2009/03/27 - 2009/03/29
239位(同エリア247件中)
熱帯魚さん
朝食を済ませた後、市場から出発し風獅爺探しを再開しました。風獅爺探しの途中、素敵な洋館を見つけたり、共産党軍との激しい戦いが行われていた際に使用されていた花崗石医院を見に行ったり、金門島の歴史について学ぶ点が多くありました。
◎ 大きすぎる風獅爺
◎ 素敵な洋館「陳景蘭洋楼」
◎ 花崗石医院
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 船 タクシー
- 航空会社
- アモイ航空
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スクーターに乗って移動する途中、見つけたモニュメントです。金門の戦闘精神を発揚しよう!とかかれています。
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別の面には、三民主義で中国を統一しよう!とかかれています。ちなみにここでいう中国とは、中華人民共和国ではなく、中華民国の方です。
ここで道に迷ったので、スクーターで走ってきたおじさんに道を聞きました。「金門環保公園」の中に風獅爺がいるとのこと。早速、風獅爺に会うためスクーターを走らせます。
公園の中には、風獅爺が沢山いました。公園の芝生に沢山立っているのです。とても不思議な光景でした。でも探していたのはこの風獅爺たちでないような?と思って山の方を見上げたら…大きな風獅爺が頭を出していました。 -
早速山に登ります。こーんな大きな風獅爺でした。新しい風獅爺のようです。陳水在県長(金門の県知事)がたてたものだそうです。
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どれくらい大きいのか分かりにくいと思うので、人間と比べてみます。すごい迫力でした。
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風獅爺を背後に、景色を撮影してみました。
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天山荘のゲートをくぐると、目の前には海が広がっていました。
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素敵な景色です。
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ここにも風獅爺がいました。
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静かに海を見つめています。
風獅爺におまいりを済ませた後、奥のほうを見たら、素晴らしい洋館が立っていました。 -
見学できるということなので、入ってみることにしました。この洋館、陳景蘭という金門島出身の南洋華人が建てたものです。
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この洋館は1921年に建てられました。ということは、90年近い歴史を持っています。
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洋館は、様々な時代を経て、その用途を変えてきました。
日本軍が金門を占領した際には、日本員警隊部として、日本軍が去ってからは国民党特派員用に、その後は国軍要塞総司令部として使用され、病院としても使用されたこともあったそうです。その後、1980年代になると、軍人の娯楽施設として使われたそうです。
洋館の1階は、娯楽施設だった頃や病院だった頃を再現しています。 -
テレサ・テンの写真がありました。彼女も、金門島にきたことがあります。もしかしたらここで歌を歌ったことがあるのかもしれません。
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2階は金門島出身で南洋に渡り財を成した華人の紹介パネルが並んでいます。
驚いたのは、シンガポールの大手銀行、UOBの主席兼総裁である黄祖耀氏が金門島出身だったこと。ほかにもブルネイやマレーシアの著名人が実は金門島出身だったことがわかりました。 -
金門島から南洋に渡った華人たちは、その多くがシンガポールに渡って行ったそうです。ちなみに、金門島の向かいにある小金門からは、ブルネイに渡っていた華人が多いのだとか。
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シンガポールにある金門会館です。今度、シンガポールに戻る時に探してみようと思います。
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洋館の外観です。窓がブルーに塗られていて、いかにも南洋な雰囲気。こんな家に住んでみたいなあ〜
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次にやってきたのは、国軍の軍医院として使われていた花崗石医院です。花崗岩の山を掘って作られた病院です。2005年10月に廃院になりました。
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病院の中には入れませんが、網ごしに待合室が見えました。奥に受付のようなものが見えます。
相棒は兵役についていた時ここに来たことがあったそうで、入り口に沢山軍人が座っていたのを見たそうです。
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