
2008/03/09 - 2008/03/12
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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<<九州縦断2200Kmの車旅>>
【巡航県経路】
広島→山口→福岡→大分→宮崎→熊本→鹿児島→宮崎→熊本→大分→福岡→山口→広島
●宇佐神宮~その2
「国宝 宇佐神宮本殿」
宇佐神宮本殿は国宝に指定されており、八幡造りで作られています。御祭神は八幡大神で、八百万の神、八幡神として有名です。
3月9日:早朝5時20分旅立。
3月12日:深夜11時20分帰宅。
3泊4日:車中泊2日・Bホテル1泊。
総走行距離数:車移動2197Km。
今回の訪問観光地:40箇所くらいでしょうか。
写真枚数:1207枚。
「手記」
55歳、かってのように平気で長距離走…って訳にはいかなくなっております。
1日500キロ走行の運転疲れのみならず、行った先々で歩く歩くの連続、ほんとチカレました。
古いアルバムを捲って…おもいで探しのひとり旅です。
※旅行記を仕上げるのも相当疲れそうです・・・σ(^_^;)アセアセ...
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
-
「国宝 宇佐神宮本殿」
<宇佐神宮〜その1>の続きです。
http://4travel.jp/traveler/godzilla/album/10225508/
懐かしいですね。6年前の2002年3月に妻といっしょに、この西大門をくぐりました。
●西大門
県有形文化財。屋根は切り妻平入り桧皮葺です。全体の形態と彩色で豪華な感じとなっています。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●西大門〜宇佐神宮由緒〜
全国四万余社の八幡宮の総本宮。宇佐の地に初めて八幡神が御示顕になられたのは、欽明天皇の御代で、御許山(おおもとさん:宇佐神宮奥宮大元神社鎮座)に顕れた。
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「国宝 宇佐神宮本殿」
●由緒
また同天皇三十二年(571年)に現本殿のある亀山の麓の菱形池の辺に神霊が顕れ、「我は誉田天皇広幡八幡麻呂(ほんだのすめらみことひろはたのやはたまろ)なり」と告げられたので、この地に祀られたのが宇佐神宮の始まりである。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●由緒
その後、和銅元年(708年)、鷹居社が社殿として初めて造立され、霊亀二年(716年)小山田社に移り、神亀二年(725年)現在の亀山に移され、第一之殿が造立された。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●由緒
天平元年(729年)には第二之殿、弘仁十四年(823年)には第三之殿が造立され、現在の形式の本殿が完成した。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
2002年3月、妻と訪れたときにここでお守りを求めました。
●上宮
本殿は三殿が横に並ぶ形式。中央に位置する「二の御殿」が最も大きく豪華であるが,意外にもこれは応神天皇ではなく比賣大神を祀るもの。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮
八幡神と同一視される応神天皇は,左脇の「一の御殿」に祀られる。
「三の御殿」は神功皇后を祀る。二つの屋根が前後に連結されたいわゆる「八幡造り」構造。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮
宇佐神宮の参拝の作法は一般の神社とは異なり「二拝四拍手一拝」とされる。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮
現在の本殿は向かって左から一之御殿、二之御殿、三之御殿とならび、二之御殿の前に申殿があり、八幡造りの本殿があるが、823年弘仁14年に三之御殿ができて、この形式になった。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮
それ以前は、一之御殿と二之御殿が並んでいたとなると、二之御殿の祭神を、八幡さまの妻神と考えられたり、八幡さまとの中をとりもつ女神などと考えられた。
-
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮「三之御殿」
すなわち玉依比売(たまよりひめ)とか大宮能売神(おおみやめのかみ)とかいう学者もあったが、社伝では、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのうのみこと)のウケヒによってあらわれ、素戔嗚尊の劔を物実(ものざね)とした、三柱の比売大神で、筑紫の宇佐島に天降った神とされている。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮「宇佐神木」
宇佐の国造らが、奥宮の御許山を中心として祭つたものと伝えられている。そして八幡さまのあらわれる以前の古い神様、地主神であるとされている。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮「勅使門」
高良大明神、阿蘇大明神の二神を上宮、南中樓門に御祀りしている。この神々は古くより御門の神として勅使門を守護せられる。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮「宇佐神木」
樹齢約800年の宇佐神木。健康長寿を御神徳。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮祈祷殿 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮「大元神社遙拝所」
板にこう書かれています。
〜左手奥に見える山が、宇佐嶋とも呼ばれる御許山(馬城峰)です。宇佐神宮発祥の聖地として摂社大元神社が鎮座し、現在でも毎月の祭祀が厳修されています。 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮
「一之御殿、二之御殿、三之御殿」説明板 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮「西大門」 -
「国宝 宇佐神宮本殿」
●上宮「神井」
宇佐神宮の閼伽水や神官らが利用したと伝えられています。この井戸は、丸ではなく八角になっています。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮へ
若宮神社の横から下宮へ向かいます。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮
下宮は、嵯峨天皇の弘仁年間(810年代)勅願によって造宮使を御差遣、社殿の御創建があり、上宮の御分神を御鎮祭になったのである。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮
ここに、宇佐神宮は上下御両宮の御鎮座となるのである。
上宮同様に、御創祀以来歴朝皇室のご崇拝が深く、御造営は官営で行われて来た。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮
古くから下宮は、御炊宮(みけみや)ともいわれ農業と関係が深い。
このことは当神宮の日常の祭祀に、とくに国民一般の祈願や報賽(ほうさい)が行われて来た御社であることが明らかである。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮
下宮の、八幡大神の御神徳は、御饌(みけ)(食事)を司どる御神威とともに、農業や一般産業の発展、充実を御守りになる神である。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮「高倉」
上宮と下宮の間の林の中にある祭器具等を納める建物。1865年に建立。1941年に改修。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮「高倉」
高床で寄棟造りの屋根を乗せる。平の中央に引き込み戸があり、この部分を持送りで縁を設けて擬宝珠高欄を備える。丹塗り。大分県指定有形文化財。 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮「説明書き」 -
「国宝 宇佐神宮」
●下宮
イチイガシの森の中に鳥居が現れます。左は上宮へ、ここ右手は下宮へつながっています。 -
宇佐市院内「貴婦人橋」
次の旅行記は同じ宇佐市院内の貴婦人橋です。
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