2009/09/20 - 2009/09/27
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azianokazeさん
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ウブド6日目 今日はウブド最終日 夕刻に空港へ向かうまで、ウブド東部近郊に点在するスポットをまわります。入り口に巨大な顔が彫られた洞窟ゴア・ガジャ、素朴なレリーフが岩肌に残るイエ・プル、その他“ペジェンの巨人”や“ペジェンの月”といった伝説を秘めた史跡など。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 航空会社
- シンガポール航空
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この付近のスポットは、12年前は自転車で、今回は昨日に引き続き車をチャーターしてお手軽に。
当時は、南部郊外の木彫り村マスなど、あちこちを宿の自転車を借りてまわりましたが、山道で迷ったうえに疲れ果て、道路ばたに自転車を放りだし座り込んでしまったことも・・・。
車のチャーター料は1時間70,000ルピア(約700円)
先ずは現地ツアー定番スポットのゴア・ガジャ。11世紀頃の遺跡です。
前回滞在中に2回訪れていますので、今回は3回目になります。
入場料は忘れましたが、「歩き方」では6、000ルピアとなっています。 -
6人の女神から水が注がれる沐浴場。
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この沐浴場は1954年に発見されるまで、土に埋もれていたそうです。
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入り口に巨大な顔が彫られた洞窟。
この顔のモチーフは魔女ランダとも、アグン山をつくった神様シヴァ・パスパティとも言われています。 -
「ゴア・ガジャ」とは「象の洞窟」という意味ですが、14世紀にオランダ人が発見した時、入り口に祀られている半壊したボマ神の像が象のように見えたことからこの名が付けられたという説、象の形をしたガネーシャ神が祀られていることに由来するという説、更には、近くに流れる川が ラワ・ガジャ(象の川)と呼ばれていたからだとする説・・・など諸説あるようです。
それにしても、どの説明にも登場する“ボマ神の像”ってどれだ? -
暗い洞窟内部はさほどの広さはなく、奥にガネーシャの像が祀られています。
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反対側に、ヒンドゥーの3大神をあらわす3体のリンガが。
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前回訪れたとき、地元の老人が大声で日本の歌を歌っていたのが印象に残っています。
単に日本人観光客へのサービスというかアピールだったのでしょうが、インドネシアも戦時中は日本軍が支配し、日本語教育を行っていた・・・そんな歴史を思い出させました。 -
参道の土産物屋。竹製の風鈴を購入。風もない部屋に下げていますが、ときおり揺すってやると、カランコロンと切ない音色を奏でます。
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通りで出会った祭礼の行列。車内から。
ウブドでは、あそこそこでこうした光景に出会います。 -
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イエ・プルの料金所。「歩き方」によれば6,000ルピア。
イエ・プルを12年前訪れたとき、レリーフ前にいた老婆に寄付を迫られ、ポケットには小額のお札があまりなく、僅かな金額を渡したところ、えらい剣幕でなじられました。おそらく「これっぽっちで一体何が買えるって言うだい!もっと出しな!」なんて言っていたのでは。
「今は小銭がないから」と、大きな金額のお札を見せると、「あるじゃないか!それよこしな!」なんてやり取りも。
もちろん、それ以上出しませんでしたが、ちょっと不愉快でもありました。
今回再訪にあたって、ガイドブックでイエ・プルの入場料の記述を見て、「ひょっとして、あれは入場料だったのだろうか。それを知らずに小銭しか出さずに踏み倒したのだろうか?それで、あの老婆は怒ったのだろうか・・・」と小さな胸を痛めたのですが、入場料を払う場所はちゃんと別にあります。やはり、あのオババは、単に寄付が少ないと怒っていたのでしょう。 -
ゴア・ガジャにしても、イエ・プルにしても、持参のサルンを巻いて入ります。
貸してはもらえますが、当然料金が必要です。
のどかな田園風景の中を歩きます。 -
洒落たカフェもあります。昔はこんなものなかったような・・・。
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小道の奥の壁に、レリーフがあらわれます。
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そして、あのオババも。
もちろん12年前と同一人物かはわかりません。オババは何年たってもオババですので。
ただ、やはり寄付をせがまれ小額を渡すと、今度は「これっぽっちかい?」なんて感じで、ケタケタ笑われました。
やはり、あのオババに違いありません。
写真のにこやかな笑顔は、お金を渡す前の様子です。 -
レリーフは14世紀後半のものだそうで、25mほどにわたって、岩肌に彫られています。
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帰ろうとするクリシュナが乗る馬の尾をつかんで引き止める熊の娘
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「歩き方」によれば、娘(右)の左側で、上下2匹の猿がふたりの真似をしてシッポをつかんでいるさまがユーモラスに彫られているとのこと。
肉眼でも「そう言われれば、そのようにも見えるな・・・」ぐらいの感じでしたが、写真では、撮影した本人もさだかではありません。 -
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こちらは、クボ・エダン寺院です。
入る際には、5000ルピア程度のドネーションを。 -
この寺院は、「ペジェンの巨人」と呼ばれる「踊るビマ像」で知られています。
“ペジェン”は、この周辺の地名。“クボ・エダン”とは“狂った水牛”という意味です。
「高さ3.6mのビマ像は13〜14世紀頃のもので、威圧感のあるその姿は死の舞踊を体現している。死人の上に乗り、足首や手首にはヘビが巻きつき、顔に仮面をつけてポーズをとる姿は、マハーバーラタの有名な一場面」(「歩き方」より) -
腰に巻かれた白黒チェックのサルンから4本の男根がのぞいています。
この男根が左向きなのが、このビマがブラックマジックの使い手であることを示しているそうです。
表情は風化して判別できません。 -
ビマ像と並んで、奇妙な石像など置かれています。
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よく門前に置かれている魔除けの石像(ラクササ)の類でしょうか。
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手塚治虫の“ヒョウタンツギ”のようにも見えますが、多分髑髏でしょう。
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12年前は境内のこのスペースにガムランが並べられ、観光客の若い女性が自由にそれを叩き、地元の兄ちゃんが手取り足取り教える・・・といった光景がありましたが、今は何もありません。
なお、隣のプセリン・ジャガッ寺院にも、出土した古代石像遺跡が多数安置されているそうです。
また、村のあちこちに、出土した石像遺跡(アルチャ)を祀った祠(プリンゲー)があるそうで、バリの明日香村のような所です。 -
クボ・エダン寺院のすぐ近くにある、プナタラン・サシ寺院。
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この寺で有名なのが、「ペジェンの月」と呼ばれる、紀元前3世紀頃の世界最大の青銅製銅鼓。
直径160cm、全長186cm。 -
“銅鼓は、東南アジアのドンソン文化を代表する青銅器である。ドンソン文化は、紀元前5〜前3世紀頃、中国南部の雲南からベトナム北部にかけての地域において高度に発達した金属器文化である。インドネシアでは、スマトラ、ジャワ、バリから、ニューギニア島に近いカイ諸島にまで分布する。”(「婆利島物語」
http://www.asahi-net.or.jp/~bw5y-nsmr/miyako/miyako03.html)・・・だそうです。 -
“太古のバリには、月が13個もあったそうで、ある時、そのうちの1個がペジェン村に落ち、椰子の木に引っかかった。昼夜を問わず村を煌々と照らすため、夜になっても仕事ができず困った泥棒が灯りを消そうと木に登り、月に小便をかけた。ところがその瞬間、月が爆発した。泥棒は死に、月は地上に落ちた。これが『ペジェンの月』で、銅鼓の縁が割れているのは、地上に落ちた時に破損してできた傷だという。”(「歩き方」「婆利島物語」より)
また、バリ各地に伝わる伝説の巨人「クボ・イオ」の耳飾りだったとの言い伝えもあるそうです。 -
プナタラン・サシ寺院境内
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プナタラン・サシ寺院の装飾
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こちらはプドゥル村の古刹サムアン・ティガ。
11世紀初頭のバリ島では、風の神を信仰するバユ派や、仏教の教えを取り入れたブッダ派など、多くの宗派が入り乱れて争っていました。それら有力宗派の代表者が集まって宗教会議を開いたのが、この寺院だそうです。(サムアンは会議の意) -
この会議の結果、各村はブラフマ神を祀るプラ・デサ、ヴィシュヌ神を祀るプラ・プセ、シヴァ神を祀るプラ・ダラムの寺を持ち、その三大神を崇拝することになったとか。
つまり、現在のバリ・ヒンドゥー教の礎が作られた場所が、このサムアン・ティガという訳です。
今日の世界で争われている宗教対立も、こんな風に話し合いで決着すればいいのですが。 -
広い境内には、特筆するほどのものはありません。
敷地の外では男衆が集まって、なんかの祭礼の準備でしょうか。単にダベっている風にしか見えませんでしたが。 -
ガジュマルでしょうか。気根を垂らした大きな古木が。
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遠くの森からは女性たちのご詠歌のような歌声が、けだるく聞こえてきます。子供たちでしょうか。
どこまでもゆったりとしたバリの時間に身をゆだねます。 -
宿に戻る途中、小学校に併設された集会所のような場所で、子供たちがダンスの練習をしていました。
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授業を終えた子供も出てきて見学。
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王宮近くでは、バロンのような一行が。
ウブドは、いつでも、どこでも、お祭りです。
生活=祭り、そんなところです。 -
車内でドライバー氏にもらったお菓子。
お米を甘くしたもの(左)、ココナツをまぶした中に餡の入ったもの(右)
甘いものが大好きな私は、後で食べようと半分の残しておいたのですが、部屋に戻ってしばらくすると小さな蟻がいっぱい。気づかずに蟻ごと一口食べちまったぜ!滋養強壮にはいいか・・・。 -
観光はこれで終了。
最後に、宿Rumah Pakirの手前で車を降りて、宿のあるプネスタナン村周辺を記録。
写真は、ジャラン・ラヤ・ウブドのウォス川にかかる橋。 -
橋を渡ってブランコ・ルネッサンス美術館を過ぎたあたりにドリアン売りが出ています。
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ドリアン売りがいる辺りで、U字カーブでプネスタナンへの坂を上がります。
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この坂が結構な急坂で、ジャラン・ジャランの帰りなどは足を引きずってのぼります。
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プネスタナンのメインストリート。
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日本人女性が経営する日本食ワルンの「ソフィア」
味覚は馴れの問題でもありますので、旅先で現地の料理を食べていると、味覚音痴の私はやはり舌に馴染んだ日本食が食べたくなります。
以前は「外国に来て日本食なんて!」というこだわりがありましたが、最近は素直に日本料理店(高価な寿司などではなく、庶民価格の店ですが)に足を運びます。
「ソフィア」ではギョウーザが食べたかったのですが、曜日が決まっていてアウト。代わりに、カレーライス、ボイルした海老(曜日限定)、辛ネギ味噌ラーメン、ナスの生姜焼きなどを。 -
こちらはワルン・メンデズ。
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最後の昼食に食べた、べべ(アヒル)を丸ごと焼いたもので、とってもジューシーで美味です。
ただ、手がべとべとになりますが。 -
宿Rumah Pakirには、このギャラリーのところから奥へ入ります。
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田んぼの中へ入っていきます。
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この小道を100mほど行った右手に宿Rumah Pakirがあります。
以上、2009年バリ島ウブドの旅は終了です。
やはり、バリはいいところです。
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