりすべりを楽しんだという。
土は南国特有のものらしい。父島にもハートロックという名で赤土が出ているが、小笠原の島の特性がよく表れている。この小笠原諸島は火山と珊瑚で出来た島なのだ。
この写真では分かりづらいのだが、昔薪などに使う為に松が植えられた。それが今では帰化し、繁殖も強くて外来種の中でも特に問題になっていて本来の固有種の生息場所に侵入して大きく育っている。 -
ここにも案内板が。
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小笠原固有種の草花。名前忘れた・・・。あ、そうそう、ムラサキオモトだ。群生して育つが、規模が小さくて心配。他にもあるのだろうか?
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次に出たのがYビーチ。ワイビーチとは、最初なんで?と思ったらホワイトビーチがなまってワイビーチだとか・・・(解説によると)。私はてっきりY型に見えるからYビーチだと思った。
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ワイビーチに降り立ったところ。どこもそうだけど、ビーチに出るにはジャングルを抜けなければいけない。場所によっては丘や崖を下る。
ここも急な丘を階段で降りていく感じ。しかしそれだけの事はある。すばらしい眺めだった。 -
ワイビーチから少しジャングルを移動すると、最南端の南崎に到着!感動も一潮。
ビーチとしては砂利が多くて拍子抜けだが、日本最南端の小富士が見れる絶好ポイントだ。 -
南崎でボ〜ッとしていたが、隠れる所もないしビーチばかりで飽きてきた。そこへ山から人の声が・・・
そうか、登れるんだ。人影もハッキリ分かる。かなり登っているようだった。
ところが、来た道からではその登山口が分からなかった。やめようとも思ったがここまで来て登らないのはもったいない。それにもう来れないかもしれないから今登らなかったら一生後悔する。
いったん南崎を出て遊歩道に戻り、入り口を探すとあった!なんだ・・・私が単に見逃したのか。見つけてよかった。 -
登山口から10分も登れば山頂だ。展望は素晴らしかった。来てよかった。
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最初にピークに立つと、戦争の傷跡が・・・・
爆弾の跡なのか?くぼんだ穴にトーチカらしき残骸があった。 -
先程の南崎を上から眺める。絶景だ!
ここでお昼にした。YHで用意してもらったおにぎりを食べる。うまい!!
2個300円だったが、大きくて十分だった。 -
見学先にはまたもや案内看板が。特別保護の案内だった。小笠原ではよく見かける。
ここでは昔飼っていた猫も野生化して固有種の敵になってしまっている。なんて悲しいんだろう。
先端の崖の崩れたような所は鳥の繁殖地になっていて立ち入り禁止。しかも敵が侵入できないよう防護ネットもしてるらしい。 -
山頂から沖港集落方面を眺める。今日は雲も無く、いい天気だ。乳房山はどれだろうか?こうやって眺めると、やはりここは島なんだなぁと納得する。画面反対も両側海である。
気持ちいところだ。いつまでもいたかったが、早めに出た。 -
南崎を少し沖に目をやる
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南側に目を移すと小さな島々が点々としていた。
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のんびり歩いたのでかなり時間は喰ったが、普通に歩いて大体コースとしては南崎入り口駐車場から小富士まで40分位だろうか?ちなみに私は行きは1時間20分かけている。帰りは早かった。
途中で見た野生のパパイヤ。でかかった。 -
沖港まで戻り、今度は北部へとバイクを走らせた。
北部と南部では雰囲気が全く違う。
北部に広がる山々を撮ってみた。 -
走るという意味では北部が圧倒的によい。しかし寂しい道だった。道も南部と同じく農道のようなもんだ。
断崖のような場所に道がクネクネと続いており、景観は南国とは思えない。山の中を走るせいか風は冷たかった。トンネルもかなりある。
暗い感じのところもある。それらを越えると再び南国の雰囲気が戻ってくる。
しかし北部にはちょっと寒さを感じる区間があった。それがこの6本指地蔵周辺。
私にはちょっと気持ちよくなかった。でもとにかく見学。 -
拝みながらも写真をパチリ。指は・・?数えると確かに6本。
なんで???作者が単に間違えたのかな?
でもここは薄暗くて誰もいないところだし霊気さえ感じた。ちょっと怖かった。でも基本的にお地蔵様とは道先案内人であり、人の魂を救うお方。こんな所でもお地蔵様はじっと私たちを見守ってくれているのである。 -
戦争中の砲台の跡。ここにも行ってみた。ここも薄気味悪かったが、がんばって歩く。でも先程のお地蔵様よりかは明るい。
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いくつかあったうちの1つ。ここで兵士は何を思って任務についていたのだろうか?ここで実際に戦争があったのだ。時代がちょっと違っただけで生き方が全く違った人生。私はこれからどう生きていくべきなのか?少なくともここにいのちを散らした人々が何万人もいたのだから変な生き方はしてはいけない。それだけは分かる。
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深い山々を越えてちょっと気が変わって東港に下りてみた。
港だから何かあるのかと思ったら何もない・・・
ただ岸壁があって海があって・・ただそれだけ。人の気配も無ければ建物も無いし稼動する気配も無い。
ここは捨てられた港だった。
調べたらここは捕鯨基地だったのだ。だから捕鯨が禁止になって漁が無くなるまではクジラ船団が来てここで解体し、出荷場まで運んで売っていたのだ。 -
資料によると、返還後の1981(S56)〜1985(S60)年までの約5年間捕鯨が行われたそうだ。それだけの為にこんな大きな港が出来たなんて・・・・。
当時、行きたいと願っていた頃に色々旅に出ていれば当然ここにも寄った事になる。残念だ。
これよりあとに母島のYHは出来るのだが、その出来た当時はまだ観光にゆとりがあって石門の出入りも自由だったらしい。(もちろんガイドとかは必要だったが)そこには洞窟探検コースもあって面白かったようだ。今ではもう幻のツアーである。
今日は誰もいないと思ったら誰か泳いでいた。どうもYHのヘルパーらしかったが、そのままにしておいた。ここは人工の?プライベートビーチだ。本当に美しかった。 -
なぜか一艘だけ船があった。ここで漁に出ることもあるのだろうか?
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東港を更に北上。すぐに終点になった。ここが母島最北端。何も無い。ただ道が続いていた。民家も無ければ何も無い。無人の地区だ。
かつてはここに集落があって多くの村人がいたらしい。でも戦争でいなくなった。今は沖港周辺の集落があるだけ。
そういえばここに来る途中野生化した猫がいた。どうやって生きてるんだろう?まあトカゲや鳥はたくさんいるからそれを食べてるんだろうが。 -
当時の様子を示した案内板。かなり繁栄した集落だったようだ。
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かつての母島最北の港、北港跡。集落があった頃はにぎやかだったに違いない。
今は憩いの場として休憩所があるのみ。意外に心地よくてのんびりできる。思ったより人が来て休憩していた。
昔は沖港と北港に2つ集落があったのだ。 -
ここは村の一番外れになるだろうか?小学校の跡地があった。ここで育った人にはかけがえの無い所。
今はもうとても住める環境ではない。それに沖港からも離れているしまさしく陸の孤島?同じ母島でも気が遠くなる程かけ離れた存在だ。 -
かつての校庭と校舎跡。今は樹木に覆われてわずかにその名残がみえるだけ。
地球上に人類が滅んだ時、こんな感じになるんだろうなぁ。 -
北港から歩いて唯一の観光ポイント、大沢海岸。
ここは昔は大沢というくらい水が豊かで生活がしやすかったと見える。
遊歩道の途中には所々生活の跡がある。昔はこの辺りは生活区だったようだ。
今は海岸に出るための遊歩道しか無い。またこれも思ったより歩く。大沢海岸Pから歩いて30分程。意外に大変なコースだと思う。 -
大沢海岸の案内板。南国のビーチとはいえ、何となく静か。
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ここには水のみ場があった。今でも少しだけ出ている。飲み水としてはちょっと無理っぽい。昔は水量もあってシャワーの代わりになったらしい。
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ちょっと遠目から海岸を撮ってみた。かつてはここが遠足の場所だったらしい。今でもそうだろうが、南崎や小富士(お正月はここが島民で一杯になる初日の出ポイント)、またまた無人島といい所が盛りだくさん!ちなみに無人島は島民のみ可能。父島もそうだが、名目は調査。基本的に小笠原は規制が多くて意外に自由が無いのだ。
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北部の探検を終え、戻る途中石門に寄ってみた。ここはガイド無しでは入れない進入禁止区域。
でもちょっとだけ中を覗いてみた。 -
石門はシダ系や樹木を楽しむ人にはいい所だとのこと。一人だと高いしガイド自体も高い。結局あきらめた。
まるまる一日コースになるし。それでちょっとだけ中を観察。確かにルート工作は初心者には無理っぽい。たぶんプロガイドのみが入れるようワザと案内標識とかは作ってないのだろう。
それに・・・ちょっと怖い感じ。この辺りはアカギという熱帯性の樹木がすごい勢いで繁殖していて固有種を脅かしていた。
アカギは元々ここには無い木で、薪などの燃料にする為に持ち込まれた外来種。
しかし今は薪も使わないし気候がこの木に合っている為に手のつけようがない程になってしまった。母島でもこのアカギと松には苦労しているのが現状だ。 -
ここには鳥が多くいた。よく分からないが、メグロだと思うがあちこちにいた。すばしっこいので上手く撮れなかったが。
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石門を離れ、森林帯を抜けて再び海岸線に戻ってきた。やはり空気が違う。
夕陽ポイントで少し休憩。ここにも案内勘案が。外来種駆除と固有種保護についてだった。 -
南部では見られなかったが、北部ではこういう保護ネットが目立った。トカゲや猫の侵入防止をしている。
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夕陽ポイントはいくつかあり、それぞれ立ち止まっては海岸線をながめた。
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夕陽ポイントなどから海岸を望む
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だんだん夕暮れが近づく。今日はでもあまりきれいな夕陽は無理そうだった。
遅くなってもいけないし近くの集落をあちこち回った。思ったより楽しめた。農家も思ったより多い。歴史のある史跡などもあってそれらを見て回り、乳房山登山口近くにあるガソリンスタンドでガス補給。やっと1ℓ入った程度。でもリッター260円!!内地で高いと言っても130円位だったから約2倍だ。
まあトータル走ることも少ないし安いと言えば安い。
今日も宿は3人。おやじさんがまた魚を釣って料理に出た。奥さん得意らしい白いカレーが美味しくてお代わりした。また来たら食べたいなぁ〜♪
今日で母島も終わり。あっという間だった。ちょっと寂しい。ここが気に入ってしまっただけに。
明日は再び父島だ。
母島では今週末小笠原返還祭があるのだそうだ。ああ〜・・・せっかくだから見たい。6月26日が返還の日で、その週末に祭りが行われるのだそうだ。父島でもあるのかと思ったら、あったり無かったりだそうで、毎年やってるのは母島との事だった。さすがにその前後は宿は満室との事。意外にお客さん来るんだね。
小笠原って遠いしお金もかかるし休みだってたくさん取らなきゃいけないしそんなに来れない所と思ってたけど、来る人は来る。そんな島だった。
〜つづく〜
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