2009/04/02 - 2009/04/02
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旅人のくまさんさん
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出世城として知られる、浜松城紹介の続きです。初めて築城されたのは、永正年間(1504〜1520年)と推定されています。築城者も不確かで、今川貞相(生没年不詳)と推定されています。
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見頃を迎えていた染井吉野に彩られた浜松城の紹介です。徳川家康は、武田信玄の侵攻に備え、遠州一帯を見渡せる三方ヶ原の丘に着目しました。元亀元年(1570年)、岡崎城を嫡男の信康に譲り、三方原台地の東南端に浜松城を築城、駿遠経営の拠点としました。
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浜松城の天守閣の光景です。徳川家康の築いた浜松城の城郭は、南北約500メートル、東西約450メートルの規模です。三方ケ原台地の斜面に沿い、西北の最高所に天守曲輪、その東に本丸、二の丸、さらに東南に三の丸と、ほぼ一直線に並ぶ、『梯郭式』の築城法を採用しました。
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同じく、昭和33年(1958年)に再建された模擬天守の光景です。望楼型三重四階、鉄筋コンクリート造です。
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天守閣の石垣、天守台の下付近から眺めた城内の光景です。天守門があったらしい石垣と石段の光景です。
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イチオシ
赤い鳥居と染井吉野の花の光景です。赤い鳥居は、稲荷神社の鳥居のようです。染井吉野白っぽい花とよく似合っていました。
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稲荷社の鳥居と、ソメイヨシノ(染井吉野)の花のズームアップ光景です。満開の前の染井吉野の花でした。
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野面積の石垣の上に建つ、浜松城天守閣の入口光景です。後ほど入城して見学する予定です。右側の石垣は打込み接ぎのようです。
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『家康公お手植えのみかん』のタイトルがあった説明看板です。家康公が駿府城で隠居した時に手植えさられたミカンの後継木が、静岡県から寄贈されたと紹介されていました。
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『浜松城跡』のタイトルがあった説明看板です。家康公が、元亀元年(1970年)6月に入城してからの略史等が紹介されていました。
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稲荷社の赤い鳥居の光景に戻りました。赤い鳥居に、白い染井吉野の花が良く似合いました。紅白の組み合わせは、殊に日本人好みのようです。
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鳥居の先にあった朱塗りの稲荷社の光景です。家康公所縁の浜松城内の稲荷社にしては、随分と小さいような感じがしました。正式名は、『白龍神伏見太郎稲荷』と呼ぶようです。
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社や鉄柵の朱塗りは、塗り立てのような色をしていました。その朱塗りの稲荷社の正面光景です。稲荷神社は、元々は京都一帯の渡来系の豪族の秦氏の氏神です。神社を通じて、現代まで影響力が残ったようです。
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浜松城公園のソメイヨシノの光景です。浜松城の周りには、350本ほどのソメイヨシノが植樹されているようです。
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満開のソメイヨシノの枝先のズームアップ光景です。遺伝的にエドヒガンとオオシマザクラを親に持つことが判明したのは、平成7年(1995年)のことです。同時にクローンであることも分かりました。
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イチオシ
雲一つない青空をバックにした、満開のソメイヨシノの光景です。花の白さが引き立てられたようです。平成19年(2007年)3月、千葉大学の中村郁郎氏、静岡大学の太田智氏などの研究グループは、ソメイヨシノが『コマツオトメのようなエドヒガン系品種を母親に、オオシマザクラを父親として起源したことを示唆している』と研究発表しました。
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満開のソメイヨシノの光景が続きます。染井吉野の起源を巡る探求はこの後も続き案した。
(追記)平成24年(2012年)に千葉大の研究チームは、北関東のエドヒガンがソメイヨシノの母親と推定され、コマツオトメはソメイヨシノの母親ではなく近縁にとどまることを園芸学会で発表しました。園芸学会は、大正12年(1923年)に発足しました。 -
浜松城の石垣とソメイヨシノの光景です。桜といえば『ソメイヨシノ(染井吉野)』と言われるくらい日本全国に普及し、海外へも広がっている染井吉野ですが、クローンであることでの欠点も出始めています。その一つが、他の桜より『天狗巣病(てんぐすびょう)』に弱いことです。公園や並木などに、人為的に集中的に植樹されていることが病害を広げる原因になる場合もあります。また、全個体がクローンであるため、新しい耐性を手に入れる能力も低いとされます。
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模擬天守の石垣の傍らにあった、赤い鳥居の光景です。『白龍神伏見太郎稲荷』の鳥居でした。ソメイヨシノの後継種と考えられているのが、1991年に新品種として登録された、『ジンダイアケボノ(神代曙)』です。公益財団法人日本花の会では2009年からソメイヨシノに替えて、天狗巣病に強く、花がソメイヨシノに類似するジンダイアケボノへの植替えを推奨しています。
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竹垣で、立入りが制限された区域の光景です。柵がない高石垣がある場所のようでした。先ほど紹介した、ジンダイアケボノは、ソメイヨシノに比べて花の色が濃く大輪、樹の大きさはやや小型です。
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右手に見えるのは、野面積の石垣の上に設えられた、模擬天守の『石落し』の光景です。下方に20センチほど開口し、主に真下方向にいる標的を攻撃するための施設です。『石落し』の形状は、袴腰型、戸袋型と出窓型の3種に大別されます。
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同じく、模擬天守の『石落し』と、その背後の満開のソメイヨシノの光景です。『石落し』は、普段は蓋をして、いざという時、蓋を取り除いて使用します。
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下から見上げた模擬天守最上階の望楼の光景です。転落防止のために、全面に目の粗い金網が張ってありました。
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同じく、下から見上げた模擬天守最上階の望楼と、その下の貝の屋根飾りの光景です。屋根飾りは千鳥破風のようです。その千鳥破風の飾り金具の中央に、三つ葉葵の紋がありました。
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模擬天守の軒先光景です。鉄筋コンクリート造りですから、白い漆喰に見える部分もコンクリートに塗装で仕上げてあるようでした。
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イチオシ
暗く見える場所をバックにした、満開のソメイヨシノの花の光景です。間を置かずに花吹雪になりそうな咲き方でした。
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逆光での撮影になってしまいましたが、満開のソメイヨシノと、模擬天守の軒先光景です。背後は、桜以外の樹木だったかも知れません。
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浜松城址と野面積の石垣の光景です。その高台から眺めた、浜松市内のビル群の光景です。年代を経た野面積の石垣の周りには、立入りを制限する竹垣がありました。
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今度は、野面積の石垣をバックにした、満開のソメイヨシノの光景です。隙間が多く、手掛かりがある野面積の石垣は、子供さん達の冒険や悪戯の対象になりそうでした。
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野面積の石垣の上から、長く枝を伸ばしたソメイヨシノの光景です。今日にでも、花吹雪になってもおかしくない満開の花でした。
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頭上で咲いていた満開のソメイヨシノの花の光景です。なぜかお城には、桜の花がよく似合います。
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