2008/02/16 - 2008/02/16
2776位(同エリア6968件中)
晴れ男。さん
清水寺から銀閣寺へ向かいました。
○【銀閣寺】
(歴史)
銀閣寺のルーツは文明14年(1482)に室町8代将軍・足利義政が造営した山荘「東山殿」にはじまる。当時は銀閣をはじめ12棟の建物がならぶ壮麗なたたずまいだったという。義政は、ここに一流の文化人を多数招き、一種のサロンとした。ここでの文化人たちの交流によって東山文化は生まれ、熟成されていったのだ。いわば銀閣寺は東山文化の情報発信基地ともいえる存在だった。
延徳2年(1490)に義政は死去、その遺命によって東山殿は臨済宗相国寺(しょうこくじ)派の禅宗に改められる。義政の
法名にちなんでその名も慈照寺となった。創建時は東山殿の遺構をそのまま受け継いで、境内には数多くの伽藍がならんでいるのだが、現在、その当時からある建物は銀閣と東求堂(義政の持仏堂)を残すのみである。また、銀閣寺の名物のひとつになっている巨大な「銀沙灘」(ぎんしゃだん)は、江戸時代の初期になってから造られたものだ。
(鑑賞ポイント)
一番のみどころは「銀閣寺」という通称の由来にもなっている銀閣である。これは観音殿とも呼ばれ、義政の別荘として造営された当時からあった建物で、この寺の象徴的存在。京都を代表する名建築のひとつに数えられる。現在は国宝指定。上下2層からなり、屋根は宝形(ほうぎょう)造りの杮葺き(こけらぶき)、近寄って見れば細部まで実に凝った造り。その渋い風情に東山文化の神髄といわれる‘わび‘、‘さび‘の境地が色濃く漂う。
錦鏡池(きんきょうち)をはさんで向こうに見える東求堂(とうぐどう)も、創建当時からの銀閣寺最古の建築物のひとつ。阿弥陀如来像を祀る浄土信仰の象徴で、銀閣と同様、国宝に指定されている。
銀閣や伽藍の近くにある「下段の庭」は池泉回遊式庭園、山腹へとつづく「上段の庭」は枯山水式庭園と、上下2段に分かれて異なった風情を楽しませてくれる。とくに下段の庭に配置された数多くの石は、当時の大名や貴族たちから献上された名石で構成され、これらを1個1個見て歩くだけでも飽きない。ちなみに、この庭園は足利義政が自ら陣頭指揮して作庭したという。政治家としては無能の烙印を押された義政だが、当代一流の趣味人としての才能はここで見事に発揮されている。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ 徒歩
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あっ、銀色じゃない。銀閣寺なのに!
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「銀沙灘」(ぎんしゃだん)。すげー、さらさらしているようで、触ってみたい。
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でも、こんな表示板が。
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庭園。冬の季節、木々も冬眠しているかのよう。
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「銀閣」(観音殿)と月夜に輝く富士山型の砂、
「向月台」(こうげつだい)。この「向月台」、いったい、誰が、何のために・・。
それは・・。
俗説によれば、その上に座って「月侍山」に昇る月を見るために造られたといわれている。 -
冬の季節、訪れる人もそれほど多くはなく、とても静かな時間を過ごせる。
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水の流れに、耳を澄ませ・・。
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銀閣を見下ろす。素敵、素敵!
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こんもりとした緑の中を歩く。歩く人の足音が静かに聞こえる。さわやかな空気に包まれて。
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「銀閣寺」、銀色じゃなかったけど、‘わび‘、
‘さび‘をちょっとだけ感じることができたかも。
「銀閣寺」近くにある住宅も見る価値があると思った。結構立派でびっくり。周辺の住宅と「銀閣寺」、あわせてみるともっと楽しいかもしれない。
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