九寨溝旅行記(ブログ) 一覧に戻る
<2003年10月9日(木)><br /><br /> 今日は、もう1つのユネスコ登録の世界自然遺産、黄龍の見学です。途中、4千mの峠を越える長い道中です。それで、昨日よりも早起きをして、ホテルを出発しました。今晩の泊まりは茂県になりますので、荷物も纏めて、チェックアウトを済ませました。<br /> ところが、ここまでは順調でしたが、ホテルの門を出る時にトラブルが起きました。折角早起きしたのに、30分程出発を待たされてしまいました。<br /> その原因は、ホテルでの夕食を摂らなかったので、そのペナルティが科せられたことにありました。徐さんが教えてくれたことですが、ペナルティ料金を払った後で、怒りが収まらなかったので、ひとしきり抗議をしてきたようです。<br /> 『少数民族の人が経営するホテルは、勝手に料金を変えたり、予約を変更するのは日常茶飯事です』<br /> と、その後も、徐さんは、中々怒りが収まりませんでした。バスは30分程遅れて出発しました。その遅れを取り戻そうとしたのか、少々、怖い思いをしました。<br /> バスは、小さな集落を縫いながら山道を登って行きました。その間、運転手さんは、ほとんどクラクションを鳴らしっぱなしでした。それは遅れを取り戻す以外に、もう一つの理由がありました。10km以上に亘って民族衣装を着たヒッチハイクのお嬢さんたちが道端に立っていたからです。<br /> 目的地までのヒッチハイク目的でもありますが、<br /> 『車に便乗させると、持ち込んだ品の商売をやったり、やおらマイクを握っては、観光案内の演説をしたり、時には歌を歌ったりする』<br /> と、現地ガイドさんが説明してくれました。顔見知りの人がいたり、可愛いお嬢さんだったりすると、車が立ち止まって、便乗させているようです。こちらのバスの運転手さんは、そんな娘(こ)が手を上げる度にクラクションを鳴らしていました。とにかく、村の娘さん全員ではないかと思われる程の、ものすごい人数でした。<br /><br /><4千mの峠越え><br /> 今回の旅行で一番高い海抜は、4千mを超えた峠でした。黄龍へ入るには通らなければならない難所のようです。この峠に差し掛かるまでには、いくつものヘヤピンカーブを登ってきました。運転手さんは大変かも知れませんが、難所と言っても草原と岩山の組み合わせた風景は、見飽きることがありませんでした。<br /> 岩山にはへばりつくように山羊の群れが草を食んでいました。牛は高地には適していないようです。一回り大きい動物は、どうやら長い毛をもったヤクのようでした。<br /> ヘヤピンカーブが多くても、道路はそれなりに整備されていました。ただし、ガードパイプがあったのは、きつい曲がり角の一部だけで、それ以外は設備されていませんでした。万が一、ハンドルを切り損なったら、何百mか下の谷底間違いなしの連続でした。<br /> 峠にはテントが張られ、土産物が売られていました。その回りには馬に乗ったチベット族の人を見掛けました。運転手さんはその場所を少し通り過ぎた場所にバスを留めました。『近くに停めると、物売りの人を振り切るのが大変です』とガイドさんが説明してくれました。<br /> 案の定、その中の何人かは、歩いたり馬でバスの近くまでやって来ました。売り物は、手にした玉の原石です。本物には違いありませんが、お土産に買って帰る品物ではありません。<br /> 既に富士山より大分高い場所なので、走ったりするのは禁物です。トイレ休憩で立ち寄った時に、バスのガイドさんが探してきてくれた酸素ボンベが、早速役に立ちました。出発前の説明会では90元程度と聞いていましたが、50元で済みました。日本円では約700円です。頭がすこし重くなって、二日酔いのような症状になったら、要注意です。こまめな水分補給も大切です。<br /><br /><黄龍見学><br /> 黄龍の登山口には、ホテルがありました。バスはこのホテルの駐車場で待機し、4時間弱の自由時間になりました。それぞれの体調や、体力に合わせての黄龍登山の始まりです。既に3千mの高地なので、『くれぐれも走ったり、無理な登山をしないよう』注意がなされました。<br /> さすがに外はひんやりとしていました。汗をかいた後のことを考えて、用意したウィンドブレーカーと手袋使うことにしました。これ以外の携帯品は、カメラと酸素ボンベだけです。余分な荷物は、すべてバスの中に置いての出発でした。<br /> 昨日の九寨溝見学、そして今日の黄龍見学といい、またとない好天に恵まれました。登りは板敷きの整備された登山道で、帰りは別の道を下るように教えてもらいました。<br /> 『今日は幸い人出が少ないですが、何万人もの人が登山する と、登り道を下ろうとしても、無理な話です。』<br /> といったことのようです。<br /> 『登りは人が連なって、渋滞になってしまいます。』<br /> と駄目押しがあった。登り始めて最初の案内看板には『明鏡倒映』と『倒映湖』の文字がありました。いきなり写真で見た、澄んだ青い水の色と湖の出現しました。『明鏡倒映』とは、鏡のように澄んだ湖に、逆さまの景色が写りこんだ様を指しているようです。<br /> 次の案内看板には『婆夢映彩池』の文字がありました。日本語での説明には『7千平方mの広さに、400余りの小池がある』と記載されていました。『婆夢』の意味は分かりません。勝手に解釈すれば、『あまりの美しさに見とれていると、あっと言う間にお婆さんになってしまいました』とでも言でしょうか。しかし、多分見当違いの気がします。棚田のような小池の美しさは、そんな想像をかき立ててくれました。<br /> 登りは良く整備されて、格好のハイキングコースになっていましたが、楽な勾配ではありません。名勝地では写真を撮ったりして、ゆっくりゆっくりと登りました。次の案内表示には『日瀑飛輝』の文字がありました。行く筋にも分かれて、3段に連なった滝です。近くには難しい文字の池がありました。英文の方から訳しますと、『漣』さざなみ)の池』のようです。<br /> 暫くは登りが急なことを反映して、『蓮台飛瀑』、「洗身洞」など、滝が連続していました。次の見所は『金沙舗池』でした。英文の方では『金沙』を『金の砂』に日本語表示では『金の鱗(うろこ)』と表記されていました。この文字は、黄龍の名称に一番相応しいものに思えました。岩の凹凸が光の具合によっては金色に見え、今にも龍が天に昇る姿に見えたものと思われます。<br /> 『盆景池』の文字には見覚えがありました。昨日の九寨溝見学の時の『盆景灘』の文字です。盆景は、そのまま日本風に『盆栽』と読み替えてよく、いわゆるミニチュア版のことです。九寨溝のときは、流れの中に潅木がありましたが、こちらでは仕切られた小池の中に潅木がありました。枝振りを競って、より一層盆栽のイメージがしました。その盆栽の樹には、少しだけ紅葉が始まっていました。<br /> 次は『絶争池』の案内表示がありました。英文ではグラマラス・ポンドと書かれていました。『魅惑の池』とでも和訳されそうです。『600以上の小池から構成』され、『水の深さ、水底の石の色で、個性的な美しさを競っている』と和文でも紹介されていました。<br /> ここまで大分登ってきましたが、輿を担ぐ少数民族の人達は、こんな高地でも、まだ客を待っていました。その理由はすぐに解りました。顔を真っ青にして輿に乗って降りてくる人と先ほどすれ違ったからです。登りだけでなく、下りでも高山病に要注意です。<br /> 休み休み、無理をせずに登ってきたせいで、高山病の症状は出ませんでした。ただし、息を止めてカメラを構えたりすると、急に息苦しくなってしまうことは経験しました。軽い二日酔い症状も経験しました。<br /> 2時間程の登山を続けたら、お寺にたどり着きました。水の流れからは少し離れた道筋でした。例によって真っ赤な幟がたくさんはためいていました。青色系統を多用するチャン族ではなく、多分チベット族の信仰するお寺でしょう。<br /> その寺に辿り着いて写真を撮っていましたら『アーユー ア ジャーマン?』と訪ねてきた学生さんらしい二人連れに出会いました。『ノー  アイマ ノット ジャーマン. バット ア ジャパニーズ』と言って笑いかけたら、中国語でなにやら二人で話していました。<br /> どうやら、日本人と言うつもりでジャーマン(ドイツ人)になったことを話しているようでした。そのあと、手振りと片言の英語で、私の写真を撮ってくれるというので、デジカメを渡しました。私も記念写真を撮ってあげました。<br /> 帰り道で、Iwさんに出会いましたが、『集合時間を考えて、これから下山します』と言うことと、『もう少し先にお寺があります』とお知らせしました。その後はYaさん、MiちゃんMyちゃんの三人組に出会いましたので、先にIwさんに出会ったことを伝言しておきました。<br /> 途中からは、下り専用道を下りました。ガイドの李さん、Haさんご夫妻にも出会いましたので、集合場所のホテルまでご一緒しました。<br /> かなり高いところまで登られた組もあったようで、少し遅い時間の昼食を、麓のホテルで摂りました。登山でお腹がすいた後の食事は、実に美味でした。<br /><br /><茂県へ><br /> 黄龍から茂県まではバスでの長い移動でした。長旅に備えてバスも給油をしました。駄々広い給油所には中国石油、英字ではペトロ・チャイナの文字がありました。給油の間、休憩を兼ねて辺りの景色を楽しみました。<br /> 近くの山並みには尾根に長い筋が見えました。どうやら明時代の古い城壁のようです。ガイドの李さんの説明によれば、匈奴(モンゴル)からの侵入防止ではなく、南の方からの守りに築かれたものです。<br /> 茂県までは川沿いの道を多く走りましたが、ここでも断崖絶壁を走る感じでした。ガードレールはあったものの、対向車が平気で反対車線にはみ出してきますので、何度となく肝を冷やしました。暗くなってからは、ヘッドライトがクラクションに変わって威力を発揮しました。<br /> まだ薄明かりが残った時間でしたが、山間(あい)で休憩時間をとりました。民家のない山道を走ってきて、珍しく市が立っている休憩所でした。バスは大きなタンクに、ガソリンではなく冷却水をしっかりと注ぎ込んでいました。空冷の日本車では考えられない光景でした。<br /> ここでは、1頭の駱駝とヤクの夫婦を見掛けました。観光用に繋いであるらしく、それぞれ鞍が掛けてありました。駱駝は余り近づくと噛み付かれそうなので、ヤクの方に近づいて写真を撮りました。2頭とも真っ白い毛がふさふさしており、なんとも可愛い目をしていました。<br /> 事前説明会で、徐さんが一番心配していたのが、茂県での食事とホテルでした。現地からの正確な情報が中々入らないらしく、<br /> 『茂県では一番いいホテルでも、すこし不便です。食事も口に合わないかもしれませんので、皆さん全員がインスタントラーメンなどを持参されることをお勧めします』<br /> といった具合でした。<br /> ところが、そこまではひどいことはなく、食事もまずまずでした。泊まったホテルは、インターネットでも度々目にした『茂県国際大飯店』です。<br /><br /><洗濯><br /> 昼の黄龍登山と、ここからの長いバス移動で、一行の皆さんは大分疲れた様子でした。それで、今晩の宴会は休止と言うことになりました。<br /> いつものパターンで、リュック一つの身軽な旅装でしたから、今晩まとめて洗濯をしておくことにしました。1回だけ洗濯しておけば、1週間の旅なら大丈夫です。繰り返せば、もっと長旅も出来ます。水もそれほど硬水ではなく、備え付けの石鹸で十分に泡が立ちました。勿論、硬水ではないと言っても、生水は要注意なので、ペットボトルか、沸かした水以外は飲みませんでした。<br /> 洗濯は簡単でしたが、乾かすのには少し骨が折れました。一番いいのは、夕食前に洗濯して、部屋の窓を開けて風通しを良くしておくことです。ある程度気温が高く、乾燥した時期であれば、あっという間に乾いてくれます。<br /> 今回はそれが出来なかったので、もっぱらドライヤーのお世話になりました。靴下などは中に温風を通してやりますと、比較的乾きやすくなります。ドライヤーも火災防止のために噴出し口近くに電熱コイルがあるタイプではなく、温風だけが吹き出してくるタイプでした。結構音がうるさく、休み休み作業をしました。<br /> 3日分の洗濯物を纏めて乾かしていましたら、結構遅い時間までかかりました。今日は一人でオールドパーの水割を飲んで、12時頃には眠りにつきました。<br /><br /><br />  四千メータの峠越え<br /> 山並を越て山並又続き来し方眺む広き草原<br /><br /> 富士山を遥に凌ぐ峠なり酸素ボンベを手にして立ちぬ<br /><br /> 白雪を頂にして雪宝の聳ゆる山の深き懐 <br /><br /> 草原の中の生えにし岩山の険き壁に草を食む山羊<br /><br /> 高原に棲みにし人は馬駆りて客を目指して集り来たる<br /><br /> 山頂にテントを張て土産売るチベット族の手にし原石<br /><br />  黄竜で<br /> 清き水魚は棲ぬと例あり黄龍の池魚影は見えず<br /><br /> 三千の海抜越える峪登る酸素ボンベを持ちてゆるりと<br /><br /> 数々の名勝旅に訪ぬれど此度に勝る景色覚えじ

2003秋、中国旅行記4(4):10月9日:黄龍・4千mの峠越え、酸素ボンベを手に登山

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2003/10/07 - 2003/10/12

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

<2003年10月9日(木)>

 今日は、もう1つのユネスコ登録の世界自然遺産、黄龍の見学です。途中、4千mの峠を越える長い道中です。それで、昨日よりも早起きをして、ホテルを出発しました。今晩の泊まりは茂県になりますので、荷物も纏めて、チェックアウトを済ませました。
 ところが、ここまでは順調でしたが、ホテルの門を出る時にトラブルが起きました。折角早起きしたのに、30分程出発を待たされてしまいました。
 その原因は、ホテルでの夕食を摂らなかったので、そのペナルティが科せられたことにありました。徐さんが教えてくれたことですが、ペナルティ料金を払った後で、怒りが収まらなかったので、ひとしきり抗議をしてきたようです。
 『少数民族の人が経営するホテルは、勝手に料金を変えたり、予約を変更するのは日常茶飯事です』
 と、その後も、徐さんは、中々怒りが収まりませんでした。バスは30分程遅れて出発しました。その遅れを取り戻そうとしたのか、少々、怖い思いをしました。
 バスは、小さな集落を縫いながら山道を登って行きました。その間、運転手さんは、ほとんどクラクションを鳴らしっぱなしでした。それは遅れを取り戻す以外に、もう一つの理由がありました。10km以上に亘って民族衣装を着たヒッチハイクのお嬢さんたちが道端に立っていたからです。
 目的地までのヒッチハイク目的でもありますが、
 『車に便乗させると、持ち込んだ品の商売をやったり、やおらマイクを握っては、観光案内の演説をしたり、時には歌を歌ったりする』
 と、現地ガイドさんが説明してくれました。顔見知りの人がいたり、可愛いお嬢さんだったりすると、車が立ち止まって、便乗させているようです。こちらのバスの運転手さんは、そんな娘(こ)が手を上げる度にクラクションを鳴らしていました。とにかく、村の娘さん全員ではないかと思われる程の、ものすごい人数でした。

<4千mの峠越え>
 今回の旅行で一番高い海抜は、4千mを超えた峠でした。黄龍へ入るには通らなければならない難所のようです。この峠に差し掛かるまでには、いくつものヘヤピンカーブを登ってきました。運転手さんは大変かも知れませんが、難所と言っても草原と岩山の組み合わせた風景は、見飽きることがありませんでした。
 岩山にはへばりつくように山羊の群れが草を食んでいました。牛は高地には適していないようです。一回り大きい動物は、どうやら長い毛をもったヤクのようでした。
 ヘヤピンカーブが多くても、道路はそれなりに整備されていました。ただし、ガードパイプがあったのは、きつい曲がり角の一部だけで、それ以外は設備されていませんでした。万が一、ハンドルを切り損なったら、何百mか下の谷底間違いなしの連続でした。
 峠にはテントが張られ、土産物が売られていました。その回りには馬に乗ったチベット族の人を見掛けました。運転手さんはその場所を少し通り過ぎた場所にバスを留めました。『近くに停めると、物売りの人を振り切るのが大変です』とガイドさんが説明してくれました。
 案の定、その中の何人かは、歩いたり馬でバスの近くまでやって来ました。売り物は、手にした玉の原石です。本物には違いありませんが、お土産に買って帰る品物ではありません。
 既に富士山より大分高い場所なので、走ったりするのは禁物です。トイレ休憩で立ち寄った時に、バスのガイドさんが探してきてくれた酸素ボンベが、早速役に立ちました。出発前の説明会では90元程度と聞いていましたが、50元で済みました。日本円では約700円です。頭がすこし重くなって、二日酔いのような症状になったら、要注意です。こまめな水分補給も大切です。

<黄龍見学>
 黄龍の登山口には、ホテルがありました。バスはこのホテルの駐車場で待機し、4時間弱の自由時間になりました。それぞれの体調や、体力に合わせての黄龍登山の始まりです。既に3千mの高地なので、『くれぐれも走ったり、無理な登山をしないよう』注意がなされました。
 さすがに外はひんやりとしていました。汗をかいた後のことを考えて、用意したウィンドブレーカーと手袋使うことにしました。これ以外の携帯品は、カメラと酸素ボンベだけです。余分な荷物は、すべてバスの中に置いての出発でした。
 昨日の九寨溝見学、そして今日の黄龍見学といい、またとない好天に恵まれました。登りは板敷きの整備された登山道で、帰りは別の道を下るように教えてもらいました。
 『今日は幸い人出が少ないですが、何万人もの人が登山する と、登り道を下ろうとしても、無理な話です。』
 といったことのようです。
 『登りは人が連なって、渋滞になってしまいます。』
 と駄目押しがあった。登り始めて最初の案内看板には『明鏡倒映』と『倒映湖』の文字がありました。いきなり写真で見た、澄んだ青い水の色と湖の出現しました。『明鏡倒映』とは、鏡のように澄んだ湖に、逆さまの景色が写りこんだ様を指しているようです。
 次の案内看板には『婆夢映彩池』の文字がありました。日本語での説明には『7千平方mの広さに、400余りの小池がある』と記載されていました。『婆夢』の意味は分かりません。勝手に解釈すれば、『あまりの美しさに見とれていると、あっと言う間にお婆さんになってしまいました』とでも言でしょうか。しかし、多分見当違いの気がします。棚田のような小池の美しさは、そんな想像をかき立ててくれました。
 登りは良く整備されて、格好のハイキングコースになっていましたが、楽な勾配ではありません。名勝地では写真を撮ったりして、ゆっくりゆっくりと登りました。次の案内表示には『日瀑飛輝』の文字がありました。行く筋にも分かれて、3段に連なった滝です。近くには難しい文字の池がありました。英文の方から訳しますと、『漣』さざなみ)の池』のようです。
 暫くは登りが急なことを反映して、『蓮台飛瀑』、「洗身洞」など、滝が連続していました。次の見所は『金沙舗池』でした。英文の方では『金沙』を『金の砂』に日本語表示では『金の鱗(うろこ)』と表記されていました。この文字は、黄龍の名称に一番相応しいものに思えました。岩の凹凸が光の具合によっては金色に見え、今にも龍が天に昇る姿に見えたものと思われます。
 『盆景池』の文字には見覚えがありました。昨日の九寨溝見学の時の『盆景灘』の文字です。盆景は、そのまま日本風に『盆栽』と読み替えてよく、いわゆるミニチュア版のことです。九寨溝のときは、流れの中に潅木がありましたが、こちらでは仕切られた小池の中に潅木がありました。枝振りを競って、より一層盆栽のイメージがしました。その盆栽の樹には、少しだけ紅葉が始まっていました。
 次は『絶争池』の案内表示がありました。英文ではグラマラス・ポンドと書かれていました。『魅惑の池』とでも和訳されそうです。『600以上の小池から構成』され、『水の深さ、水底の石の色で、個性的な美しさを競っている』と和文でも紹介されていました。
 ここまで大分登ってきましたが、輿を担ぐ少数民族の人達は、こんな高地でも、まだ客を待っていました。その理由はすぐに解りました。顔を真っ青にして輿に乗って降りてくる人と先ほどすれ違ったからです。登りだけでなく、下りでも高山病に要注意です。
 休み休み、無理をせずに登ってきたせいで、高山病の症状は出ませんでした。ただし、息を止めてカメラを構えたりすると、急に息苦しくなってしまうことは経験しました。軽い二日酔い症状も経験しました。
 2時間程の登山を続けたら、お寺にたどり着きました。水の流れからは少し離れた道筋でした。例によって真っ赤な幟がたくさんはためいていました。青色系統を多用するチャン族ではなく、多分チベット族の信仰するお寺でしょう。
 その寺に辿り着いて写真を撮っていましたら『アーユー ア ジャーマン?』と訪ねてきた学生さんらしい二人連れに出会いました。『ノー  アイマ ノット ジャーマン. バット ア ジャパニーズ』と言って笑いかけたら、中国語でなにやら二人で話していました。
 どうやら、日本人と言うつもりでジャーマン(ドイツ人)になったことを話しているようでした。そのあと、手振りと片言の英語で、私の写真を撮ってくれるというので、デジカメを渡しました。私も記念写真を撮ってあげました。
 帰り道で、Iwさんに出会いましたが、『集合時間を考えて、これから下山します』と言うことと、『もう少し先にお寺があります』とお知らせしました。その後はYaさん、MiちゃんMyちゃんの三人組に出会いましたので、先にIwさんに出会ったことを伝言しておきました。
 途中からは、下り専用道を下りました。ガイドの李さん、Haさんご夫妻にも出会いましたので、集合場所のホテルまでご一緒しました。
 かなり高いところまで登られた組もあったようで、少し遅い時間の昼食を、麓のホテルで摂りました。登山でお腹がすいた後の食事は、実に美味でした。

<茂県へ>
 黄龍から茂県まではバスでの長い移動でした。長旅に備えてバスも給油をしました。駄々広い給油所には中国石油、英字ではペトロ・チャイナの文字がありました。給油の間、休憩を兼ねて辺りの景色を楽しみました。
 近くの山並みには尾根に長い筋が見えました。どうやら明時代の古い城壁のようです。ガイドの李さんの説明によれば、匈奴(モンゴル)からの侵入防止ではなく、南の方からの守りに築かれたものです。
 茂県までは川沿いの道を多く走りましたが、ここでも断崖絶壁を走る感じでした。ガードレールはあったものの、対向車が平気で反対車線にはみ出してきますので、何度となく肝を冷やしました。暗くなってからは、ヘッドライトがクラクションに変わって威力を発揮しました。
 まだ薄明かりが残った時間でしたが、山間(あい)で休憩時間をとりました。民家のない山道を走ってきて、珍しく市が立っている休憩所でした。バスは大きなタンクに、ガソリンではなく冷却水をしっかりと注ぎ込んでいました。空冷の日本車では考えられない光景でした。
 ここでは、1頭の駱駝とヤクの夫婦を見掛けました。観光用に繋いであるらしく、それぞれ鞍が掛けてありました。駱駝は余り近づくと噛み付かれそうなので、ヤクの方に近づいて写真を撮りました。2頭とも真っ白い毛がふさふさしており、なんとも可愛い目をしていました。
 事前説明会で、徐さんが一番心配していたのが、茂県での食事とホテルでした。現地からの正確な情報が中々入らないらしく、
 『茂県では一番いいホテルでも、すこし不便です。食事も口に合わないかもしれませんので、皆さん全員がインスタントラーメンなどを持参されることをお勧めします』
 といった具合でした。
 ところが、そこまではひどいことはなく、食事もまずまずでした。泊まったホテルは、インターネットでも度々目にした『茂県国際大飯店』です。

<洗濯>
 昼の黄龍登山と、ここからの長いバス移動で、一行の皆さんは大分疲れた様子でした。それで、今晩の宴会は休止と言うことになりました。
 いつものパターンで、リュック一つの身軽な旅装でしたから、今晩まとめて洗濯をしておくことにしました。1回だけ洗濯しておけば、1週間の旅なら大丈夫です。繰り返せば、もっと長旅も出来ます。水もそれほど硬水ではなく、備え付けの石鹸で十分に泡が立ちました。勿論、硬水ではないと言っても、生水は要注意なので、ペットボトルか、沸かした水以外は飲みませんでした。
 洗濯は簡単でしたが、乾かすのには少し骨が折れました。一番いいのは、夕食前に洗濯して、部屋の窓を開けて風通しを良くしておくことです。ある程度気温が高く、乾燥した時期であれば、あっという間に乾いてくれます。
 今回はそれが出来なかったので、もっぱらドライヤーのお世話になりました。靴下などは中に温風を通してやりますと、比較的乾きやすくなります。ドライヤーも火災防止のために噴出し口近くに電熱コイルがあるタイプではなく、温風だけが吹き出してくるタイプでした。結構音がうるさく、休み休み作業をしました。
 3日分の洗濯物を纏めて乾かしていましたら、結構遅い時間までかかりました。今日は一人でオールドパーの水割を飲んで、12時頃には眠りにつきました。


  四千メータの峠越え
 山並を越て山並又続き来し方眺む広き草原

 富士山を遥に凌ぐ峠なり酸素ボンベを手にして立ちぬ

 白雪を頂にして雪宝の聳ゆる山の深き懐

 草原の中の生えにし岩山の険き壁に草を食む山羊

 高原に棲みにし人は馬駆りて客を目指して集り来たる

 山頂にテントを張て土産売るチベット族の手にし原石

  黄竜で
 清き水魚は棲ぬと例あり黄龍の池魚影は見えず

 三千の海抜越える峪登る酸素ボンベを持ちてゆるりと

 数々の名勝旅に訪ぬれど此度に勝る景色覚えじ

同行者
友人
交通手段
観光バス
航空会社
中国国際航空
  • 2泊した宿を朝早く発って、次の目的地、黄龍に向かいました。途中4千m超の峠を越えますので、運転手さんに頼んで酸素ボンベを入手しました。

    2泊した宿を朝早く発って、次の目的地、黄龍に向かいました。途中4千m超の峠を越えますので、運転手さんに頼んで酸素ボンベを入手しました。

  • この辺りは地震活動が活発のようで、その活動で出来たと思われる断崖が延々と続いていました。ヒマラヤ造山活動と連動しているのでしょう。

    この辺りは地震活動が活発のようで、その活動で出来たと思われる断崖が延々と続いていました。ヒマラヤ造山活動と連動しているのでしょう。

  • 今回の旅行で、唯一、4千mを超える海抜です。富士山より数百mは高いことになります。遠くに見える白い山は、主峰、雪宝山の雄姿です。

    今回の旅行で、唯一、4千mを超える海抜です。富士山より数百mは高いことになります。遠くに見える白い山は、主峰、雪宝山の雄姿です。

  • チベット族のテントです。原石の玉などを売っていました。近寄ると振り切るのが大変だと言うことで、少し離れた場所に駐車しました。

    チベット族のテントです。原石の玉などを売っていました。近寄ると振り切るのが大変だと言うことで、少し離れた場所に駐車しました。

  • こちらが近寄らなくても、何人かのチベット族の人がこちらへやって来ました。指輪などに細工する前の、原石そのものを手にしていました。

    こちらが近寄らなくても、何人かのチベット族の人がこちらへやって来ました。指輪などに細工する前の、原石そのものを手にしていました。

  • 中国で3つ登録されている世界自然遺産の2つ目、黄龍の見学です。勿論、1つ目は既に見学した九寨溝です。

    中国で3つ登録されている世界自然遺産の2つ目、黄龍の見学です。勿論、1つ目は既に見学した九寨溝です。

  • この岩には『黄龍奇観』と彫られているようです。既に2千mを越えた海抜ですから、慌てずにゆっくり、ゆっくりの登山です。

    この岩には『黄龍奇観』と彫られているようです。既に2千mを越えた海抜ですから、慌てずにゆっくり、ゆっくりの登山です。

  • 『明鏡倒映』の無地に『投影湖』の文字も添えられています。英字表記では、ミラー・プールとなっています。

    『明鏡倒映』の無地に『投影湖』の文字も添えられています。英字表記では、ミラー・プールとなっています。

  • 魚影は全く見えません。澄んだ水には棲み難い上に、段々畑のような険しさです。上流へ向かっての登山の始まりです。

    魚影は全く見えません。澄んだ水には棲み難い上に、段々畑のような険しさです。上流へ向かっての登山の始まりです。

  • ここは川幅が広く、見た目には余り水量がないように見えます。休憩しながら、遠くの景色も楽しみながらの散策でした。

    ここは川幅が広く、見た目には余り水量がないように見えます。休憩しながら、遠くの景色も楽しみながらの散策でした。

  • 次の案内看板は『婆夢映彩池』です。一番下の文字は、日本語です。7千平方m弱の広さに、400余りの小池があるそうです。

    次の案内看板は『婆夢映彩池』です。一番下の文字は、日本語です。7千平方m弱の広さに、400余りの小池があるそうです。

  • この景色を見に黄龍までやってきたようなものです。澄んだ水を貯めた小池が段々畑のように何段にも連なる奇観です。

    この景色を見に黄龍までやってきたようなものです。澄んだ水を貯めた小池が段々畑のように何段にも連なる奇観です。

  • 正面、やや右手の樹は紅葉が始まっていました。九寨溝には、紅葉が良く似合います。

    正面、やや右手の樹は紅葉が始まっていました。九寨溝には、紅葉が良く似合います。

  • 光の具合や、池の深さなどによって微妙に色合いが変化して見えます。自然が長年月を費やして作った不思議な、実に不思議な光景です。

    光の具合や、池の深さなどによって微妙に色合いが変化して見えます。自然が長年月を費やして作った不思議な、実に不思議な光景です。

  • 登り始めて暫くはYaさん、Miちゃん、Myちゃんとご一緒でした。酸素ボンベを片手にポーズです。

    登り始めて暫くはYaさん、Miちゃん、Myちゃんとご一緒でした。酸素ボンベを片手にポーズです。

  • 上り道は、ずっと板敷きの登山道が整備されていました。休日などはこの道が人で渋滞してしまうそうです。

    上り道は、ずっと板敷きの登山道が整備されていました。休日などはこの道が人で渋滞してしまうそうです。

  • この縁(へり)は、1.5m程の高さがありました。少し低くなって、上部が磨かれたようになった所から下流に流れ出していました。

    この縁(へり)は、1.5m程の高さがありました。少し低くなって、上部が磨かれたようになった所から下流に流れ出していました。

  • どうしてこんなに薄く高い縁が出来たのか、不思議です。普通は堆積物で埋まりそうですが、それらしき物は見かけませんでした。

    どうしてこんなに薄く高い縁が出来たのか、不思議です。普通は堆積物で埋まりそうですが、それらしき物は見かけませんでした。

  • 『飛瀑流輝』の案内看板までやって来ました。息を止めてカメラを構えると、何となく動悸がしてしまうような海抜でした。

    『飛瀑流輝』の案内看板までやって来ました。息を止めてカメラを構えると、何となく動悸がしてしまうような海抜でした。

  • 行く筋にも分かれて流れ落ちる滝でした。これだけの落差があれば、段々畑も出来ない仕組みなのでしょう。

    行く筋にも分かれて流れ落ちる滝でした。これだけの落差があれば、段々畑も出来ない仕組みなのでしょう。

  • 『飛瀑流輝』のアップです。九寨溝の楽しみの1つは、色々と変化に富んだ景色が観られることです。

    『飛瀑流輝』のアップです。九寨溝の楽しみの1つは、色々と変化に富んだ景色が観られることです。

  • はっきりとした黄葉ではないですが、背景に入れての写真です。

    はっきりとした黄葉ではないですが、背景に入れての写真です。

  • 案内看板の漢字は難しすぎて読めません。英文で『Pool of Tiny Waves』となっています。訳すれば『漣(さざなみ)の池』でしょうか。

    案内看板の漢字は難しすぎて読めません。英文で『Pool of Tiny Waves』となっています。訳すれば『漣(さざなみ)の池』でしょうか。

  • この池の水は、かなり緑色が濃くなっていました。看板の説明では、水中のある藻の影響のようです。

    この池の水は、かなり緑色が濃くなっていました。看板の説明では、水中のある藻の影響のようです。

  • 上り道と下り道の案内標識です。人で混雑した時には、『上り道を下ろうとしても駄目です、下り道にしてください』と教えてもらいました。

    上り道と下り道の案内標識です。人で混雑した時には、『上り道を下ろうとしても駄目です、下り道にしてください』と教えてもらいました。

  • 先程の案内看板には、高さが167m、その幅が19mと紹介されていました。

    先程の案内看板には、高さが167m、その幅が19mと紹介されていました。

  • 『洗身洞』の案内看板です。日本語のガイドから紹介しますと『この滝の裏に洞窟があり、洗身した仙人がここで瞑想した』とあります。

    『洗身洞』の案内看板です。日本語のガイドから紹介しますと『この滝の裏に洞窟があり、洗身した仙人がここで瞑想した』とあります。

  • 岩の上を滝が流れています。その幅は、案内文によると40mとされています。右下の人と比べると、その大きさが実感できます。

    岩の上を滝が流れています。その幅は、案内文によると40mとされています。右下の人と比べると、その大きさが実感できます。

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