2009/06/13 - 2009/06/13
2024位(同エリア6985件中)
みにくまさん
京都ゑびす神社の参拝を済ませた後は、この近くの「建仁寺」を観光することにしました。
おまけ↓↓↓
http://yaplog.jp/awamoko/archive/174
http://yaplog.jp/awamoko/archive/175
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臨済宗大本山 建仁寺
臨済宗建仁寺派の大本山。
開山は栄西禅師、開基は源頼家。
鎌倉時代の建仁2(1202)年の開創で、寺名は当時の年号から名づけられています。山号は東山(とうざん)。
諸堂は中国の百丈山を模して建立されました。 -
西門
創建当初は天台・密教・禅の三宗兼学でしたが、第11世蘭渓道隆の時から純粋な臨済禅の道場となりました。
800年の時を経て、今も禅の道場として広く人々の心のよりどころとなっています。
なお、よく日本最初の禅寺と言われますが、これは間違いで博多の聖福寺が最初の禅寺です。 -
勅使門(矢の根門) 重要文化財
銅板葺切妻造の四脚門で鎌倉時代後期の遺構を今に伝えています。
柱や扉に戦乱の矢の痕があることから「矢の根門」または「矢立門」と呼ばれています。
元来、平重盛の六波羅邸の門、あるいは平教盛の館門を移建したものといわれています。 -
勅使門(矢の根門)
”柱や扉に戦乱の矢の痕がある”
この事を知らなかったので、じっくり痕跡を探すのを忘れたのが残念。 -
勅使門(矢の根門)
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勅使門前より
手前左右に広がる放生池、その奥に三門が見えます。
さらに奥には法堂〜方丈と一列に堂宇が並んでいるのが特徴です。 -
勅使門前より
記念撮影。
見えにくいですが、ちびちゃん達が映っています(・o・) -
摩利支天堂 京都府指定文化財
少し寄り道して、摩利支天堂を参拝に来ました。
禅居庵の境内にあり、開山大鑑禅師が中国より将来した摩利支天を祀る。「摩利支」は、威光、陽炎が神格化した古代インドの女神。現在では三面六臂で七頭の猪に坐すお姿から、開運・勝利の利益、特に亥年生れの人々には守り本尊として信仰されている。 -
摩利支天堂
開運・勝利の神様と聞いたら、足を運ばざるを得ません。
昔から神頼みをする方では無いのですが、神に見放されたくはないですからね〜。 -
摩利支天堂
ここには猪がたくさんいました。 -
摩利支天堂
手水舎にも。 -
摩利支天堂
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摩利支天堂
建物の透かし彫りにも。 -
摩利支天堂
これは獅子かな。
目がちょっとリアル。 -
摩利支天堂
ここにも。
下にはちっちゃい猪がたくさん。 -
摩利支天堂
売店の中にあった手水鉢。
苔で覆われており、なかなか味があって良い。 -
建仁寺境内
摩利支天堂の参拝を終え、再び建仁寺の境内に戻ってきました。 -
浴室
寛永五年(1628年)三江和尚(諱紹益)によって建立。
禅院七堂伽藍のひとつで内部は待合、浴室、土間(火炊場)に三分されています。
湯気で体を温める蒸し風呂で、禅寺では入浴も修行の大切な部分として、厳しい作法が細かく定められています。 -
浴室
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浴室
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三門(望闕楼)
大正12年、静岡県浜名郡の安寧寺から移建したもの。空門・無相門・無作門の三解脱門。
楼上には釈迦如来、迦葉・阿難両尊者と十六羅漢が祀られています。 -
三門(望闕楼)
「御所を望む楼閣」という意味で「望闕楼」と名づけられました。
室町時代中期の瑞巌龍惺の「春眺」の詩の中に「望闕楼高くして帝城に対す」という句があります。 -
三門(望闕楼)
扁額。 -
開山堂(非公開)
旧名護国院、古くは興禅護国院といい、開山栄西禅師の入定塔。
苔むした庭に開山お手植えの菩提樹が今も茂っています。 -
茶碑 平成の茶苑
ご開山、茶祖栄西禅四は、宋の国から我が国にお茶の種子を持ち帰られました。
「茶碑」後方の茶園は、茶招来800年を記念して植樹栽培した平成の覆い下茶園です。 -
法堂
明和2年(1765年)上棟。
仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」。五間四間・一重・裳階付の堂々とした禅宗様仏殿建築。正面須弥壇には本尊釈迦如来座像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られています。
また、その天井には平成14年(2002年)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の双龍が描かれました。 -
法堂
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法堂
法堂天井画「双龍図」の拝観について。
法堂の中は、後ほど拝観しますが、こちら側からは中に入れません。 -
法堂
花頭窓 -
方丈・本坊
方丈(左)と本坊(右)。正面の小さい建物は車寄だと思います。 -
本坊(庫裏)
ここが方丈などの拝観入り口です。
拝観料金 一般 500円
中高生 300円
拝観時間 10:00〜16:00
※行事などにより拝観できない場合があります。 -
本坊(庫裏)
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本坊(庫裏)
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本坊(庫裏)
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風神雷神図屏風 俵屋宗達筆 陶板 国宝
本図には落款も印章もありませんが、俵屋宗達の真作として、しかも晩年の最高傑作とされています。
二曲一双の屏風全面に金箔を押し、右双に風神、左双に雷神を描いています。
もちろん本物が撮影できるわけはなく、ここに展示されていたものは、レプリカです。 -
対馬行列輿
五山僧は漢文の素養があり、江戸幕府が外交文書を作る際に重用される。
長崎対馬の寺が通講の任に当たったが、南禅寺を除いた五山から「対州修文職」が選ばれ、輪番制で出張駐在したという。 -
風神雷神図屏風 俵屋宗達筆 国宝
宗達というと、誰でもまずこの「風神雷神図」を思いうかべるだろう。しかしここには落款も印章もない。絵自体が、宗達ここにあり、と語っているのだ。
ちなみにこれもレプリカ。
原本は京都国立博物館に寄託されています。 -
風神雷神図屏風 俵屋宗達筆 国宝
雷神 -
風神雷神図屏風 俵屋宗達筆 国宝
風神 -
方丈庭園
この小さな建物の名前は分かりません。 -
方丈庭園
枯山水庭園の前で記念撮影。
砂の波紋が美しいです。 -
衣鉢の間 「伯楽」 橋本関雪筆
橋本関雪(1883〜1945)
大正から昭和にかけて活躍した画伯。その晩年の傑作を目にすることができます。 -
衣鉢の間 「伯楽」 橋本関雪筆
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大雄苑
白砂に緑苔と巨岩を配した「大雄苑」と呼ばれる枯山水の前庭。 -
大雄苑
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大雄苑
◎ 七重の石塔
織田有楽斎が、兄信長追善の為建てた供養塔です。
徳川の治世、長い間開山堂の南辺にあったものを、明治31年に移しました。 -
○○の間 「生々流転」 橋本関雪筆
◎ 生々流転
方丈例の間、室中、檀那の間に描かれた32面の波の絵。淡彩墨画の枯淡な味があり、分かりやすく仏教教理と禅的人生観を声なく語っている。 -
十一面観音菩薩坐像
十一面観音菩薩坐像は今から400年前、徳川2代将軍・徳川秀忠公の娘である東福門院に御寄進を頂いた大切な寺宝です。
★仏像盗難事件
2009年1月31日に、木造の十一面観音坐像が何者かに盗まれたが、同年3月2日、盗んだ男が逮捕され無事仏像は押収された。 -
折上小組格天井
書院建築では、天井の造りによって格式が決まってくる。格天井の中で周囲の部分を一段持ち上げるようにしたものが折上格天井である(二重に持ち上げたものは二重折上格天井)。
二条城書院を見ると将軍の座る位置が二重折上格天井で、その下手に折上格天井、格天井、と格式によって天井の造りも変化させている。 -
大雄苑と三門
方丈より。 -
礼の間 「生々流転」 橋本関雪筆
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大雄苑
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大雄苑
この旅行記のトップ写真にしようかと、迷いに迷った1枚。 -
大雄苑
美しい白砂と波紋。 -
大雄苑
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大雄苑
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方丈 重要文化財
間口27メートル、奥行20メートル。
一重入母屋造銅板葺玄関付属の大規模で典型的な方丈建築です。
室町時代の建物で、もと広島の安国寺にあり、安国寺恵瓊が慶長4年(1599年)に建仁寺に移築したものです。
壁が少ない構造のためか、1934年の室戸台風で倒壊たものの、1940年に復旧されました。 -
謎の石碑
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謎の石碑
蛙 -
茶席「東陽坊」
北野大茶会の際に千利休の高弟・真如堂東陽坊長盛が好んだと伝えられる茶室。二畳台目席で最も規範的な茶室とされ、茶室の西側には当寺の名物「建仁寺垣」が設けられています。
構成・意匠ともに薮内家の燕庵に共通する点が多く見られる。大正年間に現在地に移築された。 -
茶席「東陽坊」
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茶席「東陽坊」
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華頭窓
華頭窓から大雄苑を。 -
法堂へ向かう回廊
大雄苑わきの回廊を通って法堂へ向かいます。 -
鐘楼
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鐘楼
◎ 東の鐘
建仁寺の東の鐘は、京都第3位という大鐘であり、もとは源融の河原院のものでした。
河原院の荒廃後、鴨川七条の南の渕に沈んでいた鐘を、栄西が官に乞い引き上げました。 -
法堂内
こういった建物の内部で、写真撮影が許されている施設は珍しいです。
上の方を撮影しているのは、大きな「双龍図」があるため。 -
法堂内
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双龍図 小泉淳作筆
平成14(2002)年、創建800年を記念して鎌倉在住の日本画家小泉淳作氏によって描かれたものです。
大きさは縦11.4メートル、横15.7メートルで、畳108枚分。
麻紙とよばれる丈夫な和紙に、最上の墨房といわれる「程君房」の墨を使用して描かれています。
構想から約1年10カ月の歳月をかけて完成。 -
双龍図 小泉淳作筆
全体図を撮ろうと思ったら、特殊なレンズを使わないと無理。
それから薄暗い部屋なので、立って上を向いて撮影しても、ほぼ確実にブレてしまいます。
床にカメラを置き、レンズを上に向けて撮影するのが、正しい方法でしょう。 -
双龍図 小泉淳作筆
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法堂から三門を
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大雄苑と方丈
手前にはクチナシの白い花が咲いており、この近辺にはとてもいい香りが漂っていました。 -
大雄苑とクチナシ
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本坊(庫裏)
これは本坊の天井を撮影したものです。
外から見た形と、中から見る形では全然違いますねー。 -
本坊(庫裏)
これはちょっと離れた場所から撮影したものです。
2重になった屋根の形状は、寺院の庫裏にはよくある形ですね。 -
本坊(庫裏)
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建仁寺塔頭 両足院
◎ 半夏生(はんげしょう)の庭園特別公開
日程 平成21年6月12日〜7月5日
受付時間 10:00〜16:30
拝観料 600円
呈茶「臨池亭」別途500円 -
両足院 唐門前庭
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両足院 唐門前庭
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両足院 唐門前庭
綺麗に盛られた白砂の山、これ何て呼ぶんだったかな。
神様が降りられる山を模したものだったような。 -
両足院
丸の中に格子の入った窓から見える庭園。 -
両足院 方丈前庭
枯山水庭園。 -
両足院
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京都府指定名勝庭園 池泉回遊式庭園
正面に臨池亭、その左に水月亭。
水月亭は、織田信長の弟織田有楽斎好みの如庵の写しです。 -
書院
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坪庭「閼伽井(あかい)の庭」
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坪庭「閼伽井(あかい)の庭」
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書院
陶器の作品が展示されていました。
撮影禁止の張り紙に気づいたので、この一枚だけで。 -
書院
座布団に座って、お寺の方のお話を聞いていました。
周囲に飾られている屏風などは、それぞれ貴重なものばかりで、重要文化財クラスのものも置かれていたみたいです。 -
書院から見た庭園
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書院から見た庭園
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方丈前庭
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方丈前庭
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両足院
記念撮影。 -
半夏生
半夏生(はんげしょう)は雑節の一つで、半夏(烏柄杓)という薬草が生えるころ(ハンゲショウ(カタシログサ)という草の葉が名前の通り半分白くなって化粧しているようになるころとも)。 -
半夏生
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半夏生(はんげしょう)
記念撮影。 -
臨池亭より
せっかくなので、臨池亭で抹茶をいただくことにしました。
お茶を待っている間は、スタッフの方とお話をしていました。
お話の間は、写真撮影をしていてもOKです。 -
臨池亭より
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臨池亭より
こっそりみにくま君とちびくま君を取り出して記念撮影〜(・o・) -
両足院
庭園の周囲を歩いて散策することができます。
左の建物が方丈、右が書院です。 -
両足院
方丈。 -
西来院
開基は蘭渓道隆(1213〜78年)。応永年中(1394〜1428年)、道隆四世の法孫大宗が清本院を再建して西来院と号したのにはじまる。
応仁および天文の兵火に罹ったが、慶長(1596〜1615年)以降に再建された。
この時は京都大学書道部の方が”第103回初夏書展”をやっていたので、見学に行ってきました。 -
西来院
すっごい、綺麗な庭。 -
西来院
ここの窓から見る庭も、とても素敵です。
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この旅行記へのコメント (2)
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- churros さん 2009/06/23 23:19:42
- お・お・お・お・・・・・
- みにくまさん、ただいま〜
お・お・お・お・・・・旅行記に食べ物が出てこない、まだか、まだかと最後まで出てこなかった、画面を最初までスクロールして「みにくまさん」か確めてしまいました。
お疲れのchurros ひらた
- みにくまさん からの返信 2009/06/24 12:55:18
- RE: お・お・お・お・・・・・
churros ひらたさん、こんにちは〜。
スペイン旅行、お疲れ様でした〜。
いや〜いいですね〜スペイン。
私も行きたいですが、なかなか休みを取るのも難しく・・・。
建仁寺は、写真枚数はやたら多いですが、途中で食べ物は出てきませんよ〜w
ここを拝観した後に祇園で食事をしたのですが、そのレストランは撮影禁止だったので、結局、この日は観光ブログばっかりで、食べブログは一つも無しでしたー。
相変わらずチョコチョコと大阪の新規開拓もしてますので、また落ち着いたら覗いてみてください。
では、スペイン旅行記、期待してます!
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