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今回は、2005年夏ミラノ~ヴェネツィア~フィレンツェ回遊記のヴェネツィア編です。

Buon Viaggio 2005年夏ミラノ~ヴェネツィア~フィレンツェ回遊記 ヴェネツィア編

6いいね!

2005/07/09 - 2005/07/17

2662位(同エリア4199件中)

2

26

ユッコ

ユッコさん

今回は、2005年夏ミラノ~ヴェネツィア~フィレンツェ回遊記のヴェネツィア編です。

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
鉄道
航空会社
エミレーツ航空
  • ★朝、ミラノ中央駅へスーツケースを引っ張って歩いていると、この土日にはなかった活気が溢れ、やっぱりビジネス街なんだということを改めて実感した。しゃっきりした会社員の人たちが足早に行き来している。<br />電車の時間にゆとりを持ちすぎた為、駅前の広場でぼんやりしたり、構内のショップを見て回ったり、待合所でガイドブックを読んだりしてもまだ、電車で食べる食べ物を買物する時間が余っていた。<br />この時選んだパニーノに焼き目を入れてもらうのに、なんと言えばいいか分からず、身振りを交えて訴えたにもかかわらず、電子レンジで温められてしまった。<br />この気まずい店員とのやり取りの間に、夫は無責任にもどこかへ行ってしまい、余計気持ちのやり場がなくなった私は無性に夫に腹が立った。今思い返すとなんでもないことなんだけれど、疲れているとくだらない事で腹が立ちやすくなる器の小さい私。<br /><br />★ぷりぷりしながら列車に乗り込み、しばらく景色ばかり黙って眺めた。どのみち6人がけのコンパートメントで満席だったので、そんなにべらべらお喋りする雰囲気でもないのだけれど。<br />それにしても日本とは違う農家の景色。収穫した麦畑の跡にきれいにロールしてある穂の束。<br />ブドウ畑も沢山あった。食べ物の自給率も日本に比べるとかなり高いらしい。都会のビルを見るよりも、広大な農地を眺める方が豊かな国という感じがする。<br />途中乗客が少なくなった隙に、さっきのパニーノを食べた。実に不思議だけど、電子レンジで温めてからかなり時間がたっているのに、とても柔らかくておいしかった。<br />この偉大なイタリアの食べ物のお陰ですっかり機嫌は良くなり、あとはヴェネチアへ到着するのを待ちわびるばかりになった。<br /><br />★いよいよ近づいてきたと思ったら、列車が長い海の上の橋を渡った。恥ずかしながら、ヴェネチアが海の上にあることを、ここに来るまで全然知らなかった(「水の都」と呼ばれているので、陸続きの淡水だと思っていたのです)。

    ★朝、ミラノ中央駅へスーツケースを引っ張って歩いていると、この土日にはなかった活気が溢れ、やっぱりビジネス街なんだということを改めて実感した。しゃっきりした会社員の人たちが足早に行き来している。
    電車の時間にゆとりを持ちすぎた為、駅前の広場でぼんやりしたり、構内のショップを見て回ったり、待合所でガイドブックを読んだりしてもまだ、電車で食べる食べ物を買物する時間が余っていた。
    この時選んだパニーノに焼き目を入れてもらうのに、なんと言えばいいか分からず、身振りを交えて訴えたにもかかわらず、電子レンジで温められてしまった。
    この気まずい店員とのやり取りの間に、夫は無責任にもどこかへ行ってしまい、余計気持ちのやり場がなくなった私は無性に夫に腹が立った。今思い返すとなんでもないことなんだけれど、疲れているとくだらない事で腹が立ちやすくなる器の小さい私。

    ★ぷりぷりしながら列車に乗り込み、しばらく景色ばかり黙って眺めた。どのみち6人がけのコンパートメントで満席だったので、そんなにべらべらお喋りする雰囲気でもないのだけれど。
    それにしても日本とは違う農家の景色。収穫した麦畑の跡にきれいにロールしてある穂の束。
    ブドウ畑も沢山あった。食べ物の自給率も日本に比べるとかなり高いらしい。都会のビルを見るよりも、広大な農地を眺める方が豊かな国という感じがする。
    途中乗客が少なくなった隙に、さっきのパニーノを食べた。実に不思議だけど、電子レンジで温めてからかなり時間がたっているのに、とても柔らかくておいしかった。
    この偉大なイタリアの食べ物のお陰ですっかり機嫌は良くなり、あとはヴェネチアへ到着するのを待ちわびるばかりになった。

    ★いよいよ近づいてきたと思ったら、列車が長い海の上の橋を渡った。恥ずかしながら、ヴェネチアが海の上にあることを、ここに来るまで全然知らなかった(「水の都」と呼ばれているので、陸続きの淡水だと思っていたのです)。

  • ★駅に着いて、とても明るい雰囲気に、初めて来る都市では必ず持つ警戒心が、ここではまったくなかった。後でガイドブックを読んだら書いてあったけど、イタリアで唯一夜に着いても大丈夫な都市らしい。着いたのは昼だったし、明らかに観光客の人々がのびのびしているのが伝わってきて、期待感でいっぱいになった。<br />

    ★駅に着いて、とても明るい雰囲気に、初めて来る都市では必ず持つ警戒心が、ここではまったくなかった。後でガイドブックを読んだら書いてあったけど、イタリアで唯一夜に着いても大丈夫な都市らしい。着いたのは昼だったし、明らかに観光客の人々がのびのびしているのが伝わってきて、期待感でいっぱいになった。

  • 早速ヴァポレットという水上バスの3日券を購入。わくわくしながら船に乗りこんだ。水上バスは普通の都市の路線バスと同じように、沢山の系統に分かれていて、観光客は勿論、市民の足として大活躍している。私たちが乗ったのはヴェネチアを逆S字に横切る大運河(キャナルグランデ)を快速で行く82番。

    早速ヴァポレットという水上バスの3日券を購入。わくわくしながら船に乗りこんだ。水上バスは普通の都市の路線バスと同じように、沢山の系統に分かれていて、観光客は勿論、市民の足として大活躍している。私たちが乗ったのはヴェネチアを逆S字に横切る大運河(キャナルグランデ)を快速で行く82番。

  • それにしてもヴァポレットはぎゅうぎゅうに混んでるし、まわりの景色は…建物がかなり海水に浸食されて、イメージしていたより汚かった。それでもまだまだハイテンションのまま、有名な建物をチェックしながらいよいよサンマルコ広場に到着。<br />

    それにしてもヴァポレットはぎゅうぎゅうに混んでるし、まわりの景色は…建物がかなり海水に浸食されて、イメージしていたより汚かった。それでもまだまだハイテンションのまま、有名な建物をチェックしながらいよいよサンマルコ広場に到着。

  • ★更なる人の洪水と、それを上回るハトの大群!!ここも外壁が黒ずんでるし、頭上をハトが飛び交うし、もうたまらなく気分が萎えだ。<br />しかしホテルはこの広場のすぐそばらしい。こんな不愉快なところのそばなんて…とにかくホテルの住所を早く見つけて…あった。広場を抜ける通路をくくると短い橋があり、渡ったすぐそばに宿はあった。<br />ここが今回で一番奮発した部屋だったので、期待していたけど、まあまあといったところか。バスタブがあるし部屋もきちんとしてる。ただ、窓を開けると、すぐ下が運河で、臭い。

    ★更なる人の洪水と、それを上回るハトの大群!!ここも外壁が黒ずんでるし、頭上をハトが飛び交うし、もうたまらなく気分が萎えだ。
    しかしホテルはこの広場のすぐそばらしい。こんな不愉快なところのそばなんて…とにかくホテルの住所を早く見つけて…あった。広場を抜ける通路をくくると短い橋があり、渡ったすぐそばに宿はあった。
    ここが今回で一番奮発した部屋だったので、期待していたけど、まあまあといったところか。バスタブがあるし部屋もきちんとしてる。ただ、窓を開けると、すぐ下が運河で、臭い。

  • ★とにかくまだ半日あるし、気を取り直して早速散策することにした。<br />ホテルの前は人通りが激しく、広場と逆の方へ、適当に歩き出した。グラニータ(日本ではスムージーと呼ばれてる?)を食べ歩きしながら、ウィンドウショッピング。どこを歩いても人人人!車がないので、その点は楽だけど、人との密接度が高くて疲れる。でもちょっと人ごみを離れると、途端にがらんとして妙に不安になる。道の表示が細かすぎて、地図にも載っていないから、場所の確認が難しい。ただ、”サンマルコ広場”と”リアルト橋”の表示は至るところにあって、なんとなく方向修正は可能になってるけど、たまにこの表示もあてにならない。<br />

    ★とにかくまだ半日あるし、気を取り直して早速散策することにした。
    ホテルの前は人通りが激しく、広場と逆の方へ、適当に歩き出した。グラニータ(日本ではスムージーと呼ばれてる?)を食べ歩きしながら、ウィンドウショッピング。どこを歩いても人人人!車がないので、その点は楽だけど、人との密接度が高くて疲れる。でもちょっと人ごみを離れると、途端にがらんとして妙に不安になる。道の表示が細かすぎて、地図にも載っていないから、場所の確認が難しい。ただ、”サンマルコ広場”と”リアルト橋”の表示は至るところにあって、なんとなく方向修正は可能になってるけど、たまにこの表示もあてにならない。

  • 最初のうち適当にさまよって、同じ場所をぐるぐるしているのに気がつき、地図を見てみた。<br />リアルト橋を目指し、ここもサンマルコに負けず劣らず人が溢れ、強引に記念撮影。<br />その後サンポーロ広場を目指し歩く。<br />途中からちょっと楽しくなって、きれいな教会を背景に写真を撮ってもらおうと、通りかかった男の観光客に声をかけた。とても英語の確率が高かったのでとりあえず「エクスキューズミー」と言った。<br />その人はとても迷惑そうに、「ノンパルロ・・・」と言って去っていった。多分ノンパルロイングレーゼ(英語は話せない)と言いたかったのかも知れないけど、こちらがイタリア語を用意する前にすたすた行ってしまったので、すごくショックだった。外国に来て(しかもイタリア人で)こんな冷たいやつに遭遇するのは初めてだったので、とても悲しかった。その人は急いでいたかもしれない、という人がいらっしゃるかもしれないけど、そいつは背景にしようとした教会の前でどっかり休んでいた。<br />益々ヴェネチアに悪感情を抱き(でもあの人は観光客だったので、ヴェネチアの人じゃないと思うけど)立ち直れるか自信がなかった。どうにかサンポーロ広場に着いて、ヴァポレットでサンマルコ広場に戻ってきた。今度は広場を横切らず、裏の道(でも高級ブティックがずらりと並んでいた)を通って、幾分穏やかに部屋に戻る事ができた。<br />とにかく暑くて大汗かいたので、お風呂に入りひと寝入りした。

    最初のうち適当にさまよって、同じ場所をぐるぐるしているのに気がつき、地図を見てみた。
    リアルト橋を目指し、ここもサンマルコに負けず劣らず人が溢れ、強引に記念撮影。
    その後サンポーロ広場を目指し歩く。
    途中からちょっと楽しくなって、きれいな教会を背景に写真を撮ってもらおうと、通りかかった男の観光客に声をかけた。とても英語の確率が高かったのでとりあえず「エクスキューズミー」と言った。
    その人はとても迷惑そうに、「ノンパルロ・・・」と言って去っていった。多分ノンパルロイングレーゼ(英語は話せない)と言いたかったのかも知れないけど、こちらがイタリア語を用意する前にすたすた行ってしまったので、すごくショックだった。外国に来て(しかもイタリア人で)こんな冷たいやつに遭遇するのは初めてだったので、とても悲しかった。その人は急いでいたかもしれない、という人がいらっしゃるかもしれないけど、そいつは背景にしようとした教会の前でどっかり休んでいた。
    益々ヴェネチアに悪感情を抱き(でもあの人は観光客だったので、ヴェネチアの人じゃないと思うけど)立ち直れるか自信がなかった。どうにかサンポーロ広場に着いて、ヴァポレットでサンマルコ広場に戻ってきた。今度は広場を横切らず、裏の道(でも高級ブティックがずらりと並んでいた)を通って、幾分穏やかに部屋に戻る事ができた。
    とにかく暑くて大汗かいたので、お風呂に入りひと寝入りした。

  • ★すっかり夜になり、少し元気を取り戻したけど、晩ご飯だけを食べに行くつもりで出かけた。<br />とはいえヴェネチアでガイドブックに載ってある店を探すのは容易ではない。サン・ザッカリア方面に歩いていき、夜とはいえまだたそがれの海沿いを歩くと、あまりに美しい景色にかたくなな気持ちが少し氷解してきた。もしかして好きになれるかもしれないという、期待が持てた。

    ★すっかり夜になり、少し元気を取り戻したけど、晩ご飯だけを食べに行くつもりで出かけた。
    とはいえヴェネチアでガイドブックに載ってある店を探すのは容易ではない。サン・ザッカリア方面に歩いていき、夜とはいえまだたそがれの海沿いを歩くと、あまりに美しい景色にかたくなな気持ちが少し氷解してきた。もしかして好きになれるかもしれないという、期待が持てた。

  • 探していたお店は結局見つからず、第二候補の店はお休みだった。<br />その店のすぐそばにある「ダ・ロベルト」という雰囲気のよさげな店にした。<br />ところが周りの客はみんなアメリカ英語、値段も高く、パスタのゆで方がアメリカ人向けなのか、全然アルデンテじゃなかった。<br />恐ろしく観光化されたレストランに腹を立て、やっぱりヴェネチアは今もイタリアから独立しているらしく、商売の為にイタリア人の魂を売っているらしい、という結論に至った。<br />私はもうくたびれたので、夜10時過ぎても浮かれ騒ぎのサンマルコ広場で夫と別れて部屋に戻った。<br />夫はいつもの如く、新しい土地の夜の顔を拝みに行かなくては気がすまないらしく、一人繰り出していった。

    探していたお店は結局見つからず、第二候補の店はお休みだった。
    その店のすぐそばにある「ダ・ロベルト」という雰囲気のよさげな店にした。
    ところが周りの客はみんなアメリカ英語、値段も高く、パスタのゆで方がアメリカ人向けなのか、全然アルデンテじゃなかった。
    恐ろしく観光化されたレストランに腹を立て、やっぱりヴェネチアは今もイタリアから独立しているらしく、商売の為にイタリア人の魂を売っているらしい、という結論に至った。
    私はもうくたびれたので、夜10時過ぎても浮かれ騒ぎのサンマルコ広場で夫と別れて部屋に戻った。
    夫はいつもの如く、新しい土地の夜の顔を拝みに行かなくては気がすまないらしく、一人繰り出していった。

  • ★朝のサンマルコ広場はまだ昨日ほどの混雑ぶりはなく、多少寺院のファッサードの美しさに感心するゆとりがあった。<br />広場の一番海側に立つドゥカーレ宮殿を見学した。<br />ヴェネチアは中世の頃から共和国の体制で成り立っていた珍しい国家で、その歴史がこの宮殿で垣間見る事が出来る。また狭い国土を補う為に、巧みな外交と海運業で、商業で栄えた国家でもある。<br />他のイタリアの都市と同様宮殿内は豪華な装飾を施した部屋がいくつもあり、その中にお抱え画家ティツィアーノの描いた肖像画、ティントレットの「コンスタンチノープルの陥落」、昔の世界地図、武器や鎧などを展示する部屋などなど。<br />そして宮殿から、ヴェネチアで唯一囲いのある橋「溜息の橋」を通り牢獄に移動。<br />宮殿内の裁判所で有罪判決を受けた人が、そのままこの柵のある小さな窓一つから顔を出し溜息をついて牢獄に入れられたので、その名がついたそうだ。<br />牢獄は分厚い石壁に覆われて、どうあがいても脱獄不可能にみえるけど、多くの女性を誘惑した罪で捕らえられたカサノバは脱獄したらしいけどほんとの話?<br />旅から帰って、ヴェネチアの成り立ちにすごく興味が涌いて、夫から薦められていた塩野七生のヴェネチア関連の物語を読みあさった。

    ★朝のサンマルコ広場はまだ昨日ほどの混雑ぶりはなく、多少寺院のファッサードの美しさに感心するゆとりがあった。
    広場の一番海側に立つドゥカーレ宮殿を見学した。
    ヴェネチアは中世の頃から共和国の体制で成り立っていた珍しい国家で、その歴史がこの宮殿で垣間見る事が出来る。また狭い国土を補う為に、巧みな外交と海運業で、商業で栄えた国家でもある。
    他のイタリアの都市と同様宮殿内は豪華な装飾を施した部屋がいくつもあり、その中にお抱え画家ティツィアーノの描いた肖像画、ティントレットの「コンスタンチノープルの陥落」、昔の世界地図、武器や鎧などを展示する部屋などなど。
    そして宮殿から、ヴェネチアで唯一囲いのある橋「溜息の橋」を通り牢獄に移動。
    宮殿内の裁判所で有罪判決を受けた人が、そのままこの柵のある小さな窓一つから顔を出し溜息をついて牢獄に入れられたので、その名がついたそうだ。
    牢獄は分厚い石壁に覆われて、どうあがいても脱獄不可能にみえるけど、多くの女性を誘惑した罪で捕らえられたカサノバは脱獄したらしいけどほんとの話?
    旅から帰って、ヴェネチアの成り立ちにすごく興味が涌いて、夫から薦められていた塩野七生のヴェネチア関連の物語を読みあさった。

  • ★その後は、とにかく人の少ないゆったりした空間に行きたかったので、<br />広場の対岸に見える教会が一つ建っている小さな島、サンジョルジョ・マッジョーレ島(そして教会の名はサンジョルジョ・マッジョーレ教会)がなんか人少なくてのんびりそうと思い、サンザッカリアの停留所へ向かう。<br />まだ船を乗りこなせない私たちは、その先にあるリド島に行ってしまった。<br />リド島は、ヴェネチア映画祭の式典や、カジノがある超高級リゾート島であり、映画「ベニスに死す」の舞台でもある。<br />船着場を降りるとここは車がOKな場所なので車道があり、通りに高級ブティックが並び、さながらアメリカ西海岸の様相。夫は全く興味がなく、すぐ引き返した。<br />リド島からサンジョルジョ・マッジョーレ島に行く船がないので、一旦サンザッカリアに戻り、懲りもせず、サンジョルジョ・マッジョーレ(長いな、この名前)島を目指す。便数が少ないのでしばらく待ち、ようやく島へ到着した。<br />便数が少ないだけあって教会以外は何もなかった。でも、教会は結構雰囲気があって、期待どおり人もまばらだったのでなんかとっても癒された。

    ★その後は、とにかく人の少ないゆったりした空間に行きたかったので、
    広場の対岸に見える教会が一つ建っている小さな島、サンジョルジョ・マッジョーレ島(そして教会の名はサンジョルジョ・マッジョーレ教会)がなんか人少なくてのんびりそうと思い、サンザッカリアの停留所へ向かう。
    まだ船を乗りこなせない私たちは、その先にあるリド島に行ってしまった。
    リド島は、ヴェネチア映画祭の式典や、カジノがある超高級リゾート島であり、映画「ベニスに死す」の舞台でもある。
    船着場を降りるとここは車がOKな場所なので車道があり、通りに高級ブティックが並び、さながらアメリカ西海岸の様相。夫は全く興味がなく、すぐ引き返した。
    リド島からサンジョルジョ・マッジョーレ島に行く船がないので、一旦サンザッカリアに戻り、懲りもせず、サンジョルジョ・マッジョーレ(長いな、この名前)島を目指す。便数が少ないのでしばらく待ち、ようやく島へ到着した。
    便数が少ないだけあって教会以外は何もなかった。でも、教会は結構雰囲気があって、期待どおり人もまばらだったのでなんかとっても癒された。

  • ★お昼を夫がマークしていたところにしようと、リアルト橋を渡り魚市場の辺りをうろついた。<br />ゆうべレストランを探している時に気が付いた事だけど、これまでは旅行で地図を見ながら歩くとき、通りの名前を基準に目的地を見つけていたけど、ヴェネチアでは通りが網の目みたいになってるし、”Via〜”という通りの名前以外に、トンネルだの橋だのいろんな表示が名前の頭に付いていて、そこまで表示している地図が存在しない。<br />なので4桁の番地を辿っていけば比較的探しやすい事が分かり、お店はすぐに発見できた。しかし無情にも休みだった。

    ★お昼を夫がマークしていたところにしようと、リアルト橋を渡り魚市場の辺りをうろついた。
    ゆうべレストランを探している時に気が付いた事だけど、これまでは旅行で地図を見ながら歩くとき、通りの名前を基準に目的地を見つけていたけど、ヴェネチアでは通りが網の目みたいになってるし、”Via〜”という通りの名前以外に、トンネルだの橋だのいろんな表示が名前の頭に付いていて、そこまで表示している地図が存在しない。
    なので4桁の番地を辿っていけば比較的探しやすい事が分かり、お店はすぐに発見できた。しかし無情にも休みだった。

  • それであてもなく路地を彷徨っていると、なんか地元の人が溢れているっぽいお店を発見し、入ってみた。お昼の時間をだいぶ過ぎているのに、立ち飲みのところとテーブル席と両方ひっきりなしにお客が埋まって、おじさんとおばさんは多忙を極めていた。<br />私たちがメニューとにらめっこしていると、後の席の人がおすすめを紹介してくれた。親切に話し掛けられたのはこの旅初めてだったので、やけに嬉しかった。注文をする時、残念な事におすすめはもうなかったので、イカ墨のパスタとバッカラという干しタラサラダみたいなものの三種盛りを頼んだ。相変わらず、おじさんとおばさんは忙しそうで、ちっとも食べ物が運ばれなかったけど、私たちは足が疲れていたので、しばらく休めて丁度良かったし、奥の方で「ジャポネージッッ」という声が飛び交っていて、私たちの皿がまだなのを必死になって用意しようとしていた。おばさんはやたらやさしい目をしていて、遅れた事を申し訳なさそうにしていたし、トイレに立った時、おじさんに両手を持たれてアーモンドのお菓子を握らされた。正直言って、バッカラという食べ物はあんまり好きじゃなかったけど(お酒のあてみたいだったので)、このお店に来れて一気にヴェネチアのイメージが良くなった。でもお菓子をくれたというのは、やっぱり子供と間違えられてるのかな〜?<br />

    それであてもなく路地を彷徨っていると、なんか地元の人が溢れているっぽいお店を発見し、入ってみた。お昼の時間をだいぶ過ぎているのに、立ち飲みのところとテーブル席と両方ひっきりなしにお客が埋まって、おじさんとおばさんは多忙を極めていた。
    私たちがメニューとにらめっこしていると、後の席の人がおすすめを紹介してくれた。親切に話し掛けられたのはこの旅初めてだったので、やけに嬉しかった。注文をする時、残念な事におすすめはもうなかったので、イカ墨のパスタとバッカラという干しタラサラダみたいなものの三種盛りを頼んだ。相変わらず、おじさんとおばさんは忙しそうで、ちっとも食べ物が運ばれなかったけど、私たちは足が疲れていたので、しばらく休めて丁度良かったし、奥の方で「ジャポネージッッ」という声が飛び交っていて、私たちの皿がまだなのを必死になって用意しようとしていた。おばさんはやたらやさしい目をしていて、遅れた事を申し訳なさそうにしていたし、トイレに立った時、おじさんに両手を持たれてアーモンドのお菓子を握らされた。正直言って、バッカラという食べ物はあんまり好きじゃなかったけど(お酒のあてみたいだったので)、このお店に来れて一気にヴェネチアのイメージが良くなった。でもお菓子をくれたというのは、やっぱり子供と間違えられてるのかな〜?

  • ★一旦部屋に戻って、一休みしているとき、ガイドブックを見ていたら、さっきのお店が載っていてド・スパーデという名だった。このガイドブックもなかなか信用できるな、と思ってよく見たら、あのアメリカに迎合している「ダ・ロベルト」も大きく載っていた。

    ★一旦部屋に戻って、一休みしているとき、ガイドブックを見ていたら、さっきのお店が載っていてド・スパーデという名だった。このガイドブックもなかなか信用できるな、と思ってよく見たら、あのアメリカに迎合している「ダ・ロベルト」も大きく載っていた。

  • ★夕方部屋を出て、ヴェネチアガラスで有名なムラーノ島に行くことにした。<br />折角空いている船に乗れたのに、雨が降ってきて景色の良く見えないくすんだ窓越しから外を眺める羽目になった。<br />船はどんどん島を離れ…というつもりだったけど、島の外側を転々と停留して、右手に外壁で覆われている”死者の島”(お墓専用の島。土地の少ないヴェネチアではお墓は全部ここにあるそうです)サンミケーレ島を見ながら開けた海に出た。<br />潮風を受けながら、クルーズに乗ってリゾート気分を満喫し、目的のムラーノ島に到着。<br />まだ明るいけど19時過ぎていて、とっくにガラス博物館はしまっていた。小さい島には人もまばらで、玄関の脇のショーケースにヴェネチアグラスの作品が細々と並んであった。ガラスがなければただの寂れた島にしか見えないけど、近くの公園で夫がトイレを借りて、もう帰ることにした。

    ★夕方部屋を出て、ヴェネチアガラスで有名なムラーノ島に行くことにした。
    折角空いている船に乗れたのに、雨が降ってきて景色の良く見えないくすんだ窓越しから外を眺める羽目になった。
    船はどんどん島を離れ…というつもりだったけど、島の外側を転々と停留して、右手に外壁で覆われている”死者の島”(お墓専用の島。土地の少ないヴェネチアではお墓は全部ここにあるそうです)サンミケーレ島を見ながら開けた海に出た。
    潮風を受けながら、クルーズに乗ってリゾート気分を満喫し、目的のムラーノ島に到着。
    まだ明るいけど19時過ぎていて、とっくにガラス博物館はしまっていた。小さい島には人もまばらで、玄関の脇のショーケースにヴェネチアグラスの作品が細々と並んであった。ガラスがなければただの寂れた島にしか見えないけど、近くの公園で夫がトイレを借りて、もう帰ることにした。

  • ★一足違いで、船が行ってしまい、その次に来たよく分からない船にとりあえず乗った。<br />ムラーノ島に多くの子供達が親子連れで降りてきて、島には子供や若い人たちもたくさん住んでいる事が分かった。多分学校が島にないので、みんな集団下校しているらしい(んじゃないかと思う)。<br />夕日の中を船が快走し、転々とある島の暮らしを眺める事ができて、こんなところに住んでいたらいいのになーなんて思いながら、夫もこの場面を旅の醍醐味のワンシーンとして記憶している。<br />でも行きに見えていたサンミケーレ島がちっとも見えてこないし、どうも景色が全然違うので、ちょっと不安になってきた。<br />

    ★一足違いで、船が行ってしまい、その次に来たよく分からない船にとりあえず乗った。
    ムラーノ島に多くの子供達が親子連れで降りてきて、島には子供や若い人たちもたくさん住んでいる事が分かった。多分学校が島にないので、みんな集団下校しているらしい(んじゃないかと思う)。
    夕日の中を船が快走し、転々とある島の暮らしを眺める事ができて、こんなところに住んでいたらいいのになーなんて思いながら、夫もこの場面を旅の醍醐味のワンシーンとして記憶している。
    でも行きに見えていたサンミケーレ島がちっとも見えてこないし、どうも景色が全然違うので、ちょっと不安になってきた。

  • ★船はリド島に着いて、夫が係りの人に尋ねたら、この船はムラーノ島に折り返すらしい。尋ねなかったらうっかりムラーノ島に戻されるところだった。危なかった。慌てて船を降りて、朝に着いた船着場とは違う、海沿いの閑静な住宅街みたいなところを歩くことになった。もう9時近くになっていたけど、ちょうどたそがれ時で、通りの表示に「リビエラ S.M.エリザベッタ」と表示されていた。リビエラといえば「冬のリビエラ」、リビエラって何か知らなかったけど、こういう海岸通りみたいなところのことなんだという事が分かった(あの歌は地中海沿岸のリゾートを指しているかもしれません)。<br />ここにも4つ星のホテルがあってとても良さげだった。夕日が差す海岸沿いを歩いたのも旅の醍醐味パート?になっている。<br />

    ★船はリド島に着いて、夫が係りの人に尋ねたら、この船はムラーノ島に折り返すらしい。尋ねなかったらうっかりムラーノ島に戻されるところだった。危なかった。慌てて船を降りて、朝に着いた船着場とは違う、海沿いの閑静な住宅街みたいなところを歩くことになった。もう9時近くになっていたけど、ちょうどたそがれ時で、通りの表示に「リビエラ S.M.エリザベッタ」と表示されていた。リビエラといえば「冬のリビエラ」、リビエラって何か知らなかったけど、こういう海岸通りみたいなところのことなんだという事が分かった(あの歌は地中海沿岸のリゾートを指しているかもしれません)。
    ここにも4つ星のホテルがあってとても良さげだった。夕日が差す海岸沿いを歩いたのも旅の醍醐味パート?になっている。

  • かつて世界中の旅人がこのベネチアの美しい風景に魅せられ、様々な芸術家達が絵画や文章でその美しさを表現しているけど、私たちもバポレットから見る夕日やリビエラの穏やかな時間の流れに身をおいていると、ここはやはり特別な場所だと思わざるを得ない。

    かつて世界中の旅人がこのベネチアの美しい風景に魅せられ、様々な芸術家達が絵画や文章でその美しさを表現しているけど、私たちもバポレットから見る夕日やリビエラの穏やかな時間の流れに身をおいていると、ここはやはり特別な場所だと思わざるを得ない。

  • ★ゆうべのレストランを見つける自信が出てきたので、再チャレンジして探し出したら今日はすぐに見つかった。お店に入ろうとすると、残念な事に席がいっぱいで、1時間待って欲しいと言われたので、諦めた。<br />第二候補の店に行ってみると今日も休みで、適当にお惣菜を買って部屋で食べようか、ということにしようとした時、ツーリストメニューの安いお店が目に付いた。お惣菜の店も少ないし、食費がやけに掛かっていたのでつい惹かれてその店にふらっと入ってみた。ピザを頼んだけど、やっぱりピザはナポリに限るなー。<br />

    ★ゆうべのレストランを見つける自信が出てきたので、再チャレンジして探し出したら今日はすぐに見つかった。お店に入ろうとすると、残念な事に席がいっぱいで、1時間待って欲しいと言われたので、諦めた。
    第二候補の店に行ってみると今日も休みで、適当にお惣菜を買って部屋で食べようか、ということにしようとした時、ツーリストメニューの安いお店が目に付いた。お惣菜の店も少ないし、食費がやけに掛かっていたのでつい惹かれてその店にふらっと入ってみた。ピザを頼んだけど、やっぱりピザはナポリに限るなー。

  • ★夫がネットで調べたちょっと変わったヴェネチア観光のガイドを頼りに、朝から駅に向かう。<br />そのガイドは街をオリエンテーリングのように指示通り目印の建物などを頼りに名所を巡るようになっている。<br />ボーイスカウト出身の夫には地図よりこの方が分かりやすいらしく、夫の案内で着いて行った。ただ着いて行くだけというのはなんとも気楽な事だ。<br />駅前の商店街みたいな通りを歩き、グリエ橋にぶつかった。橋の手前の左側にある奥まった小さな公園で一休みし(蚊に刺されそうだったのですぐ出発した)、さっきの橋を渡って左側を歩き、ゲットー(ユダヤ人地域)を通り、外海の方に出た。<br /><br /><br />

    ★夫がネットで調べたちょっと変わったヴェネチア観光のガイドを頼りに、朝から駅に向かう。
    そのガイドは街をオリエンテーリングのように指示通り目印の建物などを頼りに名所を巡るようになっている。
    ボーイスカウト出身の夫には地図よりこの方が分かりやすいらしく、夫の案内で着いて行った。ただ着いて行くだけというのはなんとも気楽な事だ。
    駅前の商店街みたいな通りを歩き、グリエ橋にぶつかった。橋の手前の左側にある奥まった小さな公園で一休みし(蚊に刺されそうだったのですぐ出発した)、さっきの橋を渡って左側を歩き、ゲットー(ユダヤ人地域)を通り、外海の方に出た。


  • ★この辺はとても静かでのんびりしていて、大きなイエズス教会の前で一休みしたり、路地にはユースホステルなんかもあり、次にくる時はこの辺りに泊りたいなーなどと思いながら、カ・ドーロ(黄金の家)前辺りのちょっと栄えてるところに出てきた。<br />夫が、最初の晩一人で彷徨った時にここへ来た、ということを思い出した。あの日、一人ほろ酔い気分で、適当にバポレットに乗ってみたら、それは外海まわりの船で(多分52番と思われる)地図も何も持っていなかったのでこのまま島を離れたらどうしようと思い、全然場所の分からないところで急いで降りてみたらしい(多分オスペダーレ)。<br />その時サンマルコの表示を頼りに歩いていたら、この辺に出てきたということだ。私は部屋に戻って早速寝てしまったので、夫が戻ってきた時どの位時間が経過していたか分からなかったけど、かなり何時間か彷徨ったらしい。<br />私にしたら、よくもそんな無謀な、という感じだけど、夫曰く<br />「旅の醍醐味は知らないところで迷子になること」らしい。<br />ベネチアの迷宮に迷い込み、いつになれば抜け出せるのか分からなくなって、とても不安な気持ちになったようだけど、そのうち旅先の全く知らない場所で迷子になることで、何か解き放たれたような、とても愉快な気分だったそうだ。「無謀な冒険主義者」なる夫。そうですか。<br />

    ★この辺はとても静かでのんびりしていて、大きなイエズス教会の前で一休みしたり、路地にはユースホステルなんかもあり、次にくる時はこの辺りに泊りたいなーなどと思いながら、カ・ドーロ(黄金の家)前辺りのちょっと栄えてるところに出てきた。
    夫が、最初の晩一人で彷徨った時にここへ来た、ということを思い出した。あの日、一人ほろ酔い気分で、適当にバポレットに乗ってみたら、それは外海まわりの船で(多分52番と思われる)地図も何も持っていなかったのでこのまま島を離れたらどうしようと思い、全然場所の分からないところで急いで降りてみたらしい(多分オスペダーレ)。
    その時サンマルコの表示を頼りに歩いていたら、この辺に出てきたということだ。私は部屋に戻って早速寝てしまったので、夫が戻ってきた時どの位時間が経過していたか分からなかったけど、かなり何時間か彷徨ったらしい。
    私にしたら、よくもそんな無謀な、という感じだけど、夫曰く
    「旅の醍醐味は知らないところで迷子になること」らしい。
    ベネチアの迷宮に迷い込み、いつになれば抜け出せるのか分からなくなって、とても不安な気持ちになったようだけど、そのうち旅先の全く知らない場所で迷子になることで、何か解き放たれたような、とても愉快な気分だったそうだ。「無謀な冒険主義者」なる夫。そうですか。

  • ★途中指示がわからなくなり、適当に歩いたりなんだりしながら、カサノバの住んでいたアパートのすぐ近くに、おいしそうなお惣菜やさんを発見。意外とホテルから近いところにあったので、もっと早くこの店の存在に気づいていたかった。ここでコロッケなどを買い、一旦部屋に戻った。

    ★途中指示がわからなくなり、適当に歩いたりなんだりしながら、カサノバの住んでいたアパートのすぐ近くに、おいしそうなお惣菜やさんを発見。意外とホテルから近いところにあったので、もっと早くこの店の存在に気づいていたかった。ここでコロッケなどを買い、一旦部屋に戻った。

  • ★更に別のルートからも出発して、リアルト橋周辺をうろうろ。<br />

    ★更に別のルートからも出発して、リアルト橋周辺をうろうろ。

  • 夕方、昨日もおとといもお休みだったアッラ・リヴェッタは開店していて三度目の正直でようやくチケーティー(おつまみ盛り合わせ)を食べる事ができた。<br />夫がチケーティーの盛り合わせをちょうだいと店員に頼んだら、カウンタの中で適当に選んでくれ、と言われ、これはまさに「会社のそばの立ち飲み屋さん」。<br />お店はお客さんですぐいっぱいになり、入口の立ち飲みコーナーもゴンドラ乗りが休憩時間に一杯引っ掛けに来たり、地元らしき人がいっぱいいて、活気があった。<br />とにかくここで食べたいわしのマリネは最高においしかった。

    夕方、昨日もおとといもお休みだったアッラ・リヴェッタは開店していて三度目の正直でようやくチケーティー(おつまみ盛り合わせ)を食べる事ができた。
    夫がチケーティーの盛り合わせをちょうだいと店員に頼んだら、カウンタの中で適当に選んでくれ、と言われ、これはまさに「会社のそばの立ち飲み屋さん」。
    お店はお客さんですぐいっぱいになり、入口の立ち飲みコーナーもゴンドラ乗りが休憩時間に一杯引っ掛けに来たり、地元らしき人がいっぱいいて、活気があった。
    とにかくここで食べたいわしのマリネは最高においしかった。

  • ★お腹がいっぱいになって、まだ夜も始まったばかりだったので、ぶらっとバポレットで運河を散策しようということになり、夫が最初の晩に乗った(と思われる)同じ52番で幻想的なたそがれ時を、中世と変わらない建物や、オープンカフェスタイルで食事をする夜明かりを眺め、旅の醍醐味パート?となった。<br />

    ★お腹がいっぱいになって、まだ夜も始まったばかりだったので、ぶらっとバポレットで運河を散策しようということになり、夫が最初の晩に乗った(と思われる)同じ52番で幻想的なたそがれ時を、中世と変わらない建物や、オープンカフェスタイルで食事をする夜明かりを眺め、旅の醍醐味パート?となった。

  • 昼間とても気に入った場所ノーベ運河で降りて、住宅の中にぽつんと営業しているバールでジュースとビールを買った。イエズス教会の入口階段に腰をおろし、しばらくこの静かな異国の町中を眺めて、来年は観光地じゃなくて普通の田舎町に行きたいねーなどと夫と語り合った。<br />朝から歩きっぱなしだったにもかかわらず、今夜は心から堪能する事ができた。

    昼間とても気に入った場所ノーベ運河で降りて、住宅の中にぽつんと営業しているバールでジュースとビールを買った。イエズス教会の入口階段に腰をおろし、しばらくこの静かな異国の町中を眺めて、来年は観光地じゃなくて普通の田舎町に行きたいねーなどと夫と語り合った。
    朝から歩きっぱなしだったにもかかわらず、今夜は心から堪能する事ができた。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • pulseraさん 2008/09/17 18:39:59
    カナレットと、グアルディの風景画〜
    ユッコさん!はじめまして!pulseraと申します!

    ヴェネツィアの旅行記、素晴らしいですね!私も、この地に行けば、
    美術館ナシ!で、済みそうです〜

    本当に、素敵なお天気ですね!

    心が洗われました。本当に、ありがとうございます!
    これからも、よろしくお願いします!

    ユッコ

    ユッコさん からの返信 2008/11/02 01:45:58
    RE: カナレットと、グアルディの風景画〜
    pulseraさん

    コメントありがとうございました。
    お返事が遅くなってすいません。
    ヴェネチアはとても印象に残る場所でした。
    またいつか行ってみたいと思います。

    他の旅行記も是非読んでいってください。

    ユッコ

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