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立原道造が好きだった少女の頃、夭逝した詩人が何故か共通して持つ繊細な感性に憧れ、同じ四季派の中原中也はひそかに惹かれる詩人の一人でした。<br />しかしそのあまりに悲痛な喪失感や純粋さゆえの哀しさに、近寄ってはいけないような気もし、当時胸を張って好きとは言えなかった雰囲気の中也。<br />現代で言うなら尾崎豊にその天才は似ている気がします。<br />そんな中原中也の生誕百年を記念する企画展が鎌倉文学館で開催されるというので、早速行って参りました。<br />久し振りの鎌倉文学館はちょうど秋薔薇の美しい季節でもありました。<br /><br />その後中也ゆかりの教会等に立ち寄り、少し歩いて鎌倉大谷記念美術館にてヴラマンク展を鑑賞。<br /><br />中也も鎌倉のこの道を散策し、心身共に衰弱しながらも、線香花火が最後に美しく煌くように詩作をしたのだと、些か感傷にひたりつつ歩いた秋の鎌倉でした。<br /><br />*****************************<br /><br />『吹く風を心の友と<br /> 口笛に心まぎらはし<br /> 私がげんげ田を歩いていた十五の春は<br /> 煙のやうに、野羊のやうに、パルプのやうに、<br /><br /> とんで行つて、もう今頃は、<br /> どこか遠い別の世界で花さいてゐるであらうか<br /> 耳を澄ますと<br /> げんげの色のやうにはぢらひながら遠くに聞こえる<br /><br /> あれは、十五の春の遠い音信なのだらうか<br /> 滲むやうに、日が暮れても空のどこかに<br /> あの日の昼のまゝに<br /> あの時が、あの時の物音が経過しつつあるやうに思はれる<br /><br /> それが何処か?-とにかく僕に其処へゆけたらなあ……<br /> 心一杯に懺悔して、<br /> 恕されたといふ気持の中に、再び生きて、<br /> 僕は努力家にならうと思ふんだ-            』<br /><br />      【中原中也(吹く風を心の友と)】

バラの鎌倉文学館から妙本寺まで~中原中也の鎌倉を歩く

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2007/10/13 - 2007/10/13

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waterlily

waterlilyさん

立原道造が好きだった少女の頃、夭逝した詩人が何故か共通して持つ繊細な感性に憧れ、同じ四季派の中原中也はひそかに惹かれる詩人の一人でした。
しかしそのあまりに悲痛な喪失感や純粋さゆえの哀しさに、近寄ってはいけないような気もし、当時胸を張って好きとは言えなかった雰囲気の中也。
現代で言うなら尾崎豊にその天才は似ている気がします。
そんな中原中也の生誕百年を記念する企画展が鎌倉文学館で開催されるというので、早速行って参りました。
久し振りの鎌倉文学館はちょうど秋薔薇の美しい季節でもありました。

その後中也ゆかりの教会等に立ち寄り、少し歩いて鎌倉大谷記念美術館にてヴラマンク展を鑑賞。

中也も鎌倉のこの道を散策し、心身共に衰弱しながらも、線香花火が最後に美しく煌くように詩作をしたのだと、些か感傷にひたりつつ歩いた秋の鎌倉でした。

*****************************

『吹く風を心の友と
 口笛に心まぎらはし
 私がげんげ田を歩いていた十五の春は
 煙のやうに、野羊のやうに、パルプのやうに、

 とんで行つて、もう今頃は、
 どこか遠い別の世界で花さいてゐるであらうか
 耳を澄ますと
 げんげの色のやうにはぢらひながら遠くに聞こえる

 あれは、十五の春の遠い音信なのだらうか
 滲むやうに、日が暮れても空のどこかに
 あの日の昼のまゝに
 あの時が、あの時の物音が経過しつつあるやうに思はれる

 それが何処か?-とにかく僕に其処へゆけたらなあ……
 心一杯に懺悔して、
 恕されたといふ気持の中に、再び生きて、
 僕は努力家にならうと思ふんだ- 』

      【中原中也(吹く風を心の友と)】

  • 鎌倉文学館への緩やかな坂のアプローチ

    鎌倉文学館への緩やかな坂のアプローチ

  • 鎌倉文学館正門

    鎌倉文学館正門

  • 副門

    副門

  • 頼朝が鶴を放ったという故事に因んで「招鶴洞」と名付けられた洞門。<br />このトンネルをくぐると、鎌倉文学館の建物が現れます。

    頼朝が鶴を放ったという故事に因んで「招鶴洞」と名付けられた洞門。
    このトンネルをくぐると、鎌倉文学館の建物が現れます。

  • 三島由紀夫が「春の雪」に別荘として登場させた旧前田侯爵鎌倉別邸(現鎌倉文学館)は、一時、故佐藤栄作元首相が借りていたことがあり、三島由紀夫はその時ここを訪れた時の体験で鎌倉別邸をモデルに「春の雪」に描いたといいます。<br />また佐藤元首相は、ノーベル平和賞受賞の知らせを当時ここで受け取ったのだとか。<br />その後、昭和58年に第17代当主前田利建氏より鎌倉市に寄贈され、鎌倉文学館として開館。全体の基調はハーフティンバーの洋風で、屋根等は和風という様々な様式の混在する独特な意匠の建物です。

    三島由紀夫が「春の雪」に別荘として登場させた旧前田侯爵鎌倉別邸(現鎌倉文学館)は、一時、故佐藤栄作元首相が借りていたことがあり、三島由紀夫はその時ここを訪れた時の体験で鎌倉別邸をモデルに「春の雪」に描いたといいます。
    また佐藤元首相は、ノーベル平和賞受賞の知らせを当時ここで受け取ったのだとか。
    その後、昭和58年に第17代当主前田利建氏より鎌倉市に寄贈され、鎌倉文学館として開館。全体の基調はハーフティンバーの洋風で、屋根等は和風という様々な様式の混在する独特な意匠の建物です。

  • 【鎌倉文学館】<br />住所:鎌倉市長谷1-5-3<br />TEL:0467-23-3911<br />開館:3月〜9月 9:00〜17:00<br />      10月〜2月 9:00〜16:30<br />休館:月曜・年末年始・特別整理期間<br />アクセス:江ノ電「由比ガ浜駅」下車、徒歩7分<br />http://www.kamakurabungaku.com/<br />

    【鎌倉文学館】
    住所:鎌倉市長谷1-5-3
    TEL:0467-23-3911
    開館:3月〜9月 9:00〜17:00
    10月〜2月 9:00〜16:30
    休館:月曜・年末年始・特別整理期間
    アクセス:江ノ電「由比ガ浜駅」下車、徒歩7分
    http://www.kamakurabungaku.com/

  • 300人を超える鎌倉ゆかりの文学者のうち、主な文学者は以下の鎌倉文学館のサイトのページに。<br />http://www.kamakurabungaku.com/literature/w100.html

    300人を超える鎌倉ゆかりの文学者のうち、主な文学者は以下の鎌倉文学館のサイトのページに。
    http://www.kamakurabungaku.com/literature/w100.html

  • 玄関ホール。<br />私邸だった建物を文学館としているものなので、中は靴を脱いで上がります。<br />内部は撮影禁止の為、写真はここまでなのですが、常設展では鎌倉に住んだ文人たちの直筆原稿・愛用品・手紙などの資料が展示され、とても味わいのある文学館です。

    玄関ホール。
    私邸だった建物を文学館としているものなので、中は靴を脱いで上がります。
    内部は撮影禁止の為、写真はここまでなのですが、常設展では鎌倉に住んだ文人たちの直筆原稿・愛用品・手紙などの資料が展示され、とても味わいのある文学館です。

  • 『青葉に包まれた迂路を登りつくしたところに、別荘の大きな石組みの門があらわれる。(中略)南面するテラスからは正面に大島がはるかに見え、噴火の火は夜空の遠い篝になった。由比ガ浜までは庭づたいに五、六分で歩いてゆける。(中略)夏の日のこの風光の壮麗は、比べるものとてなかった。』(三島由紀夫「春の雪」より)<br /><br />と、三島が描写した旧前田侯爵鎌倉別邸(現鎌倉文学館)のテラスからの眺望。<br />前庭の向こうには湘南の海が見えます。<br />

    『青葉に包まれた迂路を登りつくしたところに、別荘の大きな石組みの門があらわれる。(中略)南面するテラスからは正面に大島がはるかに見え、噴火の火は夜空の遠い篝になった。由比ガ浜までは庭づたいに五、六分で歩いてゆける。(中略)夏の日のこの風光の壮麗は、比べるものとてなかった。』(三島由紀夫「春の雪」より)

    と、三島が描写した旧前田侯爵鎌倉別邸(現鎌倉文学館)のテラスからの眺望。
    前庭の向こうには湘南の海が見えます。

  • 背後に山を背負い、前面に海という地に造られた階段状の庭園はイタリア式庭園と言うのだそうです。<br />イタリアではありませんが、このような海の見える丘に広く美しい庭園の広がる家は、南仏、カーニュ・シュル・メールにあるルノワールの家を思い出しました。

    背後に山を背負い、前面に海という地に造られた階段状の庭園はイタリア式庭園と言うのだそうです。
    イタリアではありませんが、このような海の見える丘に広く美しい庭園の広がる家は、南仏、カーニュ・シュル・メールにあるルノワールの家を思い出しました。

  • 今回の中也の特別展では、中也の自筆の草稿やノートを初めとして、中也の遺品のコートや帽子、そして神童と呼ばれた小学校時代のオール甲の通知表や答案用紙まで、山口県の中原中也記念館からお借りしたというものも含めて実に多数の遺品が展示してあり、中也がすぐ近くに感じられるような見応えのあるもので、一つ一つに暫し見入ってしまいました。<br />

    今回の中也の特別展では、中也の自筆の草稿やノートを初めとして、中也の遺品のコートや帽子、そして神童と呼ばれた小学校時代のオール甲の通知表や答案用紙まで、山口県の中原中也記念館からお借りしたというものも含めて実に多数の遺品が展示してあり、中也がすぐ近くに感じられるような見応えのあるもので、一つ一つに暫し見入ってしまいました。

  • この写真では伝わり難いのですが、鎌倉文学館のとても大きなスダジイの木です。<br /><br />*************************<br /><br />『なにゆゑに、こゝろかくは羞(は)ぢらふ<br /> 秋、風白き日の山かげなりき<br /> 椎の枯葉の落窪に<br /> 幹々は いやにおとなびたちゐたり  』<br /><br /> (中原中也「含羞(はぢらひ)-在りし日の歌-」より)

    この写真では伝わり難いのですが、鎌倉文学館のとても大きなスダジイの木です。

    *************************

    『なにゆゑに、こゝろかくは羞(は)ぢらふ
     秋、風白き日の山かげなりき
     椎の枯葉の落窪に
     幹々は いやにおとなびたちゐたり  』

     (中原中也「含羞(はぢらひ)-在りし日の歌-」より)

  • 鎌倉文学館のばら園の<br />「レディメイナンディナ」

    鎌倉文学館のばら園の
    「レディメイナンディナ」

  • 【天主公教会大町教会(現・カトリック由比ガ浜教会)】<br />母方の祖父母がカトリック教徒だった為、幼い頃教会に連れられて行っていたという中也は、愛児の死を契機として「キリスト受難の意味」に想い到り、正義を生きて敗れたキリストに「美の最高理念を見た」と言います。<br />鎌倉時代の中也の日記には、母の従妹と天主公教会大町教会(現・カトリック由比ガ浜教会)へ通い、神父様に公教要理を教わったと記されており、現在は改築されて当時とは違う建物になっていますが、今も同じ場所に建つそのカトリック由比ガ浜教会に立ち寄りました。

    【天主公教会大町教会(現・カトリック由比ガ浜教会)】
    母方の祖父母がカトリック教徒だった為、幼い頃教会に連れられて行っていたという中也は、愛児の死を契機として「キリスト受難の意味」に想い到り、正義を生きて敗れたキリストに「美の最高理念を見た」と言います。
    鎌倉時代の中也の日記には、母の従妹と天主公教会大町教会(現・カトリック由比ガ浜教会)へ通い、神父様に公教要理を教わったと記されており、現在は改築されて当時とは違う建物になっていますが、今も同じ場所に建つそのカトリック由比ガ浜教会に立ち寄りました。

  • カトリック由比ガ浜教会礼拝堂内部。<br /><br />中也の日記に「ジョリー神父に公教要理を教わった」と記されているジョリー神父とは1932年〜37年まで天主公教会大町教会(現・カトリック由比ガ浜教会)の主任司祭であったJoly神父と思われるとのことです。

    カトリック由比ガ浜教会礼拝堂内部。

    中也の日記に「ジョリー神父に公教要理を教わった」と記されているジョリー神父とは1932年〜37年まで天主公教会大町教会(現・カトリック由比ガ浜教会)の主任司祭であったJoly神父と思われるとのことです。

  • 『老いたる者をして静謐の裡(うち)あらしめよ<br /> そは彼等こころゆくまで悔いんためなり<br /><br /> 吾(われ)は悔いんことを欲す<br /> こころゆくまで悔ゆるは洵(まこと)に魂(たま)を休むればなり<br /><br /> あゝ はてしもなく涕(な)かんことこそ望ましけれ<br /> 父も母も兄弟(はらから)も友も、はた見知らざる人々をも忘れて<br /><br /> 東明(しののめ)の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く<br /> はたなびく小旗の如く涕(な)かんかな  』<br />    (中原中也「老いたる者をして-空しき秋第12-」より)

    『老いたる者をして静謐の裡(うち)あらしめよ
     そは彼等こころゆくまで悔いんためなり

     吾(われ)は悔いんことを欲す
     こころゆくまで悔ゆるは洵(まこと)に魂(たま)を休むればなり

     あゝ はてしもなく涕(な)かんことこそ望ましけれ
     父も母も兄弟(はらから)も友も、はた見知らざる人々をも忘れて

     東明(しののめ)の空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
     はたなびく小旗の如く涕(な)かんかな  』
        (中原中也「老いたる者をして-空しき秋第12-」より)

  • キリスト受難の場面、十字架の道行を表すカトリック由比ガ浜教会のステンドグラス。<br />ドイツ製とのことですが、ドイツの木彫りのような意匠の素朴なステンドグラスでした。

    キリスト受難の場面、十字架の道行を表すカトリック由比ガ浜教会のステンドグラス。
    ドイツ製とのことですが、ドイツの木彫りのような意匠の素朴なステンドグラスでした。

  • 礼拝堂の前の聖母マリア像。<br />コスモスの花に囲まれて。

    礼拝堂の前の聖母マリア像。
    コスモスの花に囲まれて。

  • カトリック由比ガ浜教会の敷地に咲いていたブルー・サルビア

    カトリック由比ガ浜教会の敷地に咲いていたブルー・サルビア

  • 蝶も飛んで来て。<br />静かです。<br /><br />【カトリック由比ガ浜教会】<br />住所:鎌倉市由比ガ浜1-10-35<br />TEL:0467-22-2269

    蝶も飛んで来て。
    静かです。

    【カトリック由比ガ浜教会】
    住所:鎌倉市由比ガ浜1-10-35
    TEL:0467-22-2269

  • 中也は愛児文也病没の失意の後、小林秀雄等の友人が多く住む鎌倉の寿福寺境内に転居、結核性脳膜炎のため30歳の若さで鎌倉養生院(現・清川病院)で昭和12年10月22日永眠。<br />家族と友人らに見守られて永眠した中也の告別式も行われた寿福寺です。<br />中門から先の境内は一般公開されていない為、訪れることが出来るのは参道だけで、中也が住んでいた家も今は無いそうです。<br /><br />【寿福寺】<br />住所:扇ヶ谷1-17-1 <br />TEL:0467-22-6607<br />アクセス:鎌倉駅西口より徒歩10分<br />臨済宗建長寺派。鎌倉五山第三位。

    中也は愛児文也病没の失意の後、小林秀雄等の友人が多く住む鎌倉の寿福寺境内に転居、結核性脳膜炎のため30歳の若さで鎌倉養生院(現・清川病院)で昭和12年10月22日永眠。
    家族と友人らに見守られて永眠した中也の告別式も行われた寿福寺です。
    中門から先の境内は一般公開されていない為、訪れることが出来るのは参道だけで、中也が住んでいた家も今は無いそうです。

    【寿福寺】
    住所:扇ヶ谷1-17-1
    TEL:0467-22-6607
    アクセス:鎌倉駅西口より徒歩10分
    臨済宗建長寺派。鎌倉五山第三位。

  • 寿福寺参道。<br />**************************<br />『   -前略-<br /> 奉仕の気持ちになりはなつたが、<br /> さて格別の、ことも出来ない。<br /><br /> そこで以前(せん)より、本なら熟読。<br /> そこで以前(せん)より、人には丁寧。<br /><br /> テムポ正しき散歩をなして<br /> 麦稈真田を敬虔に編み-<br /><br /> まるでこれでは、玩具(おもちゃ)の兵隊、<br /> まるでこれでは、毎日、日曜。<br /><br /> 神社の日向を、ゆるゆる歩み、<br /> 知人に遭へば、にっこり致し、<br /><br /> 飴売爺々と、仲よしになり、<br /> 鳩に豆なぞ、バラバラ撒いて、<br /><br /> まぶしくなったら、日陰に這入(はい)り、<br /> そこで地面や草木を見直す。<br /><br /> 苔はまことに、ひんやりいたし、<br /> いはうやうなき、今日の麗日。<br /><br /> 参詣人等もぞろぞろ歩き、<br /> わたしは、なんにも腹が立たない。<br /><br /> 《まことに人生、一瞬の夢、<br />  ゴム風船の、美しさかな》<br />             -後略-       』<br />   (中原中也「春日狂想」より)

    寿福寺参道。
    **************************
    『   -前略-
     奉仕の気持ちになりはなつたが、
     さて格別の、ことも出来ない。

     そこで以前(せん)より、本なら熟読。
     そこで以前(せん)より、人には丁寧。

     テムポ正しき散歩をなして
     麦稈真田を敬虔に編み-

     まるでこれでは、玩具(おもちゃ)の兵隊、
     まるでこれでは、毎日、日曜。

     神社の日向を、ゆるゆる歩み、
     知人に遭へば、にっこり致し、

     飴売爺々と、仲よしになり、
     鳩に豆なぞ、バラバラ撒いて、

     まぶしくなったら、日陰に這入(はい)り、
     そこで地面や草木を見直す。

     苔はまことに、ひんやりいたし、
     いはうやうなき、今日の麗日。

     参詣人等もぞろぞろ歩き、
     わたしは、なんにも腹が立たない。

     《まことに人生、一瞬の夢、
      ゴム風船の、美しさかな》
          -後略-       』
       (中原中也「春日狂想」より)

  • 寿福寺本堂。<br />************************<br /><br />『また来(こ)ん春と人は云ふ<br /> しかし私は辛いのだ<br /> 春が来たつて何になろ<br /> あの子が返つて来るぢやない<br /> <br /> おもへば今年の五月には<br /> おまえを抱いて動物園<br /> 象を見せても猫(にやあ)といひ<br /> 鳥を見せても猫(にやあ)だった<br />   -中略-<br /> ほんにおまへもあの時は<br /> 此の世の光のたゞ中に<br /> 立って眺めてゐたつけが…… 』<br /> (中原中也「また来ん春……」より)

    寿福寺本堂。
    ************************

    『また来(こ)ん春と人は云ふ
     しかし私は辛いのだ
     春が来たつて何になろ
     あの子が返つて来るぢやない
     
     おもへば今年の五月には
     おまえを抱いて動物園
     象を見せても猫(にやあ)といひ
     鳥を見せても猫(にやあ)だった
      -中略-
     ほんにおまへもあの時は
     此の世の光のたゞ中に
     立って眺めてゐたつけが…… 』
     (中原中也「また来ん春……」より)

  • さて、由比ガ浜から寿福寺等を廻って散策し、少し足が疲れたのですが、ふと中也と小林秀雄が並んで眺めたという妙本寺の海棠の木を見たくなり、もう少しだけ足を延ばしました。<br />今は海棠の花は咲いてはいないのですが、小林秀雄の文章が心に残って離れなくて…<br />

    さて、由比ガ浜から寿福寺等を廻って散策し、少し足が疲れたのですが、ふと中也と小林秀雄が並んで眺めたという妙本寺の海棠の木を見たくなり、もう少しだけ足を延ばしました。
    今は海棠の花は咲いてはいないのですが、小林秀雄の文章が心に残って離れなくて…

  • 『晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを黙つて見てゐた。(中略)あれは散るのぢゃない、散らしてゐるのだ。一とひら一とひらと散らすのに、屹度(きっと)順序も速度もきめてゐるに違ひない。何という注意と努力、私はそんな事を何故だかしきりに考へてゐた。(中略)その時、黙って見ていた中原が、突然「もういゝよ、帰らうよ」と言つた。私はハッとして立ち上がり、動揺する心の中で忙し気に言葉を求めた。「お前は、相変わらずの千里眼だよ」と私は吐き出す様に應じた。彼は、いつもする道化た様な笑ひをしてみせた。(中略)私は辛かった。詩人を理解するという事は、詩ではなく、生まれ乍らの詩人の肉體を理解するといふ事は、何と辛い想いだらう。』<br />(小林秀雄「中原中也の思ひ出」より)<br /><br />この時二人が見ていた、当時東洋一とも言われた海棠は、その後中也の後を追うかのように台風で倒れて枯れ、現在の海棠の木はその後植え替えられたものだそうです。<br />秋の夕暮れの妙本寺は人影も少なく寂寥として、私たちも同じように石に腰掛けたりして中也の哀しみに想いを馳せていたのですが、何とも寂しくやはり長居出来ない気分になり、ここをこの日の最後の散歩道として帰宅しました。

    『晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを黙つて見てゐた。(中略)あれは散るのぢゃない、散らしてゐるのだ。一とひら一とひらと散らすのに、屹度(きっと)順序も速度もきめてゐるに違ひない。何という注意と努力、私はそんな事を何故だかしきりに考へてゐた。(中略)その時、黙って見ていた中原が、突然「もういゝよ、帰らうよ」と言つた。私はハッとして立ち上がり、動揺する心の中で忙し気に言葉を求めた。「お前は、相変わらずの千里眼だよ」と私は吐き出す様に應じた。彼は、いつもする道化た様な笑ひをしてみせた。(中略)私は辛かった。詩人を理解するという事は、詩ではなく、生まれ乍らの詩人の肉體を理解するといふ事は、何と辛い想いだらう。』
    (小林秀雄「中原中也の思ひ出」より)

    この時二人が見ていた、当時東洋一とも言われた海棠は、その後中也の後を追うかのように台風で倒れて枯れ、現在の海棠の木はその後植え替えられたものだそうです。
    秋の夕暮れの妙本寺は人影も少なく寂寥として、私たちも同じように石に腰掛けたりして中也の哀しみに想いを馳せていたのですが、何とも寂しくやはり長居出来ない気分になり、ここをこの日の最後の散歩道として帰宅しました。

  • 何だか物寂しい鎌倉散歩の終わりとなってしまいました。<br />最後に鎌倉文学館の秋薔薇の写真で元気を。<br /><br />「サマーレディ」

    何だか物寂しい鎌倉散歩の終わりとなってしまいました。
    最後に鎌倉文学館の秋薔薇の写真で元気を。

    「サマーレディ」

  • 「トーナメントオブローゼズ」

    「トーナメントオブローゼズ」

  • 「エンプレスミチコ」

    「エンプレスミチコ」

  • 「ニューアベマリア」

    「ニューアベマリア」

  • 「プリンセス ドゥ モナコ」

    「プリンセス ドゥ モナコ」

  • 「聖火」

    「聖火」

  • 「芳純」

    「芳純」

  • 「ダブルデライト」<br />クリーム色にローズ色がまさにダブルの歓喜ですね。

    「ダブルデライト」
    クリーム色にローズ色がまさにダブルの歓喜ですね。

  • 「恋心」

    「恋心」

  • 「フィオルド」

    「フィオルド」

  • 「ジョンウォータラー」

    「ジョンウォータラー」

  • 「ドゥフシツァウバー84」

    「ドゥフシツァウバー84」

  • 「シャルルドゴール」

    「シャルルドゴール」

  • 「ローズヨコハマ」

    「ローズヨコハマ」

  • 「荒城の月」

    「荒城の月」

  • 「鎌倉」<br />鎌倉在住の大月さんという方がお作りになった、とげの無いバラ。

    「鎌倉」
    鎌倉在住の大月さんという方がお作りになった、とげの無いバラ。

  • 蕾の「鎌倉」<br />

    蕾の「鎌倉」

  • 「静の舞part1」<br />こちらも大月さん作です。

    「静の舞part1」
    こちらも大月さん作です。

  • 「星月夜」<br />大月さん作です。<br />

    「星月夜」
    大月さん作です。

  • 「羽衣」

    「羽衣」

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  • エンリケさん 2010/12/31 00:22:23
    展覧会以上の旅行記
    waterlilyさん

    こんばんは。
    ポルトガル旅行記に何度もうれしいコメントをいただきましてありがとうございます。

    中原中也は高校の教科書に“月夜の浜辺”が載っていたのが初めての出会いでした。

     月夜の晩に ボタンがひとつ
     波打際に 落ちていた。
     それを拾って 役立てようと
     僕は思ったわけでもないが
     なぜだかそれを捨てるに忍びず
     僕はそれを 袂に入れた。

     ・・・

     月に向ってそれは抛れず
     浪に向ってそれは抛れず
     僕はそれを 袂に入れた。

     月夜の晩に 拾ったボタンは
     指先に沁み 心に沁みた。

     月夜の晩に 拾ったボタンは
     どうしてそれが 捨てられようか?


    この詩を読むとすぐに情景が浮かんできて、鋭い感性をもったひとだなと、高校生ながらに思ったのを記憶しています。

    2007年に鎌倉で中也展が開催されていたんですね。
    残念ながら見逃してしまいました。

    でも、waterlilyさんの美しい旅行記から、中也が見たり歩いたりした景色まで伝わってきて、展覧会に行く以上の有意義な時間を楽しむことができました。
    本当に素晴らしい旅行記ありがとうございました。

    今年もあと1日ですね。
    どうぞ来年もまた素敵な旅を。
    そして美しい旅行記楽しみにしております。

    waterlily

    waterlilyさん からの返信 2011/01/05 15:21:35
    RE: 展覧会以上の旅行記
    エンリケさん、
    明けましておめでとうございます。
    こちらこそ、いつも素敵なコメントを頂き、勿体なくもとても嬉しく本当にありがとうございます。

    月夜の浜辺、胸に響く味わい深い詩ですよね。
    拾ったボタンが中也の指先に、心に沁みたように、その言葉が読者の心にも沁みて来る、、、中也ってまさに生まれながらの詩人ですね。
    エンリケさんは関東地方にお住まいなのでしょうか。
    鎌倉にも東京にも中也縁の地は多いですよね。

    そうそう、先日お話し致しましたファティマのマリア像はこちらです↓
    http://4travel.jp/traveler/gallery/pict/13162318/
    エンリケ王子のポルトガル、いつか行ってみたいです。

    今年もまたエンリケさんの素敵な旅行記を拝見させてくださいね。
    この新年もエンリケさんにとってより良いお年となりますようにとお祈りしております☆

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2011/01/05 20:13:39
    RE: 展覧会以上の旅行記
    waterlilyさん

    あけましておめでとうございます。
    わたしも関東の人間なのですが、これまで鎌倉はあまり行く機会がなかったですね・・・。
    でもwaterlilyさんのお写真を拝見して、緑豊かな素敵なところだなと改めて感じました。
    今度行ってみようかと思います。

    ファティマのマリア像も拝見しました。
    この写真はwaterlilyさんのご自宅だったんですね。
    あまりにも配置が美しかったので、どこか素敵なお店の一角かと思いました。


    これからもwaterlilyさんの旅行記楽しみにしております。
    特に、ポーランドは何度も国を滅ぼされながらも立ち上がってきた民族のたくましさを感じるところでもあり、ぜひ行ってみたいところです。

    今年もどうぞよろしくお願いいたします。

    waterlily

    waterlilyさん からの返信 2011/01/05 21:50:45
    RE: RE: 展覧会以上の旅行記
    > でもwaterlilyさんのお写真を拝見して、緑豊かな素敵なところだなと改めて感じました。
    > 今度行ってみようかと思います。

    是非いらしてくださいませ♪
    海あり山あり史跡ありで良い所です。

    > ファティマのマリア像も拝見しました。
    > この写真はwaterlilyさんのご自宅だったんですね。
    > あまりにも配置が美しかったので、どこか素敵なお店の一角かと思いました。

    まぁ!嬉しいお言葉をありがとうございます。
    単にクリスマス関連のものを並べてみただけですので、お恥ずかしい限りですが、そんな風におっしゃって頂いて恐縮しつつも嬉しくありがとうございます。

    > これからもwaterlilyさんの旅行記楽しみにしております。
    > 特に、ポーランドは何度も国を滅ぼされながらも立ち上がってきた民族のたくましさを感じるところでもあり、ぜひ行ってみたいところです。

    ポーランドはポルトガルと同じく、カトリックの信仰がとても篤い国で、ポルトガルやスペインがカトリックの国ということは知っていましたが、ポーランドの人々がこんなにも信仰篤いということを初めて知り、それに触れて
    驚きと感動の旅行となりました。

    > 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

    こちらこそ今年もどうぞよろしくお願いいたします。
    またお邪魔させてくださいね。
  • 前日光さん 2008/08/15 22:22:03
    中原中也
    こんばんは!

    中也の生誕100周年展を鎌倉文学館で開催しているということは、
    昨年桜貝さんのブログで知ったのですが、その時は仕事が忙しくて
    どうしても行けませんでした。
    そうこうするうちに時は流れ・・・今年の2月にやっと鎌倉に行く
    機会を持ったのですが、時既に遅し。。。
    30年ぶりくらいになる鎌倉訪問については、私も旅行記として纏め
    ましたが、中也展に間に合わなかったことを悔やんでいたところ、この
    7月末〜8月にかけての山陽・山陰への旅で、山口県湯田温泉を訪れる
    機会を持ち、中也のお墓にお参りすることができました。
    もっか旅行記作成中です。

    それにしましても、このwaterlilyさんのブログは、本当によくできて
    いて、なんだろう、短編小説、いや、詩?かな?うっとりしながら、
    読ませていただきました。
    とても、浄化されたような気分になれました。
    ありがとうございます。
     前日光

    waterlily

    waterlilyさん からの返信 2008/08/16 15:07:44
    RE: 中原中也
    前日光さん、こんにちは♪
    ご覧くださってありがとうございます。
    前日光さんも中也がお好きなのですね。いろいろ好きなものが似ていて嬉しいです!
    鎌倉の中也展に間に合わなくても、中也のお墓にお参りされたって!良かったですね☆ あ〜私も山口に行ってみたいです。
    この鎌倉文学館の中也展の時、山口の中原中也記念館の2005年度〜2007年度の特別企画展の時の資料パンフが売られていたので、それを3冊買って来たんですよ。
    2005年度版が「中原中也と西洋音楽」次いで「青山二郎と中原中也」そして2007年度が「小林秀雄と中原中也」というものでした。
    その2007年度版の裏表紙に、例の帰郷の一部分、

    「これが私の故里だ
    さやかに風も吹いてゐる

    あゝおまへは何をして来たのだと……
    吹き来る風が私にいふ」

    が書かれています。
    ‘疾走するかなしみ’、、胸に響きますね。
    好きなものにはついつい力が入ってしまって、全くの自己満足旅行記にも関わらず、温かいお言葉をありがとうございます。とてもとても嬉しいです。
    前日光さんの山口旅行記はもう完成されたでしょうか。
    今からすぐにお邪魔させてくださいね(^^)
  • ばばろあさん 2008/08/11 09:52:45
    元気がでました
    waterlilyさん  おはようございます!

    今日も朝から、太陽が元気いっぱいですね。
    「中原中也展」は、気づくのが遅すぎて、行けなかったので、
    旅行記で、彼の詩と合わせて、より一層雰囲気を味あわせていただきました。
    「立原道造」ファンの友人は訪れていてすごーく良かったと言ってて。
    何でも、思い立ったらすぐに行動!!ですね。

    朝から、バラの花たちに元気をもらいました。
    秋咲きのバラは香りが強いと聞きました。
    においたつような薔薇の美しさにありがとう!です。

    投票と思ったら、以前にしていたみたいで。
    何度も見せていただいたこと判明!でした。
    わすれっぽ
    ばばろあ♪

    waterlily

    waterlilyさん からの返信 2008/08/11 14:22:07
    RE: 元気がでました
    ばばろあさん、こんにちは〜♪
    ご覧くださってありがとうございます。
    ばばろあさんも中也がお好きですか?
    嬉しいです〜☆
    そして、ばばろあさんのお友達には立原道造ファンがいらっしゃるのですね。私の周囲には立原道造ファンという人がいないので、またまた嬉しいです(^^)
    実は立原道造の名を出すことは自分の中でも少し恥ずかしくて、長い間封印していたのですが、立原道造って最近あまりその名を聞くことがないので、今その名をこうして聞かせて頂き感激です。ありがとうございます!

    「太陽が元気いっぱい」何て素敵な言葉でしょう! 
    私の方こそ、ばばろあさんのこの言葉で元気を頂きました。こんな風に前向きに表現すると、夏の暑さも良いな〜と思えますね(^^♪

    以前もご覧くださって投票もくださっていたのですか。気が付きませんでした。
    知らずにおりましたが、こんな拙い旅行記をそんなに何度もご覧頂いていたなんて本当に嬉しいです。
    重ね重ねありがとうございます。
    ではまた〜(*^_^*)
  • マイレージユリコさん 2007/10/17 09:55:54
    鎌倉 ステキですね
    とっても丁寧に作られた旅行記、ステキでした。鎌倉って奥が深いのですね
    私の酒と料理ばっかりの、軽すぎる旅行記とは天と地ほど違うんですもの・・
    鎌倉は大河ドラマで義経を見たあとに、散策に行きました。
    八幡宮や頼朝の墓、腰越のお寺など、すごく印象深く、その後
    東北の中尊寺までも行ってしまいました。滝沢君の演じる義経が
    かっこ良かったから なおさらドラマに入り込んだのかもしれませんね!
    鎌倉でちょっとびっくりしたのは、鎌倉市のマークが源家の家紋
    なんですね。マンホールの蓋にも家紋があったりして、
    源頼朝が作った町なんだなあ・・と改めて感じました
    流鏑馬もぜひ一度見に行ってみたいのですが、やっぱり混むでしようね
    電車で行けば大丈夫かな・・
    また、ステキな旅行記楽しみにしてますね!! それでは・・・

    waterlily

    waterlilyさん からの返信 2007/10/17 11:50:35
    ありがとうございます。
    ユリコさん、こんにちは。

    こんな自己満足の旅行記にもったいないお言葉、本当にありがとうございます。
    思い入れがあるとつい長くなってしまって、お恥ずかしい限りですが、そんな風におっしゃって頂き、嬉しいです。
    (実はこの後、私も食べ物編がありまして、写真が多くなって載せ切れなかったので、後で分けて載せる予定でおります(^_^;))

    ところで滝沢君の義経!かっこ良かったですよね〜!
    私もそのかっこ良さに久々にはまって見た大河ドラマで、滝沢義経が見たくて一週間が楽しみでした。
    初々しさ、凛々しさが秀逸で、本当に適役でしたよね。
    そうして一年の楽しみが終わってしまった時の寂しさときたら。
    ユリコさんも同じと伺い、とっても嬉しいです(*^_^*)
    流鏑馬も同じような凛々しさでしたよ。
    ただ、境内ですご〜く混むんです〜。
    待ち時間がとても長くて、暑さの中もう倒れそうで、何度も見てみたいとは思うのですが、あの混雑を考えると2度は無理かしらと思う程の混雑振りでした。
    でも、当時の武士達って暑くても寒くても、過酷な旅をしていたのですよね〜
    と、また義経の中尊寺行きの事を考えたりしてしまいました。
    ユリコさんが東北まで行かれたお気持ち、よ〜く解ります。
    私もいつか行ってみたいです。

    マイレージユリコ

    マイレージユリコさん からの返信 2007/10/17 12:58:03
    RE: 中尊寺おすすめします
    ぜひ、お勧めします!
    私は1度行ったのですが、あまりに良かったので、もう一度・・と思い
    申し込んだツアーに行きそびれたんです。
    中尊寺はもちろん、弁慶の墓、中尊寺からちょっと先の義経堂(ドラマの
    中の最後の場面のお堂です)、遠くに見える最上川、それから
    毎回オープニングの時に映し出されていたモウツウ寺(漢字わすれました)
    なにもかも印象深かったです。
    行けなかった前回の旅行のリベンジで、また是非にと思っています。
    義経堂は桜の木に囲まれた小山の上にあります。桜のころはきっと
    ステキかもしれませんね。
    でも、京都の鞍馬山も行かねばと思ってるんですよ、あと安宅の関にも・・
    海外もいいですが、日本もたくさん行きたい所が多くて大変ですよね
    がんばって稼がなくちゃ・・といいつつ仕事中に書き込みをしている
    わたくしでありました!!
    それでは、また・・・

    waterlily

    waterlilyさん からの返信 2007/10/18 14:53:21
    RE: 鎌倉 ステキですね
    いろいろ教えて下さってありがとうございます(*^_^*)
    二度もと思われるほど良かったのですね〜。
    それは是非とも行ってみたいです。
    義経堂!見たら何だか感無量になりそう。
    桜散る義経堂なんて、想像するだけでも絵のような光景ですね。
    実は私、中学生の頃、源平盛衰記のような源平古典物にはまって図書室通いをした年代ものの義経ファンなんです(^_^;)
    その中でやはり、タッキー義経は素晴らしかったと思います。
    武士の儚さ、美しさが表現された芸術的なカメラワークも良かったですよね。
    京都の鞍馬山も行ってみたいです〜。
    ほんと、日本も行きたい所が一杯ですよね。
    鎌倉や横浜など遠くからの観光客もいらっしゃるような場所の近くに住んでいるのに、近くですと却ってゆっくり訪れるということがなくて、お客様を案内して慌しく見て廻るだけということが多いので、これからは近くも少しゆっくり散策しようかと考えています。

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