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2006年9月に、旅の仲間4人で行ってきた、現地5泊のベトナム縦断旅行の旅行記第5弾。<br />ベトナム中部に来た途端に台風に遭遇して、じっくりと観光する余裕もなくフエでの観光を終えた私達。一時は翌日の観光も心配だったのだけれど、・・・ベトナムでも「台風一過」ってあるんですね。翌日はからっと晴れて、観光には申し分なし。<br />さて、台風一過の4日目。私達はフエを出発して、このたびで2つ目の世界遺産、ホイアンへ。ベトナム戦争の戦火を避け、16,17世紀頃からの家並みが残る小さな街で、シクロに乗りながら街の雰囲気を楽しんできました。異国情緒漂う街なんだけど、どこか懐かしい雰囲気もする街でした。

ベトナム南北縦断の旅(中部編3- HOI AN)

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2006/09/22 - 2006/09/28

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旅行記グループ ベトナム南北縦断の旅2006

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mime-Fさん

2006年9月に、旅の仲間4人で行ってきた、現地5泊のベトナム縦断旅行の旅行記第5弾。
ベトナム中部に来た途端に台風に遭遇して、じっくりと観光する余裕もなくフエでの観光を終えた私達。一時は翌日の観光も心配だったのだけれど、・・・ベトナムでも「台風一過」ってあるんですね。翌日はからっと晴れて、観光には申し分なし。
さて、台風一過の4日目。私達はフエを出発して、このたびで2つ目の世界遺産、ホイアンへ。ベトナム戦争の戦火を避け、16,17世紀頃からの家並みが残る小さな街で、シクロに乗りながら街の雰囲気を楽しんできました。異国情緒漂う街なんだけど、どこか懐かしい雰囲気もする街でした。

同行者
友人
一人あたり費用
15万円 - 20万円
航空会社
ベトナム航空
  • 旅行4日目。私達は9時にフエのホテルを出発し、バスでベトナム中部を南下。途中、車道の隣には併設された線路を同じ南に向かって電車が走っていた。<br />(「世界の車窓から」の石丸謙二郎さんのナレーション風に)「今日はホイアンに到着します。」

    旅行4日目。私達は9時にフエのホテルを出発し、バスでベトナム中部を南下。途中、車道の隣には併設された線路を同じ南に向かって電車が走っていた。
    (「世界の車窓から」の石丸謙二郎さんのナレーション風に)「今日はホイアンに到着します。」

  • フエからホイアンまでは途中2回の休憩を入れて約4時間の移動。その間、バスの中では、日本の電機メーカーのベトナムの工場で製造される電気製品の話や、ベトナムでの結婚式の事情について、面白い話が聞けたのだけれど、ここではスペースが足りず書けません。ベトナムでも結婚する時に、プロの人に頼んでプロモーションビデオみたいな作りのビデオを制作するのだという話は興味深かったね。<br />写真は1回目の休憩所にて。場所はハイヴァン峠の手前(北側)に位置するビーチ・リゾート。おそらくランコーという所だと思われまする。この日の天気は良かったのだけど、昨日の台風の影響で海は荒れていた。

    フエからホイアンまでは途中2回の休憩を入れて約4時間の移動。その間、バスの中では、日本の電機メーカーのベトナムの工場で製造される電気製品の話や、ベトナムでの結婚式の事情について、面白い話が聞けたのだけれど、ここではスペースが足りず書けません。ベトナムでも結婚する時に、プロの人に頼んでプロモーションビデオみたいな作りのビデオを制作するのだという話は興味深かったね。
    写真は1回目の休憩所にて。場所はハイヴァン峠の手前(北側)に位置するビーチ・リゾート。おそらくランコーという所だと思われまする。この日の天気は良かったのだけど、昨日の台風の影響で海は荒れていた。

  • バスはかつてベトナムを南北に分けていた17度線に位置するハイヴァン峠を越え、ベトナム第3の都市ダナンを通過。ちょうど私達がベトナムを訪れる直前にダナンでAPECの会議が行われていたこともあり、幹線道路沿いにはAPEC開催の幟が立っていたりした。<br />写真はこの日2度目の休憩地、五行山の麓にて。写真中央やや左の山の上に展望台が見える。

    バスはかつてベトナムを南北に分けていた17度線に位置するハイヴァン峠を越え、ベトナム第3の都市ダナンを通過。ちょうど私達がベトナムを訪れる直前にダナンでAPECの会議が行われていたこともあり、幹線道路沿いにはAPEC開催の幟が立っていたりした。
    写真はこの日2度目の休憩地、五行山の麓にて。写真中央やや左の山の上に展望台が見える。

  • 更に五行山を出発した私達は、途中、地元の中学生くらいの生徒達が大勢自転車に乗って通学しているのを見ながら、いよいよホイアンへ。ベトナムでは学校は半日制で、生徒は午前か午後のどちらかを選んで学校に通っているのだとか。ちょっと撮影は出来なかったけど。<br />ホイアンでは、まずは観光の前に腹ごしらえ。写真はホイアン名物のうどん「ラオカウ」。

    更に五行山を出発した私達は、途中、地元の中学生くらいの生徒達が大勢自転車に乗って通学しているのを見ながら、いよいよホイアンへ。ベトナムでは学校は半日制で、生徒は午前か午後のどちらかを選んで学校に通っているのだとか。ちょっと撮影は出来なかったけど。
    ホイアンでは、まずは観光の前に腹ごしらえ。写真はホイアン名物のうどん「ラオカウ」。

  • 揚げワンタンやベトナム風の点心、ベトナム風の焼き鳥などを食す。<br />・・・こんな食べてると太りそうだな。。。

    揚げワンタンやベトナム風の点心、ベトナム風の焼き鳥などを食す。
    ・・・こんな食べてると太りそうだな。。。

  • 昼食を終え、いよいよホイアンを観光!<br />ホイアンの古い街並みは1999年に世界遺産に登録され、中は自動車の乗り入れが禁止されている。でも、徒歩でも充分回れるくらいの小さな街なのさ。<br />私達は、シクロに乗って古い街並みを回ることに。

    昼食を終え、いよいよホイアンを観光!
    ホイアンの古い街並みは1999年に世界遺産に登録され、中は自動車の乗り入れが禁止されている。でも、徒歩でも充分回れるくらいの小さな街なのさ。
    私達は、シクロに乗って古い街並みを回ることに。

  • 狭〜い路地を通り抜ける。

    狭〜い路地を通り抜ける。

  • 中国風なのか、ヨーロッパ風なのか、何とも言い難い雰囲気なのだが、どこかレトロでノスタルジックな趣がある。

    中国風なのか、ヨーロッパ風なのか、何とも言い難い雰囲気なのだが、どこかレトロでノスタルジックな趣がある。

  • トゥボン川の畔に来た。ここで私達は一旦、シクロを降りることに。

    トゥボン川の畔に来た。ここで私達は一旦、シクロを降りることに。

  • 来遠橋。またの名を日本橋。<br />ホイアンは中国や琉球王国、インド、イスラム圏の国々の中継貿易により栄えた街で、16〜17世紀には日本も朱印船貿易により他の国と交易を行っていた。その拠点としてホイアンには日本人町も作られた。<br />でも、この橋はどう見ても日本のものとは違うよなぁ。

    来遠橋。またの名を日本橋。
    ホイアンは中国や琉球王国、インド、イスラム圏の国々の中継貿易により栄えた街で、16〜17世紀には日本も朱印船貿易により他の国と交易を行っていた。その拠点としてホイアンには日本人町も作られた。
    でも、この橋はどう見ても日本のものとは違うよなぁ。

  • 日本橋が架かる小さな川を挟んで反対側では、地元の人達で賑わっていた。蛇を捕まえるために、蛇を棒で叩いて気絶させていた。これは蛇を叩いた直後の様子。

    日本橋が架かる小さな川を挟んで反対側では、地元の人達で賑わっていた。蛇を捕まえるために、蛇を棒で叩いて気絶させていた。これは蛇を叩いた直後の様子。

  • 前の写真とほぼ同じ位置から別の方向を撮影。実は、3つ前の写真からこの写真までの4枚はほぼ同じ位置からの景色。何とも静かな雰囲気で、ここでは時間がゆっくりと流れている感じだ。

    前の写真とほぼ同じ位置から別の方向を撮影。実は、3つ前の写真からこの写真までの4枚はほぼ同じ位置からの景色。何とも静かな雰囲気で、ここでは時間がゆっくりと流れている感じだ。

  • 日本橋にて。屋根付きの橋と言うこと自体が、中国の橋っぽいと思うのだが、梁からは徳川の三葉葵の紋や、「ホイアン」とカタカナで書かれた提灯が架かっている。<br />もともとこの橋は日本人が設計して建造した橋を、後に中国人が改築したのだとか。

    日本橋にて。屋根付きの橋と言うこと自体が、中国の橋っぽいと思うのだが、梁からは徳川の三葉葵の紋や、「ホイアン」とカタカナで書かれた提灯が架かっている。
    もともとこの橋は日本人が設計して建造した橋を、後に中国人が改築したのだとか。

  • 橋の途中に設けられた祠。

    橋の途中に設けられた祠。

  • 日本橋を越えた所の地区が、かつて日本人町があった所とされる場所。もっとも、日本は1639年に鎖国を行っているため、この地区もその後は中国人街となったようで、今はこの地区の建物を見ても、日本特有の建築は見られない。<br />写真は旧日本人町から日本橋を見た所。

    日本橋を越えた所の地区が、かつて日本人町があった所とされる場所。もっとも、日本は1639年に鎖国を行っているため、この地区もその後は中国人街となったようで、今はこの地区の建物を見ても、日本特有の建築は見られない。
    写真は旧日本人町から日本橋を見た所。

  • 再びシクロに乗って、ホイアンの町を巡る。川沿いの道を東へ進む。

    再びシクロに乗って、ホイアンの町を巡る。川沿いの道を東へ進む。

  • ホイアン旧市街は、数百メートルの長さで並んで東西に延びるチャンフー(Than Phu)通りとグエンタイホック(Nguyen Thai Hoc)通りに沿った街並みがメイン。<br />町の中の建物は写真から見ても分かるように黄色い外壁の建物が多く、自分の中ではホイアンは黄色が基調の町という印象が、今では強く残っている。もっとも、建物の色は別に統一されているわけではなく、白い家、青い家とかも見かけはしたんだけど。そう考えると、カラフルな街だったな。

    ホイアン旧市街は、数百メートルの長さで並んで東西に延びるチャンフー(Than Phu)通りとグエンタイホック(Nguyen Thai Hoc)通りに沿った街並みがメイン。
    町の中の建物は写真から見ても分かるように黄色い外壁の建物が多く、自分の中ではホイアンは黄色が基調の町という印象が、今では強く残っている。もっとも、建物の色は別に統一されているわけではなく、白い家、青い家とかも見かけはしたんだけど。そう考えると、カラフルな街だったな。

  • グエンタイホック通りを東に進むと、最後には市場に突き当たる。ここで私達の乗ったシクロは左折。シクロは小回りがきいて、激しくはないがそこそこの揺れがあったせいか、何となく遊園地の乗り物に乗っているかのような感覚だった。

    グエンタイホック通りを東に進むと、最後には市場に突き当たる。ここで私達の乗ったシクロは左折。シクロは小回りがきいて、激しくはないがそこそこの揺れがあったせいか、何となく遊園地の乗り物に乗っているかのような感覚だった。

  • 続いて、私達は福建会館でシクロを降りて観光。ここは文字通り中国福建省出身の人達が建てた建物で、中には寺が築かれている。

    続いて、私達は福建会館でシクロを降りて観光。ここは文字通り中国福建省出身の人達が建てた建物で、中には寺が築かれている。

  • 中はピンクを基調とした煉瓦やタイルで作られた寺。花も咲いており、どこか華やいだ感じだ。

    中はピンクを基調とした煉瓦やタイルで作られた寺。花も咲いており、どこか華やいだ感じだ。

  • 寺の内部。上からは非常に長くらせんに巻かれた赤い線香が吊されている。ここを訪れた参拝者が線香を奉納する際、願い事を書いた黄色の短冊を線香と共に吊し、線香がすべてとぼれば願い事が叶うらしい。でも、この線香、すべてとぼるまでに約1月かかるのだとか。<br />ビジュアルとしては、日本の七夕の短冊のようだが、むしろ神社の絵馬に近いんだろうね。でも、受験生は試験の1月以上前に来ないと効き目は得られないことになりそうなので要注意。

    寺の内部。上からは非常に長くらせんに巻かれた赤い線香が吊されている。ここを訪れた参拝者が線香を奉納する際、願い事を書いた黄色の短冊を線香と共に吊し、線香がすべてとぼれば願い事が叶うらしい。でも、この線香、すべてとぼるまでに約1月かかるのだとか。
    ビジュアルとしては、日本の七夕の短冊のようだが、むしろ神社の絵馬に近いんだろうね。でも、受験生は試験の1月以上前に来ないと効き目は得られないことになりそうなので要注意。

  • 同じく寺の内部に掲げられた絵。何でも福建省の人達がこの地まで船で航海したときの言い伝えを絵に表したものだとか。

    同じく寺の内部に掲げられた絵。何でも福建省の人達がこの地まで船で航海したときの言い伝えを絵に表したものだとか。

  • 福建省の人達が航海に用いた船、の模型。

    福建省の人達が航海に用いた船、の模型。

  • それにしても、花が咲きほころび綺麗な境内よのお。

    それにしても、花が咲きほころび綺麗な境内よのお。

  • 続いて私達は、福建会館と同じチャンフー通り沿いの海のシルクロード博物館に入る。ここにはホイアンが中継貿易で栄えた頃の交易品が展示されており、日本のものでは伊万里焼などが展示されている。<br />写真は海のシルクロード博物館の2階からチャンフー通りを撮影したもの。上から町を見ると、昔懐かしい東京の下町の風情とどこか通じるものを感じる。埼玉出身の私としては、川越の蔵造りの街並みにも雰囲気が似ているように思えたのだった。

    続いて私達は、福建会館と同じチャンフー通り沿いの海のシルクロード博物館に入る。ここにはホイアンが中継貿易で栄えた頃の交易品が展示されており、日本のものでは伊万里焼などが展示されている。
    写真は海のシルクロード博物館の2階からチャンフー通りを撮影したもの。上から町を見ると、昔懐かしい東京の下町の風情とどこか通じるものを感じる。埼玉出身の私としては、川越の蔵造りの街並みにも雰囲気が似ているように思えたのだった。

  • 海のシルクロード博物館に展示されていた昔のホイアンの地図。地図を見ても分かるように、ホイアン旧市街の建物は南北に細長く、まるで「うなぎの寝床」のようであることが分かる。この点も、昔の東京の長屋に通じるものがある。<br />ホイアンは大型船が入港できないため、その後、貿易港としての役割がダナンに移ってしまい、歴史の表舞台から姿を消すことになってしまう。しかしその結果、太平洋戦争、インドシナ戦争、そしてベトナム戦争と度重なる戦争にあっても、幸運にも戦火に遭わずに済んだのである。そして400年前の街並みを今に伝えている。

    海のシルクロード博物館に展示されていた昔のホイアンの地図。地図を見ても分かるように、ホイアン旧市街の建物は南北に細長く、まるで「うなぎの寝床」のようであることが分かる。この点も、昔の東京の長屋に通じるものがある。
    ホイアンは大型船が入港できないため、その後、貿易港としての役割がダナンに移ってしまい、歴史の表舞台から姿を消すことになってしまう。しかしその結果、太平洋戦争、インドシナ戦争、そしてベトナム戦争と度重なる戦争にあっても、幸運にも戦火に遭わずに済んだのである。そして400年前の街並みを今に伝えている。

  • その後、私達はシクロに乗って旧市街を出てシルクの工場へ。ホイアンは地場産業としては、このシルクが名産なんだとか。<br />この旅行の3ヶ月前に蘇州のシルク工場へ行った私は、蘇州とホイアンの両方のシルクを触ってみて、肌触りに関しては断然、蘇州の方が滑らかな肌触りで素晴らしいと思ったのが正直な感想。でも、シルクの刺繍に関しては、ホイアン(というかベトナム)のものは、本当に素晴らしかった。写真はシルクの刺繍の工房の様子。壁面の額に納められた刺繍画は、まさに芸術の域で写真と見紛うほど!

    その後、私達はシクロに乗って旧市街を出てシルクの工場へ。ホイアンは地場産業としては、このシルクが名産なんだとか。
    この旅行の3ヶ月前に蘇州のシルク工場へ行った私は、蘇州とホイアンの両方のシルクを触ってみて、肌触りに関しては断然、蘇州の方が滑らかな肌触りで素晴らしいと思ったのが正直な感想。でも、シルクの刺繍に関しては、ホイアン(というかベトナム)のものは、本当に素晴らしかった。写真はシルクの刺繍の工房の様子。壁面の額に納められた刺繍画は、まさに芸術の域で写真と見紛うほど!

  • シルク工場に併設されたシルク製品の店。この写真に写っているものは婦人服がメインだが、当然紳士服に関しても売っている。そういや、蘇州のシルク工場の店では主要な商品として羽毛ぶとんがあったのだが、ホイアンでは布団は見なかったような。。。

    シルク工場に併設されたシルク製品の店。この写真に写っているものは婦人服がメインだが、当然紳士服に関しても売っている。そういや、蘇州のシルク工場の店では主要な商品として羽毛ぶとんがあったのだが、ホイアンでは布団は見なかったような。。。

  • 最初にシクロに乗ってから、実に1時間半というものすごく短い時間で、この日の予定にあった観光は終了。とりあえず私達は、ホイアン旧市街から200〜300m程北に離れた場所に位置するホイアンホテルにチェック・イン。

    最初にシクロに乗ってから、実に1時間半というものすごく短い時間で、この日の予定にあった観光は終了。とりあえず私達は、ホイアン旧市街から200〜300m程北に離れた場所に位置するホイアンホテルにチェック・イン。

  • 私の泊まった部屋。2階の西南の角に位置する部屋だった。部屋の中央にテレビがあるという変わり種な部屋だったが、インテリアはとてもお洒落。やや古さを感じたが(特に風呂や洗面所)、個人的にはとても気に入った。ベッドの上には蚊帳が吊されている。<br />ちなみに、テレビは回転台の上に載っていたので、ベッドの方からもちゃんと観ることが出来ましたよ。

    私の泊まった部屋。2階の西南の角に位置する部屋だった。部屋の中央にテレビがあるという変わり種な部屋だったが、インテリアはとてもお洒落。やや古さを感じたが(特に風呂や洗面所)、個人的にはとても気に入った。ベッドの上には蚊帳が吊されている。
    ちなみに、テレビは回転台の上に載っていたので、ベッドの方からもちゃんと観ることが出来ましたよ。

  • 部屋から外を望む。椰子が生え、ちょっとした南国風情の風景が望めるだけで、旧市街からは少し離れてしまったために全く見ることが出来ないが、この写真の方向にホイアン旧市街がある。

    部屋から外を望む。椰子が生え、ちょっとした南国風情の風景が望めるだけで、旧市街からは少し離れてしまったために全く見ることが出来ないが、この写真の方向にホイアン旧市街がある。

  • さすがに3時から夕食までずっと部屋では退屈すぎるので、再び旧市街へ歩いてみることに。

    さすがに3時から夕食までずっと部屋では退屈すぎるので、再び旧市街へ歩いてみることに。

  • さっきも脇を通った市場の前まで来た。この時、私達は結局市場の中へは入っていかなかったのだが、今思うと、よく同行していた「旅の仲間」達は、市場の中を覗いてみようと提案しなかったものだなあ。

    さっきも脇を通った市場の前まで来た。この時、私達は結局市場の中へは入っていかなかったのだが、今思うと、よく同行していた「旅の仲間」達は、市場の中を覗いてみようと提案しなかったものだなあ。

  • 結局、私達は17時にホテルに戻り、中庭のプールサイドで少しの間くつろいでいた。(バテていた?)<br />夕食は、ホイアン旧市街とトゥボン川を挟んで反対側に位置する島のレストランで。更に夕食後にホテルへ戻ってから、私は単独で夜のホイアン旧市街を散歩。でも、結局、その時の景色は写真に撮らずじまい。<br />翌日は早朝にホテルを出発するため、早くにおとなしく寝たのであった。

    結局、私達は17時にホテルに戻り、中庭のプールサイドで少しの間くつろいでいた。(バテていた?)
    夕食は、ホイアン旧市街とトゥボン川を挟んで反対側に位置する島のレストランで。更に夕食後にホテルへ戻ってから、私は単独で夜のホイアン旧市街を散歩。でも、結局、その時の景色は写真に撮らずじまい。
    翌日は早朝にホテルを出発するため、早くにおとなしく寝たのであった。

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