2002/06/19 - 2002/06/23
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旅人のくまさんさん
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<2002年6月20日(木)>
<5時半のモーニングコール>
昨日ガイドさんから聞いた5時半のモーニングコールは、いつもの起床時間なので、全く問題にならないスタート時間です。それに、こちらへ来て1時間時計を遅らせていますので、なおさらです。意識下の世界で体内時計が変調をきたしているのなら、その点だけが唯一の心配と言えば心配でした。
ホテルでは7時から朝食が摂れるので、それから逆算しました、5時半のモーニングコール時間でした。一番に朝食を済ませ、一日を目一杯に観光を楽しもうと言う計画です。
昨晩、少しウィスキーを飲んで、就寝したのは0時を回っていました。しかし、4時半頃には目が覚めました。モーニングコールの1時間前です。朝の支度を済ませながら、モーニングコールを待つ格好になりました。
5時半ぴったりにモーニングコールが鳴りました。自動電話だと思って、受話器を上げただけで、元へ戻しました。暫くして、もう一度鳴りましたので、今度は受話器を取り上げました。すると、女性の声で「おはようございます。モーニングコールです」と日本語で告げられました。「ありがとう」と応えたものの、「一度目に受話器を上げればよかったかな?」と反省しました。他の方にお聞きしましたら、「1回目は機械呼び出しでした」とのことで、安心しました。
<洪水の跡>
2、3日前の日本の新聞、テレビ報道などで、中国南東部の大雨情報を流していたのが気がかりでした。昨日は夜遅くホテルに着いたので気が付きませんでしたが、ホテルの周りにも洪水の跡が生々しく残っていまっした。
「2日前は大変でした。ホテルの前の道路が冠水しました」と言う話でした。ホテルは漓江に面して建てられていて、川を溢れた濁水が道路を冠水させたようです。木目の細かいドロが、一面に残っていて、漓江もまだ水位が高いようでした。洪水の最中では、川下りを諦めざるを得ないところでした。際どいタイミングで、漓江の川下りが成立しました。
桂林の「桂」は日本の「かつら」ではなく、「木犀(もくせい)」を意味しています。ホテルの前の道路両端に植え込まれているのも、金木犀でした。銀木犀と、もう1種の木犀が町中に植栽されているとお聞きしました。
日本でも10月頃になりますと、あちこちで強い香りを発するお馴染みの木です。中国では芳香剤としてだけではなく、お茶の材料としても珍重されています。これは、葉の方を使うのではなく、小さい花の方を用いています。
お茶の専門店で飲む機会がありましたが、お茶の葉と混ぜて使うもののようです。ジャスミン茶ほどの強さはないですが、中々の芳香があります。
<泊ったホテル>
泊ったホテルは、日航経営のホテルだったようです。今の名前は「桂林帝苑酒店」、英語表記では、Guilin Royal Garden Hotel となっていました。伏波山の対岸に位置しています。漓江はこの辺りでは南北に流れていますので、東岸の絶景の位置にあります。
ロビーでは朝早くから弦楽四重奏の生演奏があり、落ち着いた雰囲気を醸していました。ホテルのパンフレットによりますと、弦楽四重奏のほかに、中国民族音楽の演奏が聞ける時もあるようです。ユモレスク、弦楽セレナーデなど耳に馴染んだ曲が演奏されました。ヘンデル風の曲もありましたが、残念ながら曲名までは思い出せませんでした。
クラシック音楽が好きなので、つい、一番いい場所で聴いて、拍手を贈りました。演奏しているメンバーの方も、近くで大声で話している人達がいると、乗らない雰囲気が、表情に出ていました。しかし、拍手の時は注目が演奏している人たちに向き、瞬間に雰囲気が変わりました。
日本人以外では、多くの欧米人の泊り客を見かけました。そんな事が影響しているのか、朝食は洋食のバイキング方式と、別のコーナーでは和食も用意されていました。
洋食の方は、品数も味も申し分ありませんでした。パン類やハム・ソーセージ類をはじめ、ジュース、果物も各種揃っていました。
ガイドのリンさんが「皆さん方が泊られるホテルは、大きくて立派なホテルですよ」と、昨晩紹介してくれた通りの内容でした。珈琲のお代わりを頼みながら、ゆっくりと朝食を楽しみました。
泊った部屋は4階で、眼下にホテルのプールが見えました。2階か3階の屋根の上に設えられているようでした。朝早くから何人かの人が出て、プールや付近の清掃をしていました。カーテンを薄く開けて、朝の桂林、漓江の朝ぼらけを楽しんだ時間でした。
桂林のホテルに関しては、何の問題もありませんでした。というより、十分に満足したと言った感想の方がぴったりでした。
<漓江下り>
漓江下りの出発点までは、マイクロバスで1時間あまりかかりました。桂林全体がカルスト地形なので、奇岩が続く途中の景色も十分に楽しむ事が出来ました。最初は、まばらに人家が点在する場所や、物々交換の小さな市場と言った、日本の田舎の原風景にも思える場所をいくつか通りました。そこを抜けると、人家は少なくなりました。カルスト地形独特の山が聳え、岩と樹木だけの、自然そのままと言った風景が続きました。
「松島やああ松島や松島や」と、芭蕉が絶句したと伝えられる日本の絶景、松島、個性豊かな島々が点在するその景観は、船で島繰りをした時の感激が、桂林の漓江下りの時にも同じような体験となりました。
今回の旅行のハイライトなので、もう少し詳細に文を綴ってみたい思いはするものの、それに相応しい文章は、とんと浮かんできません。この部分も、写真の頁に譲って簡単な感想だけに止めることにします。
ほんの数日違いで漓江の洪水に遭わずに済みました。川は未だ濁っていたものの、想像の世界であった山水画の幽玄を十分に味わう事ができる幸運に恵まれました。感謝、感謝です。
川下りの船中には、日本語の達者な乗組員がみえ、色々と話をしながら両岸に広がる絶景を楽しみました。船中では、自生の梅を蜂蜜漬けにして、すっぱくないようにした梅干や、地元のリキュールの小壜などをお土産用に買い求めました。
<冠岩の鍾乳洞>
漓江下りの途中、陸に上がって冠岩に立ち寄って、鍾乳洞を見学しました。この一帯でも洪水の跡が色濃く残っていました。岸へ上がる階段には、厚いドロが残っていて、川添いの道も泥で汚れていました。
陸に上がったのは、未だ午前中でした。しかし、蒸し暑さは日本の梅雨時期、真夏とも違う厳しさでした。冠岩は、山を中腹まで上ってから、鍾乳洞に入りますので、途中の階段登りで、結構きつい思いをしました。暑くなければ大したこのはないと思うものの、湿度の高さには正直参りました。この時期、これだけの暑さには日本では未だ馴染んでいませんでした。
メンバーの中には、日本の鍾乳洞巡りを沢山経験されていた方もみえました。それでも、冠岩の鍾乳洞の規模と多彩さには圧倒されていたようです。
ライトアップの規模と変化、多様さには感心しましたが、私の場合、かなりの違和感も感じました。その1つは、日本における天然記念物の保護の熱心さと、ここ中国の観光第一と思われる積極的開放策、人工物の導入姿勢のギャップが直ぐには埋まらなかったためです。ただし、日本の保護策だけが正しいと言う主張ではありません。
また、西安の兵馬俑坑のように、現在の技術レベルで保護できない文化財に保護には、何百年かかったとしても、後世の保護技術が完成するまでは、今一度埋め戻しをする姿勢をとっています。中国国内で採られている別の施策とのギャップも感じました。
<漓江下り終点の町>
洪水の影響が完全には元に戻っていないために、漓江下りの終着点が変更されました。水位が高いために予定の場所に接岸できないからです。降り立った場所は、俄に出来た門前町のような場所でした。狭い道路の両端に小さな屋台が建ち並び、色とりどりのお土産を売っていました。
ここでは昔バリ島で経験した「千円!千円!!」「シェンエン!シェンエン!!」の世界があり、ゆっくりと屋台店を見学する楽しみを味わえませんでした。早足でこの一帯を通り過ぎて、迎えのマイクロバスが待っている駐車場へと向かいました。
この一帯は屋台の店ばかりでなく、洒落た西洋風の店がその先に続いていました。宿泊もできるようです。店先では、のんびりとアフタヌーンティを楽しむ西洋人を多く見かけました。次に訪れる機会があったら、その店先の人達の立場で、ゆっくりとひと時を過ごしてみたい雰囲気がありました。
ここから桂林市内に戻る途中でも、素晴らしい景色が待ち受けていました。強くはなかったものの、雨が降り出し、遠くに見える山々が幻想的な雰囲気を作り出しました。 漓江に繋がる水路では、葦で葺いた小さな屋形船で、魚採りの若い人が昼寝を楽しみ、まだ産毛が生えたアヒルがよちよち歩きする、午後のひと時でした。
<七星公園>
漓江下りを満喫した後、まだ時間がありましたので、桂林市内に戻り、市内見物を楽しみました。漓江下りの後に降り出した小雨も、何時しか止んでいました。
ガイドのリンさんは、「この公園には世界一大きい駱駝(らくだ)がいます。それを今から見学に行きます」と言って、七星公園に案内されました。ここは市民の憩いの場であるらしく、公園内には散歩途中の市民らしき人を多く見かけました。
世界一大きい駱駝とは、実は駱駝の形をした奇岩でした。すっと伸びた頭部分には、顔に相当する岩の微妙な造作もあります。その後ろに続くこぶ山は、文字通り駱駝の背中のこぶです。どうやら世界一大きい、そして、三つのこぶを持つ駱駝です。尻尾の部分には、これまた潅木が生えて、一層リアルな姿となっていました。
七星公園内には、奇石博物館があり、様々な文様、形、成分の大小の石、岩が展示してありました。この博物館でみんなの人気の的になったのが、若い女性ガイドさんでした。
「・・です」と断定してもいい事柄も、「・・らしいです」を連発していました。また、その説明内容、表情が面白かった。特別の美人といったわけでもなく、不細工な顔でも無く、今流行の「癒し系」と言ったところでしょうか。とにかく笑顔が絶えず、何より元気が良い方でした。吉本興業辺りに紹介したいようなユニークな娘さんでした。
庭園もよく整備され、個人の邸宅と言った趣でした。亜熱帯性の気候のためた、植物の生育と種類も豊富な様です。普通は池で生育する蓮の鉢植えもありました。品種改良されて、小型の造りになっていました。
<少数民族舞踊>
漓江下りに出発するバスの中で、リンさんが「今晩は観劇する時間があります。ご希望があるならセットします」と、みんなに尋ねました。「少数民族の舞踊を主体にしたショーは、雑技、サーカスを主体にするかによって劇場が変わります」という事でした。
それで、みんなで顔を合わせてそれとなく希望を出しているうち、「少数民族の舞踊主体のショーに決めましょう」ということになりました。「全員で見に行きましょう」と決まるまで、ほとんど時間が掛かりませんでした。リンさんによれば、「早く申し込んだほど、いい席が取れます」と言う事で、その場で早速、携帯電話で申し込んでもらいました。
リンさんが言ったとおり、早く申し込んだお陰で、実際いい席につくことが出来ました。席が前の方であるばかりでなく、椅子もゆったりとして立派なものでした。飛行機の席に例えれば、エコノミークラスとビジネスの差の分はありました。エコノミークラスの席の人と話をしたら、値段が一緒だったことが分り、「早く申し込んでおけばよかった」と悔しがられていました。
少数民族の舞踊を主体にしたショーは、「漓江風情夜」のタイトルで桂林市歌舞団による出し物でした。パンフレットで改めてその内容を整理しまする。全体が3篇から構成されていましたが、幕間はありませんでした。その3篇は「山水篇」「風情篇」と「賞新篇」からなっていました。
「山水篇」は舞踊、アクロバット、サーカスと、もう1つの舞踊で構成されていました。最初の舞踊は、桂林の混沌、カオスの時代を表現しているような、幻想的なものでした。
「風情篇」は全て少数民族の踊りで構成されていました。「チワン族の舞踊」「雲南民歌」「ドウ族の舞踊」と「ヨウ族の結婚式」です。チワン族は「壮族」、雲南族には「云南族」、ドウ族には「ドウ(漢字省略)族」、ヨウ族には「瑶族」の文字が使われています。
桂林自体は、「広西チワン族自治区」の東北部に位置しています。解説書によれば、桂林市民の92%が漢族で、残りの8%がチワン族などの少数民族(先住民族)とありました。まだ、都心部で生活している専従民族が少ないと言う事でしょう。
「賞新篇」は盛りだくさんでした。「チベット族の舞踊」で始まり、「チワン族の舞踊」「ウイグル族の舞踊」「サーカス」「タイ族の舞踊」「朝鮮族の舞踊」「ミョウ族の舞踊」と最後に出演者全員での「多民族の踊り」で締めくくられていました。チベット族には「蔵族」、ウイグル族には「維吾尓族」、タイ族には「秦族」、ミョウ族には「苗族」の文字が当てられていました。チワン族の踊りは「風情篇」でもありましたが、ここでの踊りは「銅鼓」を使った勇壮なものでした。
中国は大胆な略字を用いていますので、云は「雲」、苗は「猫」等を意味しているようです。「維」の糸偏も「小」の部分が、行書風の横棒になっています。
本題に戻って、少数民族の舞踊を主体にした観劇は大いに満足できました。1時間半あまりがあっという間に過ぎてしまいました。舞台の美しさは写真のページに譲るとして、実際の舞踊はそれ以上でした。踊り手の表情、動きなども十分に堪能できました。
七夕の飾りと見紛う洪水の竹の林に懸かる色札
洪水は黄土集めて瀬を早み漓江は暫し荒し川なる
小刻の山の頂目で追いぬモーツアルトの調に似たり
高き峰聳ゆる様は楽聖のフォルテ思わす漓江を下る
疾き河を渡り来りし黒蜻蛉小さき羽を休めし窓辺
川蝦と山水つまに川下る土地の酒あり桂林麦酒
桂林の山河に冬あり夏の日も川面眺めて時を忘るる
デジャビューを覚ゆる漓江の川下り遠く近くに霞立つ山
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 船
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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泊まったホテルは、元日航ホテルだったようです。漓江が眼下に見渡せる、素晴らしい位置に建てられていました。
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ホテルの部屋は4階でしたが、窓を開けるとプールが見えました。2階か3階の屋根の上に設えられたものです。
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ホテルの1階ロビーでは早い時間から弦楽四重奏の生演奏が流れていました。弦楽セレナーデ、ユモレスク等、聞き慣れた曲もありました。
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桂林帝苑酒店の大きな看板がある泊ったホテルです。帝苑は英語表記でロイヤルガーデンとなっていました。
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曇りの影響か、朝霧の影響か定かでない漓江河畔の景色です。まだ、食事前の6時台の早い時間です。山水画風の素晴らしい眺めでした。
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ホテル前の漓江の流れです。2日ほど前の洪水後の川の濁りは、大分緩和されてきました。水量はまだ多いようです。
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桂林市内の大通りです。広い通りなのに、信号灯はほとんど無いに等しいものです。人より、車優先の交通事情です。
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バスの中から撮った桂林市内です。新装開店のお祝いが飾ってあるようでした。早い時間なので、まだ人影は見当たりません。
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川下りの出発地点までは小一時間ほどバスで走りました。船着場では、すぐにガイドさんが乗船手続きを取って戴き、待ち時間はありませんでした。
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桂林は果物、ナッツの類が豊富な様です。あちこちで売っていました。後で聞いた話ですが、少数民族の方が多いようです。
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船着場辺りは綺麗に街路整備されており、ゴミも散らかっていません。観光都市として、力を入れている証左でしょう。
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5、6隻の川下りの船が舳先を並べていました。船から船を渡って、奥から2隻目の船に乗込みました。完全な貸切船の状態でした。
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両脇の間を縫って我々の乗った船は動き始めました。漓江は未だ濁っていたものの、川下りの条件としては、決して悪くはありません。
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貸切状態の我々の船内です。ガイドさんは、「一杯に乗船したら、そのときが出発です」などと冗談を言っていましたが、その前に出発しました。
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ゆるゆると岸を離れて、いよいよ漓江の川下りの始まりです。世界に名だたる名勝地、南画、山水画の世界の始まりです。
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川下りを始めると、直ぐに山水画の世界が目の前に拡がってきました。かつて、韓国で見た馬耳山(マイサン)が、似通ったイメージでした。
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船尾から眺める、下ってきた漓江の山並みです。前後左右、どちらを向いても奇岩の立ち並ぶ幽玄の世界です。
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奇岩に見とれて写真をとっていますと、あっという間に時間が過ぎていきます。ところで、蒸し暑さはこたえました。まだ、太陽が顔を出していないことが、むしろ幸いでした。
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遠くの山は霞み、近くの山は深緑を湛えています。幾重にも重なって奥行きの深さを作りだしていました。
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魚取りの小さな船を見かけました。ガイドさんに『蝦でも捕っているの?』と訪ねましたら、多分『鼈(すっぽん)か小魚を捕っているのでしょう』との返事でした。
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河畔から立ち上がって、一気にその頂まで、険しい岩肌が続きます。耕作も果樹も栽培出来そうに無い、険しい地形です。
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先日の洪水の影響が、そこかしこにまだ色濃く残っていました。竹林の状況から見ますと、水位も大分高いようです。
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漓江の辺には、民家は余り見かけません。田舎にしては立派なこの建物は、旅館か民宿でしょうか。さすがに少し高台に建てられています。
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「桂林冠巌」の揮毫が掘り込まれた石碑です。左には「地下河遊覧区」と書かれているようです。少し変わった二つの石の組合せに、洞窟を偲ばせる意匠が感じられます。
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