2009/09/14 - 2009/09/19
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harihariさん
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4日目。
この日は中通島を出て若松島、有福島、漁生浦島、日島といった具合に、次々に島を渡って車を走らせました。
途中、いくつかの集落をめぐり、教会を訪ね、廃校に立ち寄りながら…。
そして、夕方は船で、かつて潜伏キリシタンが隠れ住んだキリシタン洞窟を案内してもらいました。ガイドをしていただいたのは、日本に僅かだけ残る現役の隠れキリシタンの方。
キリスト教について、禁教時代について、潜伏キリシタンについて、いろんな話を聞いて、いろんなことを知りました。
今回の旅行の中でも、隠れキリシタンの方との出会いのおかげで、とても心に残る一日となりました。
この日巡った教会
桐教会〜大平教会〜土井ノ浦教会〜有福教会
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 船 レンタカー JALグループ ANAグループ JRローカル
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AM6:30 起床。
部屋から日の出を望んで。 -
朝食前の散歩。
一仕事終えて穏やかさを取り戻した青方港。 -
登校する子供たちと挨拶を交わしながら、30分ぐらいかけてのんびりと散歩。
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PM7:30 朝食。
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ゆっくりと朝食を食べたあと、いつものようにPM9:00頃、永田旅館を出発。
今日はひたすら海沿いを南に南に。
いつくかの集落を通り過ぎて、最初の目的地に辿り着く前に、木造の校舎を発見。 -
急激にノスタルジーを感じたので、中を覗いてみるとどうやら廃校になった校舎のよう。
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桐古里(きりふるさと)集落の旧桐古小学校。
平成13年廃校。
校舎は昭和28年に新校舎として建てられたもの。 -
「さようなら」「ありがとう」の文字が書かれた窓ガラス。
これを書いた子供たちも、今はもう20歳ぐらいになっているのです。
自分の通っていた学校がなくなってしまうって、どんな気持ちなんでしょうか。 -
何かの大会で獲得したトロフィーなども置き去りにされたまま。
切ないです。 -
数年前までは子供たちの声で賑わっていたグラウンドも、今では静寂に包まれて、時折トビの鳴き声が聞こえるくらい。
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学校の前には、道路をはさんで透きとおった青い海。
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集落から子供の姿がなくなるのは、なんとも寂しいものですね。
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集落からは、今日最初の教会が見えます。
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AM10:00 桐教会。
昭和33年竣工。 -
内部正面。
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規模といいデザインといい、かなり立派な教会。
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祭壇上部のハート型にくり抜かれた天井のステンドグラスからは、午前のやわらかな光が降り注いで。
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教会から見下ろすと、向かいの島との間に川のような海が流れを作っています。
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切り立った断崖のように、急激に深くなっています。
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この小さな島々にも、漁業や農業に従事している島民の方がいます。
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一番狭い部分では、わずか7メートルしかない隣の島との海。その橋の上から。
島好きとしては一応、橋を渡って隣の桐ノ小島にも足を踏み入れておきたいもので。 -
AM10:40 若松大橋を渡ります。
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この日は、夕方までかけて中通島に隣接する島々の教会を巡ります。
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若松商店街。
この中にまで車を乗り入れて。 -
この島での最初の目的地は、教会ではなくてこのお寺。極楽寺。
何が目当てかというと、御本尊の銅造如来立像。国指定重要文化財。
お寺の方にお願いすると、快く見せていただくことができました。
統一新羅時代の仏像で、九州最古であるとのこと。 -
大陸製の仏像が伝わっていることからも、古代の九州が海の玄関口だったことがわかるというものです。
ただ、もしここに訪れる方がいるとしたら、ぜひ見ていただきたいのが「八大竜王坐像」。
NASAの資料で見る宇宙人みたい。ヒンドゥーのナーガそのもの。
大変貴重な、珍しいものを見せていただきました。 -
AM11;00 極楽寺を出て、車一台分の山道を走ること15分。
一旦港の集落に行き当たりました。
目的地はまだまだ先。 -
そこから山道を10分ぐらい。
片側は山、片側は崖。場合によっては両側が崖。ガードレールなし。
行けども行けども辿り着かず、前から車が来たらどうしよう...と不安に思いながらの運転。
さらに、野生のシカにも遭遇しながら、ようやく見えた教会。 -
AM11:30 大平教会。
集落や畑はあるものの、人の気配はナシ。物音一つナシ。 -
内部正面。
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内部背面。
小さな集落ですが、とてもきれいな教会です。 -
あまりにも遠いため、僕たちのような観光客は1週間に数人が訪れる程度。
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教会の目前、マリア様の視線の先には小学校があります。
こんな最高のロケーションで学べるなんて、なんて羨ましいんだろう、と思ったら... -
旧若松町立大平小学校。平成15年廃校。
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海の見えるグラウンドでは、子供たちの遊ぶ姿は戻らないのでしょうか。
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6年前に書かれた落書きもそのまま。
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明治初期のキリシタン迫害をくぐり抜けてきた人たちの子孫が、静かに暮らす集落。
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山に沿うように存在する集落の、ほんのわずかな平地に教会と学校が立っています。
それだけ、この2つが大切にされていた証拠なのではないでしょうか。 -
大平教会を出て、スリリングな道を20分ぐらいかけて戻ります。
若松商店街から、今度は島の反対側に。
PM12:15 土井ノ浦教会に到着。
抜けるような青空に、真っ白な教会が印象的。 -
正面部分はコンクリートで改築をしていますが、木造の主屋部分は明治44(1911)年の竣工。
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内部正面。
漆喰仕上げのリブ・ヴォールト天井。 -
木造教会の温かみを感じる祭壇部分。
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内部背面。丸窓はキリストの心臓。
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元々は明治44年に大曽教会として建てられた教会を、大正7年に移築したものです。
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黒光りするまで磨き上げられた床には、色とりどりの影が映り込んで。
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教会は土井ノ浦漁港を見下ろす高台にあります。
このあたりには、島原の乱に従軍して誰もいなくなってしまった集落もあるようです。 -
PM12:40 土井ノ浦教会を後にして、若松島をさらに奥へと走らせます。
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このあたりはとてもいいドライブ。
中通島、若松島と走って分かったのは、島の主要幹線はすごくいい道なんですが、小さな集落へとつながる枝道は車一台、しかも崖っぷちという道が多いということ。 -
若松島から漁生浦島(りょうぜがうらしま)を通って…
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PM12:50 有福島に到着。
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有福教会が階段を少し上った山合いに姿を見せます。
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有福教会。
昭和2年に竣工後、幾度となく改築を繰り返された木造教会です。 -
内部正面。
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今回の旅の中では最西端の教会。
観光客は滅多に訪れないようで、日に一人いるかいないかといったところ。 -
外海から移住してきたキリシタンを先祖に持つ、静かな漁港の集落。
あたりを見回しても、人影はなし。 -
PM13:10 有福島を出て最後の島、日島に渡ります。
橋ではなく堤防の上を走ります。
堤防のこっちが有福島。向こうが日島。 -
日島で屋根とベンチのある東屋を発見。
ここで昼食です。 -
昼食は、永田旅館のお母さんがお弁当を作ってくれました。
青い海を見ながら。最高の贅沢。
食後はビーチコーミング。 -
日島曲石塔群。
海に面した場所にある、鎌倉時代から室町前期にかけての石塔群です。 -
詳しいことはまだ不明の部分が多いみたいですが、古来、日島は大陸と九周、本州を結ぶ重要な海上交易の拠点だったようです。
こんな小さく静かな島が、かつて日本の最先端だった時代があったのですね。
この場所に立って、そんな輝かしい時代を肌で実感してみました。 -
PM14:30 日島を出て、有福島、漁生浦島、若松島と戻ってきました。
PM15:00 若松港着。 -
港の岸壁の上からとは思えないような、透きとおった海の中には、小魚の群れ。
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若松大橋を渡って中通島へ。
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途中、ガイドをお願いしていた漁師さんの奥さんと合流して、桐の集落にやってきました。
このあたりは、もともと潜伏キリシタンの集落です。
自宅にお邪魔させていただいて、キリシタン禁制時代の大切な宝物なども見せてもらったりしました。(大切な信仰の宝物なので、写真は遠慮しました。) -
PM16:15 予定より少し遅れて、祥福丸に乗船。
実は、この日はかつて潜伏キリシタンが隠れていたキリシタン洞窟を見学しに連れて行ってもらうことになっていたのです。 -
ガイド兼船長の坂井さん。
この方も潜伏キリシタンの末裔。しかも驚くことに、現在日本に残された数少ない隠れキリシタンの一人です。 -
船上から見る五島の島々。入り江が複雑に入り組んでいるため、どこが別の島でどこが陸続きなのか全然分かりません。
潮風が心地よい。 -
岩場に穴が開いているのが見えます。
「ハリのメンド」といって、見る角度によって幼少のイエス・キリストを抱いているマリア様の姿に見えるのです。
表面上、信仰を捨てなければならなかった時、このようなものを十字架やロザリオ代わりにして祈っていたのでしょうか。 -
PM16:30 キリシタン洞窟に到着。
ここは若松島の最南端。断崖絶壁で陸地でのアクセスができないため、船で訪れるしかありません。 -
岩礁に僕たちを降ろすと、船は少し離れて待機します。
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江戸時代、迫害を逃れて潜伏していたキリシタンが、2家族十数人この場所で4か月もの間隠れ暮していたそうです。
ところが、食事を作るときの煙を漁船に見つかって、捕えられて処刑されたとのこと。 -
近年、慰霊のため、洞窟入り口にマリア像が建てられました。その頃、その人たちが見たのと殆ど変わることのないこの景色。
雨の日も嵐の日も、強すぎる日差しの日も、いつ終わるとも知れない迫害を逃れて、救いを求めて、来る日も来る日も同じ景色を見ていた人たちのことを考えると、胸が締め付けられるようです。 -
その潜伏キリシタンを先祖に持つ桐の集落の人たちにとっても、とても大切な場所です。
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足もとには夥しい小魚の群れ。
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約20分ぐらいの滞在で、キリシタン洞窟を後にします。
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来たときとは明らかに違う気持ちで、五島の島々を見ていることに気が付きます。
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海の上から見た桐教会。
今では多くの隠れキリシタンの人たちも、カトリックに帰教しています。
その中で、ガイドの坂井さんのように、今でもカトリックに戻らず、隠れキリシタンを信仰している人たちがいることを知りました。 -
川のように見えますが、これも海。
島と島の間の瀬の部分です。 -
今日お世話になった祥福丸。
釣りに観光にと、大忙しのようです。 -
PM17:30 帰りの車の中。海岸線を北へ。
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PM19:00 夕食。
お寿司、〆鯵、鯵の煮付け、芋の煮物、ハマチのお造り。
左上はクジラです。
クジラ料理は上五島の名物ですからね。 -
アジの煮付け。
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握り寿司。
毎日食べきれないぐらいの美味しい料理を出してくれます。
昨日までの煌びやかな教会とは違って、今日訪れた教会は、小さく静かな集落にひっそりと佇む教会ばかりでした。
そして、五島の島々が、元々人目につかない場所に居を構えた潜伏キリシタンの島なのは知っていましたが、今でも信仰としての「かくれキリシタン」を捨てていない人たちがいることは、初めて知りました。
何となく自分の中での宗教観が、変わりそうな一日になってしまいました。
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