2008/08/09 - 2008/08/16
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oyajimodeさん
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ポルトガル旅行
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夏だと言うのに空気も澄み、テージョ川沿いに広がるリスボンの夜景は長旅の疲れも一瞬忘れるほどに美しかった。はるばる来たぜポルトガル。
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眠い目をこすりつつリスボン市内観光。現地のガイドさんからは挨拶代わりのオリンピック情報。谷亮子の判定負けに審判への怒りあらわ。
先ずは朝のアルファマ散策。 -
アズレージョや洗濯物、そして窓から顔出すおばさん
・おじさんたちが織り成すポルトガルの街角風景。 -
犬の糞もあちらこちらにポルトガル。まるでお構いなし。中には石畳に擬態化しているモノもあってとってもデンジャラス。「糞」だけに旅の注意点の一つとして「シット」く必要アルファマ。
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どこぞで洗濯でもしながら歌っているアマリアの抑揚のある声が聞えてきそう。
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画家の佐伯祐三ならきっとこの地にぞっこん惚れ込んでしまい、しばらく暮らしていたに違いない。
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アズレージョで飾られた壁やその微妙な朽ち具合。クラシックな街路灯。迷路のような路地や建物に切り取られた真っ青な青空。通り抜ける風にはためく色とりどりの洗濯物。古ぼけたポスター。それぞれに生身の人の息遣い、生身の人々の哀愁が漂う街角。私のように絵心無い者でも、スケッチブックなんぞ開けてみたい気分になります。
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バイロ・アルト地区にあるアルカンタラ展望台。
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朝の逆光。朝日と柵が作るシルエットが、石畳に映えてとても美しい。
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サンロケ教会。
まさに私たちが訪れた8月10日は、天正使節団がリスボンに到着した記念すべき日でありました。1584年のこと。このイエズス会の教会が彼らのリスボンでの滞在場所となりました。
遥か遠い日本での布教や苦労(弾圧)はある意味イエズス会の活動の象徴であり、はるばる日本からやってきた使節団は大歓迎されたそうな。 -
特別室の貴重な宗教画なども運良く鑑賞できました。
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続いてベレン地区の観光。
先ずはジェロニモス修道院。
コテコテの華美さも、息を呑ませるほどの圧倒的な迫力も感じさせません。どちらかと言えば「はんなり」とした雰囲気。 -
イスラムとか、ローマとか、ゴシックとか、時代的にはバロックとかなどが入り混じっていて、ポルトガルの歴史の積み重ねそのものを思わせる建物でした。
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天に向かって伸びる柱は結実され、ゴシックの天井には必然的に花火が開きます。
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その花の開き具合を愛でるのが、オレ流のゴシック建築の楽しみ方・・・などと格好つけてますが、ヨーロッパ観光では避けて通れない「教会めぐり」に飽きないコツとでも言いますか。
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大航海時代のポルトガル繁栄のエッセンスが簡潔明瞭且つ美しくあしらわれたガマの棺。
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騎士団との関わりを思わせるポルトガル十字の帆船や濡れ手に粟ならぬ濡れ手に胡椒の花実など。
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エッグタルトの有名店「ペスタリア・ベレン」。
修道院で神に祈りを捧げた後にはここでエッグタルトを食べて俗世の喜びに浸る。まるで伊勢神宮と赤福のような関係みたい? -
タルトタルトタルトタルトタルトタルト・・・・
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これが名物のエッグタルト。甘さを警戒して恐る恐る食いついたところが、これがまた美味しい。焼きたでアツアツだったことも良かったのだろうけど。
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ベレンの塔。大航海時代には、塔からの祝砲と街のあちこちで鳴らされる鐘の音によって見送られて出航したそうな。
夾竹桃が綺麗。 -
命からがらの大航海。遥か遠くにベレンの麗しい姿(塔)をその目で確認できたとき、船乗りたちの喜びはひとしおだったでしょうに。恋焦がれ、待ちかね、はやる気持ちから川にまで入り込んで自分を出迎えてくれている、そんな最愛の妻や恋人の姿のように映ったに違いありません。
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大航海時代を今でこそロマンティックなニュアンスで眺めてしまうけれど、行き詰まりの、どん詰まりの、どうしようもない社会経済状態を打破するための、一か八かの船出であったに違いありません。
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モニュメント前の広場にある大理石でこさえた世界地図。自分の出身地を指差して記念写真することがお定まりの様子。
アフリカのどのあたりから来ている人たちだろう、「ここ、ここ」という感じで母国を指して記念写真。 -
私も。
後方に見えるのは、アジアとの交易を通じて得た莫大な利益をもとに建設されたジェロニモス修道院。 -
昼食。
豚とジャガイモの炒め物。ジャガイモの美味しさは旅を通じて感じました。逆に言うと、それほどまでにあらゆる料理に添えられていました。不思議に飽きることなく旅の最後まで美味しく頂きました。
思えばジャガイモもトマト同様に南米の原産。大航海時代がヨーロッパ、ひいては世界に広めた食材でした。 -
カルト・ベルデ。スープの類はいずれも驚くほど薄味。料理は全般的には思っていたほどの濃い味付けではありませんでした。
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デザートのプディング。
かなりフニャフニャで、おそらくプッチンしてもベターと崩落してしまうのではないか、と、まぁ、それぐらいのジュルジュルさでした。 -
夜はリスボンのアルカンタラ地区にある「ティン・パネス」というレストランでファド鑑賞。
大勢の観光客でごったがえしておりました。(日本人は私たちだけでしたが) -
予想していた以上の薄暗がり。予想以上にちっぽけなネコの額ほどの舞台。
ファドにお構いなしにお喋りをしている日本人観光客に向けては、「シーッ!」といった注意(非難?)も他国の観光客から発せられていました。 -
この夜、登場した歌手は三人。
トップバッターは若手・細身の男性。二番手は若手・細身で中島みゆき系のおねえさん。トリは肩幅広く恰幅のいい小林旭系のおじさん。
いずれも、旨いです。肉声ならではの迫力があります。一人三曲程度でお次に変わっていきますので、飽きることもありません。
小林旭君はシメに「コインブラ」(ポルトガルの四月)を歌ってくれました。会場の人たちの多くもメロディーを一緒に口ずさんでいました。 -
旅の終わりも近づいたお昼どき。ポルトガルでは数少ないミシュラン★の店、「イレブン」にてランチ。家庭的なポルトガル料理もいいけど、うーん、正直言って、細やかな仕事を感じられる料理もそろそろ食べてみたかった。
食前酒には、ポルトで覚えたての「白のポートワイン」で。白というか、茶色いものが出てきました。イメージしたものよりもやや甘い。ドライのものと指定すべきでしたか。 -
悠々とたなびいているポルトガル大旗の後ろの茶色い建物がレストラン「イレブン」。
どうしてこんなロケーションにこのようなレストランを開くことが出来たのか。そんな風に思わせるほどに堂々たる場所のレストラン。
全面ガラスの窓(壁)には、手前からポルトガルの大旗、そしてエドゥアルド7世公園が真っ直ぐに広がり、さらにその先にはリスボン市街、そして遠くにはテージョ川まで見晴らせるという立地。本来ならば、大統領官邸だとか、国会議事堂などに相応しい場所ではないかと。
確かに見晴らしは素晴らしいのだが、どうにも霞ヶ関で食事しているような感じ。何と言うか、個人的にはあまりにも官公庁的な景色に過ぎて落ち着かないかも。 -
嬉しかったことは如何にもポルトガルならではのフレンチだったこと。
皿上のイワシの眼の生々しさには魚魚(ギョギョ!)と一瞬たじろいでしまいました。かなり挑発的。「どうだビックリしたか!」といったイタズラっぽい料理人のユーモアさえ感じたりする。イワシの目は生々しくなくてはならないのだ。当地ならではの料理にこだわる料理人の意欲がとても嬉しい。ポルトガル旅行を通じて強烈に印象に残った一品でした。 -
爪楊枝を抜いて開いた状態。もちろん身はいい塩梅に火が通っています。パプリカとの相性バツグンでした。
ナザレで食べたイワシの塩焼きも旨かったですが、首都リスボンの★付レストランで食べたこのイワシも美味しいものでした。 -
スズキのグリルとニンジンのミルフィーユ風。旅行を通じて食べたジャガイモが美味しかったですが、ニンジンもとても美味しい。
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家内は、アヒルのグリル。
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家内の話によるとトイレのディテールも凝っていたらしい。
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おいしそうなドアノブ。
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レストランから見下ろせるエドゥアルド7世公園。
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グルベンキアン美術館。年代的には節操無くかなり幅広いコレクションですが、印象派(マネ、モネ、コロー)なども結構充実していました。
お目当てのラリックもそれ用に一室が与えられいて、なかなか質の高いコレクションでした。(写真) -
繁華街、アウグスタ通り。
散策とショッピングを楽しみました。観光客と地元の人との区別がつきにくいですが、かなりの賑わいでした。 -
アウグスタ通りから横に入った通り。明るく寛いだ雰囲気。テラスでビールでも飲みながら読書したり、街行く人を眺めたり、それだけでも楽しそうな気がします。
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ご存知、サンタ・ジュスタのエレベーター。
案の定の長蛇の列で、時間の都合上、残念ながら乗ることは断念。バイロ・アルトには歩いて移動しました。 -
カモンイス広場界隈の銅像の隣でお定まりのパチリ。
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カフェテラスで広場の様子を眺めながらひと休み。
これはカフェの中の様子。 -
アマリアのCD/DVDのディスプレー。
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カモンイス広場近くの「サンタナ」でインク壷を買い求め。タイルや陶器では、覗いた何店舗かの中では一番質良く品揃えも豊富でした。
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ケーブルカー・ビッカ線で下る。「下る」というか、自重で「落ちていく」ような走り方。
「チケットを」というと、「まぁ、いいから乗んなさい」といった感じで乗車を促された。
「ははぁ、やっぱり商売やる気ないわ、好きやわ〜ポルトガル人」とほくそえんでいたが、坂を降りた下の駅でキッチリ請求されました。当たり前ですが。 -
ポルトガル最後の晩餐は「カーザ・ダ・コミーダ」へ。タクシーで乗りつけた入口はひっそりとしたもので、しかも鍵がかかってます。ブザーで呼び出しての入店。
ひっそりとした入口とは対象的に、中に入ればゴージャスな別世界が広がっていて先ずは驚く。何となく京都の料理屋の風情。
ウェイティングで先ずはシャンパンを。ゆっくりとメニューを見ながら品定め。 -
どこかで食べる機会もあるだろうと踏んでいたポルトガル料理定番の「タラ」料理でしたが、旅の最後に食べていないことに気が付きました。やはり心残り。そういう気持ちから私はメインにタラ料理(手前)をセレクト。グラタン風。美味しかったです。
インテリアはそれこそミシュラン級ですが、料理はあくまでもポルトガル料理。言うならば「超高級(超高額)ポルトガル家庭料理」という感じ。「ごちになります」に出てきそうなタイプのお店です。
もちろん美味しいし、サービスも一流なのですが、下町のビストロででも同じようなものは食べられそうな気も・・・・そういうビストロで食べた方がむしろ楽しいのではないか、とも・・・・。
料理とインテリアやサービスとが不思議なミスマッチ。「サバの味噌煮」をわざわざ「吉兆」(京都のね)で食べているかのような、そんな感じがしないでもない。まぁ、間違いなく美味しいのだけどね。 -
恒例、お土産物記念写真のその?
コニンブラ焼きのトレーとお皿。(コインブラにて)
テーブルクロス。(ポルトにて) -
壷(どうやらスペイン製)。(ポルトにて)
インク壷。(リスボンにて)
タイル。(コインブラにて)
雑貨。(オビドスにて)
小さな石鹸色々。(シントラにて) -
「オヴォシュ・モーレシュ」(卵餡最中)。(アベイロにて)
「ケイジャーダ」。(シントラにて)
「金平糖」。(コインブラにて)
「サン・トメ(コーヒー豆)」。(ポルトにて)
など。 -
食材編。
タコの缶詰、ドライキノコ、イワシペーストなど。
(リスボンのスーパーにて)
塩。(アベイロにて) -
切手。(コインブラ大学の売店にて)
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恒例、思い出の料理を我が家のシェフが再現。
先ずはポルトで旨かった「タコとイモのグリル」。
負けずに旨い。大成功。ありそうで無い、だけど手軽で美味しい料理。昼どきの客人をもてなす料理などにはもってこいかも。 -
思い出の料理再現パート2。
コインブラで食べた「鴨ごはん」とリスボンで食べたスープ「カルト・ベルデ」。こちらも大成功。 -
おまけ。
エッグタルトも頑張って作ってみました。大成功。
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