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 2008年2月7日、ガーナの首都ACRRA発、コートジADIS中継、マリBAMAKO着のAERO、AJ5240便が空港に入った。担当の係りに聞いても、一時間以上「もうすぐ来る」と説明されるだけで要領を得ない。勢いよく空港に着陸した以外に大きいジェット機に、始発がACCRAではなかったことを悟る。AEROはナイジェリアの航空会社。ナイジェリアのLOGOSから、ACCRA、ADISで乗客を拾いBAMAKOに向かうのだった。往復$465也。<br /> 待合室の、窓に張り付いて私は飛行機の離発着を眺めていた私は、「私たちの飛行機が来たよ!」と、振り返って他の乗客に向けて伝えた。一時間以上一緒に待っていたわけだから、ACCRAから乗り込む乗客と何となく連帯感が出来ていた。西アフリカで、空路で移動する人というのはそれなりの金持ちだ。イコール、学があるから英語も喋る。私も片言なら英語を喋る。アイボリーコーストの友人から、「マリ国内の公用語はフランス語だけど、人々は殆ど現地語で会話している。アイボリーコーストのように、外で話すのは絶対フランス語じゃないんだ。アイボリアンは家の中でしか民族の言葉は使わない」そんなことも教えてもらっていた。マリ国内での言葉どうしようって思って何もしていなかったけど、フランス語は偉く活用しそうだし発音もとっつき辛いから、このチャンスを利用して、現地語のバンバラ語を機内で乗客の人に教えてもらうことにした。フランス語教えてっていったら面倒くさがられるかもだけど、現地語からかみんな嬉しそうに教えてくれた。おはよう=アニソゴマ、こんにちわ=アニトリー、アニウラー、こんばんは=アニスー。元気?=イカケニャ?元気=トロシテ。ありがとう=アニチェ。そして旅行者には、行きたい場所を伝えるのはとても必要。何処に行くの?=インベタミン、BAMAKOに行く=ウンベタバマコ。それから名前は聞かなきゃだから、名前は何?=イトゴ、私は美野里=ウンベタミノリ。イ=貴方で、ウン=私みたい。食べ物も重要、お腹がすいた=コンゴベンナ。これだけは、覚えようと練習するけど、3時間のフライト気分よくビールを飲んだこともあって、結構寝てしまった。<br /> BAMAKO空港に到着すると、イミグレの前の両替所に人がいない…アフリカの人持ち場を離れてから何時帰ってくるか分からない…CFA一枚も持っていない…何処の国にもありがちだけどBAMAKOも空港から市内まで距離があった。仕方ない、外で両替するかと外へ出ると「タクシ?」と猛烈にアタックしてくる者もあれば、電話のSIMカードを売る者、そして両替業者に取り囲まれる。何かスラれても仕方ない状況。とりあえず、両替のレートを聞こうと駐車場前の小屋に出向く。中へ入れられ、ソファーに座らされ、4、5人の兄ちゃんに片言の英語で「いくら両替したいの?」とそればかりを聞かれる。レート次第ってことを何とか伝えると、1ドル400CFA。しかしレートを聞いたところで、そういえば判断がつかない。町に行くお金がないって足元見られて、良くないに決まっている。迫ってくる兄ちゃんたちに、「ちょっと考えさせて」って逃げるように小屋を出ると、一人が追いかけてくる。「あー言葉の分からない土地でもOKでしょって来ちゃったけど、早くも困っている」と走って、到着口まで戻った。到着した人達は大分はけていたが、その中に一人さっきバンバラ語を教えてくれた綺麗なお姉さんがいた。赤いTシャツにデニムのスカートが映える。肩で息をしながらすがるような勢いで<br />「CFAを持っていないの。1ドルが幾らか知っている?400CFAって高すぎるんじゃないかと思って」<br />とお姉さんに聞くと、<br />「んー、私も良く分からないけど、これからドライバーが迎えに来て町まで行くから銀行まで送っていこうか?」<br />って、さらりと待っていたような答えが返ってきた。遠慮とかしている場合ではないので、「本当ありがとう、本当助かります」と、好意に甘えた。<br /> 彼女の名前はマーシャ、今日マリに来て、明日家族に会って、明後日にはガーナに戻るという。細い輪郭に睫の濃い大きな目が印象的で、遠くから見てもどこか華のある女性だ。ベンチに座り車を待つ間「私、待つのが嫌い」と拗ねたように言う彼女に、私が何故かドッキリしてしまう。それほど待たず、車は来た。トランクを載せ、私を後部座席に乗せ、車は走り出す。ヒップホップがカーステレオから流れる。乾季でしかもサハラ砂漠のある国だというのに、町へ向かうその道は緑の街路樹が美しい。マーシャとドライバーはフランス語かバンバラ語か分からないけれど、前の座席でごちゃごちゃやり合っている。マーシャが多分待たせたされたことに文句を言い、ドライバーが言い訳しているようだ。目の前が一気に開け、巨大な川が目に飛び込んだ。地図で見ていたけれど、ニジュール河がこれ程まで大きいとは思わなかった。川面に豊かな水を湛えている。長い立派な橋を渡りながら、マリを誤解していたことに気付く。ガーナに長くいた私は、「これからマリに行く」とガーナ人に行くと「そんな貧しくて何にもない国に行ってどうするんだ」と言われた。マリから流れてきた、物売りの子もガーナにはちらほら居た。水は、生活する上で死活問題だということを私は肌で覚えてきた。水が豊かであるということは、この国は意外と豊かなのかもしれない。<br /> 銀行に車を横付けし、私たちは車を降りた。何となく、足元に目が行ったのでマーシャの履く赤いピンヒールの靴を褒めた。<br />「そんな素敵な靴、見たことないわ。何処で買ったの?」<br />「オランダ。普段は私オランダに住んでいるの、夫がアイボリーコーストのサッカー選手で、今ガーナでアフリカンネイションカップやっているでしょう?それで、私も付いて来て、私だけ実家顔を出すわけ」<br />正直そんな羨ましい事実を、さらっと言ってのけるのはやはり美人の成せる業なんだろう。彼女は私のために両替が何処で出来るかを聞いてくれて、銀行の2階に行くように促した。電話番号まで渡してくれて、私が「今日SEGOUに行くか明日一気にMOPTIに行くか迷っている」と言うと、「明日実家のSEGOUまで行くから朝早くてよければ車乗っていく?」と誘ってくれた。私は「後で、電話するね。本当にありがとう」と右手を差し出すと「どうってことないのよ」と笑顔で握手に応えてくれた。<br /> 銀行での両替となれば、もう何も心配することはない。1ドル426CFA。となると、空港の兄ちゃんたちもそこまで悪人じゃないようだ。1週間の滞在200ドルで十分だろう、でも少し多めに持っていたほうがいいかなと300ドル両替した。300ドル出して「セファ、セファ」と言っていたら、CFAが来た。銀行のおじさんは作業中、「1人か?」とか「大丈夫か」とか「今日何処泊まるんだ」と心配してくれる。アフリカの人は優しくて多分一人の女性を見たら絶対言わなきゃいけないんだろうけど、ガーナで言われ続けた「結婚しよう」をマリでもやっぱり言われた(と推測する、なにせフランス語だから)。オフィスを出るときに「またね」って言いたかったけど、そんな簡単なフランス語も言えず、何だかしらけたお別れになり、フランス語少しでもやっておけばよかったと後悔した。<br /> さて、私のマリに来た理由は「砂漠を見たいから」である。あと、興味のあることといえば、人々の生活。銀行を出たのが昼下がり。移動可能な時間帯である。マリは地図で見ても広大で、砂漠を見るためにはかなり北上しなければいけない。今日中にコマを進めたい気もする。ただ、来る前にガーナで盛り上がっていたアフリカンカップが気になるところであった。5時からクオーターファイナルで、ガーナ、カメールーン戦のカードは見逃せない。町をぶらぶらと歩いていると、暑いし、今日はBAMAKOで休んでサッカー見ようって気になった。店先の日の差さないベンチにおじさんたちが座っていた。空きがあったので持ってきた市内地図で、現在地とホテルを探そうと腰掛けた。教わったばかりのバンバラで挨拶アニウラー。身振り手振りで座っていい?バッグをごそごそしていると、少年たちがわらわらと集まる。言っている意味が分からないと、首を横に振る私におじさんたちは真剣に話しかけてくる。おじさんたちや、少年たちの間で、私についての話し合いが持たれる。そして、英語を話すナイジェリア帰りのおじさんの登場。みんな一安心。しかも、おじさん店先のバイクで「ゲストハウス何軒か知ってるから、つれてってやる」と言う。好意を自分から求めることはしたくないけれど、好意は素直に受け取ろう、さもないとみんなが心配で私の後を付いてきそう、そんなことになり兼ねない。そうと決まると、おじさんは勢いよくバイクのエンジンを掛けて、私を後部に座らせて、「足はここに乗せてね」と指示した。心配してくれた皆様に手を振り、バイクと車の入り混じる道路を走る。日差しは強い。でも、湿気がなくてカラっとしている。帽子が飛びそうになるので、左手で抑える。おじさんのごつごつした肩に右手でしがみつく。BAMAKOはいい町だ。お店も老舗が立ち並び、緑に溢れている。アフリカの人々の温かさは、今更言うまでもないけれど、首都でさえ、人々が温かい。おじさんが連れて行ってくれた場所は、ミッションカトリック。シスターが見せてくれた部屋は、2段ベッドが3つと、普通のベッドが2つある部屋だった。今4人の女の子が泊まっている。おじさんに問題ないことを伝えると、おじさんは「BON VOYAGE」と手を振りバイクで来た方向に去っていった。<br /> 荷物を降ろし、水を買いに近所の商店に行った。「こんにちは」と声を掛けられて、振り向くと長身のめがねを掛けた男が近寄ってくる。日本語を聞いた安心感で、こちらも笑顔で応える。ミッションカトリックの前のレストランを経営しているそうだ。日本人の観光客は多いらしく、日本語を少し喋れるとか。マリには世界遺産が3つある。観光国であることには違いない。彼はようこそマリへと、お茶をご馳走してくれた。そのお茶の入れ方が、独特で驚く。葉っぱは緑茶を使う。急須に水とお茶っ葉を入れチャコールで沸騰させ、大量の砂糖を入れる。それを30センチくらいの高さからショットグラスに注ぎ、もう一度急須に戻す。それを何度か繰り返し、味見をし、人々に振舞うといった具合だ。独特のティーセレモニー。味は、濃厚な緑茶に濃厚な砂糖で苦甘い。おいしい。美味しいは何というの?と聞くと「アカディー」だった。<br /> 彼の名は、忘れてしまった。観光客相手の商売をしているから、それなりにしたたかだった。今日中に明日の長距離バスBANI TORANSPORTのチケットを取っておいた方がいいと進められて、1500CFAでバス停に行って連れて帰ってやると提案された。時計を見ると、サッカー開始まで40分。急いでバイクに飛び乗った。今回の旅行には航空券の関係で、一週間という時間の制限があった。それなりに計画的に物事を進めなければならず、失費は免れない。いくらでも時間があるなら、庶民の足であるバスを乗り継ぎ、人々と同じ料金を払えば安く済む。北上するのが、明日でも明後日でもいいならそうしただろう。計画的な旅とは高くついてしまうものだ。時間がないという弱点も、交渉ごとには不利に働く。<br /> チケットを買って戻ると、サッカーは始まっていた。サッカー見られなければBAMAKOに残った意味がない。親切にもサッカーの日はテレビを持つ家の人が、テレビを路上に出してくれていた。夕日に目を細めながら、大人はベンチに座り、私は子供たちと一緒に体育座りをして観戦した。マリは準々決勝まで残れず、ガーナ、カメルーン戦では隣国フランス語圏のカメルーンを応援している様子。私一人が、ガーナサポーターだ。それは、皆にも当然の如く伝わる。マイケル・エーシアンは分かるけど、ジュニア・アゴゴはマリ人にも人気だった!キャプテン、ジョン・メンサ。ストライカーのモンターリ。後半ガーナの敗色が強くなるに連れて、この選手たちのプレイをもっと見たいのにと感傷的になってくる。でも、残り2分でゴールを決めた試合もあった。今回もそんな奇跡を願った。結局カメルーンが決勝進出を決めた。マリの人々に励まされた。<br /> 初日で洗濯物があるわけじゃないけど、水があるうちにとシャワーを浴びて着ていたものを洗濯して、後はゆっくりした。マーシャに電話して、MOPTIに行くことに決めたことを告げた。別のクオーターファイナルは、コートジボアール、エジプト戦。ゲストハウス前の酒屋で観戦。私は友達もいるし、コートジサポート。これはマリアンとも気が合った。一緒に「ディジェイ・ドロゴバ!!」「カザル・ケータ!!」と叫んで、意気投合。マリアンが「コートジボアール?」って言うと、私が「うん」と縦に首を振り「エジプト?」と言うと「うううん」と横に振る。それがマリアンも気に入ったらしく、何度も「うん」「うううん」ってやらされた。一人旅って、一緒に感動する人がそばに居ないと淋しく感じるときもある。特に言葉の通じない国で。でも、何とかコミュニケーション取れてる、大丈夫って思った。<br /> マリの人々の夜寝るのが遅い。私の知っているアフリカの人々は、夜すぐ寝て、朝超早いのが常だった。マリアンはサッカーの興奮でしばらく騒いでいた。深夜近いというのに。レストラン経営日本語をかじる彼に、店が一段らくしたのでバイクを出すから踊りに行こうと誘われた。了解した。バイクを出してくれたのは嬉しいけど、酒場では当然のように私が飲み物代を支払った。そこはライブで音楽する店だった。10歳くらいの少年が居て、こんな時間に、こんな小さい子がいて大丈夫かと心配していると、こっちが興奮するほどのドラマーだった。少年のプレイは、楽しかった。でも、連れの彼が歯の浮くようなお世辞を言うのが、煩わしかった。別に、綺麗だとか言って欲しいと思っていないというか、おだてて金を引き出そうという魂胆が見え見えで非常に気分を悪くした。0時を回り、他の外国人のおばさんがラスターの男と嬉しそうに店に入ってきた。私もああいう風に見えるのかなと居ても立ってもいられない。連れが、もう一本ビール飲みたいって言うので、自分で買えよと内心思いつつ、潮時だと席を立ち「帰ろう」と言った。帰りのバイクで彼は十分楽しめなかったらしく、ガソリン代について言い出した。その上「10,000CFA(3000円弱)貸して欲しい、旅行の最終日にBAMAKOに戻ってきたとき絶対返すから」と言われた。もちろん断った。彼の知っている日本人の話なんかをして、この前会ったのはつい3日前と言う。マリ人と結婚した日本人の名前を聞くと、その人は私もネットで見たことがある。結構日本人も幅を利かせているマリ。バイクを降りて「ま、今日はありがとう、じゃあまた」と別れると「ちょっと待って!」と引き止められて、もう一度お金を貸して欲しいと要求される。うんざりして、押し問答。<br />「この前来た日本人たちも貸してくれた?」<br />「この前来たカップルには言えなかった」<br />「じゃあ、何で私には?」<br />「頼んだら、助けてくれるかと思って」<br />「助けられません、自分で何とかしてよ。BAMAKOに戻ったらまたここに来るって言ったけど、絶対来ない。貴方になんか二度と会いたくない」<br />と言って、悪びれるかと思って彼をじっと見ると、「チッ、何だよケチ」みたいな態度でそっぽを向かれた。私も、もう何も言わずさっさと宿に入った。

マリ、バマコ(BAMAKO)、サハラ砂漠を見に北上の旅[1日目]

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2008/02/07 - 2008/02/14

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美野里さん

 2008年2月7日、ガーナの首都ACRRA発、コートジADIS中継、マリBAMAKO着のAERO、AJ5240便が空港に入った。担当の係りに聞いても、一時間以上「もうすぐ来る」と説明されるだけで要領を得ない。勢いよく空港に着陸した以外に大きいジェット機に、始発がACCRAではなかったことを悟る。AEROはナイジェリアの航空会社。ナイジェリアのLOGOSから、ACCRA、ADISで乗客を拾いBAMAKOに向かうのだった。往復$465也。
 待合室の、窓に張り付いて私は飛行機の離発着を眺めていた私は、「私たちの飛行機が来たよ!」と、振り返って他の乗客に向けて伝えた。一時間以上一緒に待っていたわけだから、ACCRAから乗り込む乗客と何となく連帯感が出来ていた。西アフリカで、空路で移動する人というのはそれなりの金持ちだ。イコール、学があるから英語も喋る。私も片言なら英語を喋る。アイボリーコーストの友人から、「マリ国内の公用語はフランス語だけど、人々は殆ど現地語で会話している。アイボリーコーストのように、外で話すのは絶対フランス語じゃないんだ。アイボリアンは家の中でしか民族の言葉は使わない」そんなことも教えてもらっていた。マリ国内での言葉どうしようって思って何もしていなかったけど、フランス語は偉く活用しそうだし発音もとっつき辛いから、このチャンスを利用して、現地語のバンバラ語を機内で乗客の人に教えてもらうことにした。フランス語教えてっていったら面倒くさがられるかもだけど、現地語からかみんな嬉しそうに教えてくれた。おはよう=アニソゴマ、こんにちわ=アニトリー、アニウラー、こんばんは=アニスー。元気?=イカケニャ?元気=トロシテ。ありがとう=アニチェ。そして旅行者には、行きたい場所を伝えるのはとても必要。何処に行くの?=インベタミン、BAMAKOに行く=ウンベタバマコ。それから名前は聞かなきゃだから、名前は何?=イトゴ、私は美野里=ウンベタミノリ。イ=貴方で、ウン=私みたい。食べ物も重要、お腹がすいた=コンゴベンナ。これだけは、覚えようと練習するけど、3時間のフライト気分よくビールを飲んだこともあって、結構寝てしまった。
 BAMAKO空港に到着すると、イミグレの前の両替所に人がいない…アフリカの人持ち場を離れてから何時帰ってくるか分からない…CFA一枚も持っていない…何処の国にもありがちだけどBAMAKOも空港から市内まで距離があった。仕方ない、外で両替するかと外へ出ると「タクシ?」と猛烈にアタックしてくる者もあれば、電話のSIMカードを売る者、そして両替業者に取り囲まれる。何かスラれても仕方ない状況。とりあえず、両替のレートを聞こうと駐車場前の小屋に出向く。中へ入れられ、ソファーに座らされ、4、5人の兄ちゃんに片言の英語で「いくら両替したいの?」とそればかりを聞かれる。レート次第ってことを何とか伝えると、1ドル400CFA。しかしレートを聞いたところで、そういえば判断がつかない。町に行くお金がないって足元見られて、良くないに決まっている。迫ってくる兄ちゃんたちに、「ちょっと考えさせて」って逃げるように小屋を出ると、一人が追いかけてくる。「あー言葉の分からない土地でもOKでしょって来ちゃったけど、早くも困っている」と走って、到着口まで戻った。到着した人達は大分はけていたが、その中に一人さっきバンバラ語を教えてくれた綺麗なお姉さんがいた。赤いTシャツにデニムのスカートが映える。肩で息をしながらすがるような勢いで
「CFAを持っていないの。1ドルが幾らか知っている?400CFAって高すぎるんじゃないかと思って」
とお姉さんに聞くと、
「んー、私も良く分からないけど、これからドライバーが迎えに来て町まで行くから銀行まで送っていこうか?」
って、さらりと待っていたような答えが返ってきた。遠慮とかしている場合ではないので、「本当ありがとう、本当助かります」と、好意に甘えた。
 彼女の名前はマーシャ、今日マリに来て、明日家族に会って、明後日にはガーナに戻るという。細い輪郭に睫の濃い大きな目が印象的で、遠くから見てもどこか華のある女性だ。ベンチに座り車を待つ間「私、待つのが嫌い」と拗ねたように言う彼女に、私が何故かドッキリしてしまう。それほど待たず、車は来た。トランクを載せ、私を後部座席に乗せ、車は走り出す。ヒップホップがカーステレオから流れる。乾季でしかもサハラ砂漠のある国だというのに、町へ向かうその道は緑の街路樹が美しい。マーシャとドライバーはフランス語かバンバラ語か分からないけれど、前の座席でごちゃごちゃやり合っている。マーシャが多分待たせたされたことに文句を言い、ドライバーが言い訳しているようだ。目の前が一気に開け、巨大な川が目に飛び込んだ。地図で見ていたけれど、ニジュール河がこれ程まで大きいとは思わなかった。川面に豊かな水を湛えている。長い立派な橋を渡りながら、マリを誤解していたことに気付く。ガーナに長くいた私は、「これからマリに行く」とガーナ人に行くと「そんな貧しくて何にもない国に行ってどうするんだ」と言われた。マリから流れてきた、物売りの子もガーナにはちらほら居た。水は、生活する上で死活問題だということを私は肌で覚えてきた。水が豊かであるということは、この国は意外と豊かなのかもしれない。
 銀行に車を横付けし、私たちは車を降りた。何となく、足元に目が行ったのでマーシャの履く赤いピンヒールの靴を褒めた。
「そんな素敵な靴、見たことないわ。何処で買ったの?」
「オランダ。普段は私オランダに住んでいるの、夫がアイボリーコーストのサッカー選手で、今ガーナでアフリカンネイションカップやっているでしょう?それで、私も付いて来て、私だけ実家顔を出すわけ」
正直そんな羨ましい事実を、さらっと言ってのけるのはやはり美人の成せる業なんだろう。彼女は私のために両替が何処で出来るかを聞いてくれて、銀行の2階に行くように促した。電話番号まで渡してくれて、私が「今日SEGOUに行くか明日一気にMOPTIに行くか迷っている」と言うと、「明日実家のSEGOUまで行くから朝早くてよければ車乗っていく?」と誘ってくれた。私は「後で、電話するね。本当にありがとう」と右手を差し出すと「どうってことないのよ」と笑顔で握手に応えてくれた。
 銀行での両替となれば、もう何も心配することはない。1ドル426CFA。となると、空港の兄ちゃんたちもそこまで悪人じゃないようだ。1週間の滞在200ドルで十分だろう、でも少し多めに持っていたほうがいいかなと300ドル両替した。300ドル出して「セファ、セファ」と言っていたら、CFAが来た。銀行のおじさんは作業中、「1人か?」とか「大丈夫か」とか「今日何処泊まるんだ」と心配してくれる。アフリカの人は優しくて多分一人の女性を見たら絶対言わなきゃいけないんだろうけど、ガーナで言われ続けた「結婚しよう」をマリでもやっぱり言われた(と推測する、なにせフランス語だから)。オフィスを出るときに「またね」って言いたかったけど、そんな簡単なフランス語も言えず、何だかしらけたお別れになり、フランス語少しでもやっておけばよかったと後悔した。
 さて、私のマリに来た理由は「砂漠を見たいから」である。あと、興味のあることといえば、人々の生活。銀行を出たのが昼下がり。移動可能な時間帯である。マリは地図で見ても広大で、砂漠を見るためにはかなり北上しなければいけない。今日中にコマを進めたい気もする。ただ、来る前にガーナで盛り上がっていたアフリカンカップが気になるところであった。5時からクオーターファイナルで、ガーナ、カメールーン戦のカードは見逃せない。町をぶらぶらと歩いていると、暑いし、今日はBAMAKOで休んでサッカー見ようって気になった。店先の日の差さないベンチにおじさんたちが座っていた。空きがあったので持ってきた市内地図で、現在地とホテルを探そうと腰掛けた。教わったばかりのバンバラで挨拶アニウラー。身振り手振りで座っていい?バッグをごそごそしていると、少年たちがわらわらと集まる。言っている意味が分からないと、首を横に振る私におじさんたちは真剣に話しかけてくる。おじさんたちや、少年たちの間で、私についての話し合いが持たれる。そして、英語を話すナイジェリア帰りのおじさんの登場。みんな一安心。しかも、おじさん店先のバイクで「ゲストハウス何軒か知ってるから、つれてってやる」と言う。好意を自分から求めることはしたくないけれど、好意は素直に受け取ろう、さもないとみんなが心配で私の後を付いてきそう、そんなことになり兼ねない。そうと決まると、おじさんは勢いよくバイクのエンジンを掛けて、私を後部に座らせて、「足はここに乗せてね」と指示した。心配してくれた皆様に手を振り、バイクと車の入り混じる道路を走る。日差しは強い。でも、湿気がなくてカラっとしている。帽子が飛びそうになるので、左手で抑える。おじさんのごつごつした肩に右手でしがみつく。BAMAKOはいい町だ。お店も老舗が立ち並び、緑に溢れている。アフリカの人々の温かさは、今更言うまでもないけれど、首都でさえ、人々が温かい。おじさんが連れて行ってくれた場所は、ミッションカトリック。シスターが見せてくれた部屋は、2段ベッドが3つと、普通のベッドが2つある部屋だった。今4人の女の子が泊まっている。おじさんに問題ないことを伝えると、おじさんは「BON VOYAGE」と手を振りバイクで来た方向に去っていった。
 荷物を降ろし、水を買いに近所の商店に行った。「こんにちは」と声を掛けられて、振り向くと長身のめがねを掛けた男が近寄ってくる。日本語を聞いた安心感で、こちらも笑顔で応える。ミッションカトリックの前のレストランを経営しているそうだ。日本人の観光客は多いらしく、日本語を少し喋れるとか。マリには世界遺産が3つある。観光国であることには違いない。彼はようこそマリへと、お茶をご馳走してくれた。そのお茶の入れ方が、独特で驚く。葉っぱは緑茶を使う。急須に水とお茶っ葉を入れチャコールで沸騰させ、大量の砂糖を入れる。それを30センチくらいの高さからショットグラスに注ぎ、もう一度急須に戻す。それを何度か繰り返し、味見をし、人々に振舞うといった具合だ。独特のティーセレモニー。味は、濃厚な緑茶に濃厚な砂糖で苦甘い。おいしい。美味しいは何というの?と聞くと「アカディー」だった。
 彼の名は、忘れてしまった。観光客相手の商売をしているから、それなりにしたたかだった。今日中に明日の長距離バスBANI TORANSPORTのチケットを取っておいた方がいいと進められて、1500CFAでバス停に行って連れて帰ってやると提案された。時計を見ると、サッカー開始まで40分。急いでバイクに飛び乗った。今回の旅行には航空券の関係で、一週間という時間の制限があった。それなりに計画的に物事を進めなければならず、失費は免れない。いくらでも時間があるなら、庶民の足であるバスを乗り継ぎ、人々と同じ料金を払えば安く済む。北上するのが、明日でも明後日でもいいならそうしただろう。計画的な旅とは高くついてしまうものだ。時間がないという弱点も、交渉ごとには不利に働く。
 チケットを買って戻ると、サッカーは始まっていた。サッカー見られなければBAMAKOに残った意味がない。親切にもサッカーの日はテレビを持つ家の人が、テレビを路上に出してくれていた。夕日に目を細めながら、大人はベンチに座り、私は子供たちと一緒に体育座りをして観戦した。マリは準々決勝まで残れず、ガーナ、カメルーン戦では隣国フランス語圏のカメルーンを応援している様子。私一人が、ガーナサポーターだ。それは、皆にも当然の如く伝わる。マイケル・エーシアンは分かるけど、ジュニア・アゴゴはマリ人にも人気だった!キャプテン、ジョン・メンサ。ストライカーのモンターリ。後半ガーナの敗色が強くなるに連れて、この選手たちのプレイをもっと見たいのにと感傷的になってくる。でも、残り2分でゴールを決めた試合もあった。今回もそんな奇跡を願った。結局カメルーンが決勝進出を決めた。マリの人々に励まされた。
 初日で洗濯物があるわけじゃないけど、水があるうちにとシャワーを浴びて着ていたものを洗濯して、後はゆっくりした。マーシャに電話して、MOPTIに行くことに決めたことを告げた。別のクオーターファイナルは、コートジボアール、エジプト戦。ゲストハウス前の酒屋で観戦。私は友達もいるし、コートジサポート。これはマリアンとも気が合った。一緒に「ディジェイ・ドロゴバ!!」「カザル・ケータ!!」と叫んで、意気投合。マリアンが「コートジボアール?」って言うと、私が「うん」と縦に首を振り「エジプト?」と言うと「うううん」と横に振る。それがマリアンも気に入ったらしく、何度も「うん」「うううん」ってやらされた。一人旅って、一緒に感動する人がそばに居ないと淋しく感じるときもある。特に言葉の通じない国で。でも、何とかコミュニケーション取れてる、大丈夫って思った。
 マリの人々の夜寝るのが遅い。私の知っているアフリカの人々は、夜すぐ寝て、朝超早いのが常だった。マリアンはサッカーの興奮でしばらく騒いでいた。深夜近いというのに。レストラン経営日本語をかじる彼に、店が一段らくしたのでバイクを出すから踊りに行こうと誘われた。了解した。バイクを出してくれたのは嬉しいけど、酒場では当然のように私が飲み物代を支払った。そこはライブで音楽する店だった。10歳くらいの少年が居て、こんな時間に、こんな小さい子がいて大丈夫かと心配していると、こっちが興奮するほどのドラマーだった。少年のプレイは、楽しかった。でも、連れの彼が歯の浮くようなお世辞を言うのが、煩わしかった。別に、綺麗だとか言って欲しいと思っていないというか、おだてて金を引き出そうという魂胆が見え見えで非常に気分を悪くした。0時を回り、他の外国人のおばさんがラスターの男と嬉しそうに店に入ってきた。私もああいう風に見えるのかなと居ても立ってもいられない。連れが、もう一本ビール飲みたいって言うので、自分で買えよと内心思いつつ、潮時だと席を立ち「帰ろう」と言った。帰りのバイクで彼は十分楽しめなかったらしく、ガソリン代について言い出した。その上「10,000CFA(3000円弱)貸して欲しい、旅行の最終日にBAMAKOに戻ってきたとき絶対返すから」と言われた。もちろん断った。彼の知っている日本人の話なんかをして、この前会ったのはつい3日前と言う。マリ人と結婚した日本人の名前を聞くと、その人は私もネットで見たことがある。結構日本人も幅を利かせているマリ。バイクを降りて「ま、今日はありがとう、じゃあまた」と別れると「ちょっと待って!」と引き止められて、もう一度お金を貸して欲しいと要求される。うんざりして、押し問答。
「この前来た日本人たちも貸してくれた?」
「この前来たカップルには言えなかった」
「じゃあ、何で私には?」
「頼んだら、助けてくれるかと思って」
「助けられません、自分で何とかしてよ。BAMAKOに戻ったらまたここに来るって言ったけど、絶対来ない。貴方になんか二度と会いたくない」
と言って、悪びれるかと思って彼をじっと見ると、「チッ、何だよケチ」みたいな態度でそっぽを向かれた。私も、もう何も言わずさっさと宿に入った。

同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス 観光バス タクシー
  • 独特のティーセレモニー。<br />マリアンは本当にお茶を入れて、お話しするのが大好き。

    独特のティーセレモニー。
    マリアンは本当にお茶を入れて、お話しするのが大好き。

  • バマコ市内で泊まった、ミッションカトリック。一泊4500CFA(約1100円)

    バマコ市内で泊まった、ミッションカトリック。一泊4500CFA(約1100円)

  • ロビー

    ロビー

  • 泊まった部屋

    泊まった部屋

  • ちなみの乗った飛行機AERO。ナイジェリアの会社。ナイジェリアの国力は西アフリカ最大と再確認。

    ちなみの乗った飛行機AERO。ナイジェリアの会社。ナイジェリアの国力は西アフリカ最大と再確認。

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