2007/05/25 - 2007/06/05
1437位(同エリア1673件中)
かたまねさん
ルーマニア北部、ウクライナ国境近くに残る修道院外壁のフレスコが見たくて出かけました。
?ミラノ経由でブカレスト入り市内観光。
?バスで北上して,
シナイアのペレシュ城、シナイア僧院〜〜ブラン城〜〜ブラシフへ。 ?途中ラクロッシュ(赤い湖)やビガズ渓谷など巡りながら、
クンプルング・モルドベネスクへ。
?ブコヴィナ地方(北モルドヴァ地方)の修道院院群巡り〜〜
モルドヴィッツァイ修道院?の一つ目、
スチェヴィッツァ修道院(世界遺産未登録)?の二つ目、
アルボーレ修道院?の三つ目、
フモール修道院?の四つ目,
ヴォロネッツ修道院?の五つ目
「ブコヴィナ地方の五つの修道院=Cinci Manastiri Bucovinene=」として有名ですが、,
その中の一つ、スチュヴィツァ修道院は最大規模で外壁スレスコ画の保存状態も最も良好ながら、ユネスコ世界遺産には未登録とか。
それでこの度拝見出来た世界遺産4つのうち、
まず一つ目、モルドヴィツァ修道院を訪れました。
画像はこの修道院の全体像が撮れなかったので観光局のサイトよりは拝借させて頂きました。
-
? モルドヴィッツァ(MOLDVITA)修道院
要塞のような塔のある城砦に囲まれた女子修道院。
この修道院の特に有名なフレスコ画のテーマに;
★「エッサイの樹」と
★「コンスタンチノープルの包囲戦」がある。
外壁に沿って時計回りに移動。 -
この修道院は、
1410年、元々木造の教会の遺構に王Alexanderが周囲の監視と防備に石造りの教会を城砦化して建立したが地すべりなどで壊滅的被害を蒙り、
1532年、地形上安全なモルドヴィツァ川谷間に、時の大公、Petru Rares(在位1527ー1538)が建てなおした。
庭にそのペトゥル・ラレシュ公の像が堂々と建っている。
ご立派な風貌とそれにぴったりの冠。 -
外壁に沿って進む。
-
外壁に沿って進む。
建物南壁、右半分が「エッサイの樹」。
地色のラピスラズリーが美しい。
左半分が「コンスタンチノープルの包囲戦」。 -
ここに描いてあるフレスコ画について説明をする聖職者。
★「エッサイの樹」はダヴィデの父、エッサイを祖とするイエス・キストの家系図を、壁一杯に広がる樹木の枝のように描いている。
救世主の出自。先祖からの繋がりが次々に細かく描かれている説明だが、慣れないと'順番に'ついていけない。
この壁の下部、左への茶色っぽいフレスコ画は
★「コンスタンチノープルの包囲戦」 -
外壁に添って進む。
上の写真の「コンスタンチノープの包囲戦」の続きの模様が
見える。 -
★「コンスタンチノープルの包囲戦」拡大図。
壁画南面一角に、修道院としては珍しく戦闘の場面が描かれている。
626年、ペルシャ軍によるビザンティン襲撃がモチーフ。
キリスト教徒たちの守る砦はビザンチン帝国首都コンスタンチノープル、海を越えて攻めるのがペルシャ軍なのである。
しかし、ここに描かれているペルシャ軍の兵士の顔つきや装備はどう見てもトルコ軍のそれ。
当時のオスマントルコの脅威がこの絵を描かせた。
つまり"オスマントルコ軍による攻撃から砦を守るモルドヴァ公国の兵士たち"という構図。 -
★「コンスタンチノープルの包囲戦」拡大図
騎乗して行軍する7世紀のペルシャ軍の兵士にすり替わって、頭にターバン被った16世紀のトルコ兵士が意図的に描かれている。当時のモツドヴァ公国とオスマントルコの敵対関係が分かる。 -
「コンスタンチノープルの包囲戦」拡大図
この壁画戦闘シーンに登場する兵士はこの地方の民族衣装を着ているとか。
自国、モルドヴァ公国に攻め入り攻撃してくるオスマントルコへの激しい敵対心が描かれていて「絶対的な不服従を誓う」とのメッセ-ジが込められているそう。 -
「コンスタンチノープルの包囲戦」
上の絵、右上の砦の最上部のズームアップ。
勇敢な(実はモルドヴァ公国の)射て手二人。
とてもリアルな描写。必ず命中しそうな迫力。 -
窓の周囲もぐるりとフレスコ画で覆われていて、聖書の読めない農民に分かりやすく布教するために描かれた。
キリスト教の聖堂には聖人の肖像などの宗教画が内壁には描かれるが建物外壁にまでビッシリ描かれるのは見たことが無い。
美しいフレスコ画を明るい太陽の下で見たのは初体験。
しかも周囲は丘陵や森林が続く中、500年も経ているとは信じられないほど鮮やかな宗教画に当時の農民ばさぞや感激したことであろう。 -
「最後の審判」
最後の審判を下す神の手が見える。
下に人間の魂の重さを計る天秤。
天国行きか地獄落ちかの分かれ目。 -
入口柱もフレスコ画で埋め尽くされている。
-
「受胎告知」
内部に入るとアーチ状の通路の上に鮮やかな「聖告」のフレスコ画。 -
内部の壁画。
この修道院の模型をキリストに捧げるペトゥル・ラレシュ公夫妻と子供たち。聖母マリアが取りなしをしている。
彼らの豪華な衣装からも当時のモルドヴァ公国の豊かさ、文化の高さがうかがえる。
公の風貌が庭に置かれた彼の石?像と、あまりによく似ているの(当たり前!(^^)!だが)に、ついニコッリしてしまった。こっちの冠のほうが凝ったデザイン。 -
内部の壁画。
聖母子、聖人のオンパレード。 -
内部から窓外を見る。
城砦であったのが納得できる壁の厚さ。
しかし、基本的には祈りの場。何mもの厚さを確保するために、本来の建物の内部は狭くなるはず。
外敵たる異教徒への恐怖(破壊、略奪)の故か。長年の経験則からか、以後、次々巡る修道院でもどうもこの壁の異様な厚さ(私見)が気になり始めた。 -
ユネスコから、「金の林檎」賞が贈られ
修道院博物館に飾られている。 -
出口の塔の近くで黒尽くめの衣装の聖職者(うら若い女性)が売店でパンフレットや絵葉書、切手など売っていて皆が買い求めようとしたが、商売っ気が無くて1〜2点ずつしか置いてなくて残念だった。
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出口の門。
-
門を出たところに,
緑の森を背景にしてこんな目に鮮やかな欧州連合と美麗なルーマニア国章(国旗はシンプルな3色だが)をトップにに掲げた、大きな看板が立っていた。
何だろう??何か書いてある。
ルーマニア語は国名からしても、ルーマニア(Romania=ロムニア)、【この国名の擬似発音からローマ建国の伝説:狼に育てれた兄弟のロムルスを想起した】
つまり"ローマ人の国”で、ラテン起源を示し、
国内全域でフランス語を話す人も多い。
だから、フランス語からある程度推測できるが、やはり隔靴掻痒。
四苦八苦していて、よく見ると上段の数行は英語だった(*^∀^*)アハッ。
どうやら、国やユネスコによって保護しているスチャヴァ地域修道院群の生態や近代化の整備プロジェクトについての告示らしい。たぶん。 -
出口門を出て、何となくホットした。
遠路、日本からここの五つの修道院のフレスコ画見学をとても楽しみしてやって来て、先ずは一つ目の修道院。
ガイドの話しを真面目に聞いて、目を見開いて丁寧に一所懸命見てまわったらちょっと疲れた。
ふと振り返ったら、ニッチにもしっかり又また「受胎告知」の絵。
う〜〜ん、ダメ押しダ。
アア、まだ四つも修道院は残っている。
はじめこそ、薄暗い堂内で、
「あっ、あんな所にサン・ジョルジュが居る、、やっぱり剣持って、、足元には? やっぱりドラゴンが殺やれて〜」とか
壁画に描かれている絵物語を、パズルのように解きながら進むのも楽しかったが圧倒されるフレスコ画の量。
ふうぅ〜 ┐(´〜`;)┌
次ぎのスチェヴィッツア修道院は、この地方最大規模を誇るとか、サア、根性入れ直して、いざ!!
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