2007/07/21 - 2007/07/21
351位(同エリア470件中)
まみさん
2007/07/21(土)第14日目:ブコヴィナ地方の修道院めぐり(w/現地ガイド)
【宿泊:Pension Corlatan(グラ・フモールルイ郊外)】
フモール修道院、モルドヴッツァ修道院、スチェヴッツァ修道院、マルジネア村の黒の陶器工房見学&ショッピング、アルボレ修道院
外壁いっぱいにフレスコ画が描かれた、ブコヴィナ地方の希有な修道院。
そのうちのいわゆる「5つの修道院」として名高い、ヴォロネツ、フモール、モルドヴィッツァ、スチェヴィッツア、アルボル。
その5つとも訪問を予定していますが、3つ目ともなると、共通点がみえてきました。
そして共通点がみえてきたからこそ、相違点もやっと頭に入ってきました。
共通点。
たとえば、ゲートを抜けて真っ先に目に飛び込むのは、丸く突き出した東面。
太陽が昇る方向に、一番聖なる空間があるためです。
そこには、6〜7層にわたって、上から天使や預言者、12使徒、聖人たちのヒエラルキーが、まるで辞書かカルタのようにずらりと描かれています。
もしかしたら実際に文字の読めない信者に教えるときに辞書のように使ったのかもしれませんね。
そして、たいてい一番保存状態のよい南面。
ここにはマリア伝や聖人伝、キリストの系譜を示す「エッサイの樹」が描かれていることが多いです。
マリア伝や聖人伝は、まるで絵本の挿絵のようです。これを使えば、段階を踏んでマリアの生涯を、神の恩恵とともに解説しやすいでしょう。
殉教シーンなどで異教徒の姿がトルコ人になっているのは、オスマントルコの脅威におびえていた時代であることを考えると納得です。画家も、実感の湧かない過去の異教徒を描くよりは、その姿をトルコ人にする方が、気持ちを込めやすかったに違いありません。
西面には、「最後の審判」。日の沈む方角に描かれる主題としては意外に合っているかもしれません。
説教だけではイメージの沸きづらい天国と地獄の鮮烈な絵を見せて、生前の行いを正すようにと諭すテキストにするには都合がよかったでしょう。
まもた、日常生活では神の存在が感じられなくても、すべての行いはこうして白日のもとにさらされるのだと解くのにも。
そして北面。
風雪に一番さらされるこちらは、残念ながらフレスコ画の痛みが激しいです。
白くはげてしまったところは何が描かれていたか、もはや分かりません。
それでも屋根に守られた上の方には、かろうじて旧約聖書の場面が見られることが多いです。
こんな風にウンチクを整頓したがるのは、この美しいフレスコ画を目に前にした感動に形を与えたいためです。
何が描かれているか解き明かすことができれば、より感動が深まります。
信者でなくてもキリスト教の教えや聖書の物語が自然と頭に入ってきます。
それにしても、目の前に立てばひとめで見渡せてしまうこの壁の一つ一つのフレスコ画に、いったいどのくらいの情熱が注がれたのでしょうか。
主題を決め、構図を考え、配色を決め、塗料を選んで、彫り込むように色を塗り。
それらを一瞬でカメラに収めてしまえる現代の私には想像もつきません。
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★7/20〜7/22にかけて訪れたブコヴィナ地方の修道院(築年代順)
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□ヴォロネツ(Voronet)修道院(1488年)
・世界遺産。7/20(金)にガイドと最初に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。「最後の審判」が特に有名。
・青が顕著で「ヴォロネツの青」として有名。
・君主が建てたので塔がある。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第13日目(5)ブコヴィナ地方:青のヴォロネツ修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10205799/
□アルボレ(Arbore)修道院(1503年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと5番目に訪問。
・外壁のフレスコ画まあまあ健在。緑が顕著。
・領主が建てたので塔がない。
□スチャヴァ市の聖ゲオルゲ(聖イオアン(Ioan))修道院(1514〜1522年)
・世界遺産。7/22(日)に一人で7番目に訪問。ここだけ無料。
・外壁のフレスコ画はだいぶ傷んでいる。
・君主が建てたので塔がある。
□フモール(Humor)修道院(1530〜1535年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと2番目に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。
・赤が顕著で「フモールの赤」として有名。
・領主が建てたので塔がない。
関連の旅行記
「2007年ルーマニア旅行第14日目(1)モルドヴァ地方:赤のフモール修道院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210630/
■モルドヴッツァ(Moldovita)修道院(1532年)
・世界遺産。7/21(土)にガイドと3番目に訪問。
・外壁のフレスコ画かなり健在。黄色が顕著。
・壁画では「コンスタンチノープルの戦い」が特に有名。
・君主が建てたので塔がある。
□スチェヴィツァ(Sucevita)修道院(1581〜1601年)
・世界遺産ではない。7/21(土)にガイドと4番目に訪問。
・外壁のフレスコ画ほぼ完全に残っている。「天使の梯子」が特に有名。
・緑と赤が顕著で「スチェヴィツァの緑」として有名。
・貴族が建てたが塔がある。
・外壁にフレスコ画がある最後の修道院。
□ドラゴミルナ(Dragomirna)修道院(1609年)
・世界遺産ではない。7/22(日)にガイドと6番目に訪問。
・外壁にフレスコ画はない。主教が建てたが塔がある。
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このモルドヴィッツア修道院も、他の「青のヴォロネツ」、「赤のフモール」のように、フレスコ画の基調色でニックネームのように区別したかったのですが、モルドヴィッツア修道院の場合は、本や資料をあさっても、そのようにはっきりと指摘するものはありませんでした。
かろうじてLonely Planetや旅名人ブックスシリーズで、イエローが基調色とあったくらいです。
これは、東面の聖人のヒエラルキーのフレスコ画の頭の光輪の金のせいかもしれません。
実際に目にしたモルドヴィッツア修道院は、特に南面や西面は、ヴォロネツやフモールと同じく、青や赤が目立ちました。
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モルドヴィッツア修道院のイラスト俯瞰図
RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより
東から見たところになります。
手前の東の塔から中に入りました。
こちらから見えないに紙面には、「最後の審判」が描かれています。
奥の建物は、現在、博物館となっています。ペトル・ラレシュ公のオリジナルの王座など貴重な品が展示されています。
同じイラストは、上記サイトのこちらにも掲載されています。
・モルドヴィッツァ修道院
http://www.romanianmonasteries.org/images/moldovita/moldovita.html
・RomanianMonasteries.orgのサイトのブコヴィナ地方の修道院トップページ
http://www.romanianmonasteries.org/allchurches.html
「領主ペトゥル・ラレシュが建てた修道院の中で最も美しいのがモルドヴィツァ修道院です。もともと小さな教会があった場所に、彼は1532年にこの修道院を新しく建てました。内部と外部の壁画の完成に、5年も費やしました。壁画の画家は、無名の人物ですが、現地の村びとだったに違いないと思われます。北向きの壁画は相当傷んでいるのですが、ほかの壁画の状態は良好です。
入口の真上に、モルドヴァで最も美しい壁画が見えます。『聖母マリアと子供のイエス』です。ほかの絵も聖処女マリアをテーマにしたものが多いです。『コンスタンチノープルの包囲』の絵も大きくて有名です。絵画の悲劇的な内容には、モルドヴァ国を攻撃したオスマントルコ軍を憎悪し、『絶対的な不服従を誓う!』といったメッセージが込められているのです。それは、壁画の中の人物が、ブコヴィナ地方の当時の民族衣裳を着ている者が多いからです。この絵が、一般の村びとをモデルにして描かれた証拠でしょう。」
(ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Bucovina─ブコヴィナ地方の修道院」より)
http://www.romaniatabi.jp/unesco/bucovina.html -
モルドヴィッツア修道院の教会の立体図と平面図
RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックより
http://www.romanianmonasteries.org/buybucovinabook.html
平面図、左から
・EXONARTHEX=エキソ・ナルテックス、外拝廊。
教会の玄関広間にあたります。まだ完全に壁に囲まれておらず、アーチだけがあり、半分外になっています。この壁に、「最後の審判」の壁画があります。
・PRONAOS=プロナオス、いわば第一前室。
・BURIAL CHAMBER=墓室。
フモール修道院に比べると随分広くなりました。ここにラダウチの司教エフレム(Efrem)が埋葬されています。
エフレム司教は、ペトル・ラレシュ公時代後の17世紀に、モルドヴィッツァ修道院を囲う壁や門塔、現在博物館となっている宝物館などを増築し、この地で宗教文化活動を押し進めた人だそうです。
・NAOS&TOWER=ナオス、いわば第二前室と塔。
イコノスタシスが拝めます。ここまでが正教会の中のいわゆる「俗」世界。
・CHANCEL=内陣。イコノスタシスの奥で、教会の中のいわゆる「聖」の世界。聖職者しか入れないところです。
★イコノスタシスについて
正教会に必ずあるイコノスタシスは、聖なる空間と俗世を隔てる壁であると同時に、ここをミサのときに司祭が聖書を持って行き来することから、2つの世界を結び付ける存在でもあります。
詳しくは、以下の写真コメントに「イコンのこころ」(高橋保行・著/春秋社)からイコノスタシスについての抜粋引用をご参照ください。
関連の写真
ブラショフのルーマニア正教会のイコノスタシスの写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967865/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/11967883/
関連の旅行記「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第18日目(4):ブラショフ中央公園とルーマニア正教会」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10135677/ -
門近くの東面から全体像
まず目に入るのは、クローバー型の平面図のうち、一番上の葉の形のところ。
あの窓の中は、イコノスタシスの奥、聖職者しか入れない聖なる世界です。
塔のないフモール修道院は可愛らしかったですが、塔があるモルドヴィッツア修道院は大人っぽく感じられますね。
塔の外壁にもフレスコ画が描かれていたようですが、こちら側は残念ながら真っ白です。
入場料は4レウ、写真代は6レウでした。
(2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)
「モルドヴィッツァ修道院も四辺形の高い石垣と丈夫な門に囲まれて、まさに砦の趣がある。(中略)ここのフレスコ画の基調色はゴールデン・イエロー。庭がよく整備されている上に、石作りの付属施設の佇まいも美しく、境内に立っているだけで気持ちが和んでくる。(後略)」
(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より) -
東面の聖人たちのヒエラルキーのフレスコ画
上から3層。
1番上のくぼみには天使たち、2番目は、右側は聖母子、残りは預言者たち、3番目は、右側の円の中は犠牲の子羊としてのイエス、残りは12使徒。
その周りを、羽と頭だけの天使がずらりです。 -
東面から南面にかけて
双子山のような1階の屋根と、カルタのようにぎっしり並んでいる聖人たちのヒエラルキーのフレスコ画。
しかし2階には見事のフレスコ画がないですねぇ。
ところどころでっぱっているのは、壁の重みを支えるためです。
「シュテファン大公の息子、ペトゥル・ラレシュ公が1532年に建てた修道院。外壁フレスコ画のモチーフはどの聖堂でも共通なので、ここでも東面は聖母子を中心として聖人、天使たちが並んで描かれている。
モルドヴィッツァ修道院に独特なのは、聖堂南面の一角に戦闘場面が描かれていることだ。626年のペルシャ軍来襲がモチーフで、キリスト教徒たちの守る砦はビザンツ帝国の都コンスタンティノープル、海を越えて攻めるのがペルシャ軍。しかし兵士の顔や装備はどう見てもトルコ軍のそれで、当時のオスマン朝に対する恐怖心がこれを描かせたといわれている。モルドヴァ公国とオスマン朝の関係も、この壁画と同じようなものだったのだ。」
(’07〜’08年版「地球の歩き方」より)
実は、戦闘場面が南面に描かれているのは、モルドヴィッツァ修道院だけではありませんでした。ちょっとこの記述は違いますね。
「コンスタンチノープルの戦い」のフレスコ画はフモール修道院の教会でも見られました。ただし、こちらは626年の対ペルシャのコンスタンチノープルの攻防で、フモール修道院のものはほぼ同時代、1453年のコンスタンチノープルの包囲で、実際にオスマントルコによるものを描いたものでした。
(情報源:Lonely Planet(2004年発行3rd edition)) -
東面から、保存状態の一番良い南面にかけて
フレスコ画がすきまなく描かれています。
外壁でこれだけきれいに残っているのは本当に奇跡でしょう。
「ここのフレスコ画には、南面のかなりのスペースを使って、西暦626年の『コンスタンチノープルの攻防戦』が描かれている。海側から攻めるのはもちろんペルシャ軍なのに、その兵士たちの顔や装備は紛れもなくトルコ軍。当時(16世紀初頭)のオスマン帝国の脅威がいかに大きなものであったかを、フレスコ画は雄弁に物語っている。ポーチ部分には、例によって『最後の審判』が描かれている。」
(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より) -
聖人のヒエラルキーのフレスコ画の上から3層目まで
頭の光輪のほかに、地面を示す緑が顕著です。
2番目の層の預言者たちは、神の言葉を記したと思われる巻物を広げて持っています。
その下の層の12使徒たちは、手に手に聖書をもっています。細い筒のように見えてしまいますけどね。
そしてどうやらキリル文字で預言者や12使徒の名前が書かれているようですが、読めません(泣)。 -
南面の「エッサイの樹」のフレスコ画
一人一人を囲う緑の模様は、エッサイの樹の葉っぱでしょう。裏が赤いんですかね@
窓は西欧ゴシック窓です。
右側の下の窓の右には、洞窟に横たわるマリアのいるイエス誕生シーンが見られます。その左上には、赤のみで描かれた勝利の大天使ミカエル。
右側の上の窓のすぐ下には、キリストの十字架磔が描かれています。
右側の上の窓の左右には、イスラエル12士族の祖先(ヤコブの息子たち)が描かれています。
私がイスラエル12士族がヤコブの息子たちだと知っていたので、ガイドのニコラエさんに、よく知っているね、と驚かれてしまいました。えへへ。
昔、キリスト教美術を理解したくて、聖書そのものではなく、聖書の解説本や易しく小説仕立てにした本をよく読みましたからね。凝り性なんです、えへへ。
右のでっぱりには、ギリシャ哲学者たちが描かれています。ソクラテス、プラトン、アリストテレスのほかに、ピタゴラスやプルタルコスなど。
キリスト教徒はギリシャ神話を異教のものとして認めていないのですが、彼等ギリシャ哲学者たちには敬意を払っているそうです。
でもみなさん、噴水の中に座っているように見えます(笑)。
ギリシャ哲学がキリスト教の教義の源流であることを示しているのでしょうか。
左のゴシック窓の上の2場面は、マリア伝の一部です。
この写真ではこれらはあまり鮮明に写ってなくて見づらいのですが、マリアが寝転がっているように見える上の場面はイエス誕生シーンでしょう。三賢者の姿も左上にうっすら見えます。
下の場面は、聖母子礼拝です。幼子イエスは両手を広げて世界を祝福しています。 -
南面のマリア伝のフレスコ画の一部
1番上のくぼみには天使が描かれているはずです。この写真ではよく分からないですが。
上から2番目からはマリア伝。
少し切れてしまっている左から、受胎告知の4つの場面、洗礼者ヨハネの母エリザベツの訪問、イエス誕生シーン。
上から3番目、左から2番目は、三賢者の帰還、エジプトへの脱出、幼子イエスの教会礼拝、使徒を引き連れたイエスと、聖母子礼賛。 -
南面のフレスコ画の「エッサイの樹」の細部
1人1人が誰であるか、キリル文字で名前が書かれているようですね。
外壁に描かれたこれらフレスコ画は文字が読めない信者のためのものですが、文字の読める人がこのキリル文字を読んで解説してあげたりしたのでしょうか。
王冠をかぶっている人物が多いので、イスラエル王国やユダ王国の王様たちかもしれません。 -
有名な「コンスタンチノープルの包囲」のフレスコ画の左半分
626年のペルシャ軍来襲がモチーフですが、敵はトルコ人に置き換えられています。
残念ながら、トルコ人たちが描かれている右半分のズーム写真は撮り損ねてしまいました。
こちらはコンスタンチノープルが描かれた左半分です。
でも左下に、嵐に巻き込まれた敵の姿が描かれています。
この嵐はマリアの救いと解釈されていて、その上のマリア伝のフレスコ画へと続きます。 -
「最後の審判」のある西面のフレスコ画
最後の審判を下すイエスと、聖書を前にした精霊のハトと、生前の行いを計る秤がある部分。
秤をもつ神の手「裁きの手」の中には赤ん坊の姿があります。
赤ん坊のように無垢であれ、という意味だそうです。 -
西面の「最後の審判」の裁きの精霊のハトと裁きの手のある部分
ハトがとまっている王座はなかなか豪華です。
聖書がのっかっている青い布には、マチルデ(Mathilde)という名前が見えます。
王座の足下には、小さな盆のようなものがあり、そこに2本の杖だか枝が刺さっています。
その下の「裁きの手」の中には、無垢な赤ん坊がぎっしり。
一人一人の生前の行いを計る秤は、「裁きの手」の中指から吊るされています。
秤は善の方に傾いているので、裁かれている人は天国行きの可能性が大です。
恐ろしい図像を描きつつも、このように救いがあることを示している画家は、けっして悲観論者ではなかったようです。 -
西面の「最後の審判」の天国の部分
「最後の審判」はアーチの奥に描かれているので、全体の写真はうまく撮れないので、部分部分。
一面だけでなく、角にかかって横の壁にまで延長して描かれています。
やや痛みが激しいですが、城壁はきれいに残っています。
ここでも天国の中に描かれているのは、左から旧約聖書の主人公たち、イスラエルの始祖である族長アブラハム、ヤコブ、イサク、そして聖母子のはずです。
天国の門のところには、赤のみで描かれた大天使ミカエル、そして右端は、人々を天国に導くペテロです。
天国を囲む城壁の上に、文字とともに年代が描かれているのはなんでしょうね。寄進者の名前でしょうか。 -
西面の「最後の審判」の死者の復活と地獄の火の川
左端の地獄の部分。これも角にかかって横の壁まで延長して描かれています。
悪魔はとんがり帽子にとんがった耳をしていますね。
天使の吹く角笛に導かれて、死者が蘇っています。包帯ぐるぐる巻きなのは、埋葬されたときの姿でしょうか。
一番上の裁きを待つ人々は、アルメニア人とトルコ人のようです。トルコ人は顔の部分が痛んでいますが、ターバンがかろうじて分かります。
アルメニア人の1人は、悪魔にひげを引っ張られて、地獄に引きずりこまれそうになっています。 -
西面の「最後の審判」、裁きを待つ人々の列の先頭にモーゼとアーチの天井
裁きを待つ人々の上には、ベンチに座り、聖書を手する12使徒と天使たちが描かれています。
その上の半円部分に描かれているのは、星座のシンボルですね。
天井には大天使ミカエルが見えます。 -
バラ園とペトル・ラレシュ像と修道院付属博物館
教会内の墓室に埋葬されているラダウチの司教エフレムが建てた宝物館が、現在、博物館となっています。
1階は博物館で、2階は修道女たちの住まいとなっています。
ペトル・ラレシュ像は、フモール修道院かこのモルドヴィッツア修道院の教会内のフレスコ画がモデルでしょう。
ややむっちりした顔つきと、おとぎの国のイメージのモルドヴァ公国の王冠!
「(前略)ペトゥル・ラリッシュ公はシュテファン大公の息子であり、1532年にこの修道院を献堂している。中庭に彼の石造りの胸像が立っている。長髪の頭に王冠を頂いた出で立ちは、なかなかに風格を感じさせる。付属の小さな博物館には、ペトゥル公自身の王座や、父シュテファン対応から送られたタペストリーなど貴重な展示物が多い。」
(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より) -
バラ園と修道院付属博物館の建物
石造りと黒い屋根がすてきな館です。15世紀の建物だそうです。
1階は博物館で、2階は修道女たちの住まいです。
博物館は、1975年、F.I.J.E.T.の「黄金のリンゴ賞」を受賞しました。 -
北面から教会全体
北面には旧約聖書場面のフレスコ画が残っています。
屋根のおかげで無事だったのでしょう。
白い部分は、なにが描かれていたか、いまでは分からないそうです。
ハイシーズンで、ルーマニアきってのハイライト、しかも世界遺産なので、交通が不便なところとはいえ、ルーマニア旅行中ではなかなか観光客で盛況でした。 -
教会全体を、半分閉じたポーチ(玄関)となっている西面と、南面の両方が見えるアングルから
ポーチが完全に閉じられる移行期といえましょう。
アーチやアーチ型の窓は西欧ゴシック様式の影響です。
このアーチはフモール修道院と共通しますが、1532年にモルドヴィッツア修道院が建てられた時点では他にこのようなアーチをもつモルドヴァの教会はありませんでした。モルドヴァの建築家がこの教会に施したオリジナルです。
なんと美しいアーチでしょう。何度見てもこの形はほれぼれします。 -
南から東面にかけて、門塔といっしょに
教会の塔の外壁にもうっすらとフレスコ画が残っています。
奥の門塔も、教会や博物館と同じタイプの黒いとんがり屋根をしています。
アレクサンドル・チェル・ブン公(さしずめアレクサンドル善良公)時代、1410年頃に、見張りと要塞の役割をもつ石造りの要塞教会がモルドヴィッツァに建てられました。後にペトル・ラレシュ公によって1532年に建てられた現在のモルドヴィッツア修道院では、その要塞教会の防禦性がさらに強化されています。
モルドヴィッツァ修道院は、フモール修道院に続き、西面に「オープン(開かれた)ポーチ」のある、2番目でかつ最後の建物です。
ただし、ペトル・ラレシュ公の父シュテファン大公時代の建築様式の要素も残しています。たとえばアーチ天井、墓室、後陣にある収納庫(宝物庫)、コーニス(壁または柱で支えられた水平材を飾る帯状の部分)の下のくぼみ、トランプのクラブ型やロゼット(菊型)のくりぬき模様の、いかにもゴシック建築らしい断絶アーチの窓や扉など。
(ヴォロネツ修道院で買ったブコヴィナ・パンフレットより抄訳) -
修道院の敷地内にあった井戸
もちろん今でも飲み水はここから汲み出されます。
屋根のすぐ下に、イコンがおいてあります。 -
修道院を出る前に、東面からの全体像をみおさめ
門塔のアーチの下から撮りました。 -
モルドヴィッツア修道院のパンフレットと、博物館の目玉、オリジナルのペトル・ラレシュの王座のあるページ(ブコヴィナ修道院パンフレット)
パンフレット「Moldvita Monaster」は4レウでした。
(2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)
パンフレットの表紙のこのアングルがやっぱり一番ですね。
右側には、翌日ドラゴミルナ修道院で買ったブコヴィナ修道院パンフレットの博物館の展示品のあるページをもってきました。
一番上の左側から、教会の模型をイエスに捧げるペトル・ラレシュ一家のフレスコ画、右側は、中世キリスト教美術きっての傑作といわれる聖母子像。
王座は、16世紀、ペトル・ラレシュのオリジナルの王座です。
一番下は、17世紀の羊皮紙に書かれた手書きの聖書と、モルドヴィッツア修道院の博物館が受賞した、F.I.J.E.Tが編集している雑誌「Vue Turistique(観光名所)」という雑誌で「黄金のりんご賞」のトロフィーの黄金のりんご。 -
教会内部のフレスコ画
RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のブコヴィナ修道院ガイドブックの1ページより
ペトル・ラレシュが創建者として教会の模型をキリストに捧げているところのフレスコ画です。
このペトル・ラレシュ像は一番よく描かれているといわれています。
教会の中の写真は撮れなかったので、ガイドブックの写真で代わりとしました。
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