モプティ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 朝の光で荷造りできるようにと、窓際のベッドを選んでいたけれど、朝早すぎてカーテンを開けても街頭の光が若干ベッド周辺を照らすだけだった。幸い、荷物を広げてなかったからバックパックをそのまま担いで部屋を出た。外の洗面所のところで顔を洗い、歯磨き。日焼け止めを探したけれど忘れてきたらしい。この日差しの強い国で。またそばかすが増えるーと、唸った。でも、次長い旅に出るときの参考になる失敗と気を取り直し、洗濯物をバッグに詰め、用意完了。バス会社から7時にバスはMOPTIへ向かうと聞かされた。どうせ遅れるだろうと、遅れていくときに限って、ちゃんと時刻通り出発しちゃうことがある。バス停の場所もよく分かんないし、早めに出た。車もバイクも走っていない。大きそうな通りに出て、私のように何故か早起きして歩いているマリアンに、BANI TORANSPORTのチケットを見せる。あっちだと指差された方向に歩く。昨日バイクに乗った感じだと、歩いていくには遠すぎた。自分の向かう方向に進んでいるブッシュタクシー(小型トラックの後ろに人をぎゅうぎゅうに乗せる車)を止めて、乗り込む。またチケットを見せる。バスの人々が何やら相談し、一人合点がきいたらしい男がしばらくすると一緒にトラックを降り、今度はこのタクシーに乗っていけと私をその中に詰め込んだ。「アニチェ、アニチェ」と言って彼に手を振る。そう、基本的にマリアンはいい人で、英語を話して向こうから近づいてくる人間に注意だなとぼんやり考えた。トラックの中は、仕事に朝から行くおばちゃんたちの活気があった。コインを手に広げると、となりのおばちゃんが必要なだけ選んでくれて、料金を集めている人に渡す。トラックの中がザワザワしたかと思うと、みんなで「ここだ、ここだ!ここで、降りろ」と私を降ろしてくれた。<br /> 7時にバスは出そうになかった。「お腹すいちゃった、御飯食べてきたい」と関係者にジェスチャーすると、急いでいってこいと言われた。おじさんが肉野菜炒め作っていて、それをフランスパンに挟んで食べた。アカディ。食後にお茶をと、みんなと一緒に茶屋で甘い緑茶を飲みながらタバコをふかした。バス乗り場に帰って、しばらくおじいちゃんとお話。孫が北へ行くのを見送りに着ているらしい。「インベタモプティ」って言っている私に、もっともっと、バンバラや、北で使われるトワレの言葉を調教した。<br /> バスへ乗り込む、おばちゃんの掛ける黒いサングラスがよく似合っていてカッコいい。やっぱり、色々世話を焼いてくれる。バスが止まる度に「やれ、トイレ休憩だ。やれ、ここで朝食を買え」と声を掛けられる。少年が3人乗り込んでくる。厚手のジャンパー着て。確かに朝は底冷えする。湿気がないから、長袖を着ている方が体力を奪われないのかもしれない。おばちゃんたちが、私の近くに座っておしゃべりする。時々子供が泣く。子供をあやす。あやされた子供は、安心して眠る。アフリカのおばちゃんたちの、寛大さ私も次第に安心していく。おばちゃんたちの優しさとたくましさに包まれ、緊張の糸が切れる。だから、アフリカが好きだと思う。10時間の長距離移動、おばちゃんたちの子供が胸に抱かれて眠るように、私も彼女たちに囲まれて、すやすや寝る。<br /> SEGOUは大きな町で、昼食をとるために止まった。やっぱ、懐中電灯必要だよね、と周辺をうろうろする。反対側がペンライトになっている活かしたライターを発見して購入。いつちゃんとした飯にありつけるか分からんと、皆が食べている炊き込みご飯に肉がのったものを、かき込む。400CFA。バスが汽笛のように長いクラクションを鳴らして、出発を告げる。急いでバスに戻ると、おばちゃんたちが「なにやってるんだ、こっちだ早く来い」と怒ったような顔つきで手招きする。私の席をSEGOUで乗った客が取らないように、確保してくれていた。私がちゃんと座ると、うんうんと頷いて満足そうだ。<br /> 疲れていたのだろう、途中車内はサウナのようになるが汗をかいて寝続けた。天井の窓が開いて風が入る。おばちゃんたちは、SANというこれもまた大きな町で、皆降りて行ってしまった。少し心細くなる。車窓を眺めながら、段々乾いていく大地に、ふと、日本に帰ったら「千夜一夜物語」を読もうと思った。昔から変わらぬ人々の生活がある。この過酷な暑さの生活から、逃げずに住み続ける人々。もし、本当にしんどければ、南下して住みよい土地を探すことも出来るだろうに。ここでの生活は生きるに十分で、キツイこともあれば素敵なドラマもあるのだろうと思った。日も傾き、西日が強く車内に差し込む。そう言えば、毎日日は沈むのに、夕日をちゃんと見る回数は人生で数えられるほどだな、よし夕日を見届けてやろうと、西の空を見つめた。<br /> ドライブで痛感するのは、マリはひたすら広いということだった。陸路の移動はいい。取り分け車。本当は歩いて、自転車で、バイクでしたらもっといいのだろうけど、そこまでやっぱり時間というのはないものだ。広さを、感じるのは車でも十分だろう。MOPTIにつくと日が暮れていた。どうやら、バス停から市内まで相当距離があるらしい。やっぱり、英語を話すガイドにしつこくされる。「帰りのバスの券を買う」とか「歩いて町まで行くわ」と、どうやって逃げても撒けない。タクシーを探そうとすると、「タクシーはこの時間に来ない」と言い出し、「犯罪者に会う」と脅すから「お前がクリミナーだ!」と怒る。人が集まってきて、運よくタクシーも止まる。タクシーは車体の上に乗せていたヤギを、ロープを解いて降ろしている。1500CFAで、市内のホテルまで連れて行ってくれるという。言葉の通じないドライバーが、「いいから乗って!」と私をかばう様に車に乗せて走り出す。痩せたおばぁちゃんも一緒だ。よかった、車が拾えてと流れる景色を見ると、道路の左手の水面が街頭の光を反射している。綺麗だ。ニジュール河の要所に、大きな町があるということを忘れていた。MOPTIもその町の一つ。マリでは、物資を移動する最大の交通機関は船なのだ。おばぁちゃんが降りたところでドライバーが立ち話をして油を売っていると、また英語を話す少年が窓越しに話しかけてきた。「安く止まれる宿を探している」と私が言うと「僕のうちに泊まりにおいでよ。お姉さんの部屋に泊まらせてあげる」と言うので、悪くない話だと話を詰めた。戻ってきたドライバーが、何やら相談する私にいきなり怒り出して、話が終わっていないのに車を急発車した。凄い勢いで何か捲くし立てている。運転が危ない。ハンドルをガンガン叩く。ぜんっぜん言葉は分からないけれど、どうやら「彼は悪い奴だ、言う事を聞いちゃいかん!」と言っているようだ。私も、冷静になると、どうかしてたことに気付く。変なところに泊まって身包み剥がされるかもしれないし、もっと嫌なのはレイプなんかにあったら取り返しがつかない。そうだ、一人なんだから少し高くてもちゃんとホテルに泊まらなきゃ、って正気に戻る。<br /> タクシードライバーが連れて行ってくれたホテルは、MOPTIでも最高級と言えるホテルだった。外観からして、外国人経営者だろう。照明が物語る。四輪駆動の車がずらっと駐車場に並んでいた。中に入るまでも無く、泊まるのは無理。近くに立っていた鄙びた看板のホテルを指差して、ここに連れてってってドライバーにお願いする。そして、連れて行ってもらったホテルの入り口で、私はついにガイドに確保された。ガイドはマリでは立派な職業だ。町中自称ガイドに溢れている。モーターバイクで私に近寄ってきたのは、アボさん。英語が達者だ。「ホテルを探しているらしいね、4500CFAで泊まれるホテルにこのモーターバイクで連れて行ってあげる」話が早かった。さっき悪者にされた少年も、あれから車で結構走ったというのに現れた。少年がガイドに私のことを通報し、バイクで車を追ったのだろうか。明日、TOMBOUCTOUに行く車の手配も可能という。2人のフランス人が向かう車に、空きがあるそうだ。TOMBOUCTOU行きの車は、実際困っていた。観光客くらいしか、行かない場所だから。一般渡航も注意だし、下手な移動も出来ない。私には時間が無い。そんな状況下、日本の旅行者に頼んで来るのが普通のようだが、多少払っても高が知れているだろうし、何よりお金を落とすなら現地の人に直接落としたい、そう思って何の手配もせずにここまで来た。ANYWAY、このアボさんの話に乗ることにして、アボさんタクシードライバーの気持ちもなだめてくれたので、ドライバーにありがとうとハグして、お別れした。<br /> 連れて行かれたのは、凄くいいホテルだけれど、ドミトリーがあった。8人部屋で今日泊まる客はまだいないという。男の人くると嫌だなぁと思ったけれど、この時間ならもう来ないか、泊まることにした。ホテルのロビーでTOMBOUCTOU行きの話をつける。片道3000CFAが2000CFA(約5000円)まで落ちて、交渉成立になった。アボさんにビールおごるから、2階のバーに行こうと誘われ、飲みたかったので付いて行った。雰囲気のいい屋外バーには、ごぞって外国人が居た。殆どがフランス人。飲んでいるうちに、さっきちゃんとCFAからドル換算していなかったから、発展途上国における5000円って破格じゃない?という気分が持ち上がり、向こうでの砂漠の案内費用も込みで2000CFAにして欲しいと、ごねた。そうこうしていると、ネイティブ英語を話す若いカップルが、私たちに、近付いて来た。挨拶されて、用件はというと交渉。<br />「君がTOMBOUCTOUへ行きたいって、聞いたんだけど本当?」<br />「ええ、明日行く車を探しているの」<br />「僕たちも明日TOMBOUCTOUへ行くんだ。それで、ニジュール河クルージング船の貸切で、途中の村を訪れて、宿泊食べ物も全部込みで250000CFA。人数が多いと、一人当たりの支払いが減るから、一緒に来てくれる人を探しているんだけど」<br />アボさんが話を割って入る。凄い剣幕で怒る。<br />「何を言い出すんだ。僕は今僕の国で僕のクライアントと話をしているんだ、警察呼ぶぞ」<br />私は仲介に入る。<br />「いい考えだね。即答できないから、後で連絡させてもらうのでもいい?何処に泊まっているの?アボさん心配しないで、話を進めましょう」<br />カップルは彼の剣幕に少し面食らったが、笑顔で<br />「32号室。いい返事を待っているわ」<br />と握手して、バーを後にした。<br /> アボさんの話はおじゃんになりかけた。いくら、TOMBOUCTOUでの生活費についての交渉に話を戻そうとしても彼らに対する文句で話が戻らない。アボサン曰く、マリの物価は高くビールが約200円、アパートにも一月約6000円払っていると言う。何処まで本当か分からないけれど、ガーナでは年間で2万も払えばアパートが借りられる。「2000CFAは妥当であり、もしそれが無理なら話は無かったことにしてもらって結構」そう強気で出られると、こちらも明日にはTOMBOUCTOUへ着きたいし、明日朝また車を探すのは億劫だった。もう、「分かった分かった、絶対迎えに来てね」とこちらも匙を投げた。一応来る前に聞いた話によると、マリ一週間四駆貸切の旅は2400ドルだった。ウン十万円もするのに比べたら、ましかと私も思うようにした。話がぐだぐだぁとまとまって、ビールを肴に雑談した。<br />「私はね、砂漠を見るのと、マリの普通の人と触れ合いに来たの。だから、移動も一般の人が使っている足で移動したいし、自分自身でいろいろ考えて動くのが楽しいから、ガイドは嬉しいけど、最低限にしたいの」<br />と、私の旅行感を語りつつ、アボさんは分かっているのか分かっていないのか、もう機嫌は直っていて「そうかぁ、いろいろな旅行者がいるもんね」なんて、適当に相槌を打っていた。バーが閉まり、「ビールもまだ飲みたいしお腹すいてたらご飯も全部おごるから外に飲みに行かない?」とまた誘われた。彼の場合は、羽振りが良くて(まぁ私がこれから払うお金も額が額だし、それも込みなんだろうけど)前回のような心配も無かった。でも、疲れていたし、部屋でラジオでも聴いて日記を書きたいから断った。しかし、本当こっちが断るほど夜が遅いって、慣れない。日本人だって、夜が遅い方だ。<br />「私が驚いているのは、マリの人が遅くまで起きてること。しかも外で遊んでること。ガーナの人は特別な時じゃないと、外でビールは飲まないし、朝早くて10時には皆寝るんだよね」<br />「ガーナの人は、外で遊ぶお金が無いんだよ。何のためにお金を稼ぐって?人生を楽しむためでしょ?ビール飲んでタバコ吸って女の子と遊んでこそ、いい人生だよ」<br /> 生活のためにお金が必要、その粋をマリの人々は超えているのだろうか。アボさんのガイド職が特別なのかもしれない。彼はいい車を2台所持していて、運用して稼いでいる。いい車を買えること事態、もともとお金があるのだ。ここでも、お金のある人だけがお金を更に作れる。気分が悪かった。そんなことのために、私のお金が使われる。<br /><br /> 翌朝ゆっくり寝ていればいいのに、早く目覚めた。目覚めたら、居ても発ってもいられなかった。このままだと、蜘蛛の糸にからめとられたように、外の世界に出れないような気がした。ガイドとともに行動したら、土地勘も土地の物価も人々の生き方も何も感じられないまま、典型的な旅行者として終わってしまう。一人にして欲しかった。7時にホテルに迎えに来てくれる約束だったが、「頭が痛いから、町に先に行って薬を探す。ホテルに迎えに来る必要は無い。出発の1時間前(10時出発だから9時)にまた連絡する」と留守電を残し、逃げるようにしてホテルを出た。32号室の人々にはフロントに伝言を残した。素敵なお誘いをありがとう、でも時間が無いから私は一足お先にTOMBOUCTOUへ行きます。<br /> 朝のニジュール河の畔に出た。昨日タクシードライバーに連れてこられた、ホテルの宿泊料金を聞くだけ聞いてみようと、中に入った。50000CFA(約1万2000円)。よく考えるとそんなにビックリする価格じゃないけど、交通費20000CFAをめぐる問題でもめていた身としては、衝撃的価格だった。ニジュール河を見ながら、町へ行く車が通るのを待った。道路から離れて、河に近付いた。朝のニジュールは美しかった。20000CFAで、一夜明けてもくよくよしている自分が馬鹿らしくもなった。アボさんが消費する、ビールやタバコや女へのお金もいずれは土地に落ちるのだからいいではないかと思った。高いホテルのお金は、外国人経営者の元にいくのだから、それよりましだ。バックパッカーはツアーの旅行者に比べたらお金は無い。でも、旅行という道楽をするだけのお金は持っている。旅行なんて出来ない人達に比べたら、よっぽどお金があるのだ。だから、「お金が無い」って言葉は吐きたくない。お金を節約するために、迷惑なことをお願いするのも嫌だ。たまに、同じバックパッカーでも、地元の人に詰め寄ってただ同然で泊まらせてもらうことを強要しているのを見ると、この人嫌だなって思う。地元の人達には彼らの生活があるし、貧乏暇なしで意外と忙しいことも多い。<br /> 川辺にしばらくたたずんで、車が来るかたまに振り返っていたけど、来ないので町まで歩くことにした。荷物を運んでいる若いマリアン娘3人組に、バンバラで話しかけてみる。おはよう?元気?娘たちは、きゃっきゃっとはしゃいで、バンバラ話すのね、って嬉しそうに色々質問してくる。途中から分からない。「今日TOMBOUCTOUへ行くんだ。チャオ」って言って別れると、自分の心が弾んでいるのが分かる。足取りが軽くなり、朝の散歩幸せだなぁって河に沿って歩いていると携帯が鳴る。そして、「MINORI」と誰かが私を呼ぶので振り返る。モーターバイクに乗ったアボさんが道路から手を振っている。ガイドの捜査網から逃れることは簡単には出来ない。捕獲される。

マリ、モプティ(MOPTI)、サハラ砂漠を見に北上の旅[2日目]

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2008/02/07 - 2008/02/14

12位(同エリア12件中)

0

3

美野里さん

 朝の光で荷造りできるようにと、窓際のベッドを選んでいたけれど、朝早すぎてカーテンを開けても街頭の光が若干ベッド周辺を照らすだけだった。幸い、荷物を広げてなかったからバックパックをそのまま担いで部屋を出た。外の洗面所のところで顔を洗い、歯磨き。日焼け止めを探したけれど忘れてきたらしい。この日差しの強い国で。またそばかすが増えるーと、唸った。でも、次長い旅に出るときの参考になる失敗と気を取り直し、洗濯物をバッグに詰め、用意完了。バス会社から7時にバスはMOPTIへ向かうと聞かされた。どうせ遅れるだろうと、遅れていくときに限って、ちゃんと時刻通り出発しちゃうことがある。バス停の場所もよく分かんないし、早めに出た。車もバイクも走っていない。大きそうな通りに出て、私のように何故か早起きして歩いているマリアンに、BANI TORANSPORTのチケットを見せる。あっちだと指差された方向に歩く。昨日バイクに乗った感じだと、歩いていくには遠すぎた。自分の向かう方向に進んでいるブッシュタクシー(小型トラックの後ろに人をぎゅうぎゅうに乗せる車)を止めて、乗り込む。またチケットを見せる。バスの人々が何やら相談し、一人合点がきいたらしい男がしばらくすると一緒にトラックを降り、今度はこのタクシーに乗っていけと私をその中に詰め込んだ。「アニチェ、アニチェ」と言って彼に手を振る。そう、基本的にマリアンはいい人で、英語を話して向こうから近づいてくる人間に注意だなとぼんやり考えた。トラックの中は、仕事に朝から行くおばちゃんたちの活気があった。コインを手に広げると、となりのおばちゃんが必要なだけ選んでくれて、料金を集めている人に渡す。トラックの中がザワザワしたかと思うと、みんなで「ここだ、ここだ!ここで、降りろ」と私を降ろしてくれた。
 7時にバスは出そうになかった。「お腹すいちゃった、御飯食べてきたい」と関係者にジェスチャーすると、急いでいってこいと言われた。おじさんが肉野菜炒め作っていて、それをフランスパンに挟んで食べた。アカディ。食後にお茶をと、みんなと一緒に茶屋で甘い緑茶を飲みながらタバコをふかした。バス乗り場に帰って、しばらくおじいちゃんとお話。孫が北へ行くのを見送りに着ているらしい。「インベタモプティ」って言っている私に、もっともっと、バンバラや、北で使われるトワレの言葉を調教した。
 バスへ乗り込む、おばちゃんの掛ける黒いサングラスがよく似合っていてカッコいい。やっぱり、色々世話を焼いてくれる。バスが止まる度に「やれ、トイレ休憩だ。やれ、ここで朝食を買え」と声を掛けられる。少年が3人乗り込んでくる。厚手のジャンパー着て。確かに朝は底冷えする。湿気がないから、長袖を着ている方が体力を奪われないのかもしれない。おばちゃんたちが、私の近くに座っておしゃべりする。時々子供が泣く。子供をあやす。あやされた子供は、安心して眠る。アフリカのおばちゃんたちの、寛大さ私も次第に安心していく。おばちゃんたちの優しさとたくましさに包まれ、緊張の糸が切れる。だから、アフリカが好きだと思う。10時間の長距離移動、おばちゃんたちの子供が胸に抱かれて眠るように、私も彼女たちに囲まれて、すやすや寝る。
 SEGOUは大きな町で、昼食をとるために止まった。やっぱ、懐中電灯必要だよね、と周辺をうろうろする。反対側がペンライトになっている活かしたライターを発見して購入。いつちゃんとした飯にありつけるか分からんと、皆が食べている炊き込みご飯に肉がのったものを、かき込む。400CFA。バスが汽笛のように長いクラクションを鳴らして、出発を告げる。急いでバスに戻ると、おばちゃんたちが「なにやってるんだ、こっちだ早く来い」と怒ったような顔つきで手招きする。私の席をSEGOUで乗った客が取らないように、確保してくれていた。私がちゃんと座ると、うんうんと頷いて満足そうだ。
 疲れていたのだろう、途中車内はサウナのようになるが汗をかいて寝続けた。天井の窓が開いて風が入る。おばちゃんたちは、SANというこれもまた大きな町で、皆降りて行ってしまった。少し心細くなる。車窓を眺めながら、段々乾いていく大地に、ふと、日本に帰ったら「千夜一夜物語」を読もうと思った。昔から変わらぬ人々の生活がある。この過酷な暑さの生活から、逃げずに住み続ける人々。もし、本当にしんどければ、南下して住みよい土地を探すことも出来るだろうに。ここでの生活は生きるに十分で、キツイこともあれば素敵なドラマもあるのだろうと思った。日も傾き、西日が強く車内に差し込む。そう言えば、毎日日は沈むのに、夕日をちゃんと見る回数は人生で数えられるほどだな、よし夕日を見届けてやろうと、西の空を見つめた。
 ドライブで痛感するのは、マリはひたすら広いということだった。陸路の移動はいい。取り分け車。本当は歩いて、自転車で、バイクでしたらもっといいのだろうけど、そこまでやっぱり時間というのはないものだ。広さを、感じるのは車でも十分だろう。MOPTIにつくと日が暮れていた。どうやら、バス停から市内まで相当距離があるらしい。やっぱり、英語を話すガイドにしつこくされる。「帰りのバスの券を買う」とか「歩いて町まで行くわ」と、どうやって逃げても撒けない。タクシーを探そうとすると、「タクシーはこの時間に来ない」と言い出し、「犯罪者に会う」と脅すから「お前がクリミナーだ!」と怒る。人が集まってきて、運よくタクシーも止まる。タクシーは車体の上に乗せていたヤギを、ロープを解いて降ろしている。1500CFAで、市内のホテルまで連れて行ってくれるという。言葉の通じないドライバーが、「いいから乗って!」と私をかばう様に車に乗せて走り出す。痩せたおばぁちゃんも一緒だ。よかった、車が拾えてと流れる景色を見ると、道路の左手の水面が街頭の光を反射している。綺麗だ。ニジュール河の要所に、大きな町があるということを忘れていた。MOPTIもその町の一つ。マリでは、物資を移動する最大の交通機関は船なのだ。おばぁちゃんが降りたところでドライバーが立ち話をして油を売っていると、また英語を話す少年が窓越しに話しかけてきた。「安く止まれる宿を探している」と私が言うと「僕のうちに泊まりにおいでよ。お姉さんの部屋に泊まらせてあげる」と言うので、悪くない話だと話を詰めた。戻ってきたドライバーが、何やら相談する私にいきなり怒り出して、話が終わっていないのに車を急発車した。凄い勢いで何か捲くし立てている。運転が危ない。ハンドルをガンガン叩く。ぜんっぜん言葉は分からないけれど、どうやら「彼は悪い奴だ、言う事を聞いちゃいかん!」と言っているようだ。私も、冷静になると、どうかしてたことに気付く。変なところに泊まって身包み剥がされるかもしれないし、もっと嫌なのはレイプなんかにあったら取り返しがつかない。そうだ、一人なんだから少し高くてもちゃんとホテルに泊まらなきゃ、って正気に戻る。
 タクシードライバーが連れて行ってくれたホテルは、MOPTIでも最高級と言えるホテルだった。外観からして、外国人経営者だろう。照明が物語る。四輪駆動の車がずらっと駐車場に並んでいた。中に入るまでも無く、泊まるのは無理。近くに立っていた鄙びた看板のホテルを指差して、ここに連れてってってドライバーにお願いする。そして、連れて行ってもらったホテルの入り口で、私はついにガイドに確保された。ガイドはマリでは立派な職業だ。町中自称ガイドに溢れている。モーターバイクで私に近寄ってきたのは、アボさん。英語が達者だ。「ホテルを探しているらしいね、4500CFAで泊まれるホテルにこのモーターバイクで連れて行ってあげる」話が早かった。さっき悪者にされた少年も、あれから車で結構走ったというのに現れた。少年がガイドに私のことを通報し、バイクで車を追ったのだろうか。明日、TOMBOUCTOUに行く車の手配も可能という。2人のフランス人が向かう車に、空きがあるそうだ。TOMBOUCTOU行きの車は、実際困っていた。観光客くらいしか、行かない場所だから。一般渡航も注意だし、下手な移動も出来ない。私には時間が無い。そんな状況下、日本の旅行者に頼んで来るのが普通のようだが、多少払っても高が知れているだろうし、何よりお金を落とすなら現地の人に直接落としたい、そう思って何の手配もせずにここまで来た。ANYWAY、このアボさんの話に乗ることにして、アボさんタクシードライバーの気持ちもなだめてくれたので、ドライバーにありがとうとハグして、お別れした。
 連れて行かれたのは、凄くいいホテルだけれど、ドミトリーがあった。8人部屋で今日泊まる客はまだいないという。男の人くると嫌だなぁと思ったけれど、この時間ならもう来ないか、泊まることにした。ホテルのロビーでTOMBOUCTOU行きの話をつける。片道3000CFAが2000CFA(約5000円)まで落ちて、交渉成立になった。アボさんにビールおごるから、2階のバーに行こうと誘われ、飲みたかったので付いて行った。雰囲気のいい屋外バーには、ごぞって外国人が居た。殆どがフランス人。飲んでいるうちに、さっきちゃんとCFAからドル換算していなかったから、発展途上国における5000円って破格じゃない?という気分が持ち上がり、向こうでの砂漠の案内費用も込みで2000CFAにして欲しいと、ごねた。そうこうしていると、ネイティブ英語を話す若いカップルが、私たちに、近付いて来た。挨拶されて、用件はというと交渉。
「君がTOMBOUCTOUへ行きたいって、聞いたんだけど本当?」
「ええ、明日行く車を探しているの」
「僕たちも明日TOMBOUCTOUへ行くんだ。それで、ニジュール河クルージング船の貸切で、途中の村を訪れて、宿泊食べ物も全部込みで250000CFA。人数が多いと、一人当たりの支払いが減るから、一緒に来てくれる人を探しているんだけど」
アボさんが話を割って入る。凄い剣幕で怒る。
「何を言い出すんだ。僕は今僕の国で僕のクライアントと話をしているんだ、警察呼ぶぞ」
私は仲介に入る。
「いい考えだね。即答できないから、後で連絡させてもらうのでもいい?何処に泊まっているの?アボさん心配しないで、話を進めましょう」
カップルは彼の剣幕に少し面食らったが、笑顔で
「32号室。いい返事を待っているわ」
と握手して、バーを後にした。
 アボさんの話はおじゃんになりかけた。いくら、TOMBOUCTOUでの生活費についての交渉に話を戻そうとしても彼らに対する文句で話が戻らない。アボサン曰く、マリの物価は高くビールが約200円、アパートにも一月約6000円払っていると言う。何処まで本当か分からないけれど、ガーナでは年間で2万も払えばアパートが借りられる。「2000CFAは妥当であり、もしそれが無理なら話は無かったことにしてもらって結構」そう強気で出られると、こちらも明日にはTOMBOUCTOUへ着きたいし、明日朝また車を探すのは億劫だった。もう、「分かった分かった、絶対迎えに来てね」とこちらも匙を投げた。一応来る前に聞いた話によると、マリ一週間四駆貸切の旅は2400ドルだった。ウン十万円もするのに比べたら、ましかと私も思うようにした。話がぐだぐだぁとまとまって、ビールを肴に雑談した。
「私はね、砂漠を見るのと、マリの普通の人と触れ合いに来たの。だから、移動も一般の人が使っている足で移動したいし、自分自身でいろいろ考えて動くのが楽しいから、ガイドは嬉しいけど、最低限にしたいの」
と、私の旅行感を語りつつ、アボさんは分かっているのか分かっていないのか、もう機嫌は直っていて「そうかぁ、いろいろな旅行者がいるもんね」なんて、適当に相槌を打っていた。バーが閉まり、「ビールもまだ飲みたいしお腹すいてたらご飯も全部おごるから外に飲みに行かない?」とまた誘われた。彼の場合は、羽振りが良くて(まぁ私がこれから払うお金も額が額だし、それも込みなんだろうけど)前回のような心配も無かった。でも、疲れていたし、部屋でラジオでも聴いて日記を書きたいから断った。しかし、本当こっちが断るほど夜が遅いって、慣れない。日本人だって、夜が遅い方だ。
「私が驚いているのは、マリの人が遅くまで起きてること。しかも外で遊んでること。ガーナの人は特別な時じゃないと、外でビールは飲まないし、朝早くて10時には皆寝るんだよね」
「ガーナの人は、外で遊ぶお金が無いんだよ。何のためにお金を稼ぐって?人生を楽しむためでしょ?ビール飲んでタバコ吸って女の子と遊んでこそ、いい人生だよ」
 生活のためにお金が必要、その粋をマリの人々は超えているのだろうか。アボさんのガイド職が特別なのかもしれない。彼はいい車を2台所持していて、運用して稼いでいる。いい車を買えること事態、もともとお金があるのだ。ここでも、お金のある人だけがお金を更に作れる。気分が悪かった。そんなことのために、私のお金が使われる。

 翌朝ゆっくり寝ていればいいのに、早く目覚めた。目覚めたら、居ても発ってもいられなかった。このままだと、蜘蛛の糸にからめとられたように、外の世界に出れないような気がした。ガイドとともに行動したら、土地勘も土地の物価も人々の生き方も何も感じられないまま、典型的な旅行者として終わってしまう。一人にして欲しかった。7時にホテルに迎えに来てくれる約束だったが、「頭が痛いから、町に先に行って薬を探す。ホテルに迎えに来る必要は無い。出発の1時間前(10時出発だから9時)にまた連絡する」と留守電を残し、逃げるようにしてホテルを出た。32号室の人々にはフロントに伝言を残した。素敵なお誘いをありがとう、でも時間が無いから私は一足お先にTOMBOUCTOUへ行きます。
 朝のニジュール河の畔に出た。昨日タクシードライバーに連れてこられた、ホテルの宿泊料金を聞くだけ聞いてみようと、中に入った。50000CFA(約1万2000円)。よく考えるとそんなにビックリする価格じゃないけど、交通費20000CFAをめぐる問題でもめていた身としては、衝撃的価格だった。ニジュール河を見ながら、町へ行く車が通るのを待った。道路から離れて、河に近付いた。朝のニジュールは美しかった。20000CFAで、一夜明けてもくよくよしている自分が馬鹿らしくもなった。アボさんが消費する、ビールやタバコや女へのお金もいずれは土地に落ちるのだからいいではないかと思った。高いホテルのお金は、外国人経営者の元にいくのだから、それよりましだ。バックパッカーはツアーの旅行者に比べたらお金は無い。でも、旅行という道楽をするだけのお金は持っている。旅行なんて出来ない人達に比べたら、よっぽどお金があるのだ。だから、「お金が無い」って言葉は吐きたくない。お金を節約するために、迷惑なことをお願いするのも嫌だ。たまに、同じバックパッカーでも、地元の人に詰め寄ってただ同然で泊まらせてもらうことを強要しているのを見ると、この人嫌だなって思う。地元の人達には彼らの生活があるし、貧乏暇なしで意外と忙しいことも多い。
 川辺にしばらくたたずんで、車が来るかたまに振り返っていたけど、来ないので町まで歩くことにした。荷物を運んでいる若いマリアン娘3人組に、バンバラで話しかけてみる。おはよう?元気?娘たちは、きゃっきゃっとはしゃいで、バンバラ話すのね、って嬉しそうに色々質問してくる。途中から分からない。「今日TOMBOUCTOUへ行くんだ。チャオ」って言って別れると、自分の心が弾んでいるのが分かる。足取りが軽くなり、朝の散歩幸せだなぁって河に沿って歩いていると携帯が鳴る。そして、「MINORI」と誰かが私を呼ぶので振り返る。モーターバイクに乗ったアボさんが道路から手を振っている。ガイドの捜査網から逃れることは簡単には出来ない。捕獲される。

同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス 観光バス タクシー
  • モプティ行きのBANI TRANSPORT。BAMAKO→MOPUTI8000CFA(約2000円)。<br />毎日朝と昼に、2〜3本運行。<br />別に、予約の必要ないかも。満席じゃなきゃ、乗れる。向こうも乗せたいし。

    モプティ行きのBANI TRANSPORT。BAMAKO→MOPUTI8000CFA(約2000円)。
    毎日朝と昼に、2〜3本運行。
    別に、予約の必要ないかも。満席じゃなきゃ、乗れる。向こうも乗せたいし。

  • 泊まったホテル

    泊まったホテル

  • 室内

    室内

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