2008/01/24 - 2007/01/28
4227位(同エリア5120件中)
瑞樹さん
1,500円の東京→金沢移動は、まずまず。
夜行バスに乗るのも、一年半くらい振りだったけれど、やっぱり寝ている間に移動できるっていうのは良いものです。
体力が続く限り、夜行バスの旅は続けたいなぁと思います。
さて千葉に住む私は、雪の兼六園を期待して金沢へやって来ました。暖冬と云われて久しい昨今、兼六園や、いかに?!
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明けて1月25日(金)8:13、無事金沢駅前に到着!
運転手さんたち、ありがとうございました。 -
バスを降りると、おお、早速雪が私を迎えてくれました。こちらの雪はベタッとしていないので、雨が降るよりも観光は劇的にラクですね(でも雨も好き)。
これは、兼六園、期待できます。 -
さて早速バスに乗って移動することにします。
あ、朝一から行動開始したかったので、朝食はバスの中で既に済ませました。
JR金沢駅東口の北鉄駅前センターから、城下町金沢周遊バスに乗ります。8:47に3台ある内の犀星号に乗ります。 -
バスの車内。乗客は4,5人といったところでしょうか。この周遊バスは、一回200円、一日乗車券は500円です。
ボンネットバスの車内は木の床や座席が暖かくて、この非日常感にワクワクします。 -
9:05に兼六園下へ到着。ここへ限らず、運転手さんが逐一行き方などをアナウンスしてくれるので安心です。
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紺屋坂を上ると、兼六園。
兼六園は、云わずと知れた水戸偕楽園、岡山後楽園と並ぶ日本三名園の一つ。江戸時代の代表的な林泉廻遊式大庭園です。
廻遊式とは、寺の方丈や御殿の書院から見て楽しむ座観式の庭園ではなく、土地の広さを最大に活かして、庭の中に大きな池を穿ち、築山を築き、御亭や茶屋を点在させ、それらに立ち寄りながら全体を遊覧できる庭園のことです。
代々の加賀歴代藩主によって、長い歳月をかけて形づくられてきましたが、もともとは金沢城の外郭として造られました。
そして廃藩後の1874年5月7日に一般開放されたそうです。
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兼六園全体図。広いですね〜。
石川門の案内所で入園料300円を納めて入園。
兼六園は、「神仙思想」に基いて造られました。
大きな池は大海、その中には不老不死の神仙人が住むと言われる島。代々の藩主たちは、時代こそ違え長寿と永劫の繁栄を願い庭園に投影しました。
最初の作庭者、五代藩主綱紀は、瓢池に蓬莱・方丈・瀛州の三神仙島を築きました。十三代藩主・斉泰(も、霞ヶ池に蓬莱島を浮かばせています。 -
入ると、おっとお手洗い。ちゃんと風景に溶け込んでいます。
既に雪が幾らか積もっていて、積もった雪の上には、幾つもの足跡が。 -
未だ開園してから1時間足らずだけれど、既に沢山の人が訪れているのでしょうか。その割に、人の姿は殆ど見えません。
桜ヶ岡と云われるところを通ります。あと2、3ヶ月で桜の花びらがいっぱいになるのかな? -
常盤ヶ岡へ来ました。雪が降っているの、見えますか?
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常盤ヶ岡の噴水。
この噴水は常盤ヶ岡の東に位置する霞ヶ池から水を引き、自然の水圧で噴き上がっているそうです。
通常は3.5mの高さがあるそうですが、今日はどのくらいかな?日本最古の噴水だそうです。 -
噴水を通り過ぎると、三芳庵。
こちらでは庭を眺めながら、茶懐石風の加賀料理と抹茶を頂けるそうです。 -
そしてお隣は夕顔亭。
安永3年(1774年)に11代藩主前田治脩によって建てられた園内最古の建物だそうです。
蓮池庭(瓢池周辺)にあった四亭の一つで、当時のままの姿を今に伝える茶亭です。その名は、茶室の次の間の壁に夕顔(瓢箪)の透彫りがあることから名付けられました。
本席は質素で三畳台目で小間ながら、本格的な茶の湯が催せる相伴畳を構えた大名茶室。現在は地続きになっていますが、元々は瓢池に浮かぶ島にあった為「中島の茶屋」、翠滝を愛でることが出来た為「滝見の御亭」とも呼ばれていたそうです。
茶室茶室袖壁に夕顔(瓢箪の古語)の透彫りがあるので現在は夕顔亭と呼ばれています。 -
竹根石手水鉢。
「竹の化石のように見えるが椰子類の茎と根の化石、学術上極めて珍しい」とのこと。
生憎この雪では良く分かりません。
高さ45cm、直径85cmあるそうです。 -
伯牙断琴の手水鉢。
5代藩主に招かれた京都の名金工・後藤程乗の彫刻で友人の死を悲しんで琴の弦を絶ったという伯牙断琴の像が浮刻されています。 -
翠滝と海石塔。
翠滝は、霞ヶ池から流れ出て瓢池に注ぎ込む、園内最大の滝。高さ6.6m、幅1.6mで水量はこの通り。「紅葉滝」とも呼ばれています。 -
瓢池と海石塔。
海石塔は瓢池の中島、日暮橋をわたったところにある、高さ4.1m の六重の塔。一般的には塔の笠は奇数なので、6つというのは珍しいそうです。「兼六園」の「六」かな?
この塔は、能美市寺井町の奥野八幡神社にある「七重塔」と共に元は金沢城にあった十三重塔で、加賀藩三代藩主前田利常が小松城に隠居する際に分離された可能性が大きいそうです。
石の材質は宝珠・請花・塔軸には戸室石(現金沢市)、火袋は坪野石(石川郡)と、地元石川県の石が使われています。 -
大きな大きな松が、木で支えられていました。がんばれ〜。
と思ったら、これは夫婦松でしょうか。 -
静々と流れる川の脇には小さな雪吊り。
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こちらは大きな雪吊り。
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まるで白い笹を緑で縁取ったみたい。
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ん〜美しい!
この辺りで、少し雪が弱くなってきました。
私のような観光客は「雪が降っているのを期待」なんて勝手なことを云ってしまいますが、兼六園でも沢山の方々が雪かきをして下さっていました。
お陰でとても快適です。 -
傍にあった立て札には、「松の傷」とあります。
この松の傷は、太平洋戦争が終わった1945年の6月頃、政府の指示で軍用航空機の燃料にする為に松脂を採取した痕だそうです。
痛々しい…。 -
梅林の中の舟之御亭。
思わず、「舟盛り」を思い出してしまいました(笑)。未だお腹は空いていないよ〜。
舟之御亭は、五代藩主綱紀により蓮池庭作庭の際に造られた4亭のひとつ。2000年に時雨亭と共に復元されました。元々は眺望台の北西にあり、日本海、河北潟、能登半島、白山連峰の山並みを眺め楽しむ四阿だったそうです。 -
ここももう少ししたら、可憐な梅の花でいっぱいになるんでしょうね〜。
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雪の中に、赤い宝石。南天かな?
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雪に耐えじっと開くのを待つ花たち。竜石椿かな?
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これはロウバイ?可愛い花ですね〜初めて見ました。
つづきはこちら↓
「成巽閣と兼六園 金沢満喫ひとり旅2」
http://4travel.jp/traveler/saemizuki/album/10215938/
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