2009/06/27 - 2009/06/27
202位(同エリア242件中)
ソフィさん
2009年6月27日(土)
パリまでの飛行時間は、いよいよ10時間を切った。
ここで「まだ10時間も乗らなければならない」と思う人と、「10時間しか残っていない」と思う人の差は、大きい。
ゆとりの時間を使って、初めてジェット機に乗ったころの感動を、次々思い出している。
関西空港を昼ごろ出発すれば、明るいうちにトゥールーズに着いてしまう。
この便利さを生んだ功労者は、ジェット機なのだ。
東京・パリ間は、南回りに次いで北回りが始まり、最初はアラスカのアンカレージ経由、次いでモスコー経由となり、ついに今のようなノンストップが生まれた。
ソ連が上空通過を許可して呉れた結果生まれたモスコー経由の誕生で、飛行距離はグッと縮まったのだが、最初の間シベリア上空では窓を閉め、撮影禁止だった。
ここで少し話を変えるが、当時ヨーロッパにいた私は、「日本の新幹線は出発時においてなぜもっと高性能のものを狙わないのか。せっかくの恵まれた機会なのに・・・」という、外国の鉄道技師たちの意見を耳にした。
しかし私は、あまり究極を狙わなかったことが、新幹線技術を安定したものとして社会に提供出来ているコツではなかったのだろうかと、最近考え始めている。
こうしたイギリスの貴重な経験を引き継ぎ、次段階のジェット機として開発が進んでいたのは、アメリカの、ボーイング、ダグラス、コンベアなどの各社と、フランスのシュドアヴィアシオン社である。
フランスのシュドアヴィアシオン製「カラベル」機は中距離機だったが、エンジンを胴体後部に取り付けるなど数々の新しい発想を取り入れて名機の誉れ高く、当初採算点と考えられていた200機を超え、世界で初めて利益を上げたジェット機という記録を残している。
パリのオルリー空港で、離陸後今までとは一段と違った急角度で上昇する「カラベル」機は、フランス人の誇りをかき立てた。
「コメット」の悲劇を繰り返すまいと、金属疲労を避けて丸っこいおむすび型の窓は、新時代を感じさせた。
これからパリで乗り換えて行こうとしているツールーズは、ノールアヴィアシオンとの合併でアエロスパシアル社を経、さらにドイツDASAと一緒になってエアバス社に発展した、シュドアヴィアシオン社があったところである。
一方アメリカでは、軍事用爆撃機や輸送機の経験が豊かだった各社がそれなりに安定したジェット機を世界市場に出し始めた。
ボーイングの707機はその代表であり、世界にジェット機時代の到来を訴えた首謀だった。
発売機数は、1000機を越えたと聞く。
ボーイング707機は、今の777機と比べれば小さいものだった。
私が羽田で乗ったパリ行きは、前日の台風のために出発は8時間も遅れ、そのためもあろうか、乗客はキャビンに8人しかいなかった。
心細い飛行中での、初めての機内食は、感動的だった。
トレーに乗ってくるエヴィアン水の缶詰には、フランスの自己主張のようなものを感じた。
写真は、ソフィーさんのマイページ(写真5,800枚)、
http://4travel.jp/traveler/katase/
をご覧ください。
スイスの写真が美しい、片瀬貴文さんのマイページ(写真2,400枚)
http://4travel.jp/traveler/takafumi/
もご覧ください。
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