1997/04/27 - 1997/05/02
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<2007年4月29日>
昨日で、観光バスの様子がだいぶ分かってきました。それで、今日は朝一番に春子おばさんの宿近くで、バスに拾ってもらう約束が出来ました。
<2日目のバス観光>
昨日お世話になった観光バスは、約束の時間ぴったりの8時半に来てくれました。昨日、ガイドさんが教えてくれた広い通り沿いのデパートの前でした。ここでMuさんと私の二人が一番乗りです。ガイドさんより早く乗せて貰いました。道順のためです。
ガイドさんの宿は、昨日、バスが途中で立ち寄ったので分かっていました。バスで15分ほど走った所です。次に乗り込んできたガイドさんとも『アンニョンハセヨ』で挨拶し、2日目の済州島東側観光が始まりました。
観光バスの乗客は、ホテルもバラバラで、たまたま乗りあわせた人達の様でした。その中に、芸達者なリーダー格の人が2人いて、車内を盛り上がらせてくれました。ガイドさんもこの二人を上手に使っていました。暫く経つと、30分ほどの移動時間の間は、この二人にマイクを渡してカラオケ大会の司会を頼んでいました。頼んだと言うより、ほとんど強制に近い感じでした。
ところで、日本で一流の演歌歌手は、韓国出身の人が多いと言われています。このバスの皆さん方も、実に楽しく堂々と歌われました。また、実に上手い。リズムがいいし、こぶしも利いていました。こちらも手拍子で一緒に楽しませて貰いました。
<マッカリを飲んで昼食>
今日の昼食はバイキング方式の焼き肉でしたので、マッカリを頼みました。マッカリとは、濁り酒のことです。昨年の旅では、トンドンチュウと呼ばれる濁り酒も飲みました。マッカリが白色であるのに対し、こちらの方は茶色をしていました。
このマッカリを、同じテーブルのご年輩の女性方にも勧めてあげましたら、お酒が入ったところで、次第にうち解けた雰囲気になってきました。この女性方は、日本統治下時代の時の話もしてくれました。
{強制的に改名させられ、日本名も持っていました」
「今、60歳半ば以上の人は、誰でも、日本語を話すことも出来ます。これも強制的に覚えさせられました」
「でも、今は普段日本語を話すことはなくなりました。話し掛けられても、普段は日本語を話したくはありません」
等と、語ってくれました。複数の方から、その時の名前もお聞きしましたが、忘れてしまいました。メモをとっては失礼だし、覚えても詮無い話です。春子おばさんの場合は例外です。
ところで、こういった重たい話題の時は、こちらも真剣に話を聞くことにしています。聞き役に徹することが重要だとも思っています。総じて、大勢の韓国の人達に混じった日本人に対しては、反日感情と言ったものは、表には出てきません。こちらとしても、反日感情をほとんど感じることはありません。
しかし、残念なことに、日本からの団体旅行で、金にまかせてやりたい放題の人達を見かけることがあります。こんな時でも、韓国の人達は、商売だから表面は取り繕われています。でも、内心はどんなものでしょうか?
同じ日本人の立場で見ても、困った団体旅行客に、苦々しい思いをすることがあります。そんなことで、韓国に限らず、海外個人旅行の時は、出来るだけ日本からの団体旅行客には近寄らないようにしています。
<万丈窟(マンジャングル)>
済州島の見学で見所は多かったですが、一番印象に残ったのがこの万丈窟(マンジャングル)でした。韓拏山(ハルナサン)が火山爆発した時に出来た洞窟です。長さが13,422mあり、溶岩洞窟では世界最長とされています。その1kmほどが観光コースとして整備されていました。
観光コースの部分の床は大部分が平らで、断面は見事なかまぼこ型をしていました。その広さは優に2階建てに地下鉄を通せるほどの規模でした。最高幅15m、高さも15mとされています。
狭くなったり、高低差がある場所には手すりと足場が設けられ、かなり長い距離を歩くことが出来ました。ガイドブックによれば、見所の亀の甲型の溶岩の場所までが約15分、コースの終点が更に10分歩いたところであると記されていました。
実際、かなりひんやりとするこの溶岩窟に降りてから、1時間程を見学に費やしました。終点では天井に抜ける穴があり、そこから外光が差し込んでいました。この万丈窟の入り口は島の東北方面にありました。
<日出峰>
残念ながら日の出の時間はとうに過ぎていましたが、日出峰の奇岩も見応えがありました。12景の第一に挙げられている景勝地です。
済州島の噴火口の1つだとも言います。周囲約1.5km、高さ約180の岩山が、岬のように海に浮かんでいました。ここでも済州島が、かつて、火山島であったことが再認識させられました。その場所は島の最東端に位置していました。島で日の出を見るのに最も適した場所であることが納得できました。
<皆さんとの別れ>
今日の東回り観光の後は、最初の方にバスを降りることになりました。朝の順路とは逆になったためでしょう。ただし、ガイドさんが先に降りることは出来ませんので、その順番だけが違いました。
春子おばさんの宿の前には出来ませんので、朝乗せてもらった広い通り沿いで降ろして貰いました。皆さんに頭を下げて『カムサハムニダ』とお礼の挨拶しながら降りますと、沢山の人が窓を開けて手を振り、別れを惜しんでくれました。2日間だけの皆さん方との済州島旅行でしたが、代え難い楽しい思い出を残すことが出来ました。改めて、カムサハムニダ!
済州島の島巡り観光で
花飾る園児のバスと交す笑み
八重桜小高き丘を過ぎし時
八重桜歓声揃いて上がるバス
色白の樫葉萌ゆる島の尾根
火の島や海浜春の波寄せる
黒き岩海に続けり島の春
溶岩を重ねて分かつ畑萌ゆる
溶岩の絶壁緑の薄化粧
放牧の若草食める親子馬
濁り酒老いしアジュマと花昼餉
打解けて日本名聞きし花の宴
街路樹の椿の落花もケンチャナヨ
手を振りて短き旅を惜しむ春
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