2008/03/08 - 2008/03/08
654位(同エリア920件中)
Johnnieさん
- JohnnieさんTOP
- 旅行記353冊
- クチコミ89件
- Q&A回答3件
- 596,014アクセス
- フォロワー6人
偕楽園の花見の後、弘道館に立ち寄りました。
弘道館は、水戸藩の藩校として、第9代藩主徳川斉昭公により天保12年(1841年)8月に創設されました。
-
弘道館に向かう途中に枝垂れ梅が。
ですが、並んで立っているポールが残念でした・・・ -
気を取り直して梅林を歩きましょう。
やっぱり見頃には早かったみたいですね。 -
お、見えて来ました。
-
【正門】
梅林を抜けて、正門から入ります。
この門は国の重要文化財に指定されているそうです。
お城ではなく藩校の門とあって、質素な感じがしますね。 -
【正庁】
門をくぐるとすぐに、正庁が見えて来ました。 -
【正庁】
弘道館は、国の特別史跡に指定されている旧水戸藩の藩校で、現在の建物のうち、正門、正庁及び至善室は国の重要文化財に指定されています。 -
当時は現在の旧県庁、三の丸小学校などを含めて17.8haあり、文武両道はもちろん医学、薬学、天文学さらには蘭学まで幅広い学問が取り入れられ、総合大学とでも言うべきものだったそうです。
-
水戸藩第2代藩主徳川光圀公は、藩士の教育のため、藩校の建設を計画しましたが、大日本史編纂のため多忙となり、果たすことができなかったそうです。
-
光圀公の遺志を第9代藩主斉昭(烈公)が継ぎ、天保11年(1840年)建設に着手し、翌年の天保12年8月に開館しました。
そう言えば、偕楽園も斉昭公が作られたんですよね。 -
当時の藩校としては国内最大規模のものだったようです。
-
また、第15代の将軍となった徳川慶喜公も、父斉昭公の厳しい教育方針で5歳の時から弘道館において英才教育を受けていたそうです。
-
おっと、こちらは厠ですね。
-
学問をしながらも、このように梅の花を楽しんでいたのでしょうか。
-
-
-
-
あと少し梅の花が咲いていれば、本当に綺麗だったのでしょう。
-
正庁を出て、御庭(?)から建物を眺めました。
こうして梅を通して見ると、水戸徳川家の息吹を感じることが出来るような気がします。 -
こちらの黄色い花も梅なのでしょうか。
花には疎くて・・・ -
梅の見頃には早かったものの、偕楽園や弘道館を通して水戸徳川家の歴史に触れることができて、充実した花見になりました。
次回は満開時、もしくは別の季節に来てみても良いかな、と思います。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
PR
0
20