2008/07/21 - 2009/07/21
310位(同エリア608件中)
4nobuさん
- 4nobuさんTOP
- 旅行記344冊
- クチコミ10件
- Q&A回答89件
- 799,312アクセス
- フォロワー38人
ヴェローナ第二日:オペラから深夜に帰ったので遅くまでゆっくりと寝て観光に出かけたのは10:30。今日はまず旧市内を中心に廻る。エルベ広場周辺とドゥオーモ、ローマ劇場などを見たところで、暑さと連日の歩きの疲れでかみさんは後半の観光を棄権してタクシーでホテルへ。その後も私は歩き続ける。
かみさんにとって最後の夜をゆっくりしたディナーで過す。久しぶりのおいしい料理に二人とも大満足。
ヴェローナの歴史のはじめ、古代のラエティア人やガリア族が左岸に住み始めた。その後ローマ時代には居住区は現在の中心地の右岸にまで広がりアレーナなど歴史的遺産が建造された。
左岸では1世紀ごろにゴート族の王によってサン・ピエトロの丘に城が建設されたがその城は現存せず、19世紀に左岸だけがオーストリアの支配時に建てられたネオ・ロマネスク様式の建物がある。左岸のローマ時代の遺跡では神殿と劇場などがある。
中世以降のイタリアの都市国家の林立と盛衰はこの都市にも大きく影響したが私には不得意の分野なので個々の写真の説明で少し触れるだけにさせていただく。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
-
ホテルはアレーナのある町の中心部と駅との中間にある。観光に町の中心部へと歩くとアレーナとブラ広場の手前でこの二つのアーチのあるブラ門をくぐる。この門は比較的新しく15世紀後半に建造された。
アーチの向こうにブラ公園の緑と1階にレストランやカフェのあるカーブ状の長い建物が見える。 -
ブラ門に連なった建物はマッフェイ石碑博物館で、マッッフェイが18世紀に設立した古代ギリシャから中世までの石碑を収蔵しているが訪れなかった。
-
やがて昨夜オペラを楽しんだアレーナに近付く。
-
アレーナの前では何人かのパントマイムを演じる人がいた。後ろの広場にはアレーナの舞台で使う小道具が積み上げられている。
-
アレーナから斜めにボルサーリ大通りに出る。そこにある門がポルサーリ門。ボルサーリ大通りはローマ時代の東西幹線道路であった。
ヴェローナがローマに編入されたBC1世紀ごろにはアディジェ河の蛇行部とこの門を通る城壁の間の区域がヴェローナの居住区であった。ローマ時代に市内に入る門でありそこで商品税を徴収した税関史ボルサーリに由縁する。
ボルサーリ大通りとエルベ広場で交差する南北に走るもう一つの大通りレオーニ大通りの南端でアディジェ河畔にも当時の門跡がある。 -
ボルサーリ門に近付くとプラカードが目に入る。
帰ってから調べるとヴェローナのルネッサンス後期の画家ジローモ・ダィ・リブリ(1474-1555)の作品展があるらしい。この絵はヴェッキオ城にあることが後でわかった。
もともと写本装飾画家の家系で、絵ではヴェローナの著名な画家ドメンコ・モローネの門下であった。
ルネッサンスの画家ではフィレンツェ派とせいぜいヴェネツィア派までしか知らずヴェローナ派の画家たちについては不勉強だった。 -
エルベ広場。ローマ時代に東西と南北の幹線道路の交差する所にある公共広場(ファロ)であった。広場では毎日市場が開かれている。背後は市庁舎とその中のランベルティ塔が見える。
-
市場で、かみさんが珍しくアクセサリーを購入する。
-
広場にあるローマ時代の彫像を上に据えたマドンナ・ヴェローナの噴水。背後は14世紀のカーサ・ディ・メルカンティ(商人の集会所)。
-
同じく広場にある、16世紀のさらし台といわれる小堂
-
広場にある「市場の柱」(1401年)とランベルティの塔
-
エルベ広場を南東にカッペロおお通りを行くと左手に多くの観光客が出入りしている小路がありその奥にジュリエッタの家と考えられている建物がある。13世紀のゴチック様式で戯曲と同じくバルコニーが付いている。前庭にはジュリエッタの像がある。
-
ジュリエッタの像。右胸に触ると幸福をもらうといわれて多くの人の手に磨かれ黄銅色に輝いている。
-
ジュリエッタのバルコニー。よじ登るには高いし手掛りもない!
-
エルベ広場の北側にはかってのヴェローナの中枢機能の建物がシニョーリ広場を囲んでいる。
シニョーリ広場の中央にあるダンテの像の記念碑。ダンテはフィレンツェを追放されここで亡命生活を送った所以がある。
背後の優雅な建物はロッジア・デル・コンシリオ(コンシリオの回廊)15世紀末に市議会(コンシリオ)の議会場として作られたルネッサンス時代のヴェネツィア風の端正な建物で屋根の上の像は当時の市の名士たち。
右の建物は政庁舎またはカングランデ館といわれ、デッラ・スカラ家の館でかってダンテやジョットが出入りしたはず。14世紀に建てられ20世紀に復元修復。正面のポルタイユ(扉口)はサンミケーリの1533年作。
この建物の右の小路を行くと後出のデッラ・スカラ家の墓廟がある。 -
広場にあるダンテの像。
-
エルベ広場とシニョーリ広場の間の建物が13世紀に建てられた市庁舎またはラジオーネ館と呼ばれる。建物はランベルティ塔を含む形で、さらにこのようなロマネスク様式の中庭を持つ。中庭には赤い大理石の屋外の階段がある。
-
階段で写真を撮られるシックな婦人
-
カングランデ館とカピタニオ館(旧裁判所)の間のアーチをくぐるとデッラ・スカラ家の墓廟が見えてくる
-
サンタ・マリア・アンティーカ教会の前にあるデッラ・スカラ家の墓廟。ヴェローナの貴族たちの墓だが繊細なつくりの小塔で墓とは思えない。
デッラ・スカラ家の紋章(階段)の付いた柵で囲まれ中には入れない。 -
墓廟の近くにある、ロメオの一族であったモンテッキ家。荒廃して中には入れない。
-
スカラの墓廟からドゥオーモへ抜けるドゥオーモ通り。この通りにはいくつかの館や博物館・美術館が並ぶ。
-
サンタ・アナスタシア教会。煉瓦で造られたゴシック様式の(由緒ある教会を示す)バジーリカ聖堂で、1290から1481にかけて聖ピエトロを記念してドメニコ会によって建立、かってここに聖アナスタシアに捧げられた小教会があったのでこの名が付けられる。
未完成のファサードには14世紀の二つの扉がある。教会内部には多くの芸術作品があり、前述のリブリスの作品もある。 -
サンタナスターシア教会の14世紀の二重のポルタイユで、フレスコがと彫刻で飾られる。
-
床面はパターンも色も素敵
-
右のトランセプトの礼拝堂にある祭壇の「王座の聖母と聖トマス・アクイナスと聖アウグスティヌス」。
-
「王座の聖母と聖トマス・アクイナスと聖アウグスティヌス」きれいで思わず写真を撮ったが帰国後に前出のジロラモ・ダィ・リブリの作と知った。
-
この教会でもっとも有名な絵画。ピサネッロ作のフレスコ画「竜退治に出かける聖ゲオルギウスとと王女」
礼拝堂のアーチの上の欄間にあるため見落とすところだった。 -
別の礼拝堂のフレスコ画。画風からこれもピサネッロ作?
-
ドゥオーモ
12世紀にロマネスク様式で建立され、15世紀にはゴチック様式に改造され、さらにルネッサンス様式の部分も加えられた。この鐘楼は16世紀のサンミケーリの設計で未完成のまま。 -
ロマネスク様式の主建屋に16世紀の古典主義の塔が付け加えられた。
-
教会内部。ずっと向こうの後陣は代表的なロマネスク様式で三廊式の身廊はゴシック様式。ばら色の柱ととアーチ、幾何学模様の床が意外な明るさ。
-
13世紀の洗礼盤
-
洗礼盤を覗く。
-
ドゥオーモ内礼拝堂のティチアーノ作の聖母被昇天図
-
ドゥオモウを出てアディージェ河に架かるピエトロ橋へ行くアーチをくぐる。
-
ピエトロ橋を渡ってアディージェ河の左岸から振り返ると右岸の街とドゥオーモの塔が見える
-
対岸(アディジェかわの左岸)の旧市内を望む。
河岸の板塀の陰にテアトロ・ロマーノ、その上の白い建物は考古博物館、さらに上に樹木に隠れたサンピエトロ城がある。 -
ピエトラ橋は弧状の路面を持ったユニークで好ましいデザインの橋。ローマ時代の建設でサンピエトロ城と町を結ぶ重要な橋であった。もう一つあった連絡橋は崩壊して現存しない。
-
橋の川下を見るとサンタナスターシア教会のほっそりした鐘楼が見える。
-
ピエトラ橋からの左岸。サン・ジョルジュ・イン・ブライダ教会のクーポラと鐘楼が見える。
-
さらにその左に目を逸らすと丘の上に建物が見える。第一次世界大戦でイタリアがオーストリア・ハンガリー軍に大勝したヴィットリオ・ベネットの戦いを記念した公園がありその付属の建物?
-
後に述べるローマ時代の劇場跡(テアトロ・ロマーノ)の一角が修理のために囲われている。その上にローマ時代の遺跡とサンティ・シーロ・エ・リベラ教会の端が見える
-
考古博物館に展示されているローマ時代の劇場の模型。ここで示すはず上部の建物は現存のサンピエトロ城ではない
-
1世紀のはじめに作られた劇場で修復されて演劇、バレーなどの公演に使われている。
-
ローマ劇場の上の考古博物館から眺めるアディジェ河右岸の旧市内。
-
目を右に逸らせて劇場、ピエトラ橋、ドゥオモの方向
-
景色を引き寄せて
-
考古博物館は15世紀の元サン・ジロラモ修道院の建物の一部を使っているが、修道院も丁寧に保存されている。これは礼拝堂でフレスコの壁と天井が素晴らしい。
-
15世紀の回廊付き中庭が静かな空間を作る
-
別の角度の中庭
-
かみさんが疲れたのでタクシーでホテルに帰った後、このサン・ジョルジュ・イン・ブライダ教会をめさして左岸を上流に向って歩きだす。
-
この教会は15世紀にサンミケーリが設計したクーポラ(ドーム)が特徴でさらに17世紀に白大理石のファサードが付け加えられた。
かみさんがまいるほどの猛暑の中をようやくのおもいで到着したら教会にしては珍しく入口が施錠されている。前後して歩いていた若者がどうするかと見ていたらいつの間にか消えてしまった。
すぐ傍の橋を渡って街の中心部に戻ることにする。 -
再びエルベ広場を通って。
-
エルベ広場を通って南北に走る幹線道路、サンテデジディオ通り、カッペッロ通り、レオーニ通りを通りレオーニ門の遺跡を見た後にその傍にあるこのサン・フェルモ・マッジョーレ教会を訪れる。
教会の後陣は二つあり、右の小さい方はロマネスク様式で左の大きい方はゴチック様式。間に鐘楼がある。 -
サン・フェルモ・マッジョーレ教会は2層の珍しい構造で下層は11-12世紀のロマネスク、上層は13-14世紀のゴチック。左側面にも上層、下層のそれぞれのポルタイユがある。
-
ロマネスク様式のファサードとポルタイユ。左側にデッラ・スカラ家の医師の墓碑がくっついている。
-
上層教会の天井の模型。14世紀の単廊にあわせた船底が並んだ型。
-
教会の構造の変遷を示す模型。初期。
-
教会の構造の変遷を示す模型。中期。
-
教会の構造の変遷を示す模型。後期。
-
上層教会。単廊式。天井は模型に示されたように船底は並んだような形。
-
内陣と天井がよくわかる。
-
下層教会への階段
-
下層教会の主祭壇。
-
下層教会に残るフレスコ画
-
下層教会に残るフレスコ画
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
4nobuさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
67