2008/09/13 - 2008/09/13
1080位(同エリア1421件中)
つーさん
午前中は早い時間帯から大内宿をゆっくりと歩き、そのあとは会津若松の中心地に向かいました。この場所は戦国時代芦名氏の領国で奥州最大の都市として栄えた後、伊達政宗や上杉景勝といった戦国大名たちが支配してきた土地です。その中において蒲生氏郷の功績は大きく、街に楽市楽座を敷いたり、地元工芸品の発展にも大きく寄与したそうです。
そんな昔からの古きよき城下町の風情を多く残す会津若松は、街並みに古くからの建造物を多く見ることが出来、ちょうど埼玉県の川越市を歩いているのと同じように、時間がゆっくりとゆったりと流れているかのような落ち着いた雰囲気です。
るるぶを片手に街歩きをし、途中白虎隊の歴史に触れに市内中心地からちょっと外れた場所にある飯盛山まで足を伸ばしました。
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
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大内宿でかなりゆっくりとしていたら、お昼近くになりました。大内宿のお土産屋さんはどこも試食を沢山出していたので食べながら歩いていたのですが、それでもお腹は減りました。
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ということで会津若松市内を散策する前にお昼を食べる場所を探します。七日町通りには飲食できるお店が沢山あったのですが、その中でどうしてもお蕎麦が食べたくて、着物デザイナーのきよ彦さんがプロデュースしてる「花」というお店を訪れました。
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店内は入り口を入るとすぐに浴衣が大きく飾られていて、意外と安い値段で売られていました。店内の雰囲気は落ち着いたテーブル席が3席ほどと大きな10名ぐらいが腰掛けられるテーブルがありました。
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お蕎麦はこしが強くしっかりした麺に薄味の汁が良く絡み合ってとても美味しいものでした。
今日は空いているせいか、お店の人が一品小さな小皿をサービスしてくれ、店員さんもにこにこととても良い笑顔で対応してくれたのですごく満足する時間を過ごせました。 -
お昼を食べ、街を散策しました。市営の駐車場に車を止め、るるぶを見ながら歩き回ります。古い建物の街並みがとても素敵で落ち着いていて、一軒一軒ゆっくりと見て歩きました。
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お土産屋さん以外にも蒲生氏郷の資料館「レオ氏郷南蛮館」やカフェなどが沢山あります。カフェの美味しそうなスイーツには目が眩んでしまいます。
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こうした素敵な建物はずっと後世まで残して欲しいものです。この洋風のお洒落な建物は旧塚原呉服店というそうで、今はスポーツ用品店でしょうか、お店の外にそんな看板が出ていました。
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窓や窓辺に飾られた花も良い雰囲気を出していました。
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七日町通りをずっと歩いていくとJR七日町駅があります。レトロなバスの乗り場もあって賑わっていました。
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その駅舎の中には駅カフェと呼ばれるカフェがあって、店内はモンドセレクションで金賞をとったaWa心水というミネラルウォーターやマフィンなどが売られていました。勿論カフェスペースもあって、お昼を食べたばかりでしたが窓の外に見えるローカル色たっぷりの駅ホームを眺めながらゆっくりとお茶しました。
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駅のホームまでも自由に入ることが出来たのでちょっと寄っていくとそこにはなんだか懐かしい風景が広がっていました。ホームで電車を待つ人もゆっくりと屋根の下で読書をしたりしていました。
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再び街を歩き始めました。少し天気が悪くなってきたので急ぎ足で建物を眺めながら歩きます。
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木造の建物の脇に飾られた花がすごく良い雰囲気でした。お土産屋さんは今日は天気が良くないせいか少しがらんとしていましたが、祭りの時期なんかはすごく賑わいそうです。
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そしていたるところどこのお店も新撰組の提灯を飾っています。新撰組は幕末に活躍した会津藩の治安部隊でドラマなんかでも良く取り上げられているので有名です。
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私は池田屋事件のことも尊皇攘夷の話もあまり詳しくは知りませんが、依然としてこの地で多く語り継がれていて、今でも近藤勇などのお墓参りに訪れる人も多く居るそうです。
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歴史を感じさせるものが沢山あって、古い時代にタイムスリップしたかのような感覚におちいります。
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こうした木造の建物はもちろん都心ではなかなかお目にかかれません。入り口の暖簾が風に吹かれて揺れる景色が本当に素敵でした。
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その会津若松の中心地から少し離れた場所に飯盛山があります。標高314メートルの小高い丘のような山は白虎隊の自刃の地として有名な場所です。
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こうして白虎隊の銅像もあって、資料館も整備されています。この近辺はお土産屋さんも沢山あり観光客が沢山います。
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順路に沿っていろいろ巡るとその歴史に触れる事ができます。長い階段を上って山頂まで行くルートもありましたが、緩やかな坂道をゆっくり登りながらいろいろな歴史に触れるコースがお勧めです。
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白虎隊は幕末の戊辰戦争時に会津藩の旧幕府勢力として活躍しました。15歳から17歳の武家出身の若者達で結成された組織で、鶴ヶ城を死守すべく配置されましたが、この飯盛山から白の方を見ると、城下町が火災で焼けていたのを城が堕ちたと誤認してしまい、自刃したそうです。
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340名ほど居た隊ですが、その主戦力となる武器は新政府群に比べ著しく劣ったものだったそうで、それでも武士として戦う少年達の姿はとても勇敢だったことでしょう。
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今はこうしてゆったりとした空気が流れるこの場所を当時の若者達は必死に戦いながら走りすぎたのだと思います。苔は悠久の時を超えてそうした少年の姿を見てきたのでしょうか。
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山の上まで昇ってくるとそこには不思議な建造物がたっています。
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中はこんな風に階段がずっと続いていて、どんどん上っていくことが出来るのですが、一向に先に入った人とはすれ違う気配はありません。
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この建物はさざえ堂と言い、世界にも類を見ない二重螺旋構造をとっている建物です。
上る人と降りる人は決してすれ違うことはありません。 -
目が回りそうなくらいぐるぐると階段を上っていくと、最上階の屋根の部分で反対側に向かって下りる階段があって、そこをまたぐるぐる回りながら下りるのです。
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どうしてこんな形に建てられたのかは私には良くわかりませんが、世界的にもこうした建物は類を見ないと書いてありました。とても興味深い場所なので入場料も安いことですし、是非歩いてみると面白いと思います。
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私が入ったときも外人の観光客の方がもの珍しそうに階段を上っていき、最上階部分で記念撮影をしていました。
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下りて出口を出た後もなんだか少しふらついてしまいますが、貴重な経験をした気がします。
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外のお土産屋さんでは会津木綿や下駄、 おきあがり小法師に赤べこ等、会津若松の伝統工芸品のお土産が沢山並べられていました。
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ここにも白虎隊を祀った建物があって、その勇姿を描いた絵などが飾られていました。
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沢山の備えられたお花やお線香が若くして亡くなった少年達をしのぶ人の多さを物語っています。
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ちなみに木刀のお土産はこの地が全国初だそうです。昔は「買うように迫る商法」といってかなり強烈なお土産購入の勧誘活動があったそうですが、お土産屋さんの人は皆親切で試食も沢山ありました。
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ちょっとだけ紅葉しています。
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そして秋の代名詞コスモスもちょびっとだけ咲いていました。それにしてもここは少し小高いせいか涼しいです。今日は天気があまり良くないのでどちらかというと寒いです。
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観光案内をしている人も白虎隊の姿でしょうか。
勇ましく案内しているようでした。 -
年間200万人ほどがこの場所を訪れ白虎隊の霊前に花や線香をたむけていきます。
頂上付近の自刃して散った19名のお墓の前にはたくさんのお線香が焚かれていました。 -
帰りは階段を降りました。上るよりは楽かなと思ったのですが、実は下りもきつかったです。ちなみにのぼりには動く(昇る?)歩道のようなものも脇にありましたが、有料でした。え、そこお金取るのか〜という感じもしましたが、観光地の発展に寄与したと思えば安いものです。
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