2007/04/08 - 2007/04/08
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honneamisさん
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070408長野東山魁夷館 甲府長野編?
実は長野に着いてから知った東山魁夷館の存在^^;;
ラッキーというか、それくらい調べておけよ>自分。
絵画はさすがに撮るつもりはありませんでしたが、絵筆は初めて見るので思わず写メ。魁夷さん独特の緑は、顔料に秘密があるらしい。
そういえば香川にも魁夷美術館が結構最近できてたような。他にも長く住んでいた市川にも美術館があるみたいなのでいつか行ってみよう。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
-
東山魁夷さんの絵を初めて見たのは、確か中学校の教科書の表紙だった。美術のそれではなく、国語の教科書だったように記憶している。
-
深く太い杉の林に、白い道が吸い込まれていくような絵で、緑の底知れなさが強烈に印象に残っている。
ただ、小学生の時絵を習いに行ったことはあるが、絵を描く趣味どころか鑑賞する趣味も持つことはなかったので、東山魁夷の風変わりな名とその絵の印象だけが記憶されたに過ぎなかった。 -
再び出会うのは、ずっと下って1998年、社会人になってからになる。
当時地元の岡山で働いていた私は、県立美術館で開かれる東山魁夷展に、懐かしさにも押されて行ってみた。
しかし、特別に展示された唐招提寺仏間の四方のふすまに描かれた絵をみた私は、衝撃に近い感動を、およそ絵画というものに対して初めて持つことになったのだ。
霧がかる深山の昏くあまりにも深い緑。空気が凝固したような鋭く清冽な白い瀧。
緊張感があるが、なぜかその緑にホッとする。四面をこの絵に囲まれた唐招提寺の部屋でみたらどんな感じなんだろう。 -
様々な思いにとらわれながら、魁夷さんの絵はやはり“緑”そのものに魅力があると自分の中で結論付けた。
独特の深い緑が、日本人としての心象風景を喚起するんじゃないだろうか。だから緊張感を感じつつも、安らぎを絵から貰ったように感じたのだ。
だからかどうか解らないが、白い馬の出てくる絵はなぜか好きにはなれなかった。白い馬は重要な意味を持つらしいことは感じたが、美しいか美しくないかは別として、それはあくまで画家の心象風景であり、受け取り手である私の心象風景とはならなかったからだと思う。 -
今回、長野の東山魁夷記念館に来てもその思いは変わらなかった。やはり白い馬の絵よりも山々の緑に強く魅入られた。
そして最も印象深かったのが、数々のスケッチや試作品といえる習作も展示してあることだった。
初めて知ったのだが、魁夷さんは大家となっても、そうした地道な作業をおろそかにはしなかったのだ。それは唐招提寺の絵も同じで、十年以上掛け(!)何枚もスケッチ、そして習作を重ねて行った過程が分かりとても興味深い。
驚くことに、盲目になってまで日本にやって来た鑑真和尚のために、東山魁夷さんは文字通り日本中をスケッチして周っているのだ。これは執念ともいっていい真摯さによるものだと、改めて東山魁夷という存在の精神性に圧倒されることとなった。 -
思えば東山魁夷という画家とは不思議な縁がある。
八戸に初めて旅した時も、レンタカーで走った海岸線の道沿いでたまたま魁夷さんの細長い碑を見つけたのだった。
碑には、彼が描いた八戸の海岸線の牧場そばの「道」の絵がプリントしてあり、絵のモチーフになったすぐそばの道と比べると、舗装されていたりと若干異なるものの、確かに絵の構図と同じで、魁夷さんも同じ景色を見ていたのだと思うと不思議な思いにとらわれた。 -
八戸に魁夷さんが来たことすらも知らなかったし、この「道」の絵で、彼自身が戦後の荒廃を経て、自分の道を見出だしたというのも、思えば感慨深い。
-
彼は「残照」と、続く「道」の作品で、中央の画檀に決定的な“東山魁夷”の名を刻み込み、大家としての道を歩み出した。
言わば「道」の作品を描いたことが彼のターニングポイントだったのだ。
自分はその「道」に立ったことを同じくターニングポイントに出来るのだろうか。願えるなら、魁夷さんのような真摯さを忘れないでいたいと思った。
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