2007/02/26 - 2007/03/02
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イスカンダル亜力山大さん
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世界に類を見ない発展をひた走る上海。
30階建て以上の高層ビルが3000棟ある上海。
(東京は1600棟とか)
語り尽くし知り尽くされたと思われる上海。
本当にそうかなあ?
上海、その歴史は意外に浅く、歴史的なものは無いに等しいとも言われる。
しかし、現在の中国の礎を築いたのは、他ならぬ近代史の上海なのだ。
一歩路地裏に目を遣れば、上滑りの駆け足ツアーが踏み込めない20世紀初頭の上海が今も息づいている。
さあ、魔都上海へ!
この写真は1940年代のThe Bund(バンド=現在の外灘)
黄浦灘路(現在の中山東一路)界隈
以下、この「上海租界ぼらぼら」シリーズでは、なるべく当時の地名や建物名で表記し、現在の呼び名は()書きする。
- 同行者
- その他
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- その他
-
早朝の路上牛乳屋
私たちのホテルは、東西の徐家匯路(今も徐家匯路)と南北のAvenue Dubailアベニュー・デュバイユ呂班路(重慶南路)の北東角にある。
徐家匯路の南側は、華界(中国人のテリトリー)だった。
ってことで、ここは戦前はフランス租界の南の外れ。
フランス電車電灯公司の操車場があった辺りだ。
今でもホテルの北隣は、路線バス会社の巨大な立体駐車場になっている。
私たちは毎日ホテルから歩いて300mほど離れたバス停まで行き、そこから各方面へ出掛けていった。
悪いがこの牛乳売りのおばさんからは買わなかった。
なんせ、ホテルの1階にローソン(中国語で羅森)が有ったしねえ。
バス停の前にも便利店=コンビニがあったし。 -
朝の満員バス
私たちが利用したのは「建国東路重慶南路」バス停。
長ったらしいバス停名だが、これはじつは分かりやすい。
建国東路沿いにあって重慶南路と交わる辺りに有りますヨ、って意味のバス停だ。
ってことは、バス停で路線表を見たら、どこをどう走るバスか、だいたい分かる。
但し、上海の中心部だけネ。
郊外へ行けば、相変わらずワケわからんバス停名なんヨ。
ほんでもって、バスは、郊外バス以外はこの写真のように路線番号を掲げて走っている。
日本みたいに行き先表示は無い。
慣れない人には、非常に利用しにくい。
このバスは「730路」やけん、え〜っとお。。。。
南浦大橋を渡って、浦東の南新ニュータウン行きかあ。
南新ニュータウン?
知らんなあ。
なんせ上海のバスは中心部だけで500路線以上で総延長は3000km!
用事のない路線までは知らんで当然なのら。
っで、私たちは17路のバスに乗って、「江西中路漢口路」まで行く。 -
工部局
1921年竣工 古典様式建築
花崗岩の外壁のどっしりとした4階建て
現在は労働局etc.
バス停を降りて江西中路沿いに南へぼらぼら。
この辺りはThe Bund=バンド(外灘)の2本裏側の通りで、裏バンドと呼ばれる。
前方にShanghai Municipal Council Public Works Department=工部局(労働局)の古めかしい建物が見えてきた。
三馬路(漢口路)×江西中路×スマロ=四馬路(福州路)の江西中路沿いが全部工部局。
工部局は1854年、太平天国の乱を契機に英米仏三国によって組織された、租界の最高行政管理機構。
Shanghai Municipal Council Public Works Departmentの頭文字を取ってSMC PWDと略称される。
上海市優秀近代建築
漢口路193号他 -
右:工部局(労働局) 中:後期アメリカ総領事館(通商銀行)
1862年にフランスが独自の機構を作って脱退。
その後も英米共同租界の工部局として残った。
1945年に国民党政府の市庁舎となり、49年の新中国建国後も、55年まで、上海市政府(市役所)として使われた。
スマロ(福州路)×江西中路の交差点ド真ん中に、100年前のSMC PWDの刻印が入ったマンホールの蓋がある。
ちょっと変わった形をしているので直ぐ分かるが、何せ交差点ド真ん中。
あんまり冒険はお奨めできません。
奥に見える冠を被ったビルは、ホテル・ウェスティン上海。
現代の外灘を代表するビル。
2006年の大晦日、紅白歌合戦で松任谷由実が上海からの生出演で歌ってたのが、このホテルの低層階屋上急ごしらえステージだった(たぶん)。 -
メトロポールホテル
1935年竣工 ゴシック調モダニズム様式建築
現在は新城飯店
サッスーン財閥所有の当時の最先端豪華ホテル。
(サッスーンは後述)
Metropole Hotel前の交差点は、馬車が車を回すために、円形にカットされ、周囲の建物も総て円形にセットバックして建てられている。
このアングルで、それがよく分かる。
1944年、映画ロケのために、阪東妻三郎が長期滞在。
何の映画だか????
上海市優秀近代建築
江西中路180号 -
匯豊銀行(絵葉書から)
1923年竣工 アールデコ様式建築
現在は上海浦東発展銀行
メトロポールホテル(新城飯店)からスマロ=四馬路(福州路)をThe Bund=バンド(外灘)方向へ。
三井洋行(1903年竣工:福利大楼)の交差点で四川中路を横切り、更に東へ。
黄浦灘路(中山東一路)へ突き当たり左折したら匯豊銀行(浦東発展銀行)の玄関先にライオン像がお出迎え。
ライオンはレプリカで、本物は上海博物館のお蔵で眠れる獅子状態。
さあ。バンドへ出てきたぞ!
HONGKONG SHANGHAI BANKING CORP=匯豊銀行=香港上海銀行、略称HSBCは、香港に本店を置くイギリス系の大銀行。
香港ドルの紙幣を発行する銀行としても知られる。
この建物は、匯豊銀行上海支店として1923年に建てられた。
竣工当時、スエズ運河とベーリング海峡の間で最も美しい建物と褒め称えられた。
1949年の新中国建国後、1955年に上海市政府=市役所と共産党委員会が置かれ、この美しいビルは、金融の中心から政治の中枢へと変貌を遂げる。
今でも上海の位置を表す緯度経度はこのビルになっている。
ここはいわば上海のヘソ。
1995年に市庁舎が人民広場へ移転し、96年に民間に使用権が渡され、ビルは再び本来の業務を得る。
市庁舎時代に塗り固められていた天井壁画が元の姿に戻され、訪れる人々は、その美しさに感嘆の声をあげる。
(撮影禁止)
上海市優秀近代建築
中山東一路12号 -
左:匯豊銀行 右:海関大楼
上海海関=税関は1927年竣工
ゴシック・ルネッサンス折衷様式建築
現在も上海税関
鐘楼のあるクラシックビルとして、隣の匯豊銀行とともに、バンドの顔的存在。
時計は現在も現役で時を刻んでいる。
15分ごとにウエストミンスターチャイムがバンド一帯に鳴り響く。
上海市優秀近代建築
中山東一路13号 -
海関大楼(税関)から中国銀行まで
交通銀行(総工会)1940年竣工
バンドで最後にできた建物
華俄道勝銀行=露清銀行(外匯交易中心)1901年竣工
この写真には写っていない
台湾銀行(招商銀行)1926年竣工
この写真には写っていない
ノースチャイナ・デイリーニュース&ヘラルド(友邦大厦)1921年竣工
チャータード銀行(友邦大厦)1923年竣工
パレスホテル(和平飯店南楼)1906年竣工
最初にエレベーターを設置したビル
サッスーン・ハウス(和平飯店北楼):1929年竣工
不動産王サッスーン財閥の本拠地
中国銀行本店(中国銀行上海支店)1937年竣工 -
サッスーン・ハウス(絵葉書から)
1929年竣工 アールデコ様式建築
現在は和平飯店北楼
上海の不動産王サッスーンの本拠地として建てられたバンドを代表する建物。
竣工当時、1〜4階までがオフィス。
5〜10階がキャセイホテル。
最上階11階が財閥総帥ビクター・サッスーンの自室。
自室上の三角屋根の尖塔部分だけで、ビル6階分の高さがある。
上海市優秀近代建築
中山東一路20号 -
浦東新区遠望
パブリックガーデン(黄浦公園)から黄浦江対岸の金融街ビル群を望む。
右の方にひときわ聳える鉛筆型ビルは、金茂大厦。
88階建てで、中国一ののっぽビル。
世界でも第4位の超高層ビル。
最上階は展望台。
54階から87階までは、グランドハイアットホテル。
53階以下はオフィスが入居する。
その後ろに建築中のビルは上海環球金融中心。
というよりも森ビルが建てている上海ヒルズだ。
完成すれば101階建てで、金茂大厦を抜く。
左のタワーは東方明珠塔。
こちらは世界第3位の高さを誇る。
夜になったら、ド派手なイルミネーションでタワーが煌めく。
左端の巨大な地球儀は、東方濱江大酒店というホテルの展望バー。
どのビルを見ても、日本人の理解を超えた感性だ。
そうそう、上海ヒルズも斬新なデザインになる予定。
お楽しみに! -
ガーデンブリッジ
黄浦江と蘇州河の合流点
現在の橋は1907年に竣工した鉄橋だが、初代(1856年竣工)、二代目(1873年竣工)とも木橋だった。
現在も外白渡橋
「外」国人が、無料「白」で「渡」れた「橋」から橋の名前が付けられた、と言われるその名の由来は俗説で、外側の渡し場の「外罷渡口」という意味から来る地名が、本来の由来。
日本占領下では、日本軍の検問所が設けられた。
上海市優秀近代建築 -
ブロードウェイ・マンション
1934年竣工 アールデコ様式建築
現在は上海大厦
ガーデンブリッジ北詰に堂々たる量感でそびえ立つアールデコを代表する建築の一つ。
サッスーン財閥所有の外国人長期滞在者向けマンションとして竣工。
高さ78.3mの22階建て。
1939年に日本のとある金融資本に売却された。
実際には日本軍部が取り仕切り、笹川良一の息のかかった児玉機関が2階にあったことで有名。
清朝王族愛新覚羅家の血を引く「男装の麗人」と言われた日本名・川島芳子は、ここに出入りしていた。
18階テラスからのバンドの眺めは上海一かも。
百万ドルの夜景が広がる。
日本のバブルがはじける前、日系企業が取っ替え引っ替え屋上に看板を上げていたが、今の看板はドイツの某製薬のもの。
上海市優秀近代建築
北蘇州路20号 -
ロシア領事館(絵葉書から)
1917年竣工 世紀末折衷様式建築
現在もロシア総領事館
蘇州河と黄浦江が合流するガーデンブリッジ北詰にあるレンガ造りの4階建て。
帝政ロシアの領事館が、1924年にソ連領事館として引き継がれた。
27年に閉鎖されたが、33年に南京政府がソ連と国交を樹立して再開。
35年の革命記念パーティーには、魯迅や宋慶齢も招かれた。
60年代の中ソ対立で再び閉鎖。
86年に三たびソ連領事館として復活し、1991年のソ連崩壊で67年ぶりにロシアに戻った。
黄浦路20号 -
上海郵政総局
1922年着工 1924年竣工 古典主義建築
現在は郵政大厦
ガーデンブリッジ(外白渡橋)を北へ渡って、北バンドへ。
ここから北側は日本租界=共同租界北区
北蘇州路へ左折。
ブロードウェイマンション(上海大厦)の近代的に改装されたロビーに落胆し、更に西へ。
二白渡橋(乍浦路橋:1927年竣工)から上海郵政総局を眺める。
郵政総局(郵政局)の4階建ての重厚な建物は、蘇州河から北側では、数少ない当時の租界を忍ばせるビル。
東南の角の屋上にそびえる鐘楼風の塔屋は高さ49.5m。
かつては天使や手紙を書く女神などのレリーフが描かれていたが、文化大革命で木っ端微塵に破壊された。
その後、修復はされていない。
現在は2階の一部が郵便業務を行っているほかに、郵政博物館も併設している。
全国重点文物保護単位=全国重要文化財
北蘇州路276号
郵政総局(郵政局)の右に写っているのは松坂屋(弘基假日広場:1939年竣工)
今は雑居ビルだ。 -
上海郵政総局
北蘇州路から北四川路(四川北路)へ右折。
北へ向かう。
北四川路(四川北路)から振り返ったら、棟屋がよく見える。 -
ニューアジアホテル
1934年竣工
現在も新亜大酒店
New Asia Hotelは、昔の上海の著名なホテルの一つ。
8階建て。
香港にグループの本部を置き、1934年開業。
魔都上海としては珍しく、売春、賭博、阿片禁止を営業方針としていた。
戦時中の一時期は、日本軍に接収されていた。
天潼路422号 -
日本憲兵隊本部
1930年代に建てられたL字型の7階建てビル
現在は大橋大楼
第二次上海事変(1937年:昭和 12年)後に日本憲兵隊が買収し、本部を設置した。
終戦後は国民党が接収し、警備司令部が置かれた。
1948年に中国銀行が購入し、職員宿舎として使われている。
四川北路181号 -
昼前になった。
ここらで昼食を。。。。。
おっ、前方に「大娘水餃」発見!
大娘水餃は餃子のファストフードチェーン店。
大娘は長女とチャう。
身長の高い娘でもない。
お母さんって意味。
レジで食券を買って、席で待っていたら、ウエイトレスが餃子を持ってきてくれる。
餃子の他に、簡単な料理もある。
おっ!
日本で流行りつつある[女乃]茶(タピオカティー)もあった。
赤いユニフォームのお姐さんの前に並んでるのが、タピオカティー。 -
餃子といっても日本のような焼き餃子ではない。
水餃子なのら。
中国でギョウザと言えば水餃子のこと。
焼き餃子はれっきとしたMade in Japanの食べ物で、中国ではマイナーだ。
ちなみに焼き餃子は中国では鍋貼と言う。
以前は、食器が使い捨ての発泡スチロール容器だったが、今は環境に配慮したのか、使い回しのプラスチック容器だ。
が、けっこう汚れてる感じがした。
しっかり洗うてヨなあ、Sigh!
軽い昼食が終わったころ、店内が混雑し始めた。
レジも行列ができたナ。
やっぱし早めの食事は大正解! -
砂糖キビジュース売り
北四川路(四川北路)を北上し、読売新聞中支支局(第七百貨)を海寧路へ左折。
歩道橋の下に砂糖キビジュースを売るオッサンを発見。
けっこう衛生に気を遣っているのか、使い捨ての手袋で作業していた。
オヤジ、一杯くれや!
あいよ!
ってな遣り取りがあって、皮を剥いた砂糖黍を搾汁機に掛けてジュースの出来上がり。 -
海寧路四川北路バス停から13路のバスに乗る。
目指すは提籃橋。
終点までやけん、何〜も考えんと乗っとうだけや。
何駅目と数えることもなければ、車内アナウンスに耳を澄ませることもない。
楽勝じゃ~~~\(^^)
昼時であんまり乗客が乗っとらん。
途中のバス停から乗ってきたおばさんを激写。
ちょっと驚かせてもた。
おばさん、毎度のバスに乗ったら日本語が飛び交うとう。
これまたビックリさせてもたわなあ。
画面左の黄色いポールに引っ付いた緑の小箱は、カードリーダー。
何を読む機械か?
上海公共交通カードを読みとる機械。
このカードは上海のほとんどの交通機関(バス・タクシー・地下鉄・リニア・渡し船)で使えるプリペイドカード。
とくに、ワンマンカーではお釣りが出ないので、慢性小銭不足の上海では重宝する。
乗り込んでピッとかざせば支払完了。
さあて、次なる目標はゲットー=ユダヤ人居留区なりぃ〜〜〜
ここまでは誰でも行ってる定番的な上海だったが、これ以降はちょっとチャう。
お覚悟召され(大袈裟なぁ〜〜〜)
上海租界ぼらぼら<ゲットー〜日本租界>へ つづく
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