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2006/10/24(火)第17日目:シギショアラ<br />シギショアラ着4:40頃<br />駅前ホテル・シクに飛び入りで部屋をとり(早朝5時頃)、少し仮眠をとった後、旧市街へ<br />改革派教会(入れず)、ルーマニア正教会、中世武器博物館と歴史博物館と時計塔はどれも入れず、屋根付木造階段、山上教会と墓地散策<br /><br />シギショアラのハイライトは、やはり城山の城塞内でしょう。<br />そこにたどり着く前にルーマニア正教会見学をたっぷり楽しむことはできたものの、見学を終えてしまえば、あれは前座かオードブルの感覚。<br />ルーマニア正教会は本当に思いがけなく、すばらしかったものの、今日一日はまだ始まったばかり。<br />常にこれからへの期待に胸を焦すものでしょう。<br /><br />そうしてたどり着いた旧市街。<br />着いてみれば、時計塔には入れず、歴史博物館も刑罰武器博物館も月曜日でも時間外でもないのになぜか閉館、時計塔のそばの教会にも入れず。<br />これにはちょっとまいってしまいました。<br />30分もあればぐるりと回れそうな小さな旧市街。<br />ほんとに残りの半日、こんな狭いエリアの散策だけで、時間をつぶさなくてはならないのでしょうか。<br />今日一日はのんびり過ごそうと思ったわりには、旅先ではあれもこれも見たいと欲張る私、これでは時間をもて余してしまう!───と、途方に暮れました。<br />時計塔にも歴史博物館にも教会にも入れないと知っていたら、午後は車でもチャーターして、近郊のビエルタンにでも行くことにすればよかった───。<br /><br />と思ったものの、この段階では、まだ屋根付木造階段を上って山上教会に行くという選択肢が残っていたので、気を取り直して向かったときから、少しずつここシギショアラでの観光ペースがつかめてきました。<br />中世にタイムスリップしたような古都で、私はどうやら、テーマパーク的なお手軽な楽しみを求めていたようです。<br />そんな分かりやすいハイライトを求めるのをやめてみれば、シギショアラの良さが見えてきました。<br />すなわち、写真を撮りたいスポットが、目に飛び込んでくるようになりました。<br /><br />とはいえ、さすがに世界遺産にも登録され、ルーマニア人が観光客に薦める筆頭の、古都としての面影を残す町だけあって、リュックを背負った観光客らしき人たちはあちこちで見かけました。<br />団体旅行客も1組だけ見かけました。<br />しかし旅行者といっても、どちらかというと、ルーマニア国内から来たと思われる1〜3名くらいの中・高校生が多かったのが印象的でした。<br /><br />「シギショアラ旧市街<br />12世紀から入植を始めたドイツ植民者の町。ヴラド・ツェペシュ公(ドラキュラのモデル)の生家が保存されている。多くの建物は14世紀以降のもの。時計台をはじめ、高台の旧市街は中世の状態がほぼ完全な状態で維持されている。ドイツ植民者はルター派教会を信仰する者が多いため、多くのドイツ植民者の町には福音教会が建てられている。」<br />(「世界の建築・街並みガイド5」(エクスナレッジ社)より)

2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(3):世界遺産の城山要塞散策

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2006/10/24 - 2006/10/24

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まみ

まみさん

2006/10/24(火)第17日目:シギショアラ
シギショアラ着4:40頃
駅前ホテル・シクに飛び入りで部屋をとり(早朝5時頃)、少し仮眠をとった後、旧市街へ
改革派教会(入れず)、ルーマニア正教会、中世武器博物館と歴史博物館と時計塔はどれも入れず、屋根付木造階段、山上教会と墓地散策

シギショアラのハイライトは、やはり城山の城塞内でしょう。
そこにたどり着く前にルーマニア正教会見学をたっぷり楽しむことはできたものの、見学を終えてしまえば、あれは前座かオードブルの感覚。
ルーマニア正教会は本当に思いがけなく、すばらしかったものの、今日一日はまだ始まったばかり。
常にこれからへの期待に胸を焦すものでしょう。

そうしてたどり着いた旧市街。
着いてみれば、時計塔には入れず、歴史博物館も刑罰武器博物館も月曜日でも時間外でもないのになぜか閉館、時計塔のそばの教会にも入れず。
これにはちょっとまいってしまいました。
30分もあればぐるりと回れそうな小さな旧市街。
ほんとに残りの半日、こんな狭いエリアの散策だけで、時間をつぶさなくてはならないのでしょうか。
今日一日はのんびり過ごそうと思ったわりには、旅先ではあれもこれも見たいと欲張る私、これでは時間をもて余してしまう!───と、途方に暮れました。
時計塔にも歴史博物館にも教会にも入れないと知っていたら、午後は車でもチャーターして、近郊のビエルタンにでも行くことにすればよかった───。

と思ったものの、この段階では、まだ屋根付木造階段を上って山上教会に行くという選択肢が残っていたので、気を取り直して向かったときから、少しずつここシギショアラでの観光ペースがつかめてきました。
中世にタイムスリップしたような古都で、私はどうやら、テーマパーク的なお手軽な楽しみを求めていたようです。
そんな分かりやすいハイライトを求めるのをやめてみれば、シギショアラの良さが見えてきました。
すなわち、写真を撮りたいスポットが、目に飛び込んでくるようになりました。

とはいえ、さすがに世界遺産にも登録され、ルーマニア人が観光客に薦める筆頭の、古都としての面影を残す町だけあって、リュックを背負った観光客らしき人たちはあちこちで見かけました。
団体旅行客も1組だけ見かけました。
しかし旅行者といっても、どちらかというと、ルーマニア国内から来たと思われる1〜3名くらいの中・高校生が多かったのが印象的でした。

「シギショアラ旧市街
12世紀から入植を始めたドイツ植民者の町。ヴラド・ツェペシュ公(ドラキュラのモデル)の生家が保存されている。多くの建物は14世紀以降のもの。時計台をはじめ、高台の旧市街は中世の状態がほぼ完全な状態で維持されている。ドイツ植民者はルター派教会を信仰する者が多いため、多くのドイツ植民者の町には福音教会が建てられている。」
(「世界の建築・街並みガイド5」(エクスナレッジ社)より)

  • 時計塔を見上げて<br />城塞内に入る直前です。<br /><br />「城壁めぐりは、石畳の坂を南からのぼり、有名な時計塔の下のアーチを潜った場所から始まる。シギショアラのランドマークである時計塔は、当初壁に囲まれた旧市街の正門であった。高さは64メートルもあり、下部の頑丈な基礎部分は、壁の暑さが2.36mにも達する。」<br />(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

    時計塔を見上げて
    城塞内に入る直前です。

    「城壁めぐりは、石畳の坂を南からのぼり、有名な時計塔の下のアーチを潜った場所から始まる。シギショアラのランドマークである時計塔は、当初壁に囲まれた旧市街の正門であった。高さは64メートルもあり、下部の頑丈な基礎部分は、壁の暑さが2.36mにも達する。」
    (「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

  • 時計塔の下の通路

    時計塔の下の通路

  • 城塞内へ通じる時計塔の下の通路<br /><br />いやぁ、年季が入っています@

    城塞内へ通じる時計塔の下の通路

    いやぁ、年季が入っています@

  • 旧市街の一角<br />屋根付木造階段に向かう途中で撮りました。

    旧市街の一角
    屋根付木造階段に向かう途中で撮りました。

  • しばらく時間が経過しました。<br />この間、屋根付木造階段を登って、山上教会と、教会の前にある古いドイツ人墓地を回りました。<br />その写真は、次の旅行記にまとめました。<br /><br />「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(4):屋根付木造階段を上って山上教会と墓地へ」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10129862/<br /><br />この写真は、山上教会をおりる途中で撮りました。<br />城壁のかつての見張り塔でしょうか。

    しばらく時間が経過しました。
    この間、屋根付木造階段を登って、山上教会と、教会の前にある古いドイツ人墓地を回りました。
    その写真は、次の旅行記にまとめました。

    「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(4):屋根付木造階段を上って山上教会と墓地へ」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10129862/

    この写真は、山上教会をおりる途中で撮りました。
    城壁のかつての見張り塔でしょうか。

  • 可愛い煙突にどうしても目が惹かれます。<br /><br />上りは、シギショアラの名物の一つ、屋根付木造階段を使いましたが、帰りは、地元の子と思われる子たちが使っていた坂道を利用しました。<br />屋根付の階段も面白かったけれど、屋根だけでなくサイドもすっぽり覆われていたので、周りの景色を見ることができませんでしたからね。

    可愛い煙突にどうしても目が惹かれます。

    上りは、シギショアラの名物の一つ、屋根付木造階段を使いましたが、帰りは、地元の子と思われる子たちが使っていた坂道を利用しました。
    屋根付の階段も面白かったけれど、屋根だけでなくサイドもすっぽり覆われていたので、周りの景色を見ることができませんでしたからね。

  • 可愛い煙突と目のような明かり取りの窓のある家。<br /><br />旧市街は、ガイドブックの地図もあってないようなもの。<br />山上教会から下りるときに屋根付木造階段を使わないということは、回り道になります。<br />道に迷う心配はあまりしていませんでしたが、ちゃんともとの広場に戻れるかな、この道が突き当たりで、もう一度、戻らなくてはならなかったりしないかな、という心配はありました。<br />でも、地元の子がどんどん下りていくから、後をついて行ってしまいましょ@<br />あからさまに後をつけているのが分からないように、少しを距離をおいて……と思ったのですが、すぐに立ち止まっては写真を撮っている私は、あっという間に引き離されてしまいました@

    可愛い煙突と目のような明かり取りの窓のある家。

    旧市街は、ガイドブックの地図もあってないようなもの。
    山上教会から下りるときに屋根付木造階段を使わないということは、回り道になります。
    道に迷う心配はあまりしていませんでしたが、ちゃんともとの広場に戻れるかな、この道が突き当たりで、もう一度、戻らなくてはならなかったりしないかな、という心配はありました。
    でも、地元の子がどんどん下りていくから、後をついて行ってしまいましょ@
    あからさまに後をつけているのが分からないように、少しを距離をおいて……と思ったのですが、すぐに立ち止まっては写真を撮っている私は、あっという間に引き離されてしまいました@

  • ドラキュラのモデルであるヴラド・ツェペッシュ顔の看板<br /><br />山上教会と墓地を見学した後、一時、雨に降られました。<br />どこで雨宿りをしようかと足早に歩き始めた私の目の前に、こんなのが@<br />吸血鬼のモデルとなったヴラド・ツェペッシュ。<br />初めてその絵を見たときは、ちょっとぉ……と思ったものですが、こんな頭でっかちのかわいいヴラド・ツェペッシュなら歓迎かな。<br />看板は、さすが、英語ですわ。<br /><br />ヴラド・ツェペッシュはどんな顔をしていたか。<br />そのイラストは、シギショアラのおみやげ屋さんのドラキュラグッズにありました。<br />この雨宿りで入ったおみやげ屋の写真とあわせて、シギショアラで撮った初めてのルーマニアのおみやげの写真は、別の旅行記にまとめました。<br /><br />「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(5):初めて見るルーマニアのお土産」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10130681/

    ドラキュラのモデルであるヴラド・ツェペッシュ顔の看板

    山上教会と墓地を見学した後、一時、雨に降られました。
    どこで雨宿りをしようかと足早に歩き始めた私の目の前に、こんなのが@
    吸血鬼のモデルとなったヴラド・ツェペッシュ。
    初めてその絵を見たときは、ちょっとぉ……と思ったものですが、こんな頭でっかちのかわいいヴラド・ツェペッシュなら歓迎かな。
    看板は、さすが、英語ですわ。

    ヴラド・ツェペッシュはどんな顔をしていたか。
    そのイラストは、シギショアラのおみやげ屋さんのドラキュラグッズにありました。
    この雨宿りで入ったおみやげ屋の写真とあわせて、シギショアラで撮った初めてのルーマニアのおみやげの写真は、別の旅行記にまとめました。

    「2006年ハンガリーとルーマニア旅行第17日目シギショアラ(5):初めて見るルーマニアのお土産」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10130681/

  • ちょっと面白いと思った、シカのデザインの看板<br />ホテルCasa cu Cerbの建物<br /><br />Cerbとは、シカの意味。<br />ホテルの名前は、まんまこの彫刻から来ているようです。<br /><br />まだ時間は15時すぎ。ちょっと時間をもて余して、どうしよう、と思っているときに撮りました。<br />シギショアラの見どころはこの旧市街。<br />下りてしまったら、また上るのはしんどいし。<br />ぶらぶら散歩でもしましょうか。

    ちょっと面白いと思った、シカのデザインの看板
    ホテルCasa cu Cerbの建物

    Cerbとは、シカの意味。
    ホテルの名前は、まんまこの彫刻から来ているようです。

    まだ時間は15時すぎ。ちょっと時間をもて余して、どうしよう、と思っているときに撮りました。
    シギショアラの見どころはこの旧市街。
    下りてしまったら、また上るのはしんどいし。
    ぶらぶら散歩でもしましょうか。

  • 時計塔と路地<br /><br />旧市街の中心であるチェタチイ広場(Piata Cetatii)から眺めたところ。<br />路地といっても、この通りは旧市街の中でもメインストリートといえます。<br />手前は、さきほどのシカの看板があった建物です。<br /><br />この時計塔からの眺めは最高だそうです。中に入れなくて、本当に残念です。<br />オレンジ色の瓦屋根の旧市街が見下ろせるようです。<br />まあ、山上教会から下りてくる途中で、オレンジ屋根が並ぶ様子は一部だけ見ることができましたけれどね。

    時計塔と路地

    旧市街の中心であるチェタチイ広場(Piata Cetatii)から眺めたところ。
    路地といっても、この通りは旧市街の中でもメインストリートといえます。
    手前は、さきほどのシカの看板があった建物です。

    この時計塔からの眺めは最高だそうです。中に入れなくて、本当に残念です。
    オレンジ色の瓦屋根の旧市街が見下ろせるようです。
    まあ、山上教会から下りてくる途中で、オレンジ屋根が並ぶ様子は一部だけ見ることができましたけれどね。

  • 路地とカトリック教会<br /><br />手前に看板「Casa Legenda」。ホテルではないでしょうか。<br />ガイドブックの地図を見ると、ここにはホテルとレストランがあるようなのです。<br /><br />方向的には、山上教会に背を向けて、北東めざして歩きました。<br />奥に教会が見えたので、入れるかどうかは分からなくても、やっぱり行ってみるべきでしょう。<br />教会の中には入れました。<br />小さなカトリック教会で、そんなに見るものはなかったけれど。<br />奥の教会が、この道の終点です。

    路地とカトリック教会

    手前に看板「Casa Legenda」。ホテルではないでしょうか。
    ガイドブックの地図を見ると、ここにはホテルとレストランがあるようなのです。

    方向的には、山上教会に背を向けて、北東めざして歩きました。
    奥に教会が見えたので、入れるかどうかは分からなくても、やっぱり行ってみるべきでしょう。
    教会の中には入れました。
    小さなカトリック教会で、そんなに見るものはなかったけれど。
    奥の教会が、この道の終点です。

  • カトリック教会の右手に見つけた、可愛いとんがり帽子の建物@<br />これは、この旧市街に残る9つの塔の一つだそうです。

    カトリック教会の右手に見つけた、可愛いとんがり帽子の建物@
    これは、この旧市街に残る9つの塔の一つだそうです。

  • 塔に近付いてみました。<br />なるほど、時に忘れ去られたような一角です。<br />バイクがなければね。<br /><br />でも、この塔を見つけて、時間をもて余してしまったなぁと思いながらも、ぶらぶら旧市街を散策していて、よかったと思いました。<br /><br />「町の歴史も古く、ローマ軍が駐屯した歴史もある。当初はカストラム・ゼクスの名で記録されている。ザクセン人が入植したのが12世紀。彼等は手仕事と公益を基幹とする町づくりを目指した。<br />(中略)<br />特徴ある塔が幾つか見える。ザクセン人の町に共通の、あのギルドの存在を示すタワーである。シギショアラには、盛時、金細工、ブリキ加工、大工、テーラーなど14のギルドがあった。ギルドには城内に仕事場を持つ特権を与えられていた。<br />(中略)<br />シギショアラのギルドは1875年まで存続した。」<br />(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

    塔に近付いてみました。
    なるほど、時に忘れ去られたような一角です。
    バイクがなければね。

    でも、この塔を見つけて、時間をもて余してしまったなぁと思いながらも、ぶらぶら旧市街を散策していて、よかったと思いました。

    「町の歴史も古く、ローマ軍が駐屯した歴史もある。当初はカストラム・ゼクスの名で記録されている。ザクセン人が入植したのが12世紀。彼等は手仕事と公益を基幹とする町づくりを目指した。
    (中略)
    特徴ある塔が幾つか見える。ザクセン人の町に共通の、あのギルドの存在を示すタワーである。シギショアラには、盛時、金細工、ブリキ加工、大工、テーラーなど14のギルドがあった。ギルドには城内に仕事場を持つ特権を与えられていた。
    (中略)
    シギショアラのギルドは1875年まで存続した。」
    (「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

  • 旧市街の路地<br /><br />カトリック教会の目の前の通りです。<br />こうして見ると、なかなかカラフルです。<br />さっき軽く雨が降ったばかりなので、石畳がまだ濡れています。<br />空には、山上教会のあった小山がうっすら見えます。<br />あの山が旧市街の南の端の突き当たりです。<br />ほんとに小さなエリアです。

    旧市街の路地

    カトリック教会の目の前の通りです。
    こうして見ると、なかなかカラフルです。
    さっき軽く雨が降ったばかりなので、石畳がまだ濡れています。
    空には、山上教会のあった小山がうっすら見えます。
    あの山が旧市街の南の端の突き当たりです。
    ほんとに小さなエリアです。

  • 旧市街の路地<br /><br />さきほどの可愛い塔に続く路地です。<br />塔の方を背景に撮りました。<br />山上教会が半分だけ見えています。<br />誰か通行人が通るのを待っていたのですが、なかなか通らないのであきらめました。

    旧市街の路地

    さきほどの可愛い塔に続く路地です。
    塔の方を背景に撮りました。
    山上教会が半分だけ見えています。
    誰か通行人が通るのを待っていたのですが、なかなか通らないのであきらめました。

  • 旧市街の路地<br /><br />カラフルな建物に惹かれ、今度はこの道を進むことにしました。<br />すると、旧市街の中心、チェタチイ広場(Piata Cetaii)に通じていました。<br />ほんとに小さいエリアです。

    旧市街の路地

    カラフルな建物に惹かれ、今度はこの道を進むことにしました。
    すると、旧市街の中心、チェタチイ広場(Piata Cetaii)に通じていました。
    ほんとに小さいエリアです。

  • ドラキュラのモデルであるヴラド・ツェペシュ公の生家のレストランの看板……のはず。<br />Cositorarilor通りの角です。<br /><br />黄色い壁のこの家は、たしかにドラキュラの生家といわれているはずなのですが、看板は、Restaurant BERARIEとあります。<br />しかし、「地球の歩き方」では、ドラキュラの生家のレストランは、カサ・ブラド・ドラクル(Casa Vlad Dracul)であり、「東欧の郷愁」(新潮社)では、「チェタチ」という名のレストランとあります。<br />では、この看板のレストランは、一体……?

    ドラキュラのモデルであるヴラド・ツェペシュ公の生家のレストランの看板……のはず。
    Cositorarilor通りの角です。

    黄色い壁のこの家は、たしかにドラキュラの生家といわれているはずなのですが、看板は、Restaurant BERARIEとあります。
    しかし、「地球の歩き方」では、ドラキュラの生家のレストランは、カサ・ブラド・ドラクル(Casa Vlad Dracul)であり、「東欧の郷愁」(新潮社)では、「チェタチ」という名のレストランとあります。
    では、この看板のレストランは、一体……?

  • ドラキュラの生家にあるレストランにて<br /><br />レストランは階段をあがったところにあるようです。<br />あがってすぐに、このような壁画が描かれていました。<br />中世の鎧や武器もちょっとだけおいてありました。<br />ドラキュラの生家らしい演出をしているつもりなのでしょうね。<br />まあ、何もないよりもいいですが。<br /><br />観光客向けには、ドラキュラの生まれた町というのは格好の宣伝になるのでしょう。<br />町のみやげ屋ではドラキュラゆかりのグッズにあふれていました。<br />ドラキュラのモデルであるヴラド・ドラクラ(Vlad Draculaで、末尾にaがつきます。あだ名はヴラド・ツェペシュ。ツェペシュは「串刺し」の意味)は1431年にシギショアラでヴラト・ドラクル(Vlad Draculで、末尾にaがつかない)の3人の子供のうちの二番目として生まれましたが、シギショアラで暮らしていたのはほんの数年のことだったといいます。<br />彼は彼の弟ラドゥとともに、オスマントルコに人質として連れていかれてしまい、17才になるまでスルタンの宮廷で育ちます。<br />その後、父の死により領土に戻りますが、居を構えたのは生まれ故郷のシギショアラではなく、タルゴヴィステ(Targoviste)という街でした。

    ドラキュラの生家にあるレストランにて

    レストランは階段をあがったところにあるようです。
    あがってすぐに、このような壁画が描かれていました。
    中世の鎧や武器もちょっとだけおいてありました。
    ドラキュラの生家らしい演出をしているつもりなのでしょうね。
    まあ、何もないよりもいいですが。

    観光客向けには、ドラキュラの生まれた町というのは格好の宣伝になるのでしょう。
    町のみやげ屋ではドラキュラゆかりのグッズにあふれていました。
    ドラキュラのモデルであるヴラド・ドラクラ(Vlad Draculaで、末尾にaがつきます。あだ名はヴラド・ツェペシュ。ツェペシュは「串刺し」の意味)は1431年にシギショアラでヴラト・ドラクル(Vlad Draculで、末尾にaがつかない)の3人の子供のうちの二番目として生まれましたが、シギショアラで暮らしていたのはほんの数年のことだったといいます。
    彼は彼の弟ラドゥとともに、オスマントルコに人質として連れていかれてしまい、17才になるまでスルタンの宮廷で育ちます。
    その後、父の死により領土に戻りますが、居を構えたのは生まれ故郷のシギショアラではなく、タルゴヴィステ(Targoviste)という街でした。

  • ドラキュラの生家にあるレストランにて<br />レストランの中で唯一ドラキュラらしい面影があるのは、この絵ぐらいでした。<br />レストランは、いわゆるゴシックスタイルの、なかなか古めかしいテーブルや椅子をそろえたすてきなところでした。<br />そんなアンティークなテーブルや椅子を撮りたくてカメラを出したのですが、どうせなら、とドラキュラの絵と一緒に撮りました。<br />レストランの中はとても薄暗かったので、三脚を使っています。<br /><br />この店のお勧めメニューはドラキュラ伝説にちなんだ「ドラキュラプレート」だそうです。<br />行く前に、それもいいなぁと思って目をつけていたのは確かですが、私がこのレストラン兼カフェに入ってひと休みしたのは15時半という中途半端な時間でした。<br />今日も昼食を抜いておなかがすいているとはいえ、どうせならこのまま夕食時にゆっくり夕食を取りたいので、ここでは結局、コーヒーしか頼みませんでした。<br /><br />ドラキュラの生家は、このレストランのほかに、小さな刑罰武器博物館になっているそうです。<br />ただし、その博物館も今日は見学できませんでした。

    ドラキュラの生家にあるレストランにて
    レストランの中で唯一ドラキュラらしい面影があるのは、この絵ぐらいでした。
    レストランは、いわゆるゴシックスタイルの、なかなか古めかしいテーブルや椅子をそろえたすてきなところでした。
    そんなアンティークなテーブルや椅子を撮りたくてカメラを出したのですが、どうせなら、とドラキュラの絵と一緒に撮りました。
    レストランの中はとても薄暗かったので、三脚を使っています。

    この店のお勧めメニューはドラキュラ伝説にちなんだ「ドラキュラプレート」だそうです。
    行く前に、それもいいなぁと思って目をつけていたのは確かですが、私がこのレストラン兼カフェに入ってひと休みしたのは15時半という中途半端な時間でした。
    今日も昼食を抜いておなかがすいているとはいえ、どうせならこのまま夕食時にゆっくり夕食を取りたいので、ここでは結局、コーヒーしか頼みませんでした。

    ドラキュラの生家は、このレストランのほかに、小さな刑罰武器博物館になっているそうです。
    ただし、その博物館も今日は見学できませんでした。

  • ドラゴンのデザインの看板<br /><br />ドラキュラのモデルであるヴラド・ツェベシュの生家のお隣です。<br />ドラキュラは、「ドラクル」から来ています。<br />ドラクルは、トルコと戦う竜騎士団の称号でした。だから、竜ことドラゴンのデザインの看板がここらにあっても、ちっとも不思議ではありません。<br /><br />ルーマニア政府観光局の資料によると、<br />「ドラクはルーマニア語で「竜」を意味し、また「悪魔」をも意味します。1431年、時の神聖ローマ皇帝ジギスムンドは、ワラキアのヴラド公に「竜(ドラク)」の位を授け、トルコと戦う「竜」の騎士団が誕生しました。<br />そのヴラド公の息子は1431年にトランシルバニア地方の街、シギショアラで生まれ、「ドラクル」(「ドラクの子」という意味)と呼ばれました。」<br />だそうです。

    ドラゴンのデザインの看板

    ドラキュラのモデルであるヴラド・ツェベシュの生家のお隣です。
    ドラキュラは、「ドラクル」から来ています。
    ドラクルは、トルコと戦う竜騎士団の称号でした。だから、竜ことドラゴンのデザインの看板がここらにあっても、ちっとも不思議ではありません。

    ルーマニア政府観光局の資料によると、
    「ドラクはルーマニア語で「竜」を意味し、また「悪魔」をも意味します。1431年、時の神聖ローマ皇帝ジギスムンドは、ワラキアのヴラド公に「竜(ドラク)」の位を授け、トルコと戦う「竜」の騎士団が誕生しました。
    そのヴラド公の息子は1431年にトランシルバニア地方の街、シギショアラで生まれ、「ドラクル」(「ドラクの子」という意味)と呼ばれました。」
    だそうです。

  • 旧市街に分れを告げて。<br /><br />かつての旧市街の正門であった時計塔の下を出ると、こんな風になっています。

    旧市街に分れを告げて。

    かつての旧市街の正門であった時計塔の下を出ると、こんな風になっています。

  • 城山からおりるときに見下ろしたシギショアラ<br /><br />山の中腹まで街が広がっています。

    城山からおりるときに見下ろしたシギショアラ

    山の中腹まで街が広がっています。

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  • パパスさん 2007/04/20 08:05:20
    まるで中世のまま残っていますね。
    まみさん、おはようございます。

    やはりルーマニア、良いですね!!
    本当に中世に迷い込んだ様な気がしてきますね。
    年季の入った城塞内の時計塔に通じる通路。
    旧市街の路地。
    どれをとってもパパスの好きな写真です。

    8月はルーマニアが最有力ですね。
    もう少しで決めたいと思います。

    そして騎士団長の館の旅行記、後しばらくお待ちください。

    パパス。

    まみ

    まみさん からの返信 2007/04/20 22:35:26
    RE: まるで中世のまま残っていますね。
    パパスさん、こんにちは。書き込みありがとうございます。

    ルーマニア最有力候補ですか。なんだか自分のことのにようにうれしいです。
    ひょっとしたら、ルーマニアも、かしら@

    七月に予定してるルーマニア再訪では、行程からシギショアラも再訪するかもしれません。
    マラムレシュ地方へ北上する都合、間にシギショアラを入れた方が便利だと分かったのです。
    そうしたら歴史博物館や時計塔からの眺めをリベンジできるかも。
    あるいはかわりに、タクシーを拾って、ビエルタンに行くかもしれませんけどね。


    それにしてもルーマニアの鉄道って、変な時間に運行するなぁと思ってしまいます。
    夜中すぎに乗り換えなんてほとんどあたりまえのようにありますし、寝台だから当然かもしれませんが、朝の四時発とか着とか。
    本数が少なくても、一晩中働いてます、ってかんじ。
    それに結構広いので、その気になればたくさん寝台車を使えます。
    いまのところ、三回は寝台車になりそうな予定です。
    あるいは飛んでしまうか、でしょうね。

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