2005/07/09 - 2005/07/17
2636位(同エリア3874件中)
ユッコさん
今回は、2005年夏ミラノ~ヴェネツィア~フィレンツェ回遊記のフィレンツェ編です。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- エミレーツ航空
-
★いよいよヴェネチアを去る日がやってきて、最後の目的地フィレンツェへ向かう事になった。
最初の印象からすると、名残惜しい気分になるのが不思議なくらいだけど、その感傷に浸るゆとりは、ヴァポレットをただ乗りしたせいであまりなかった。
ヴァポレット乗り放題は3日券で、4日目の今朝は期限切れになっていて、でもホテルから駅までの乗船のみだったので、とぼけて乗ってしまった。
★移動の列車は初めてのユーロスター!
去年ローマで、日本人に乗り場を聞かれたときに、なんだかよく分からなくて答えに窮したけど、今ならはっきり説明できる。
ユーロスターは思ったとおり列車の種類の名前で、路線の名前ではなかった。
日本で例えると「成田エキスプレス」の様なもの?←はっきり説明してないし。
横須賀線を利用しつつ、列車が特別仕様と言ったところか。
車内にバールがあって、その車両でエスプレッソを飲んだり、軽食が買えるので、お菓子を買って席で食べた。
読み物もなかったので、「地球の歩き方」を熟読していたら、ホテルでのやり取りの事が詳しく書かれていた。予約無しでホテルを決める場合、空室を確認し、部屋を見せてもらい、気に入らなければ他の部屋に変えてもらったり、断ってもいい、となっていた。今まで予約していたホテルで、部屋を案内してもらったら、否応無しにその部屋に決めるしかないとばかり思っていた私は、目から鱗だった。 -
★サンタ・マリア・ノヴェッラ駅に着いて、ホテルへ向かう。
共和国広場の五つ星ホテルサヴォイの一本裏の道にある、二つ星ホテル。
すぐに分かったけど入口の工事中みたいな剥き出しのエレベーターを蒸し風呂状態に暑い中、すごく待たされる。
5F(6F)のフロントまでようやく着いてみると、ダブルブッキングでシングルしか空いてないという。しかもトイレ・バスルームが共同。
さっき読んだ地球の歩き方で強気になっていた私は、部屋を見せて欲しい、と旦那に言ってもらい、見せてもらうと、ベッド一つで一杯の部屋にもう一つ簡易ベッドをセットすると言われた。
全然納得がいかず、断ってと旦那に言ってもらおうとしたけど、空いているホテルを探すが面倒と思った旦那はさらに機転を利かせて、同じ料金でグレードアップしたここからすぐのホテルを探して欲しいと言った。←おいおいそこまで!
すると同じ料金ですぐ近くの三ツ星を紹介する、ということで決着が付いた。
歩き方読んでおいてよかったー。
★地図を書いてもらい、移動。
共和国広場を横切ってストロッツィ通りにある小さな入口からエレベーターを4F(5F)まで上がると、とってもこざっぱりしたエアコンの効いている感じの良いホテルだった。しかもおじさんも爽やかで親切そう。
予約のホテルに泊れずさぞお困りでしょう、とでも言いたげにやさしく労われつつ案内された部屋は、フロントのほんとにすぐ横の、物置?みたいな扉の部屋だった。
一応ちゃんと部屋は整えられていて、エアコンもついてるし、バスルームのトイレとシャワーを仕切るパーテーションがかなり強引で、日本人ですら窮屈な状態を否めない、という不満を除けばそんなに悪くはなかった。 -
★とにかくフィレンツェ滞在はあまり時間にゆとりもないし、さっそく街に繰り出した。薬局とアメックスに寄り、アメックスではエアコンもないロビーで夫が長い事待たされている間、私は一人でふらふらと散策し、バールでフルーツ盛り合わせを買った。
ようやく換金が済んで、ダンテ博物館などを横目で通り過ぎ、まずドゥオモへ向かった。ふらりと観光。もうよっぽどの教会でなくちゃ驚きも少ない。橋の方に向かってぶらぶらした。 -
なんというか、歴史ある街並みをきれいにコンパクトに整えてあり、もしローマより先にフィレンツェに来ていたら、こっちの方が好きだったかもしれないけど、またまた何か物足りなさを感じてしまった。
-
★グラツィエ橋を渡り、トスカーナ独特の山の景色が広がって、やっぱりきれいだなーと感嘆しつつ、トッリジアーニ通りを歩いて、これぞフィレンツェ!ポンテヴェッキオ(ベッキオ橋)を渡った。超有名どころってなんでこんなにいつもごちゃっとしてるんだろう。こんなんじゃ、ああ、なんてきれいなんだろうって感じるゆとりなくなっちゃうよね。
-
★晩ご飯はホテルのすぐそばの本に載っていたお店に入った。
なかなかいい雰囲気で、時間がまだ早いせいか、窓際の老夫婦の他は、近くの席にお客もいなかった。
楽しく注文を済ませ、郷土料理のリボリータなんかを、日本食を思わせる懐かしい味と感動しながらつついていると、私達のすぐ脇に東洋人のカップルが座った。
見た目は中国(もしくは韓国)っぽく見えたけど、会話が日本語だった。思いっきり聞き耳立てずにいられない距離に、とても不快感を覚えていると間もなく、反対側のとなりにも、日本人カップルが座った。こちらはひと目で日本人だとわかったが、英語を話せるのが女性だけだったらしく、「主導権は私」という雰囲気を漂わせていた。
いつになく思い切って最初の日本人か判断つかなかったカップルの女の子に話し掛けてみた。
「旅行ですか?」
あきらかに不審そうに「はい、そうです。」
連れの男性も怪訝な顔をして尊大に構えている。(どうみても若造なのに!)
「どこからきたんですか?」
なんでそんな尋問を受けねばならないのかと言う風に「スペインのOO(忘れたけど地方都市)です。留学しているので夏休みの旅行です」
「へーすごいね…」虚しいのでもうやめた。
折角勇気を出したのに、勇気を出す相手を間違えた。
しかし話し掛けて引き下がって、それでもお互いの会話が耳に入る距離におらねばならぬこの居たたまれなさよ。 -
それでもこのことでまた一つ学んだ事がある。日本にいても友達になれそうな人とそうでない人がいるんだから、外国で見かけたからといって、その定義は変わりがないということを。今度からは日本人だからだとて誰それ構わずではなく、同じ波長か見て取ってから話し掛けることにする。まぁ、私の声を掛けるタイミングが間違ってると言えなくないが。
食事も終えていたのでそそくさと店を出て、夫は夜の街に、私は部屋へ戻り、さっさと寝た。 -
★朝、丘の上まで行くバスを乗りに駅に向かう。途中すごく気になるかばん屋さんを発見。ミラノで涙を飲んだので、ここは必ずまた来ようと決めた。
バス停に着くと、道路の向こう側の露店でお姉さんが縫い物をしている。ものすごい興味があったので、道を渡って見に行った。
キヨスクくらいの大きさのお店に、エプロンや鍋つかみなどの台所グッズや、赤ちゃんのよだれかけやら布物が所狭しと掛けられて、お姉さんは業務用の刺繍ミシンで、お客さんからその場で選んだ品に頼まれた文字を縫い付けていた。すごくかわいらしくて、オリジナルなので、お土産にいくつか頼んで買った。 -
★前のお客さんから順番を待っていたので、かなり時間が経過しているのに、一向にバスは来なかった。他にもバス待つ乗客がいたけど、そのうちにショーペロ(ストライキ)だということがわかり、丘に行くのは辞めて、市場に行くことにした。
-
★夫がいかにも好きそうな、革製品やユニフォームや日用品などを売る屋台が並び、その真ん中辺りに立派な建物の中の市場に入った。
中はとてもきれいで、お肉や魚、チーズ、ワイン、パスタ、スパイスなどがそれぞれのブースで売っていた。ターゲットは住人なのか旅行者なのか判断つきかねるところだったけど、雰囲気がよさげな売り場にワインやオリーブオイルなど並べているところで、日本人の売り子さんから日本語で話し掛けられた。
その人は留学生で、ここのオーナーはたくさんの日本人学生をバイトで雇っていてとても親切な人なんだとか。とにかく観光客も日本人はたくさん見かけたけど、留学生にもフィレンツェは人気があって、その理由の一つとして、フィレンツェがいわゆるイタリア語の標準語的な発音をするらしく、語学を勉強する人はだいたいここへ来るということを教えてくれた。それでなくとも、街は比較的きれいだし(観光用の馬車の馬糞には閉口するが)、治安も悪く無さそうだし、何より食べ物がおいしくてしかも北より物価は高くない。条件を考えれば納得できる。でもイタリアに住むとしたら何処がいいか聞かれても、多分私はここではないと思うが。 -
★その後ぶらぶらしてインディペンデンツァ広場で休憩、夫情報の骨董市まで足を伸ばすが何も見当たらず空振る。
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★一旦引き返し、今朝のかばん屋に行ってショーウィンドーに飾られたカバンを見せてもらったが、外から見たほど魅力的ではなかったので、結局何も買わずに出てきた。
店員さんはあっさりしたもので、何の後くされもなかった。むしろ私達の方があとで非常に後悔したのである。
ブリックスというカバンメーカーのスーツケースが100ユーロ位で売っていて、それを買おうかと夫が迷っていた。フィレンツェを去る時、お姉さんがかっこよくその旅行カバンを引いて歩いてるのを見て、グッと来たし、何より帰りの空港バスに置いてあるフリーペーパーにブリックの専門店が大阪で初めて進出して、同じようなカバンを2万5千円だかで売っていると言う記事を発見した。
「値段が倍近く違う!」
ただ、スーツケースが盗まれたわけでもないのに、手持ちのと3個も曳いて帰ってこなきゃならない事を考えるとまあ致し方なかったんだけどね。でも今思えば一個捨ててくりゃよかった -
★バスが走り出して、ショーペロが終わったようだったので、サンティッシマ・アンヌンツィアータ(ややこしい名前)広場で、しばらくボーっとした後、今度こそ丘方面へ行くバスに乗ろうとサン・マルコ広場のちょっとしたバスターミナルで、夫が乗り場を探しに行っている間に目的のバスは行ってしまった。
仕方なくバールで次のを待っていたら、再びショーペロがはじまって、結局バスは来なかった。そして滞在中にバスを乗る機会はなく、わざわざ買ったバス券を無駄にした。まあミラノとヴェネツィアで無賃乗車したから、イタリア全体としてみれば差し引き0か…。 -
★再び市場へ行き(フィレンツェに詳しい方から、なんでそんな同じような位置を行ったり来たりしてんの、とつっこまれそうですが)、
皮のショルダーバッグを何としても手に入れたい気分だったので、夫と離れて一人主にかばん屋を巡っていたら、ある屋台でおじさんに声を掛けられ、奥にもっといいのがあるからおいで、と言われ、屋台の後ろの店舗に連れられ、店の2階で親しげに簡単なイタリア語会話と共に次々とカバンを見せられ、何かつかませなきゃ帰さない、といった雰囲気に追い込まれてしまった。
まあ、勿論品は悪くないし、値段も普通なんだけど、本当に欲しいのか冷静な判断はとてもつかない状況で、こんなばかげた買い方をしたのは久しぶりだったんだけど、キャメル色のショルダーを買っちまいましたよ。
お次は夫の番で皮ジャンを見ていたら、例によって屋台の後ろの店舗に呼ばれて、次々と見せられる皮の上着。しかし夫には語学という武器があり、強い意志で店員を振り払い生還した。
益々さっき買うのを辞めたお店がいかに良心的であるかをしみじみと感じられたし、市場=掘り出し物という考え方は実に甘かった。 -
★バスで行けないなら徒歩で、ということでヴェッキオ橋からピッティ宮まで歩く。
軽く上り坂で、ボーボリ庭園からベルヴェデーレ要塞に向かうつもりが通れなかったのか道がわからなかったかして、結局一旦引き返し、サンジョルジョの坂を登る。
結構な運動をして、さぞ上からの眺めはいいだろうと期待したのに、要塞の中に入らないと眺望は得られず、しかも入場料が高かったので辞めた。何だったんだ今の上り坂は!
という不満も会計係の夫に説得されて、しぶしぶ城壁沿いのベルヴェデーレ通りを歩いていたら、それはそれで中世にタイムスリップしたみたいな気分になれる楽しい散歩コースだった。 -
★サン・ニッコロ通りに出てきたらいくつかレストランがあって、観光客も少ないいい雰囲気だったので、ここら辺で食事しようと言ったのに、こんな静かなところは嫌だ、と言われて結局橋を渡り、サンタクローチェ広場近くのお店で食べることにした。まあ、ここも悪くはなかったけど、人が多くて少し待たされた。
この場を借りて言わせて貰う。夫よ、静かないい雰囲気の知らない土地を楽しもうぞ。 -
★行き当たりばったりの店に入ったので、今晩はさすがに日本人には取り囲まれる心配はなかった。肉好きの夫としては、名物のTボーンステーキを是非食べてみようという事で、二人で500グラムという量を頼んだ。無謀とも思われる量な気がして心配したけど、グラムには骨の量も含まれていたのか、それ程でもなかった。
私は結構しゃぶりむしるようなお肉も好きだけど、夫はあくまで日本で好まれる「お口でとろける霜降り」好きなので、期待はずれだったようだ。 -
★食後、ゆうべ夫一人で彷徨っていた時に見つけた皮のコートがどうしても気になるというので、そのお店を探しにヴェッキオ宮方面へ向かう。
店はうる覚えだし、値段ももし見間違いじゃなきゃ激安だったらしいけど、店構えからしてそんな値段で売っているのは勘違いだったかもしれない、しかし市場の経験からいくと店構えと値段が必ずしも一致しないのでは、という期待をかすかに持ってみた。
店はどうにか見つける事が出来たけど、ゆうべは店頭にあったコートが見当たらないので、不安な面持ちでアラブ系の店員に尋ねてみた。
次々と持ってくるものはゆうべの物と違うし、しかも値段もランクが違う。商品の皮を水でぬらしたりライターで燃やしたりして、風合いや丈夫さをアピールする店員に圧倒されながらも、夫が再度ゆうべのコートのことを説明すると、ようやく理解してくれて、売れてはいなかったものの、値段だと思っていた数字はサイズで、実際のお値段は予算オーバーだったので、ものすごい巧みな店員のセールスをなんとか振りほどき店を後にした。さっきの屋台よりもかなりやり手だったので、夫も「さすがアラブの商人」と恐れ入った様子だった。 -
★私はもう部屋に戻りたかったけど、旅の最後の夜だったので、共和国広場の賑やかな大道芸や、ヴェッキオ橋の辺りを眺めたり、最後の夜をぶらぶらと過ごした。
-
★ホテルの朝ごはん。
昨日は気づかなかったけど、この変更されたホテル、入口は何処なのかわからないくらいひっそりとしているんだけど、実は共和国広場に面していて、サヴォイホテルと向かい合ってる。それに凱旋門みたいなアーチの上に食堂があって、実はすごいところで朝ごはんを食べていた。中から外の景色を眺めると、確かに真下は道路になっていて、渡り廊下の上って感じだけど、外から見ないとその素晴らしさはまるでわからなかった。 -
★今日もローマまでユーロスターで移動する。
ああ素敵。
座席は夫と離れ離れだったけど。
ローマのテルミニは3回目なので、着いたときはなんかホームグラウンドのようにホッとした。勝手知ったる駅地下のスーパーコナーダで買物をして、夫Yシャツ専門店でシャツを買う。
★空港に移動して飛行機乗って、さあ帰途につくと思いきや、ミラノで一旦下ろされる。なんて理不尽な…。またまたこの場を借りて言わせて貰うけど、旅の計画間違ってるよ!
それならフィレンツェ→ヴェネツィア→ミラノでしょーが、夫。というのは、往きの飛行機がローマ経由ミラノだったので、その時もローマで無駄な時間を過ごしたのでした。この場を借りなくても、その場で散々文句言ったけど、今書いていて再び記憶が甦った時間のロス。
★追記:夫がヴェネチアの屋台で買った、ユニフォーム風Tシャツ。
フエルト素材で「ヴァージニア」という文字が縫い付けてあったんだけど(ヴェネチアでなぜヴァージニア?というつっこみ入れられそうですが)、部屋に戻ってよくよくみたら”VIRGINTA”となっていた。
それじゃ「ヴァージンタ」でしょう!って笑ってしまったけど、かっこ悪くて着れないというので、私が”T”を”I”に直してあげた。無事「ヴァージニア」となったものの、依然そのTシャツは「ヴァージンタ」と呼ばれている。
しかもワッペンみたいなところに刺繍で”ALL STAR”とするところを”ALO STAR”としてあり、刺繍はいかんともしがたいので、それは「アロスター」という何語かわからない意味不明な単語、ということで済ました。
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