松山旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 松山城を見学した後、リフトで下った私たちは周辺の史跡を巡ってぶらぶらすることにしました。<br /><br /> 東雲神社と萬翠荘、そして愚陀仏庵と巡った後、二の丸公園へも行きたかったのですが時間が無くてあきらめました。<br /> 駐めていた駐車場が5時までだったためになかなか予定通り行きません。<br /> 本当は道後温泉本館までは坊っちゃん列車で行く予定だったんですが、これも実現できず。<br /> 残念でした。<br /><br /> 挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)<br />「松山・道後温泉、いよかん巡りの旅?」<br />http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-30.html<br /> 

萬翠荘「松山・道後温泉、いよかん巡りの旅? その6」

1いいね!

2006/10/17 - 2006/10/17

1518位(同エリア1658件中)

0

31

松村博司

松村博司さん

 松山城を見学した後、リフトで下った私たちは周辺の史跡を巡ってぶらぶらすることにしました。

 東雲神社と萬翠荘、そして愚陀仏庵と巡った後、二の丸公園へも行きたかったのですが時間が無くてあきらめました。
 駐めていた駐車場が5時までだったためになかなか予定通り行きません。
 本当は道後温泉本館までは坊っちゃん列車で行く予定だったんですが、これも実現できず。
 残念でした。

 挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「松山・道後温泉、いよかん巡りの旅?」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-30.html
 

同行者
友人
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車
  •  なんだかんだ言いつつ、松山城でたっぷりと時間を潰した私たち。 <br /> 時間は2時20分。 <br /> さあ、次に急ぎましょう!<br /> 帰りはリフトとロープウエイ、どちらに乗るか少し相談するも満場一致でリフトに決定(二人でしたが^^;)

     なんだかんだ言いつつ、松山城でたっぷりと時間を潰した私たち。
     時間は2時20分。
     さあ、次に急ぎましょう!
     帰りはリフトとロープウエイ、どちらに乗るか少し相談するも満場一致でリフトに決定(二人でしたが^^;)

  •  何せ気持ちいいし。

     何せ気持ちいいし。

  •  ただ、高所恐怖症(自称)がこの高さを耐えられたというのが、この旅最大の謎ですが・・・

     ただ、高所恐怖症(自称)がこの高さを耐えられたというのが、この旅最大の謎ですが・・・

  •  道後温泉方面です。てか道後温泉到着はいつになるのやら^^;

     道後温泉方面です。てか道後温泉到着はいつになるのやら^^;

  •  ゴールは間近。

     ゴールは間近。

  •  このロープウエイ発着場、ずいぶん綺麗な建物だと思っていたら今年の3月にオープンしたばかりの新築でした。 <br /> そりゃ綺麗で当然だよね^^; <br /> さて、これからどこに行くか。 <br /> リフトに乗っている途中、神社らしきものが見えたのでそこに行ってみようと言うことになりました。 <br /><br />

     このロープウエイ発着場、ずいぶん綺麗な建物だと思っていたら今年の3月にオープンしたばかりの新築でした。
     そりゃ綺麗で当然だよね^^;
     さて、これからどこに行くか。
     リフトに乗っている途中、神社らしきものが見えたのでそこに行ってみようと言うことになりました。

  •  そして神社入り口。

     そして神社入り口。

  •  せっかく下りてきたのにまた登るのですか><

     せっかく下りてきたのにまた登るのですか><

  •  さらに登るのですか・・・ <br />

     さらに登るのですか・・・

  •  そしてやっと到着(ハァハァ・・・><)

     そしてやっと到着(ハァハァ・・・><)

  •  東雲神社です。<br /> この神社、久松家(松山藩主松平家)と同家の祖先神である天穂日命、菅原道真が祀られています。 <br />

     東雲神社です。
     この神社、久松家(松山藩主松平家)と同家の祖先神である天穂日命、菅原道真が祀られています。

  •  太宰府天満宮も行きたいね〜などと思いつつ、とりあえずお約束のように裏へ。<br /> 戦災で燃えてたりしているようで建物自体は見るものがないです。 <br /> てな訳で次へ行きましょう。 <br />

     太宰府天満宮も行きたいね〜などと思いつつ、とりあえずお約束のように裏へ。
     戦災で燃えてたりしているようで建物自体は見るものがないです。
     てな訳で次へ行きましょう。

  •  駐車場へは戻らずテクテクと歩いていきます。

     駐車場へは戻らずテクテクと歩いていきます。

  •  ここ、一通なので車ではうろうろ出来ません。

     ここ、一通なので車ではうろうろ出来ません。

  •  最近気が付いたのですが、こうやって歩くと一緒にいる友人の体力を一気に奪っていくようです。

     最近気が付いたのですが、こうやって歩くと一緒にいる友人の体力を一気に奪っていくようです。

  •  つうか、みんな運動不足すぎ^^; <br /> 一番元気なのが私より10歳も年上の先輩だったりするところが微妙なのよね^^;<br />

     つうか、みんな運動不足すぎ^^;
     一番元気なのが私より10歳も年上の先輩だったりするところが微妙なのよね^^;

  •  さて、目的地に近づいてきました。

     さて、目的地に近づいてきました。

  •  もうそろそろ3時か・・・

     もうそろそろ3時か・・・

  •  また坂道だよ><

     また坂道だよ><

  •  喉が渇いた・・・

     喉が渇いた・・・

  •  そして目的地。 <br /> 萬翠荘です!

     そして目的地。
     萬翠荘です!

  •  松山城、東雲神社と回った私たちは、徒歩で萬翠荘とやってきました。 <br /> お〜、洋館です。<br /> 見ればわかるって^^; <br /> ここ、愛媛県美術館別館です。 <br /> では早速中へ入ってみましょう。 <br /> 入り口を入るといきなり階段です。 <br />

     松山城、東雲神社と回った私たちは、徒歩で萬翠荘とやってきました。
     お〜、洋館です。
     見ればわかるって^^;
     ここ、愛媛県美術館別館です。
     では早速中へ入ってみましょう。
     入り口を入るといきなり階段です。

  •  よく、テレビなどで見る洋館と同じ作りですね。 <br />

     よく、テレビなどで見る洋館と同じ作りですね。

  •  この萬翠荘は大正11年、旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨伯爵が別荘として建てたものです。 <br /> 松平姓を名乗り、親藩大名だった久松家であり、幕末には幕府側として「禁門の変」や「長洲征伐」に参戦していました。 <br /> 維新の時には当然朝敵として追討を受けることになるわけですが、松山藩は朝廷に敵対する意志がないことを示し、新政府側の土佐藩の兵を城下に入れ無血開城となりました。 <br /> 藩主定昭は常信寺で謹慎することになりました。 <br /> 当時、藩内では恭順論者と主戦論者が対立していました。 <br /> 定昭は最終的に恭順論を受け入れたわけですが、結果として大正時代には伯爵の爵位をもらい萬翠荘なんて別荘を所有していたわけだ^^; <br /> よかったですね、徹底抗戦でなくて・・・<br />

     この萬翠荘は大正11年、旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨伯爵が別荘として建てたものです。
     松平姓を名乗り、親藩大名だった久松家であり、幕末には幕府側として「禁門の変」や「長洲征伐」に参戦していました。
     維新の時には当然朝敵として追討を受けることになるわけですが、松山藩は朝廷に敵対する意志がないことを示し、新政府側の土佐藩の兵を城下に入れ無血開城となりました。
     藩主定昭は常信寺で謹慎することになりました。
     当時、藩内では恭順論者と主戦論者が対立していました。
     定昭は最終的に恭順論を受け入れたわけですが、結果として大正時代には伯爵の爵位をもらい萬翠荘なんて別荘を所有していたわけだ^^;
     よかったですね、徹底抗戦でなくて・・・

  •  暖炉〜

     暖炉〜

  •  この辺りは2階です。<br /> 至る所に鏡があり、自分が写り込みそうで写真を撮るのも一苦労。 <br />

     この辺りは2階です。
     至る所に鏡があり、自分が写り込みそうで写真を撮るのも一苦労。

  •  この日、2階出端にも展示していなかったので各部屋も広々していました。

     この日、2階出端にも展示していなかったので各部屋も広々していました。

  •  建物全体は小さくあまり広くなかったのですが作りはさすがによかったです。

     建物全体は小さくあまり広くなかったのですが作りはさすがによかったです。

  •  あまり見るものもなく、萬翠荘を後にします。 <br /> で、萬翠荘の裏を向け山を登っていきます。

     あまり見るものもなく、萬翠荘を後にします。
     で、萬翠荘の裏を向け山を登っていきます。

  •  どんどん奥へ〜^^; <br />

     どんどん奥へ〜^^;

  •  で、見つけた建物がこれ。 <br /> 夏目漱石が松山中学教師時代に下宿していた愚陀仏庵の復元です。 <br /> 子規と漱石が52日間という短い期間でしたが同居し、俳句に熱中していたそうです。 <br /> 周りを見ると漱石ファンぽい人がいっぱい。 <br /> 私たち、思いっきり場違いでした^^; <br /> 早々に退散。 <br /> さあ、この旅のメインイベント! <br /> 道後温泉へ向け、出撃だ!! <br />

     で、見つけた建物がこれ。
     夏目漱石が松山中学教師時代に下宿していた愚陀仏庵の復元です。
     子規と漱石が52日間という短い期間でしたが同居し、俳句に熱中していたそうです。
     周りを見ると漱石ファンぽい人がいっぱい。
     私たち、思いっきり場違いでした^^;
     早々に退散。
     さあ、この旅のメインイベント!
     道後温泉へ向け、出撃だ!!

この旅行記のタグ

1いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP