2004/08/21 - 2004/08/21
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Johnnieさん
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松陰神社を出て、道に迷いながらも萩城址へ。
とても広くて立派な城跡なだけに、より一層、毛利家の悲哀を感じてしまいました。
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道に迷いながら(?)やって来ました、萩城址。
長州毛利家の居城でした。
後に見えるのは指月山です。 -
美しい堀に囲まれていますね。
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毛利氏は元々、中国8ヶ国を治めていましたが、関ヶ原の戦いで敗れたことにより領地を削られ、周防と長門のいわゆる防長二州に移封されました。
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そして此処、指月山の麓に築城することになったのです。
慶長9年(1604)着工、どう13年竣工。
これより文久3年(1863)第13代藩主敬親が藩府を山口に移転するまでの260年間、長州政治の中心地でした。 -
城址にはお決まりの石碑も、寂しさを感じさせます。
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薄暗くなって来たので、やや早足で城址内を散策しました。
移築された茶亭や茶室などを見学できます。 -
【志都岐山神社】
毛利輝元が主祭、元就・敬親二公を配祀とし、他の代々の藩主は合祀してあります。
心なしか、狛犬も少し寂しそうです。 -
【東園】
城内藩主遊息の庭園でした。
二代藩主綱広は園内に稲田を設け自ら耕したと言われます。
城解体の時、池は庭石と共に埋められました。
現在のものは大正14年復元修理したものです。 -
萩城は平山城の形式に属し、阿武川デルタの根本を横断し外堀とし、その外を城下町とし内を城郭としました。
川の流れは長い間、毛利家の盛衰を見て来たことでしょう。 -
【旧厚狭毛利家萩屋敷長屋】
萩城址を出た後、共通チケットで入れる「旧厚狭毛利家萩屋敷長屋」へやって来ました。 -
【旧厚狭毛利家萩屋敷長屋】
厚狭毛利家は、毛利元就の五男元秋を始祖とする毛利家の一門です。
立派な門構えですね。 -
【旧厚狭毛利家萩屋敷長屋】
長いですね。
現在萩市内に残っている武家屋敷長屋の中で最も大きいそうです。 -
【旧厚狭毛利家萩屋敷長屋】
中も少し見学できます。
ちょっとした展示品もあって楽しめました。
哀愁漂う萩城址を後にし、日が暮れる前に江戸屋横丁へと向かいます。
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