2007/07/21 - 2007/07/21
390位(同エリア468件中)
まみさん
2007/07/21(土)第14日目:ブコヴィナ地方の修道院めぐり(w/現地ガイド)
【宿泊:Pension Corlatan(グラ・フモールルイ郊外)】
フモール修道院、モルドヴッツァ修道院、スチェヴッツァ修道院、マルジネア村の黒の陶器工房見学&ショッピング、アルボレ修道院
外壁いっぱいにフレスコ画のあるブコヴィナの修道院の中では1番フレスコ画の保存状態が良いのに、世界遺産リストに入らなかったスチェヴィツァ修道院。
でも、他の修道院へ行くなら、たいていここも訪れるはずです。世界遺産であろうが、なかろうが。
スチェヴィツァ修道院が世界遺産リストに加えられなかった理由は、建築年代がやや新しいことが主な理由です。
なるほどこの修道院は、他の多くの修道院を建てたシュテファン大公やベトル・ラレシュ公によって建てられたものではありませんでした。彼らよりも半世紀近く後に建てられました。
ただし、彼らの時代の修道院の建築や絵画スタイルを踏襲しています。
つまり、踏襲するに値するほど、時代を経てもそれらが見劣りすることが全くなかった証でしょう。
同時に、皮肉な見方をすれば、ペトル・ラレシュ時代に確立されたスタイルを超えるものが容易には生み出せなかった、ともいえるかもしれません。
もっとも、前世代のスタイルからの急激な脱却がなくても、発展させているようです。
なによりも、保存状態が良いというのは、この上ない強みです。
当時の人たちが見ていたのと同じようなものが見られる奇跡と幸福。
もちろん、その生涯中に完成を見られなかった人たちもいるでしょう。
代わりにその人たちは、きっと、少しずつ外壁がフレスコ画で埋まっていくのを眺めながら完成図を想像していたことでしょう。他の修道院を参考に。
そして、このありがたい建物が完成したら、世の中がいまよりも平和で、生きやすくなるだろう、と願いをかけたかもしれません。
本当は何度も何度も足を運んで、フレスコ画1つ1つの意味を解き明かし───スチェヴィッア修道院の壁画は、いわゆる「5つの修道院」の中で特に物語要素が強いのです───自分なりの解釈を加え、じっくり鑑賞したいものです。
これだけのものを成し遂げた建築家や画家の思いに馳せて、人生について考えたり、励まされたりするかもしれません。
でも今は、2度目があるか分からない観光客の私。
後の記憶のよすがにしようと、1枚でも多く写真を撮る方に夢中になってしまいました。
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★7/20〜7/22にかけて訪れたブコヴィナ地方の修道院(築年代順)
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□ヴォロネツ(Voronet)修道院(1488年)
・世界遺産。7/20(金)にガイドと最初に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。「最後の審判」が特に有名。
・青が顕著で「ヴォロネツの青」として有名。
・君主が建てたので塔がある。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第13日目(5)ブコヴィナ地方:青のヴォロネツ修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10205799/
□アルボレ(Arbore)修道院(1503年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと5番目に訪問。
・外壁のフレスコ画まあまあ健在。緑が顕著。
・領主が建てたので塔がない。
□スチャヴァ市の聖ゲオルゲ(聖イオアン(Ioan))修道院(1514〜1522年)
・世界遺産。7/22(日)に一人で7番目に訪問。ここだけ無料。
・外壁のフレスコ画はだいぶ傷んでいる。
・君主が建てたので塔がある。
□フモール(Humor)修道院(1530〜1535年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと2番目に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。
・赤が顕著で「フモールの赤」として有名。
・領主が建てたので塔がない。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第14日目(1)モルドヴァ地方:赤のフモール修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210630/
□モルドヴッツァ(Moldovita)修道院(1532年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと3番目に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。黄色が顕著。
・壁画では「コンスタンチノープルの戦い」が特に有名。
・君主が建てたので塔がある。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第14日目(2)ブコヴィナ地方:イエロイッシュなモルドヴィツァ修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210632/
■スチェヴィツァ(Sucevita)修道院(1581〜1601年)
・世界遺産ではない。7/21(土)にガイドと4番目に訪問。
・外壁のフレスコ画ほぼ完全に残っている。「天使の梯子」が特に有名。
・緑と赤が顕著で「スチェヴィツァの緑」として有名。
・貴族が建てたが塔がある。
・外壁にフレスコ画がある最後の修道院。
□ドラゴミルナ(Dragomirna)修道院(1609年)
・世界遺産ではない。7/22(日)にガイドと6番目に訪問。
・外壁にフレスコ画はない。主教が建てたが塔がある。
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「スチェーヴィーツァ修道院
他の同様の修道院よりも少し新しいため、世界遺産に登録されていない。周囲の山や高い防御壁に囲まれていたため、外壁全面の壁画が残った、この地方で唯一の貴重な例。ハプスブルグ時代には多くの修道院が閉鎖されたが、閉鎖を免れた数少ない修道院であったため、施設やそこでの生活が中世からそのまま現在に引き継がれている。」
(「世界の建築・街並みガイド5」(エクスナレッジ社)より)
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スチェヴィツァ修道院のイラスト俯瞰図
RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより
南面から見たところになります。
入口は反対側の北面の塔の下です。入って真っ先に、有名な「天使の梯子」の壁画が目に飛び込んできます。
北面はダメージを受けやすいので、こちらの外壁のフレスコ画がきれいに残っているのはさらに奇跡的だそうです。
西側は、他の修道院では外壁に描かれていた「最後の審判」のフレスコ画は、この教会では完全に内部になってしまっていまい、外壁には特に絵は描かれていませんでした。
同じイラストは、上記サイトのこちらにも掲載されています。
・スチェヴィツァ修道院
http://www.romanianmonasteries.org/images/sucevita/sucevita.html
・RomanianMonasteries.orgのサイトのブコヴィナ地方の修道院トップページ
http://www.romanianmonasteries.org/allchurches.html
「1586年に完成した修道院。『五つの修道院』のなかでも最大の規模と敷地をもつ聖堂。外壁フレスコ画の保存状態は最もいいが、世界遺産には登録されていない。
門をくぐって最初に目に入るのは、北面外壁いっぱいに描かれた『天使の梯子』。天国にいたる32段の梯子を境に右が天国、左が地獄で、悪魔の誘惑と戦いながら梯子の段を上る修道士が描かれている。異端者の顔はすべてトルコ人の顔をしており、当時の政治的状況がうかがえる。(中略)
東面には『聖人伝』。聖人や天使たちが壁を埋め尽くしている。南面は『エッサイの樹』。樹として表されているのは、ダビデの父エッサイに始まるキリストの系譜である。西壁は『最後の審判』。壁面は入口アーチをくぐったところに描かれている。」
(’07〜’08年版「地球の歩き方」より) -
スチェヴィツァ修道院の教会の立体図と平面図
RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより
http://www.romanianmonasteries.org/buybucovinabook.html
平面図、左から
・EXONARTHEX=エキソ・ナルテックス、外拝廊。
教会の玄関広間にあたりますが、スチェヴィツァの教会では完全に壁に囲まれた一室です。この部屋の中に「最後の審判」の壁画がありますが、屋内なので、写真撮影は許可されませんでした。
・PORCH=ポーチ、玄関。
エキソ・ナルテックスが完全に屋内になってしまったため、その両脇に後から玄関部分が増築されました。
これはワラキア地方の様式の影響を受けているそうです。
また、左右全く同じではなく、平面図の黒点はねじれた柱、黒い四角の方は、アーチ型の入口のある壁というかんじでした。ここの天井にも美しいフレスコ画が描かれています。
・PRONAOS=プロナオス、いわば第一前室。
・BURIAL CHAMBER=墓室。
ヴォロネツ修道院の教会にはなく、フモールやモルドヴィッツァ修道院の教会にはありました。そのどちらより広かったです。
ここに創立者であるモルドヴァ公国の貴族シミオンとエレミア・モヴィラ(Simion and Ierema Movila)が埋葬されています。
また、フモールやモルドヴィッア同様、ここにも貴重品を隠す宝物庫があります。平面図でいうと、白いところがコブのようにでっぱっているところです。
・NAOS=ナオス、いわば第二前室。
イコノスタシスが拝めます。ここまでが正教会の中のいわゆる「俗」世界。
・CHANCEL=内陣。
イコノスタシスの奥で、教会の中のいわゆる「聖」の世界。聖職者しか入れないところです。
★イコノスタシスについて
正教会に必ずあるイコノスタシスは、聖なる空間と俗世を隔てる壁であると同時に、ここをミサのときに司祭が聖書を持って行き来することから、2つの世界を結び付ける存在でもあります。
詳しくは、以下の写真コメントに「イコンのこころ」(高橋保行・著/春秋社)からイコノスタシスについての抜粋引用をご参照ください。
関連の写真
ブラショフのルーマニア正教会のイコノスタシスの写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967865/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967883/
関連の旅行記「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(4):ブラショフ中央公園とルーマニア正教会」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10135677/ -
入口の門塔付近、観光客で盛況
7月のハイシーズン、観光客で盛況といっても、公共交通機関が不便な田舎ということもあって、他の観光インフラが整った国の観光地に比べればたかが知れています。
そのことも、いま東欧を旅する醍醐味の一つですね@
スチェヴィツァ修道院は、同名の川の渓谷にある同名の村に、16世紀末に、領主モヴァラ(Movila)一族(その中でも特に1595年から1606年モルドヴァ公に就いたエレミア(Ieremia))が私財を投じて建てました。
教会は、1582年から1584年の間に、シュテファン大公時代に確立された建築様式に従って建てられました。ビザンチン様式とゴシック様式の調和に、モルドヴァ地方の古い木造教会の様式が加わったものです。
1595年、エレミア公は、教会の北面と南面に2つのポーチを増築させました。
(ヴォロネツ修道院で買ったブコヴィナ・パンフレットより抄訳)
修道院を囲む壮大な壁は、1595年以降、エレミア・モヴィラがモルドヴァ公となった時代に後から造られました。
この壁のため、スチェヴィツァ修道院はまるで要塞のようです。また、教会の外壁のフレスコ画の保存状態が良いのも、この壁に守られたおかげです。
壁は、Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックによると、長さ一辺約100メートル、幅3メートル、高さ6メートルもあります。
この門は塔になっています。
門塔の上部の半円のくぼみには、キリストの復活とモルドヴァ公国の紋章が描かれています。
門の両側はバットレス(支えの壁)で重厚に支えられています。 -
門塔の上部のフレスコ
キリストの復活とモルドヴァ公国の紋章が描かれているはずですが、いまいち分かりにくいですね。
「(前略)ここはブコヴィナの修道院で最大かつ最も美しい修道院と言われている。実際、外壁のフレスコ画の保存状態はすこぶる良い。
鉄壁の防御が施された修道院は、1582〜1601年にかけてモルドヴァの遺族、エレミアとシミオンのモヴィラ夫妻により建てられた。(後略)」
(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より) -
入口アーチから教会を望む
まず目に飛び込んでくるのが北面です。
入場料は4レウ、写真代は6レウでした。
(2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)
外壁にフレスコ画のある修道院の中では、唯一、シュテファン大公とその子孫(息子のペトル・ラレシュなど)以外の者に建てられた修道院です。
(情報源:Lonely Planet(2004年発行3rd edition))
ちなみに、外壁にフレスコ画のある修道院は、いわゆる「5つの修道院」だけではありません。
Metaneira社のブコヴァナ修道院ガイドブックには18も紹介されています(その中にはドラゴミルナ修道院等、最初から外壁にフレスコ画が描かれていなかったものもありますが。)。
そのうちの17までは、こちらのサイトで写真等が確認できます。
私が今回のルーマニア旅行の立案中に「5つの修道院」+アルファの情報を得たのはこのサイトです。
http://www.romanianmonasteries.org/allchurches.html -
入ってすぐ、有名な「天使の梯子」のフレスコ画のある北面
1番風雪にさらされて痛みやすい北面にこれだけ鮮やかにフレスコ画が残っているなんて、さすがスチェヴィツァです!
塔だけ異様に白く見えるのが残念ですが、根元に美しい装飾が施されています。
「外壁のフレスコ画では、北面の『天使の梯子』が真っ先に目に飛びこんでくる。天国に至る30段の梯子を挟んで、右に天国、左に地獄を配し、悪魔の誘惑と闘いながら梯子を上る大勢の年老いた修道士が描かれている。南面は『エッサイの樹』。樹で表現しようとしているのは、もちろんダビデの父エッサイに始まるキリストの系譜である。」
(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より) -
有名なフレスコ画「天使の梯子」
屋根のすぐ下には頭と羽しかない天使セラフィムが、その下には旧約聖書の「創世記」からの18場面が、そしてその下にどーんと「天使の梯子」のフレスコ画があります。
「スチェヴィッツァ僧院は5つの修道院の中では一番規模が大きく、壁画の保存状態もいい。1586年に建てられたこの僧院では、北の壁に描かれている『天使の階段』が有名だ。この壁画には、天国または地獄に通じる階段を、死者が渡る様子が描かれている。」
(「東欧の郷愁」菊間潤吾・監修(新潮社)より) -
フレスコ画「天使の梯子」
右側には梯子を上る人たちを守護する天使がずらり。左は地獄図です。
天使の梯子の元ネタは、旧約聖書のヤコブの夢ではないかと思います。
天までとどく梯子に天使が上り下りしている、というのが夢の内容でした。そこには地獄は出てきません。
スチェヴィツァのフレスコ画家は、そこからヒントを得て発展させたのでしょう。 -
フレスコ画「天使の梯子」の細部
人々を助ける守護天使と梯子から落ちた人々。
梯子1つ1つに達成すべき善や徳の行為が書かれています。 -
フレスコ画「天使の梯子」の細部、天国の近く
2人の天使が天国の門を開け、天国ではキリストが待っています。そして門の奥には、天国に迎えられた人たちがぎっしり描かれています。
梯子を上っている人たちのうち一番天国に近い人は、キリストから手を差し伸べられて、天使からついに王冠をもらっています。
そのすぐ下では、地獄に落ちそうになっている人が見えます。天国があと1歩のところまで来たのに……。
ラッパを吹く天使は、天国に到着した人を祝福しているのだと思いますが、位置的にはむしろ、このあと一歩の人を励ましているように見えます。
梯子の間に文字が書かれていますが、これは階段を上るために一つ一つ積むべき「徳」です。 -
北面のでっぱりのところの、「聖人のヒエラルキー」あるいは「全聖人の祈り」のフレスコ画
全部でヒエラルキーは7階層あります。
一番上の一層目には、頭と羽しかない天使セラフィムが描かれています。この層は、他の修道院の教会ではかまぼこ型のくぼみの連続で凹凸になっていましたが、スチェヴィツァではシンプルに平らです。
二層目は、翼のある天使たちです。
三層目は、預言者たちです。神の言葉を記した巻物のようなものをもっています。
四層目は、使徒たちです。1マスに2人ずつ描かれています。 -
北面の旧約聖書「創世記」の場面の方に注目
一番上が、頭と羽だけの天使セラフィム、一番下は、「天使の梯子」の一部。
旧約聖書が描かれているのは、真ん中です。
天地創造とアダムの誕生場面。 -
北面の旧約聖書「創世記」の場面
真ん中、「創世記」の続きです。
アダムが植物や動物に名前を与える場面、それからイブの誕生。
背景が白で植物にあふれた様子で、舞台がエデンの園であることを表しています。
イブ誕生場面の下に描かれているのは聖人伝です。 -
北面の旧約聖書「創世記」の場面
「創世記」は、2列目と3列目にあります。
ヘビの誘惑、知恵のリンゴを食べるアダムとイブ、知恵がついて裸を恥じて体を隠すアダムとイブ、そしてエデン追放面。
その下は聖人伝です。 -
北面の聖人伝のフレスコ画
残念ながらどなたのどんな生涯か分からないのですが、絵を見ているとだいたい想像がつきますね。
ちなみに、私は最初は、聖フランチェスコ伝かと思いました。
左上の絵は、両手のひらに、キリストが十字架にはりつけられたときの聖痕を受けているように見えたからです。右下は、鳥に話しかけているようにも見えますしね。左下は悪魔にすら説教しているように見えます。
でもどうも違うようです。聖フランチェスコはイタリア人ですしね。
描かれるなら、もっとローカルか、あるいはロシア系の正教会の聖人でしょう。 -
北側ポーチから塔を眺める
スチェヴィツァ修道院の防禦壁には門塔を含めて塔が5つありますが、これは鐘楼です。
エレミア・モヴィラが謙譲した1605年の2つの鐘が今でも使われているそうです。 -
ポーチの天井のフレスコ画、ヨハネ黙示録より
太陽と月の化身がいます。
太陽と月は、アルファとオメガ、はじめと終わり、すなわち世界の全てを象徴するとニコラエさんに教えてもらいました。
真ん中にいるのは、「黙示録」の著者のヨハネでしょう。 -
ポーチの天井のフレスコ画、ヨハネ黙示録より
「ヨハネ黙示録」に出てくる馬にのってやってくる恐怖の4騎士です。
ヨハネ黙示録についてはごくごく一部を断片的に知っていましたが、この旅行後、日本の書店で面白くて読みやすい手ごろな本を見つけたので、買って読んでみました。
「黙示録の解読ガイド オレたちに明日はない?」(視覚デザイン研究所)
http://www.shikaku-d.com/catalogue/catalogue137.html
これによると、この恐怖の4騎士は、世界の終わりの幕開けの最初に登場します。
白い馬と騎士は勝利のシンボル。ただし、勝利するのは外国で、つまり外国勢力による征服を意味します。
赤い馬と騎士は流血のシンボルで、内乱や暴動を意味します。
黒い馬と騎士は飢饉のシンボル。
青い馬と騎士は死のシンボル。 -
ポーチの天井のフレスコ画の細部、ヨハネ黙示録より
黙示録の最初の方、ヨハネが見た天国です。
神がヨハネにこれからこの世に起こることをイメージで見せる(黙って示す)ために招いたのです。
4つの生き物───牛、ライオン、ワシ、天使、それから長老たちが神を讃えています。
この4つの生き物は、黙示録のシンボルともいえます。
私はこの4つを見て、新約聖書の福音書記者のシンボルカト思ったのですが、ニコラエさんはこの絵から、このポーチの天井のフレスコ画がヨハネ黙示録だと気付いたようです。 -
ここにもトルコ人たち
ポーチのアーチ天井のフレスコ画です。
ヨハネ黙示録からの場面のはずですが、ここにも時代の違うトルコ人たちが描かれています。
たぶん、人類に訪れる災厄のシーンのどれかではないかと思います。
ヨハネ黙示録は、ひらたくいうと、神がいまの世の中をいったん全て破壊して新しい世の中が再来する、というストーリィのようです。それを神からイメージの形でヨハネが伝えられたというわけです。
当時はまだキリスト教が認められておらず、キリスト教徒にとっては迫害のつらい時代でしたからね。
ヨハネが見たイメージは、7つの目をもつ子羊が持つ巻物の7つの封印を1つずつ開くたびに、そして次に7人の天使がラッパを吹くたびに、それから7つの鉢が傾けられるたびに、この世を破壊すべく人類に災厄が訪れます。
その後、ドラゴンが現れたり等あと2〜3ステップ踏んだあと、最後に「最後の審判」で全死者が甦って天国行きか地獄行きか秤にかけられ、そして新エルサレムが到来するというものだそうです。
今後、ヨハネ黙示録を題材にした絵は見分けがつきそうです@ -
南面の一部と花の世話をする修道女
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南面の向かって左半分の一番下のフレスコ画
モーゼがシナイ山で神より十戒を賜る場面
背景にお城があるので、それっぽく見えませんね@
モルドヴィッツァ修道院では、このあたりに有名な「コンスタンチノープルの包囲」が描かれていました。
お城が見えたので、はじめはこの柄もそれかと思って注目したら、違っていたわけです。 -
南面の向かって左半分の「マリア賛歌」のフレスコ画
Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックによると、聖アンドレイ・ボゴリウフスキー(Andrei Bogoliubski)の幻視からの場面だそうです。
聖母マリアが天使の持つ赤いベールに覆われて彼の前に姿を現した場面です。
これはロシア正教会ではよくある主題だそうで、ここにロシア正教会の影響がうかがえます。
この絵の建物の黄金のたまねぎ型ドームも、ロシア正教会のものです。
(情報源:Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブック)
しかしこの絵の中でキリストやマリアはすぐに分かりますが、幻視した聖人は、たくさん描かれている聖人のうちどれか分かりません。
マリアの下に描かれた人物かな、と思いましたが、聖人の幻視という場面にしては、主人公が目立ちすぎです。 -
南面の向かって左半分のマリア伝のフレスコ画
1番上の列の左から、受胎告知の4場面のうちの2つ、洗礼者ヨハネの母エリザベスがマリアを訪れる場面、そしてヨセフがマリアを疑う場面。
2列目、3列目は、残念ながらMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックにも説明はありませんでした。 -
南面の向かって右半分、キリストの系譜を示す「エッサイの樹」のフレスコ画
キリストがダビデの子孫であることを示すため、ダビデの父エッサイから系譜が始まっています。ゆえに「エッサイの樹」と呼ばれます。
その子孫として描かれている人物は必ずしも血のつながりはなく、いわば信仰上のつながりの人物もいるようです。
そしてところどころにキリストの生涯の重要な場面も描きこまれています。
ちなみに受胎告知の4場面とは、昔読んだ本からのだいぶ薄れた記憶によると、天使ガブリエルが現れてマリアが驚く場面、神の子をみごもったと告げられる場面、「私は男を知らないのになぜ?」とマリアが再び驚く場面、そして、マリアが「神の言葉を信じます」と懐妊したことを受け入れる場面、だったと思います。 -
南面の「聖人のヒエラルキー」のフレスコ画
天使から聖人までが位の序列に従って描かれているので「聖人のヒエラルキー」と呼ばれていますが、「全聖人の祈り」のフレスコ画でもあります。
この写真には、ヒエラルキーの全7層とも写っています。
1番上は、頭と羽だけの天使セラフィムの列。セラフィムは天使の中でも1番位の高い天使です。
2番目は、翼を持つ天使の列。
3番目は、預言者たちの列。その中でも旧約聖書のイザヤ、エレミア、エゼキエル、ダニエルを4大預言者といわれます。
4番目は、1マスに2ずつ使徒たち。キリストの弟子だった12使徒が、使徒たちの中で一番位が高いです。12使徒は東面に、それより位の低い使徒たちは側面のでっぱりに描かれています。
5番目は、歴代主教たち。
窓と同列の6番目は、殉教者たち。
7番目は、隠者たち。
(情報源:Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブック) -
ひょうきんなドラゴン
南側のポーチのフレスコ画より
ドラゴンが面白くて撮りました@
とても物語的なフレスコ画です。
ポーチの壁画なので、ヨハネ黙示録の続きかもしれません。
世界の終わりへの最終段階近くに、ドラゴンの出現と、天使が傾ける7つの鉢から災厄をもたらされる場面がありますから。 -
南面、キリストの系譜の「エッサイの樹」が描かれた右半分と塔の一部
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まるで美しいカルタを並べたような、壁いっぱいのフレスコ画と、バラ花壇
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でっぱりの支えの壁(バットレス)の部分に、ギリシャ哲学者たちのフレスコ画
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南面から東面へと続く「聖人のヒエラルキー」あるいは「全聖人の祈り」のフレスコ画
天使たち、預言者たち、使徒たち。同じようでいて少しずつポーズが違いますね。 -
東面の「聖人のヒエラルキー」のフレスコ画と塔の一部
塔にもうっすらとフレスコ画の跡が見られます。
さすがにこの塔の部分は防禦壁の守りも及ばず、外壁のフレスコ画は剥げてしまったのかもしれません。 -
入口付近から東面
「スチェヴィツァの修道院『復活教会』は、1583年頃にモヴィラ3兄弟によって建てられました。
この教会は、外壁にフレスコ画のある教会の中では、国を統治した君主によって建てられたものではない少ない例ですが(他は、たとえばアルボレ修道院)、モヴィラ家はペトル・ラレシュ公の母方の子孫でした。
修道院建築後ほどなく、エレミア・モヴィラはモルドヴァの統治者となりました。彼の兄弟のシモンはワラキアを統治しました。3番目の兄弟ゲオルゲはラダウチ司教でしたが、モルドヴァの大司教にまでなりました。
教会に壁画が施されたのは、他のいわば姉妹教会より約半世紀後の1595年頃です。この教会は、シュテファン大公とペトル・ラレシュ公の統治時代の外壁にフレスコ画が描かれた教会の伝統の最後を飾るものといわれています。教会の建築・絵画を何十年も昔の祖先が確立した建物に似せたのは、モヴィラ家がシュテファン大公という君主の家系に連なることを主張するためでした。
同時に、スチェヴィツァ修道院建築群には、次の世紀の建築革命の先駆的要素もありました。」
(Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより私訳+補足) -
修道院を囲む防禦壁と塔とバラ花壇と
バラが美しく花を咲かせているので、やはり一緒に撮りたくなります。
塔は、修道女たちの宿舎です。
一部、博物館となっています。
中は1970年に改築され、ゲストが泊れるようになっているそうです。
(情報源:Metaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブック) -
スチェヴィツァ修道院のパンフレット(表紙)とポストカード
パンフレットの周りに、フレスコ画の写真のポストカードを敷き詰めてみました。
パンフレット「The Sucevita Monastery」は5レウでした。
ポストカードは18枚入りで10レウでした。
(2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)
「ラダウチの町より南西18km、スチェヴィツァ川渓谷の同名の村にあるスチェヴィツァ修道院は、16世紀後半、モヴィラ一族が私財を投じて建てました。モヴィラ一族の1人、エレミア(Ieremia)は、1595〜1606年にモルドヴァ地方を統治したことがあります。
現在の修道院より前にモヴィラ家が最初に建てた教会はもっと小さなもので、1581年頃にさかのぼります。ペトル・ショプル(Petru Schiopul)公(1582-1591)の統治下、モヴィラ兄弟は公の顧問となり、財も蓄えたため、広大な修道院の建築を手掛けました。最初にいまの教会が、1582年から1584年にかけて建てられました。
1595年にエレミア・モヴィラはモルドヴァ公となった後、教会の入口の南北両サイドに2つのポーチを増築し、塔のある壁で修道院を囲みました。そのおかげで、修道院は中世の要塞らしい外観になりました。また、居住館も増築しました。その遺構は、修道士のための独房とともに、いまでも建物の北の方に見られます。
教会内部のフレスコ画が完成したのは、このエレミアによるモルドヴァ公国統治時代です。
教会は「イエスの復活」に捧げられ、シュテファン大公時代に確立されたモルドヴァの建築様式で建てられいます。モルドヴァ様式は、ビザンチンとゴシックの両方の要素が調和され、そこにモルドヴァの伝統的な木造教会の建築様式が加わったものです。」
(スチェヴィツァ修道院パンフレットを一部私訳) -
スチェヴィツァ修道院のパンフレットの宝物の写真のあるページと祝日の写真
これもパンフレットの周りにポストカードを敷き詰めてみました。
左に写っているのは、附属の博物館の宝物の一部です。
上は、16世紀の書見台です。
ミサのとき、アカペラのように祈りの言葉を謳う人たちが、上の傘のようなところに聖書をのせて使っているのを見たことがあります。それも、謡う人に向けて、くるくる回して使っていました。
したは、キボット(Chivot/英Kivotos)とよばれる教会の形をした聖遺物入れ(モーゼの十戒を収める箱、アーク)です。1591年のものです。
このキボットは、イコノスタシスの奥の聖なる空間に必ずあります。教会、すなわち神の家の象徴です。
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この旅行記へのコメント (2)
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- shinesuniさん 2008/01/28 11:53:25
- まみさんの誕生日 キタ━━(゜∀゜)━━!!!
- ヽ(*・ω・)ノ。・:*:・゚★HappyBirthday☆。・:*:・゚ヽ(・ω・*)ノ
まみさんお誕生日オメデトウございます
ヽ(*・ω・)ノ。・:*:・゚★HappyBirthday☆。・:*:・゚ヽ(・ω・*)ノ
これからの1年が充実した年でありますように
PS スチェヴィツァ修道院憧れます^^
私も一度行ってみたいなぁ...
- まみさん からの返信 2008/01/28 18:23:45
- RE: まみさんの誕生日 キタ━━(゜∀゜)━━!!!
- shinesuniさん、こんにちは。お祝いの言葉をありがとうございます。
今年も無病息災で、楽しく旅行ができるといいなと思っています。
完全にケガや風邪がなかったとはいいきれませんが、まあ寝込んだりしないですみました。
スチェヴィツァを含む「5つの修道院」はやっぱりいいですよお。
たくさんしつこく写真を撮ってきたと思っても、買った本の写真を見ながら、こんなアングル、ここの部分も撮ればよかった!と思うことは尽きません。
アクセスが不便ですが。。。個人ガイドを雇えるのも、ルーマニアのいまの物価ならではでしょう。
円安に悩まされたけれど@
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