2009/06/27 - 2009/06/27
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ソフィさん
2009年6月27日(土)
関西空港の出発は、11時50分発のエール・フランス(AF)291便、パリ行きだった。
一年ぶりの長距離飛行なので、胸がときめく。
だが最近AFの墜落事故が続いているので、いささか心細い。
その上つい先日、AFの元幹部だった人と出会ったとき「AFは今破産しないために必死の経費節減ですよ」と驚かされる。
救いは、関空・パリ間の使用機が墜落したA320−200でなく、B777−300ERであることだ。
ただし席の配置はエコノミークラス3−4−3、ビジネスクラス2−3−2でやや窮屈と、評判はいま一つである。
1960年代から70年代にかけて、エール・フランスのお世話になることが多かった。
主としてヨーロッパ内の移動だったが、機内サービスにはフランスのナショナル・フラッグ・キャリアーとして、フランス文化の誇り高き薫りさえ感じた。
少し堅苦しかったステュワデス(当時は客室乗務員をそのように呼んでいた)サービスも、日本航空の微笑みを見習えと「スーリール(微笑)運動」を始めてから、見違えるように、心に響くものが生まれた。
使用機体はフランスの誇る「カラベル」で、安心感があった。
どこの国に行っても、帰途エール・フランスのカラベルに乗れば、パリの家に帰ったような心の安らぎを感じたものである。
もともとエール・フランスとは、縁が深い。
私が生まれて初めて羽田空港で乗った飛行機は、エール・フランスの南回りパリ行きだった。
エール・フランス便を選んだのは、私を招いてくれたフランスに敬意を表したかったからである。
ジェット機が世界の国を結び始めて間もない、1961年のことだった。
使用機体はB―707で、この機種はジェット爆撃機の設計から発展したものらしい。
アメリカ技術の深さのようなものをそこはかとなく感じて、何かしら信頼感があった。
コメットで失ったジェット機に対する不信感を、B−707が取り戻した感じである。
それでも乱気流に出会ったときに、主翼がブルブル揺れたりして、ずいぶん不安もあったものだ。
予定通りの時間に出発するとて、機内に乗ってみると、昔のエール・フランスとはやや異なったムードだった。
乗務員にはヨーロッパ系以外の人が目立ち、アナウンスの、AF特有だった優雅さを感じさせるアクセントが消えているように感じる。
なにはともあれ、これから1万キロ、12時間強の間、この機体と運命を共にしなければならない。
クルーさんたち、頑張ってくれよ。
写真はhttp://4travel.jp/traveler/katase/をご覧ください。
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