2008/03/03 - 2008/03/03
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こまちゃんさん
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その2では、祈年殿を中心にお届けします。
そして、とっても思いがけない出来事が、この後すぐに起こりますので、
みなさんも心してご覧戴きますよう宜しくお願い致します。
(大したことないやん!って言わないでね~(>ω<;)
-
昔、乾隆皇帝も、南口からこの祈年殿に到着後、ここを歩き、そしてこの風景を見たのでしょうか?
(かなりしゃがんで撮影しましたけど…(^^;) -
全景。
これを撮っておかなければ何にもなりませんからね。 -
記念撮影も。
すると、突然爺ぃの携帯が鳴りました!!
げげ!・・・・・(ドキドキ…)
嫌な予感と共に、なんかウソのようですけど、本当に仕事に関する電話でした…(ーー;
「今から外国人客を連れて見に行きたい」
あ〜ぁ、またまた引き上げか…と思ったけど、相手が百工坊の場所を確認した後、次回に繰り越すと言う事になりました!
多分、現在地から遠かったか何かでしょうね!
祈年殿に宿った神様のお陰ですね〜!! -
壇上ごとに置かれた鼎。
赤いものは香炉です。
日本だと、松明(たいまつ)のような感じですね。 -
壇上は3段になっていて、階段の中心には各段ごとに違った彫り物が施されている。
最初の段には、周りに施された欄干の支柱と同様の「雲彩」、2段目には「鳳凰」、最後の3段目には「双龍」。
差詰め、天界を舞う龍と鳳凰の如く…ですね。
爺ぃは、それらを一つ一つ確かめながら登っております。 -
雲海のような雲ではなく、羊雲のようなデザインが可愛いです。
祈年殿は、面積272万平方メートルの大きな御苑となる天壇公園内の北側に位置し、五穀豊穣と民衆平安を祈るお堂でもある。
明・清代の皇帝が天を祭る意味で、天の神に祈りを届ける祭事を、毎年冬至に行っていた。周りに施されたこの彫り物からも、その意味を深く感じさせられました。 -
では、その次を見てみましょう。
(爺ぃがゆっくりなので、説明も少し間を置いて…(^^;)
祭天は極めて荘厳な儀式なので、冬至の前日には、皇帝は天壇の南にある「斎宮」に赴き斎戒を行い、敬虔で神聖かつ純潔な心得を確かめた上で儀式に備えた。そして冬至の早朝、灯籠に照らされた石畳の小道に沿って、さまざまな供え物を並べた圜丘壇に登り、宮廷道士が古典音楽を奏でるその中を、天の神と先帝の位牌を敬虔に祭り、天候の順調や豊作、国泰民安を祈った。 -
鼎(ding:日本名は「かなえ」)は、各段ごとの階段脇に対で置かれている。
天候を司る神に、人々の祈りが届き続けているからなのかどうなのか、北京は兎に角毎日天気が良いです。
特に今年は、内陸に雨がとにかく多く水が涌き出て来るので、北京では雨知らずでも何とかなっているようです。 -
次の段を登り始めると、そこには「鳳凰」の彫り物です。
その冬至に行う祭天の慣わしは、唐代に日本の宮廷へも伝わった。『続日本記』によると、奈良時代の神亀2年(725年)11月5日、聖武天皇は大安殿で文官と武官の朝賀を受け宴席をもうけた。延暦4年(785年)の冬至、桓武天皇は河内国交野郡で天の神と先帝を祭った。 -
2つめを登り切った所にも鼎が。
こまは、この鼎が何となく「お相撲取り」のように見えました…(^ω^;
爺ぃが顔を出しているのではなく、鼎の中を覗き見ている所です。おおよその大きさが判って頂けますね。
そのならわしですが、辛亥革命(1911年)によって清朝政府が倒され、皇帝制度の廃止から、冬至に祭天を行うことは、記録上の習慣でしかなくなった。しかし、中華圏(とその文化を受け継ぐ国々)では、民間の年中行事として、今も習慣的な祭天のならわしが残っています。 -
あれれ?
蘊蓄を語っている間に、爺ぃは最終段も登って行ったようですね。また、そこにもあった鼎を観察中です。
では、こまも祈年殿のお膝元へと登って行きたいと思います。 -
3つめを登り始めると「双龍」の彫り物。
この作家は、全体的に丸みの帯びたデザインが好みのようですね。
「雲彩」「鳳凰」「双龍」のどれを見ても、何かとても愛らしい仕上がりですね。 -
到着。
こまも、そこにあった鼎を見ていました。
そこには、何故かにやけた変な田舎女性が居て、「老師、老師、你是◎◎的老視是不是?」と話し掛けてきます。
「神経病!」と一言で、何も話さなくなりましたが、でも何時までもにやけたままは変わりませんでした。
気色悪いので、この鼎前から退散します。
折角の写真、お陰で構図も上手く決まりませんでした… -
お堂の中を見てみようと思ったのですが、余りの人集りでしたので、少し下がっていました。
すると、その間を、顔にほうきを付けた外国人が……
爺ぃを呼び寄せ、その顔ほうき男を指を指したら、
「あ!昨日の大鼻子じゃ〜ぁ!!あ?んぁ?」
信じられないけど、身体はもう早速駆け寄って、ほうき男を呼び止める爺ぃ!! -
そう、神様でも段取り出来ない意外な事とは、一昨日工坊に来て、「1時間だけの火筆画家の弟子」となった、海賊白鬚のアーノルドウイーゼマンさんでした!
その旅行記もあります!
http://4travel.jp/traveler/chinaart/album/10222154/
さ・・早速、証拠写真をパチリ!
慌てて露出もいい加減になりましたが、偶然上手く写っていました!(かなり慌てたけど、順光でお天気が幸いした)
「奥さんは?」
「向こう」
と言う感じで、その方向を見ながら指を指している白鬚海賊さん。
いやはやビックリしました!
言葉になりませ〜ん!! -
仕切り直して、奥様も一緒にパチリ!
昨日は奥さんもご友人も写っていませんでしたからね。
「あいや〜」の連呼で、ホント言葉になりません。
今日はご友人が居られず2人きりのようでしたので、この後こまが即席なんちゃって通訳に。
汗吹き出しました〜
中国語が脳に充満していると、日本語でさえ出て来ないのに、ましてや英語となると、ほぼパニック状態です。 -
でも、全部聞き取れなくても、「世界は大きいようで狭いわ」とか「今晩食事に誘いたい」などは判ります。
「こっちがお誘いします」を、時間を掛けて伝えたら、「オ〜!ノ〜!」の連呼。
でもって、今晩彼らからの電話待ちで、その時指定される場所へと出かける事に。
連絡は、タクの司机に爺ぃの名刺を見せて、彼らか電話して貰うそうです。
偶然人に出会う事自体凄い驚きですけど、しかし、出会った人が人ですから、ホントにいやはや、これがなんとも。。。(^^;ゞ(何が言いたいの?) -
タクを待たせているので、天壇を1時間で回ると言いますから、取り敢えずお互いの予定をこなすべく別れました。
奇妙な縁と偶然の出来事に、暫し心ここにあらずのこま達。
観光で残っていたのなら、アテンド引き受けても良かったンですけどね。彼らだけでタクをチャーターして回ったら、何をどうぼられたりするか判りませんからね…
でも、初対面の見知らぬ中国人にそんな事まで言われても、信じて貰えるかどうかは訝しいものでしょうからね…
こま、一昨日は日本人だとは告げていませんでした。今日告げたら、凄く喜ばれちゃいました。
近所の国同士ですけど、cとjでこんなにまで違ったイメージなんですよね。でも、彼らも言っていましたが、「爺ぃは同じ中国人でも全く違っている」って。 -
では、こちらも元に戻って旅行記の解説をば。
祈年殿の内部。
人が途切れた瞬間に、何とか納める事が出来ました。
工坊まで背負ってきていたリュックを、気温が上がったので置いてきてしまったこま。実はストロボを忘れたんです…
樹木や回廊が多いのは判っていたので、ストロボは必需品だと持ってきていたのに、肝心のリュックごと置いてきてしまいまして…(^^;
天気がよいのも善し悪しですね(^^;
でも、何とか内臓で補光し、ソフト加工でここまで持ち上げられました。
結構綺麗に写っていますね。 -
右サイド。
北京は文物周辺の高層ビルが無いので、風景が昔そのままで、時代のタイムトリップも出来て良い感じですね。
上海だと、にょきにょきビルがその気分を害します。
東京13区とほぼ同じ面積と狭い街なので、仕方有りませんが、園林や古代庭園から、超近代ビルが見えるのも…
しかし、北京も聞くと頃によると、建設制限高が緩和されてきているので、近い将来は同じようになるかも… -
同じく右サイドを西側の端っこから。
2時過ぎでは、この方向に太陽の陽差しが真正面となって差し込みます。
これからシーズンに入ったら、陽が高くなるので、梁の影が出来て見栄えが落ちるでしょうね。
真冬の晴天に来るべきでした…
でも、寒いの苦手・・・(@@; -
アーノルドさんご夫婦が降りて行かれます。
では、今晩又、どこかのレストランでお会い致しましょう! -
排水筒。
日本では、樋を設けて雨水を逃がし見えないようにしますが、中国では、その水を放水する形で建物を構成させています。
強い雨の場合、噴出して出てきます。
小さな町では、今でも樋を使わずこの設備を利用し、路上へ飛ばす形を採用している所があります。 -
祈年殿越で東配殿。
-
暖かいと言えども、最高気温14度、最低は−1度。
風が吹くと結構冷えてきます。
花咬んで、この後、しっくり来ないオリーブ色のゴミ箱へポイ!
このゴミ箱、色も変ですが、形も何か微妙です。何か、OLに向けて間に合わせ‥って感じ。 -
真っ青な空に、ここを去るのがちょっと勿体なく、後ろ髪引かれる感じ。
もう一枚いっとこ! -
こうやって、肝心な方向で撮ろうとすると、このゴミ箱が邪魔します。
参観中にでも結構無節操に「モノを食べる」と言う習慣からなのか。
ゴミ箱位置はここじゃないだろう!と思うのは、こまだけじゃないと思います。 -
では、そろそろ先へと進みます。
この先は、長い長い通路「丹陛橋」を通って「皇穹宇」です。これも有名なお堂で、小さな声で話しをしても、反対側に居る人まで聞こえてしまうと言う構造のお堂です。 -
祈年殿の南門「祈年門」。
二重構えになっています。 -
この外国人さん、中国が長いのでしょうか?
先に構えていましたが、全然遠慮の欠片もなく差し込んできました。
暫く撮らずに居ましたが、それでも退こうとしないので、こんなカットになりました・・・ウザ。
もしかして、この人も爺ぃを撮ってたの!? -
そこから振り返ると、この高さでナイスショット出来ます。
でも、何で梁の右端欠けたんだろう…
(仕方がないので、バランス取って両方切って加工しました) -
祈年門の祈年殿園内の大門。
3つ有りますが、真ん中が閉められています。
これは西側の門。
門の楼閣内にはお土産屋。
案内図には「インフォメーションセンター」となっています。
そこまでして、小銭稼ぎたいのか?って感じ。
ここ、この店主に高値で貸しています。
今の中国、国定公園などの経営を「一般企業」に委託しています。でも、好き勝手なやりたい放題は問題ですよね。
別の場所に専門コーナーでも建てればいいのに、これまた費用が嵩む事を嫌う中国人気質、しかも、企業に委託している事から更に節約したがるので、文物を改装して作ってしまう。
故宮の中にあったスタバやファーストフード店もそうですけど、有っても良いですが、文物建造物を改装してまで使わせてどうする!?
やはり、基本的におかしいぞ、中国国営文物管理!
ここは、一応「世界遺産」ですよ。 -
はは、歴史探訪が、現在の困惑探訪に・・・
文句ばっかり書いてますが、見ていて充分感動しているんですよ。でも、感動すればする程、ここの後世人の横暴な行為にむかっ腹が立ちます。
何も感じないのは無責任で、まして、それを歓迎する先進国の人間などは、もっとバカみたいです。 -
祈年殿越に見た祈年殿。
残念ながら、3つ有る祈年門の中央門が閉められているので、こう言う方向しか撮れません。
パンフレットのようにはムリなんですね…
なので、先程の正面図を、中央門の前に立って撮っておきました。 -
南側から見た祈年門。
陽差しの関係で、表札を撮りたかったので、陽の当たる部分は仕方なく飛ばしました。 -
祈年門越に、祈年殿境内にある祈年殿西配殿。
今回ロストしちゃったお堂の一つです。(^^ -
二重構えの門を出てくると、外の城壁との間にある空間には、灯籠や燎炉などの他に焼却炉もあります。
-
燎炉。
一般的には、境内のお堂正面の両側などに配置されるもので、祭天の行いには無くてはならないもの。
古人は、聖人の神霊は天の神に通じるものと考え、祭祀のお供え物を焚くことで、神霊に享受出来ると考えていた。
そのため毎回孔大典に弔いをし、お辞儀をし終わったら祭典を開始し、皆からの供物を燎炉で焼いて天に届けます。
また、皇帝かその官僚は、自ら供品の盗難を防ぐために見回る事が義務付けられており、その為の灯りとしても使われていた。
この行為を「送燎」や「望燎」と呼ぶようになりました。
後世では、それらを意味を全て踏まえた習慣として、すべての孔子廟関係では、必ず燎炉を設置しています。 -
ここには8個も並んでいます。
皇帝が赴く時、必ず火を焚いて迎えました。
赤茶けた鉄の表情を見つめていると、時代が甦り、炎を感じ取れました(あんた何時代の人間?)。 -
燎炉と祈年殿。
ここに炎が有れば最高ですね。 -
祈年門の隅棟。
飾りが9匹ですので東門より崇高ですね。
先頭の動物には、人が乗っています。 -
南側のチケットの検札所。
祈年殿の城壁にある南出入り口です。 -
爺ぃが手に持っているものは、先程の祈年門内土産屋で買った「天壇グッズ」。
今夜友人に会うと言う事で、早速彼らにお土産を。
彼らを見ていると、時間もなくて買い物の余裕もないだろうと言う事で、我々が勝手に選んで買いました。買ったものは、木製プレートキーホルダー15元、鏡付き小物入れ焼き物20元、絵の資料として小型読本20元(描き終えたら上げられるように英語付き)。
あそこで商売するとこんな値付けなんですね。
でも、お客さんは少なかった・・・
先程約束したのですけど、夕飯の時、爺ぃが天壇のレリーフ描いて持って行きますので、その時一緒に差し上げる計画ですが喜んで呉れるかな〜? -
やはりこま達の順路は「逆方向」ですよね。
南から来たら、こんな逆光風景をずっと見て無くて済みます。(^^; -
東面に見えていた小部屋。
屋根が黄色い事で何となく読める人は中国通!
ここは、皇帝がここに到着後、お召し替えする専用ルームです。
でも、惜しい事に今は商店になっています…(ーー;
通りがかったガイドが、「昔、皇帝が着替えた所ですが、今は我々が飲み物を買う所で〜す」と紹介したら、お客が揃って大爆笑!
大家都没有水平〜神経病!!
(お前等みんなレベル低ぅ〜アホか!) -
成貞門が見えてきました。
その向こうに「皇穹宇」のお堂があります。 -
あ!
さっき祈年殿を降りていったアーノルドご夫妻が、向こうから戻ってきたようです。
(早!)
因みに彼は奥様を「LingLing」と呼んでいました。
爺ぃが描いた奥さんの似顔絵に「玲玲」と命名して上げると、「ずっと漢字が知りたかった」と大喜びしていました。
時間が推しているでしょうから、話し掛けずにやり過ごしました。
今晩、楽しみに待ってますよ! -
振り返ると、祈年殿の頭部分がひょっこり!
皇帝しか通れなかった中央敷石道をパチリ! -
もっと進むと、祈年殿がもっと覗いていました。
-
では、成貞門をくぐって、回音壁のある皇穹宇へ向かいます!
その様子は次の旅行記でお届けします。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- パラビオンさん 2008/03/10 12:05:15
- そうですよね。
- 僕は天壇公園へ行った時、北側の正門から入り、南門から出てしまいました。失敗でした...。北門からも北門からの良さはあると思うのですが、南門からの風景の方が壮大な感じですね。
- こまちゃんさん からの返信 2008/03/10 12:19:41
- RE: そうですよね。
- かく言うこまも、過去5,6回は全て「北門」からです。(^^;
中国駐在を命ぜられ、歴史大嫌いのこまは、「中国って何?」の感覚で
赴任しました。シルクロードもワカランし、「スワトウ買って来て!」と
言われても「はぁ?」でした。
当時、長城や天壇へ出張者を連れて回りましたが(これも駐在の仕事?)、
タクシーに乗ると「北門」へ連れて行かれて…
当時、良く判らないで回っていたので、北から入って南でそのタクシーに
迎えに来て貰って…
最初が北だった事で、その後会話が出来るようになっても、ずっと北。
(1995年頃)
興味がないって恐ろしい事ですね〜…今から思えば、本当に勿体ない事
したと思います。(^^;
西門には鐘楼があるので、今度は「西門」からチャレンジしましょう!
(オイオイ!途中で立ち寄れば良いじゃん!(^^;)
こま
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