2007/04/24 - 2007/05/09
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ちゃおさん
5月9日(水)、帰国 ・・・・「タイよ再び」
朝3時、モーニングコールに起こされるまでもなく、早くから目が覚め、昨夜のうちに予約しておいたタクシーに乗り込む。バンコク26時。街はまだ寝静まらない。いつか行ったシールム通りの外れにある中国寺院 วัดหัวลำโพง は、まだこの時間でも煌々と明かりをつけ、多くの参詣者を集めている。夜の仕事を終えてからお参りに来ているのだろうか、朝早くの出勤前に来ているのだろうか。夜の無い街。
新しく出来た空港は光の渦の中にあった。広大な敷地の果てまで光の列が連なっている。これは空港の機能美と言うより、光の芸術だ。無数の光が我を見送ってくれているようだ。数年前、桂林の夜の街を歩いたが、街中がイルミネーションに飾られ、世の中にこんな美しい町もあったのかと感動したが、今のこのスナームバーム空港は、桂林以上の広がりと色彩を持っている。タイのホスピタリテイーはこんなところにも隠されていたのか。
タイに於いておや、24時間開業の空港は成田より大きく、明るく、機能的で、この光の饗宴は偶然の造形かも知れないが、何という美しさだろう。空港の芸術性の高さはスコータイの芸術性の高さを継承するものであり、現代の磯崎新にも通ずるものだった。
タイには又来よう。又来なければならない。
< l;ylfu 8iy@ w;hg0vdy,.s,j +kFp,kik >
<Sawasdee Krap Waichaokanmai Sayonara>
<サワデークラップ 又来る日まで さようなら>
<終章> 「タイとタイ人、タイ語のあれこれ」
松尾芭蕉は憧れの松島を見て、「松島や ああ松島や 松島や」と詠んだとか詠まなかったとか。史実が無いので真偽のほどは定かではないが、松島を見て感動の余り、俳句を作るのを忘れてついこの様に口走ったとも喧伝されている。
2週間の旅を終え、自分にとってのタイは将にこの芭蕉が詠んだとすれば松島への憧憬に近いものであり、タイがあってタイしかない。タイ、タイ、来タイ、また来タイ、行きタイ、タイへ、またタイへ、の心境かも知れない。
タイには色々な魅力があるが、微笑みの国、人々の優しさ、大らかさ。何百年にも亙る人種の混淆は人を陶冶する。タイ人の優しさは犬にまで伝染している。奥深いタイ。アジアの珠玉。仏に守られた人々。小鳥のさえずりのような言葉。
固陋なタイ語を覚えるのは大変であるが、掌中の壺とすれば、仲間同然。垣根を高くし、部外者の仲間入りを拒んでいるが、一旦入り込めば、こんな居心地のいい言葉もない。大体がこの装飾的な文字は我々日本人がとうの昔に忘れ去った「言の葉」を思い起こさせ、法律用語・契約言葉とは全く違う次元の、人と人の心の通信として今にある。同じ言葉、「クライ」が「近い」の意味であり、同時に「遠い」の意味でもある。「ヤー(ク)」が「したい」であり、「ヤー」が「してはならない」である。
全く違う意味にとってもいいじゃないですか。人の一生、振り返ってみればどっちでもいい、どうでも良いことばかり。この紀行文にしてもそう。読む人がいないと分っていても書き続ける無意味な行為。自己満足だけであってもいい。旅の思い出は心の裡に仕舞っておこう。
タイ語はそんな人間の愚かしさを越えて、生の、裸の人間を伝え、教えているようだった。
Viva Thai, オーパ! 人間回復。 タイ、タイ人よありがとう。
Again, -v@86I 8iy@ !(コープクン・クラップ!)
さようなら、また来る日まで。
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