2008/12/05 - 2008/12/07
4384位(同エリア4703件中)
瑞樹さん
一日目の洞爺湖、二日目の八雲・大沼に続き三日目は函館の自由散策です。
足と市電で沢山観たり聴いたり感じたりしようと思います!
私は函館は初めてなので、初心者コースに行きます。五稜郭と函館山は昨日訪れたので、それ以外を。
何に出逢えるかな?
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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函館駅に着きました。構内は観光客で一杯です。土産物を選ぶ人たちで早くも賑わっています。
私は荷物を預けて、いざ出発。 -
おお、裸で寒そうな人が居ます。
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駅前からは、昨日ロープウェイで上って夜景を見た函館山が見えます。こんなに海も山も近いんですね〜。
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折角駅まで来たので、市場を覗いて行こうと思います。あ、柵もちゃんと市場仕様。
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未だ10時前ですが、どんぶり横丁は観光客がいっぱい。それを横目に函館朝市へ。
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入ってみると、貝柱や昆布などの乾物や毛ガニにタラバにズワイが信じられない値段で売られています。
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野菜などの農産物や食肉、金物や洋品店なども並び、ここに来れば一通りのものは揃いそうな品揃え。
てっきり観光客向けなのかな、と思っていましたがそうでもないのかな? -
うぉ〜鮭がこんなに並んでる〜。この時期だと氷も余りいらない?
歩いていると「お姉さん試食だけでも〜」という声を次々に掛けられます。
う〜んでも -
これから歩き廻るので下見に留めて、再び市電に乗ります。
今度は青い車両だー。 -
市電を十字街で降りました。
その交差点に、こんなものが建っていました。 -
に縁遠い私にとっては、この「すべりどめ」さえも珍しく興味深いです。なるほどなるほど、この砂を道路に撒く訳ですね。
横断歩道を渡ると、これまたレトロな…なんだろう?と思って見てみると、市電の操車塔(分岐点制御室)でした。
昭和14年(1939)、交差点で電車信号現示ポイントの切り替えを、手動による遠隔操作をするために建てられたものだそうです。後に無人となり、1995年(平成7年)6月まで使用されていたそうです。
現存する路面電車の操車塔では、国内最古なんだとか。 -
その操車塔の前には函館市地域交流まちづくりセンターが。もとは大正12年に創建された丸井今井呉服店函館支店として建てられたものだそうです。
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坂を上っていくと、可愛い港ヶ丘教会が見えました。
教会とはいえ白とピンクの建物なんて、普通の街にあったら辟易するけれど函館ならぴったり。 -
今度は一階が日本建築、二階が洋風?不思議な建物が建っています。函館って、洋風建築の宝庫だったんですね!
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辿り着いた先は、二十間坂。
函館は大火が多く、1879年(明治12年)の大火後、防火帯としてできた坂で路幅が二十間(約36m)あるので「二十間坂」と呼ばれました。かつて坂上に大工や職人が多く住んでいたことから「大工町坂」とも呼ばれていたそうです。 -
この写真ではその広さとぐぐーっと伸びている坂が分かり難いと思いますが…あ!
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人も車も通らなくなった道を、何者かが横切って行きます。
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颯爽と過ぎ行くのはにゃんこ!猫好きな私はこれだけでテンション上がりまくりです!
さっすが函館の猫、雪をものともせず。 -
メタボ気味なくらいが、この雪にはぴったりなのかな。私の熱い視線を感じて?振り返ってくれました。
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にゃんこを見送って坂を仰ぎ見ると、今度は大きく立派な屋根が見えました。
東本願寺函館別院です(浄土真宗大谷派)。
松前の専念寺六世であった浄玄が、1641年(寛永18年)に木古内村に阿弥陀堂を建立したのが始まりだそうです。
数度の大火を乗り越え移転し、1915年(大正4年)、日本初の鉄筋コンクリート寺院として再建されました。 -
やはりどちらかと言うと木造の門を見慣れているせいか、とても新鮮な感じです。
浄土真宗大谷派の寺院。
設計は、明治期最大の木造寺院建築である東本願寺大師堂(京都)も手がけた9代目伊藤平左衛門、施行管理は10代目平左衛門。 -
函館、というか今回の旅行で初めてお寺さんに訪れたので、お参りして行こうと思いましたが入り口が良く分からず断念。
すると、ふと雪が止みました。
近くに保存樹木のたて看板がありましたが、その看板の周囲には木が見当たらず。この樹のことかな?凄く立派です。 -
道を挟んだ向こう、旧工場跡地に蔦の這う白壁の「レイモンハウス元町店」が建っています。
未だお腹は空いていなかったので、レイモン記念館を見学させて貰いました。無料なのが嬉しいです。 -
こんにちは〜カールさん。
カール・レイモン氏は、『胃袋の宣教師』と呼ばれたハム・ソーセージづくりのマイスターです。 函館の地で凡そ70年、頑固なまでのドイツ式製法でハム・ソーセージを作り続け、肉を食べる習慣のなかった街の人々にその美味しさと製法、原料となる豚の飼育まで伝えた方です。 -
「人はおいしい食べ物が豊富にあり、住み心地の良い家を持っておりさえすれば、のんきに暮らすことができます。これは国家だって同じことですよ。」とは、レイモンさんの言葉。
ふふ。まぁその通りですね。 -
彼が現在のチェコで産まれたのも、こちらへきて初めて知りました。来て良かった。
カール・レイモン歴史展示館は、コンパクトにまとまっているので買い物や食事のついでにでも是非覗いてみて下さい。
写真は、彼愛用のピアノ。 -
再び雪の中を歩き出すと、またも保存建築が。こんなにあるなんて〜。
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坂を上ってやって来ました、教会が多いエリアです。
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早速見えたのが、ゴシック様式のカトリック元町教会。門扉の柱に「天主公教會」とある辺り、歴史を感じさせます。港町で教会が多いのは、2月に行った長崎を思い出しました。
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ちゃんと雪かきされた敷地を入ってみます。
カトリック元町教会は、1859年(安政6年)にフランスの宣教師メルメ・デ・カションが建てた仮聖堂が始まりで、1876年(明治9年)に創建されました。 -
最初の建物は火事で焼失し、1910(明治43年)にレンガ造りの建物として再建されるも、再び焼失。現在の建物は、1924年(大正13年)に焼け残ったレンガ造りの外壁に、鉄筋コンクリートで補修して再建されたもので、高さ33mの大鐘楼はこのときに増築されました。
函館の街を見続けてきた、六角屋根の風見鶏。ちょっと鳳凰チックです。 -
なんと内部には、火事見舞いでローマ法王ベネディクト15世から贈られた豪華な祭壇があります。日本でここだけじゃないでしょうか?!凄い!
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道脇には白い雪が積もった樹に赤い実が(万両かな?)。
1874年(明治7年)、イギリス人宣教師デニングが伝道を始め、4年後の1878年(明治11年)に英国プロテスタント聖公会系の日本教会として聖堂が建てられましたましたが、やはり度々の火災によって建物は焼失。
1921年(大正10年)に再建された後、1979年に改築が行われ現在に至っているそうです。四方に突き出した屋根は、上空から見ると十字架に見えるんだとか。 -
聖ヨハネ教会を右に見つつ道を入っていくと、「眞如山妙福寺」。
ん?真っ赤な鳥居ですけど?!正に神仏合体。 -
ここも坂になっているな〜と思っていたら「チャチャ登り」でした。
面白い名前だけれど…?と思ったら、函館では珍しいアイヌ語の坂名で、幕末の頃に付いた名だといわれています。
チャチャとはおじいさんのことで、この坂が急勾配で前屈みに腰を曲げて登る姿がお年寄りのように見えることからそう呼ばれるようになったとか。 -
おっ、「べからず」って久々に見た気がします(笑)。
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チャチャ登りを登り切ると、眼下には函館港が臨めました!今日は雪が降ったり止んだり、晴れ間が見えたりですが、海面は穏やかに見えます。
この辺りは色々な宗教系の建物が集まっていて、面白いですね。様々な祈りの場、仲良く。 -
景色を堪能して、階段を下りて行きます。
この写真では分かり辛いですが、こちらも結構急です。手摺があるから大丈夫〜なんて思っていたら、一箇所グラッと来てちょっとびっくり。 -
急な階段を下りてやって来たのは、ロシア正教会のハリストス正教会。
1859年(安政6年)、初代ロシア領事館の礼拝堂として建てられ、1872年(明治5年)全国で初のロシア正教会の聖堂となりました。
正しくは「函館復活聖堂」といい、1861年(文久元年)青年司祭ニコライが、ロシアから来函し切支丹解禁を待って、日本で最初にギリシア正教を布教したのだそうです。 -
現在の建物は1916年(大正5年)に建造されたもので、平屋レンガ造りの外壁を漆喰で塗り込めた白壁です。シンメトリーな形の向こうに、聖ヨハネ教会の屋根が見えます。
1983年6月、国の重要文化財に指定されたそうですが、なるほど美しい建物です(市の伝統的建造物にも指定)。 -
こちらは敷地を入って右側にある信徒会館。ビザンチン様式の教会とは打って変わってシンプルですが、入口上部のアーチが同じ形をしています。
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こちらは左側にある司祭館。アンテナが立っているということは…司祭様もテレビ見るんですね。右奥にカトリック本町教会の尖塔が見えます。
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内部には、丸天井を装架してあり、其々の屋根には十字架が必ずあります。
漆喰の白とのコントラストが美しい銅版屋根の色は、1968年に改装され緑青を化学的に熟成したものだそうです。 -
再建当時の大鐘(約2t)は、1923年(大正12年)に起きた関東大震災で大破した東京ニコライ堂復興の際に移され、替わりに大小6個の鐘と交換されました。
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そういえばここへ来る途中に鐘の音が聞こえたけれど、ハリストス正教会の鐘だったのかな。
当時その鐘のメロディを聴いた市民は「ガンガン寺」として親しんでいたそうです。しかしこの鐘も戦時中供出。現在の鐘は三重県桑名市在住の美術鋳造家の方から1983年6月に献納されたものだそうです。 -
敷地内に、誰かの作った困り笑顔の雪だるまが鎮座していました。
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