2008/06/20 - 2008/06/28
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hakodadiさん
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1994-5年にかけて、旧ユーゴからの分離独立を目指したボスニアヘルツエゴビナは国内のセルビア人勢力と隣の旧ユーゴ(実質はセルビア)連邦軍に包囲された。この包囲作戦でのサラエボ側の死者は約2万人ともいわれる。人口40万人のこの町はいま、独立したボスニアヘルツエゴビナの首都だが、異様に墓標の多さが目立つこの町は依然復興途上。
写真は「トンネル博物館」に掲示されていた「包囲地図」中央部分は包囲された市街地。ピンクの部分がセルビア勢力による占領地。サラエボ周囲の山岳地帯の殆どが制圧され、一部市街地にもそれが及んでいることがよくわかる。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
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ドブロブニクで2泊、モスタルで1泊、そしてやっと今回の旅の目玉の町、サラエボへ。山あいの急峻な道路をバスで約3時間。
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町の周囲はほとんど360°が急峻な山。旧ユーゴの内陸ぶとアドリア海を結ぶ交通の要衝に成立し、交易で栄えた町。南側の破線はボスニア・ヘルツエゴビナ国内の2つの共和国。「ボスニア・ヘルツエゴビナ連邦(クロアチア人+イスラム教徒)」「スルプスカ共和国(セルビア人)」の国境。
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市街地は東西に流れるミリャツカ川に沿って細長く続く。西南に空港。旧市街(バシュチャルシャ)は市街の東端の一角。
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バザール内の水飲み場。飲料としても大丈夫なのだしうだ。あちこちにあるのだが、どこも順番待ち。山が近いので、冷たくて清潔な水が利用できるのかも。
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旧市街のバザール。小規模の店舗が両側にぎっしり続く。なぜか日本でもみかけそうな外観が多い。サラエボの旧市街は「ヨーロッパのトルコ」といわれるそうだが、何故か懐かしさを感じさせる。
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バザールの喫茶店。ここに座って通り過ぎる人を観察するのも楽しい。実に多彩な顔立ち、衣服の人たちがいる。若い女性の美人比率は驚くほど高い。
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夕食用にトルコ風名物料理、チェバブチッチ(羊の挽肉をかためて焼いたもの)をテイクアウト。
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翌日のホテルの朝食。ハム、チーズが美味しい。
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ホテルから市街地方面に向かう。途中の公園にも多数の墓碑?が
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ボスニア内戦時に西側取材陣の基地となったホテル・ホリディイン。正面の黄色い建物。
取材にあたった英国からの記者が、サラエボで孤児になった女の子を決死の逃避行で脱出させた「実話」を下敷きにした映画「Welcome to Sarajevo」では再三登場する。 -
2両連結の路面電車。市街の中央をほぼ東西一直線に運行している。余り新型車両は見かけないが、作りはがっしりしている。市民の足として重宝な存在。
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路面電車の内部。全部で6系統あるが、路線網は単純でわかりやすい。一日券(5.3KM=約500円)を購入するのが便利。3回乗降すれば元が取れる。旧市街を一周するので、車窓から街を見物するのもいい。旧市街=鉄道駅=新市街 と続く路線の終点まで乗り、あとで登場するトンネル博物館に向かう。
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電車で新市街方面へ向かう。写真は鉄道駅の周辺。内戦時の砲撃で破壊された一帯が戦後は国連軍の陣地に。そこで再開発の工事がはじまっているようだ。
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新市街のアパート群
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トンネル博物館。ここはサラエボが完全に包囲されていた時期に唯一の通行路として物資の補給、要人の出入りに使用された約800メートルのトンネルだった。現在はその一部を保存して公開。ちなみに博物館は「私設」だそうだ。
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包囲当時の地図。周囲の包囲軍側の支配地域がピンク色の部分。トンネルは右上の包囲軍の切れ目、空港滑走路を横断する形で掘られた。
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トンネルの出口。前方に滑走路。
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トンネル内部。人がやっと対面通行できる程度の狭さ。物資はトロッコで運ばれたという。
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包囲戦で亡くなったサラエボ市民の氏名リスト。戦争の悲惨が伝わってくる。
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トンネル博物館からの戻りは市電の終点イリージャ。周辺は田園地帯でのどかな雰囲気。
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ホテル付近から夜の帳が下りた市街を望む。
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ムスリム寺院のライトアップ
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旧市街の夜は市民が続々と詰め掛ける。日中の暑さが去ったあとの旧市街エリアは絶好の散策路と化す。
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ボスニアでもっとも観光客が集まるバザールエリアへの入り口にある教会。この前には聖火(オリンピック以来?)が点る場所があり、絶好の撮影ポイントに。
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バザールの中心にある巨大なイスラム寺院のミナレット。ライトアップの中に幻想的な姿を見せる。
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寺院の内庭。夜も遅いのに信仰心篤い多数が集まっている。ほとんど社交場か。
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日中より多い人出。暑い日差しを避けて、涼しい夜間に街をそぞろ歩きするのが当地の人たちのレジャー=生活の知恵なのかもしれない。
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あちこちに路上の」カフェが出現。どこも満席。よく食べ飲み勝つしゃべり続ける人たち。傍目からみても、皆さんいかにもリラックスして楽しげだ。内戦の記憶はここでは発見するのは難しい。
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バシュチャルシャの広場に立つセビリ(水飲み場)散策の人々が思い思いに集まり、散っていく。
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3日目の朝。旧市街の公園でチェスを楽しむ人々。
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ECの旗とボスニア国旗の双方が翻る建物。サラエボがいまだのいEC編成の多国籍軍や国連軍による「支援」「保護」のもとにあることを思い起こさせる光景。
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オリンピックの会場付近に急増された墓地。内戦時には郊外の墓地まで遺体を運ぶことすら危険だったので、市内の空き地はあちこちで「墓地」と化した。
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墓・墓・墓
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サラエボ空港。意外に地味なのにびっくり。内戦で一躍有名になったのでなんとなく「大空港」だったような錯覚があったが、日本でいえば函館空港よりさらに一回りグレードは低そう。ロビーた待合スペースも暗い。復興資金がまだここまでは回ってこないという印象。
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空港内ロビー
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