2009/09/09 - 2009/09/10
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ANZdrifterさん
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芭蕉は1689年に奥の細道の旅に出た。山寺をおとずれた後、旧暦6月3日に新庄を発ち、舟で最上川をくだり清川で上陸し、羽黒山・月山・湯殿山を5泊して巡拝して鶴岡に下り、6月13日舟で酒田に着き俳人と交わり、15日発18日帰着の3泊で象潟をおとずれた。
私の経路は、東京から山形新幹線で新庄。新庄からは陸羽西線(別名:奥の細道最上川ライン)で余目(あまるめ)。ついで羽越本線で象潟というコースでしたが、東京方面から行くには新幹線で新潟、そこから特急に乗るほうが乗り換え1回で断然早い。
象潟は日本で初めて漂泊の思想を体現したとされる平安中期の能因や、芭蕉が「旅に死せる古人」と呼んだ西行が平安中期におとずれたと伝えられる景勝の地で、松をいただいた小島が散在する浅い海だったが、1804年の地震で2,6m隆起して現在は水田の中に島が点在している。国指定の天然記念物。
象潟の駅は特徴のない小駅。駅向かいのタクシーは手を挙げても来ないので観光案内所から電話してもらった。
まず、能因島に立ち寄る。たしか幅10m、長さ20mくらいで松が生えた小島。ツリガネニンジンやオトコヘシが咲いていた。
地元では能因法師がここで3年間修行したと伝えているが、新幹線の社内誌「トランヴェール」2009年9月号では能因も西行も象潟を訪れた確証はないという意見を紹介している。
もしもそうだとすれば、能因が雪に降り込められて越冬した場所はどこだったのか。「世の中はかくても経けり象潟や あまのとまやをわが宿にして」と詠んだ場所はどこだったのだろうか?
また、西行が「象潟の桜はなみに埋もれてはなのうえこぐあまのつり舟」と詠んだのはこの地ではないのか、などと思いました。
さらに、能因・西行が訪れたことを信じて、奥の細道の旅で最北の象潟の地に足を運んだ芭蕉の一途な歌枕探勝に旅心をかきたてられながら、能因島から九十九島と呼ばれるいくつかの島をめぐって、色づいた稲穂の海に浮かぶ島々をながめ、新興住宅をさけて写真をとりました。
湾に浮かぶ凝灰岩の松島と、潟にある土石流の流山の差か、それとも表日本と裏日本の差か、「松島はわらうがごとく、象潟はうらむがごとし」という芭蕉の感慨はそのまま今につながっています。
九十九島のひとつ象潟島にある蚶満寺(かんまんじ:扁額には蚶満珠禅寺とある)に行く。(なお蚶貝はキサガイと読み赤貝のこと)
入り口の標柱から左に入って今出来の西施像を一瞥。旧参道を歩いて山門にいたる。
江戸中期の作とされる山門は1804年の地震で倒れたのを復旧したとか。二十四孝を彫ったという彫刻が素晴らしい。
受付で拝観料300円をはらって入山。ここは見るものが多いが、見ることが出来ない旅客集は、訪れた文人が歌や句を書きとめたもので小林一茶、平賀源内など1400余の名前が記されているという。一部の写しが象潟郷土資料館に展示されているとのこと。
見たもの:北限のバナナ(芭蕉)の植え込み、芭蕉句碑、西行桜の幼樹、猿丸太夫姿見の井戸、北条時頼のツツジ、親鸞聖人腰掛石、舟つなぎ石、夜泣き椿などなど。
なお、芭蕉の句碑は「象潟の雨や西施がねぶの花」で奥の細道本文の「象潟や雨に西施がねぶの花」の初案とされています。
蚶満寺のちかくに道の駅があります。土産は1階。後はカラオケ、貸席、4階が展望温泉風呂、エレベーターで6階に上がると展望台で日本海に沈む夕日が見られる。
蚶満寺のちかくにある宿は「海苑蕉風荘」と「サン・ねむの木」。前者は秋田県の保養所を払い下げたもので築40年?。建物は古いが内装はそれほどでもない。海岸に10mという好立地。朝食つき6300円。ツインは12600円と部屋代と食事代が分けてない。
「サン・ねむの木」は昔の島?の上にあり、新しい感じ。眺望もよさそう。いずれも象潟の観光案内のサイトからのぞける。
しかし、特急で40分の酒田には新築のビジネスホテルがいくつもあり、部屋代と食事が分けられているので、酒田に泊まる方が快適だし安くつく。その場合、東京から新幹線で新潟。新潟から特急で象潟下車。逍遥して酒田に戻って泊まるのがお勧め。
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この旅行記へのコメント (5)
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- ツーリスト今中さん 2009/11/03 20:41:49
- 旅、、、、
- ご無沙汰しております。
奥の細道を辿る旅、また「さすらいおじさん」様との
やり取りも興味深く拝見しました。
学生時代が山形だったので山形の地名その他には
親しみを覚えますが芭蕉には詳しくはありません。
ANZさんの旅行記を拝見して勉強と言うところです。
旅とは何ぞやと言う思いにさせる芭蕉など先人の旅ですよね。
いろいろ書きかけては消し書きかけては消し、、
語彙不足表現力不足で思ったことがうまく表現できないので
一票投じて失礼することにしました(-_-;)
- ANZdrifterさん からの返信 2009/11/04 18:42:08
- RE: いつまでも旅です
- おひさしぶりです。
皆さんが 芭蕉のような旅をしたいと思いながら できないでいるようなのでひとつ 芭蕉のあとを辿ってみようと思いました。
山形にゆかりのツーリスト今中さんは きっと読んでくださると思っていました。芭蕉が一番長く滞在したのが山形ですから。
小生 実はニュージーランドの一人旅から帰ったばかりなのですが 体調を崩してしまって 医者通いしております。
旅行記は少しずつ整理して アップしてまいりますので お閑な時にはそちらも 覗いてみてください。
最近旅の分類学を 某雑誌に投稿しましたが 採用されるかどうかです。
むしろ 分類よりも 旅に出る動機 のほうが重要なのかもしれないと 心理学者と話しております。
ともあれ ご来訪と投票 ありがとうございました。
>
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- さすらいおじさんさん 2009/09/26 09:39:38
- 奥の細道の旅
- ANZdrifterさん
奥の細道の旅、いいですね。
私も芭蕉が好きで何度か奥の細道のルートを辿っていますが、
ANZdrifterさんのレポートはとても詳細で解りやすく参考になります。
また拝見にうかがいます。
- ANZdrifterさん からの返信 2009/10/01 16:29:08
- RE: 奥の細道の旅のこと
- さすらいおじさん 様
ご訪問と 書き込みをいただき お礼申し上げます。
自宅から2時間ほどの 別荘と呼ばれている仕事場におりまして テレビも電話もない生活をしておりましたので
ご挨拶が遅れました。
芭蕉、特に奥の細道については どこを歩いて どこに何日滞在してという日程を調べました。
絶版ですが「井本農一著:奥の細道をたどる」がおもな参考文献です。
平均すると4日歩いて 4日〜5日滞在していますが、計算しなおすと7日歩いて8日滞在 ともなります。
山形県下では 尾花沢に9泊、大石田と新庄に2泊、出羽三山5泊のあと 酒田と象潟には 計12泊と 細道の中でも最もながく滞在していて 合計すると山形県の滞在が 他県にくらべると圧倒的に長くなっています。
山形県でもそのことを 自慢し宣伝しているようです。
私に残されているのは7泊した福島県の須賀川と、14泊した栃木県の黒羽、そして曾良の旧主・榊原氏が城代家老をしていた村上などです。
現地を訪ねたのに書いてないのは 平泉・石巻・仙台などですが すこしずつ 書いてゆくつもりです。
これからも ときどき覗いていただければ 嬉しく存じます。
小生 さしあたり足元が丈夫なうちに もう一度ニュージーランドに行ってまいります。
昔からの知己のような感じがして いろいろと書き連ねました。
末筆ながら よい旅をお続けくださいますよう 願っております。
ANZdrifter
- さすらいおじさんさん からの返信 2009/10/02 18:31:36
- RE: RE: 奥の細道の旅のこと
ANZdrifterさん
私は大阪で亡くなるまで旅を続けた芭蕉に共感をおぼえ、旅先で芭蕉の句碑があると聞けば訪ねてゆき、「芭蕉はここにもきたのだ」と思いながら芭蕉が歩いた場所に立っていることを嬉しく思っています。
関西でも芭蕉の句碑はたくさんあって多くの人に親しまれている俳人であることを実感しています。
奥の細道では山形県の滞在が一番長かったのですね,初めて知りました。
山形県では山寺、最上川、出羽三山、酒田、象潟などで有名な俳句を残しましたし芭蕉にとっても山形は気力が充実していた場所だったのでしょうね。
今年4月に最上川、出羽三山、酒田など歩いて感動したことを思い出しました。
ANZdrifterさんが芭蕉にお詳しいことにあらためて感心しました。
また芭蕉の旅行記など、拝見させていただきます。
ニュージーランド、どうぞいい旅をなさってください。
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