2006/10/15 - 2006/10/15
108位(同エリア188件中)
まみさん
2006/10/15(日)第8日目:ゲデレー城ツアー&ブダペスト
ゲデレー城ツアー(コーヒータイム付)
ブダペスト国立博物館(再訪)、応用工芸美術館、オペラ座でハンガリーのオペラ「バンク・バーン」(エルケル・フェレンツィ作曲)を鑑賞
行くか行くまいか迷っていました、ゲデレー宮殿。
なんで?───と言われてしまいそうですね。ブダペストからアクセスのよい格好の観光ハイライトの1つですから。
他にもっと行きたいところがあったから、と言ってしまえばそれで終わりですが。
まず、お城なら、バラトン湖畔のケストヘイでフェシュテティッチ宮殿、それからショプロンに近いフェルトゥードにあるハンガリー最大のエステルハージ宮殿と2つ予定していて、これは絶対行こうと思っているからです。
どちらも、宮殿がその町の主要なハイライトであって、極論すれば、宮殿見学が出来なかったとしたら、なんのために行ったか分からなくなってしまう、というところ。
それに比べてゲデレー宮殿は、ブダペストからの日帰りですむところです。
とすると、敢えてブダペストから出ずとも、ブダペストには行きたいところはまだまだたくさんあるじゃん!───と、近くに誘惑があるところです。
宮殿なら、2つも行けば十分じゃない!という気持ちもなきにしもあらず。
ゲデレーはブダペストからアクセスが簡単で、HEV(近郊列車)1本ですむのですが、その近郊列車が、私が滞在中はちょうど改修工事中で、途中で代替バスに乗り換えなくてはならなくなりました。
これが、行きたいという気持ちがいまひとつ盛り上がらなかった理由その2。
ゲデレー行きのHEV駅 Orz vezer tere は私のブダペスト滞在ホテルの最寄りなので、ブダペスト市内を地下鉄などで移動する必要もなく、改修工事さえなければ、ほんとにHEV1本で行けたはずなのです。
もっとも、バスでも行けます。Stadion駅から直通バスが出ています。あるいはケレーティ(東)駅から鉄道で行くこともできます。
もちろん、ゲデレー宮殿へ行きたいという気持ちが、ガイドブックや本を読んでの下調べでものすごくかきたてられていたら、直通バスがあろうがなかろうが、代替バスを使わなくてはいけなかろうが、万難を排して(!?)行こうとしたはずです。
つまり、下調べの段階では、ちょっとした障害を理由に、「じゃ、やめよっかな」と思ってしまう程度にしか、魅力を感じなかったというわけなのです。
とはいえ、下調べの段階で魅力を感じるかどうかというのは、実際に行く前の話ですし、あくまで他人の感想や印象に左右されているにすぎないので、ほんの一言、あるいはたった一枚の写真がきっかけで、急に行きたくて行きたくて仕方がなくなったりすることもあります。
そのあたりは、気・ま・ぐ・れ@
自分でも自分の気持ちが、いつどう転ぶか、予測がつきません(笑)。
ハンガリー旅行の下調べしていると、ゲデレー宮殿の魅力を伝える本にはあちこちで出会います。
でも、そのわりには積極的に行きたい気持ちにならなかった理由に、エリザベート皇妃にゆかりがある、ということもあったかもしれません。
いや、私は彼女は好きですよ。その美しさに魅了されますし、彼女の生き様にはとても興味があります。どんな思いを心に秘めていたか、たくさんの想像をかきたてられる人です。
でもでも、エリザベート皇妃ゆかりだから、というのをあまり前面に出されると、それに釣られて行くのって、しゃくに触る───なんて、私の中の天の邪鬼がむくむく頭を掲げてきた、というところでしょうか。
でも、行けたら行こうと思ってはいたのですよ。
素直ではない私は、ゲデレー宮殿そのものではなく、その周辺から、ゲデレーに行くに都合のよい理由を固めていきました。
いわば「将を射んとすれば」ですね。
まず1つでも訪問都市の数を稼ぎたいこと。ハンガリーは再訪であり、今回は2週間もじっくり滞在しますが、でもあっちこっちに行きたい気持ちは変わらないのです。
それからブダペストからのツアーがあること。それも半日です。
ゲデレーに行くのは個人でもおそらくとても簡単だと思いますが、ツアーを利用すればさらに簡単です。
多少苦労しても自力で行く、というのは個人旅行の醍醐味の1つですが、たまには現地ツアーで優雅にラクしたいものです。
それに、観光先の情報を、いっつも1人寂しくガイドブックにかじりつくより、人から話を聞く方が刺激があって良いものです。
ツアーを混ぜることで、旅行にメリハリがでます。
半日のツアーというのも都合良かったです。
というのも、ブダペストでどうしても見たいオペラがあり、その日はあまり危険を冒して遠出したくないからです。その日、自力でどこか日帰りするにしても、帰りの時間が気になってゆっくりできないでしょう。
でも半日のツアーなら、午後早いうちにブダペストに戻ってきていることになります。
それから、エステルハージ宮殿とフェシュテティッチ宮殿。これにケデレー宮殿が加わると、ハンガリーの三大宮殿を制覇したことになります。
「三大宮殿を制覇」なんて、ゴロがいいではないですか(笑)。
ブダペスト発のゲデレー宮殿見学ツアーは、他と合わせて終日ツアーを組んでいたり、半日でも午後発というところもありましたが、今晩オペラに行くという理由から、私にとって、それらはアウト。
都合が良いのは、ゲデレー宮殿だけに行く所要4時間のツアー、ついでにケーキと飲み物が料金に含まれたティータイムが付く、というEUrama社の「ロイヤル・ツアー」です。
代金は11,000フォーリントでした。
(2006年10月現在、1フォーリント=約0.6円)
ゲデレー宮殿内は撮影禁止でしたので、この旅行記では、ゲデレー宮殿のギフトショップで買ったパンフレットから宮殿内部の写真の写真を撮影したものをあわせて掲載したいと思います。
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ゲデレー宮殿
中庭側から中央の建物を中心に撮りました。
宮殿は凸の字の底辺をとったラインの構造をしています。
どこかケーキのような、可愛らしい建物です@
公開されているのは、凸の字のでっぱり部分です。
宮殿は、右翼に皇帝フランツ・ヨーゼフの、左翼にシシィの部屋があります。
後で買ったパンフレットを読んだところ、どうもバロック劇場も見学できたようなのですが、EUramaツアーでの見学には含まれていませんでした。
個人で行った場合には、見学できたろうと思います。
本日、ツアーのある日だというのに、予定よりも起床時間が遅くなってしまいました。
目覚まし時計が鳴った後、二度寝をしてしまったのです。
ハッと気付いたら7時40分。
ツアーは9時開始なので、ホテルピックアップは8時半です。それまでにロビーにいなくてはなりません。
ホテルのビュッフェ式の朝食に、いつも30分かかるので(昼食抜く代わりに、私は朝食はたっぷりいただくのです@)、時間はぎりぎり。あせりました。
20分で仕度をし、朝食タイムもいつもよりスピードアップ&盛り付けを少しカットして、8時5分〜25分までの20分ですませ、なんとか間に合いました。
ツアー主催はEUrama社なので、またホテル・インターコンチネンタルの事務所にいったん集合します。
インターコンチネンタル・ホテルは鎖橋のすぐそばにあります。そこから眺めるドナウ川対岸の王宮も迫力があります。
いままで3晩かけてブダペストの夜景撮影をしてきましたが、やっぱりこのホテル・インターコンチネンタルのすぐそばで撮りたいと思いました。
まだチャンスはあります。今晩はオペラ鑑賞なので無理ですが、その気になればきっと明日の10/16の夜にチャンスがあるはずです。 -
ゲデレー宮殿
中庭から、少し右側に寄って撮りました。
チラッと見えている外灯のある建物は、外観はきれいに修復されていますが、中はまだ修復中だそうです。
ツアーバスは9時にブダペストを発ち、10時にゲデレーに到着しました。
ツアーガイドによるゲデレー宮殿についての説明は、行きのバスの中と宮殿に入る直前にありました。
参加人数は12人でしたが、ガイドは、フランス語担当の男性ガイドと、英語&スペイン語担当の女性ガイドの2人もつきました。
12人に対して、ツアーガイドが2人!
ツアーパンフレットで4カ国語対応と謳っているせいでガイドを2人も投入せざるをえなかったのでしょうが、なかなかぜいたくです。
女性ガイドは、まず英語で説明したあとスペイン語で話すので、スペイン語を思い出すつもりで両方耳をすませました。 -
ゲデレー宮殿
ガイドがスペイン語で説明し終わるのを待っている間の撮影タイムなので、あまり遠くへ移動できません。
必然的に同じところばかり撮ることになるので、今度は手前に手すりを入れてみました。
宮殿内の見学は、10時20分に開始し、約1時間でした。
大きなバッグやコートは、無料のロッカーに預けることになります。
ロッカーは宮殿内のクロークルームにありました。ロッカーで用が足りるせいか、クロークの女性はひまそうに見えましたが、荷物を預ろうとしませんでした(ちなみに、私は最初からロッカーを利用しました)。
観光中に持ち歩くタウンバッグは、「地球の歩き方」やLonely Planetもあれば、念のために三脚も忍ばせているためにいつもそれなりに重いので、城の見学中に預けることができるのは助かります。歩く分には慣れた重さでも、説明を聞くためなどで一箇所にじっとしている時間が長いと、どんどん重く負担に感じてくるからです。
宮殿内では、EUrama社のツアーガイドが一部屋ごとに丁寧に説明してくれました。それがなければ、部屋の中を単にじろじろ眺めたあと、こんなもんか、と思いながら通り過ぎていたでしょう。
内装の豪華さといえば、4日前のケストヘイのフェステティッチ宮殿の方が、さすが第二次世界大戦の戦禍やソ連軍による破壊や略奪の被害をあまり受けなかっただけあって、ずっと見映えがしましたから。 -
ゲデレー宮殿
中庭から向かって最左翼。まだ修復中で公開されていません。
奥は、外壁も漆喰などまだ剥がかけたままです。
宮殿の歴史は大きく3つに分かれます。
まずは、グラシャルコヴィッチ家による創建と拡張の時代です。
宮殿の建築は1735年に開始されました。グラシャルコヴィチ・アンタルI世(1694〜1771)伯爵によって建てられました。
彼は、マリア・テレジアが女性の身でハプスブルグ家の領土と家督を継ぐのを支援した人です。
マリア・テレジアの父カール6世が生前、法律の制定を含めて娘に後を継がせることを周辺諸国に同意させたのにもかかわらず、実際にそのときになると彼女が若い女性であると侮った周辺諸国が異議を唱えて、オーストリア継承戦争が起きます(1740〜1748年)。
そのときハンガリーの支援がなければ、マリア・テレジアは無事にハプスブルグ帝国を無事に継ぐことができなかっただろうと言われています。
ハンガリー議会から支援を取り付けたのは彼女の実力とカリスマによるところが大きいですが、このときにハンガリー側の意見をまとめて積極的にマリア・テレジアを支援したのがグラシャルコヴィチ・アンタルI世伯爵だそうです。
彼は、1751年、ゲデレー宮殿にマリア・テレジアを招待しました。彼女が滞在した部屋は、「マリア・テレジアの部屋」として残されています(正確には、復元されています)。
宮殿は、孫の代のグラシャルコヴィッチ・アンタルIII世まで増改築が進められました。
グラシャルコヴィッチ・アンタルIIIで男系は絶えたため(1841年)、宮殿は女系の子孫に譲られました。
その後、何度か売買されて、持ち主が変わっています。
次の第2の最盛期。
まずはハプスブルグ皇帝フランツ・ヨーゼフと皇妃エリザベートの時代です。
ハンガリー政府は、オーストリア・ハンガリー二重帝国の成立(1867年)と2人のハンガリー国王・王妃としての即位の記念に、この宮殿をリゾート・パレスとして2人に贈りました。
2人ともゲデレー宮殿をたいそう気に入り、春と秋にはこの宮殿で過ごしたため、ゲデレー宮殿はウィーン王宮に次いで重要な宮廷となりました。
もっとも、皇妃エリザベートが亡くなった後(1898年)、皇帝のゲデレー宮殿への訪れは減ります。
その後、第一次世界大戦後のハプスブルグ帝国の解体を間に挟み、宮殿はいま一度最盛期を迎えます。
1920年から第二次世界大戦まで、時のハンガリー大統領ホルティ・ミクローシュ(1868〜1957)の夏の離宮として使われました。
その後は、荒廃と復活の時代。
ゲデレー宮殿は、建物自体は第二次世界大戦の戦禍をあまり受けずにすみましたが、宮殿内の調度品などは、侵入してきたドイツ軍に略奪され、ソ連軍が駐在したときに、ブルジョワの贅沢品として、売り払われたり、破壊されたりしてしまいました。
その後、1950年から、ソ連軍は厩舎を兵舎として利用し、本館は老人ホームとして使われましたが、宮殿は次第に荒れていきます。
1985年から、宮殿の修復が始まります。
博物館として初めて公開されたのは1996年8月です。そのときに公開されたのは、ホールとロイヤル・スイート、すなわちフランツ・ヨーゼフ皇帝とエリザベート皇后の部屋で、第2の最盛期をしのばせる部分です。
ただ残念ながら、家具・調度品などの内装は、オリジナルのものはほとんどありません。いわばコピーです。
その後も段階的に、公開される部屋が増えています。
そして2001年8月10日、マリア・テレジア滞在250年記念のときには、マリア・テレジアやグラシャルコヴィチ伯爵の部屋も公開されるようになりました。
2003年には併設のバロック劇場も公開されました。
2004年には、中庭の丘の方にあるパビリオンも公開されました。
あいにくどちらも、現地ツアーでは、プログラムに含まれていませんでした。
歴史や現代アートの企画展も年間を通じて行われているようです。 -
ツアーはケーキと飲み物のサービス付です。
この見学の後のティータイムもちょっぴり期待していました。もちろん、当たりはずれはあるだろうと思いつつ。
ケーキへの期待はそこそこでした。だってツアー用のケーキですもの。各自が好きに注文できないでしょう。
でも、本日も昼食抜きで続けて観光するつもりなので、ケーキで軽く腹ごしらえができるのはちょうどよいです。
それに、私はいつもケーキというと、ついチョコレート系を頼むので、こういうトルテはなかなかな注文しません。たまには良いと思いました。
もっとも、同じテーブルに着いたツアーメンバーの1人は、あんまり美味しくないし、チョコレート系の方が好きだ、と言って、自費で注文し直していました。
このトルテ、結構美味しかったですけどね@
お腹が空いていれば、極上のソース!
(褒め言葉になっていません@)
英語グループ5名で1つのテーブルにつきました。
最初、これまでの、そしてこれからの観光予定の話題をひとしきり交換した後で、そういやしていなかったね、という流れで自己紹介になりました。
私の他のメンバーは、ブラジル人の白人系の母子で、24才の娘さんと、45才のお母様。
それから在イギリスのイタリア人のカップル。年齢は、2人が冗談を言って笑い話になったのでうやむやになり、おかげで私の年齢も言わずにすみました@
イタリア人男性は、ブラジルでの生活を聞きたがりました。南イタリア出身の彼は、いずれ暖かいところで暮らしたいのだそうです。
また2人は正式に結婚しておらず、イタリア人男性は離婚話とかでちょっともめているらしく、その話題はデリケートだというのですぐに話題変換をし、ブラジル人母子の家族の話になりました。娘さんのボーイフレンドは日系ブラジル人なのだそうです。
そのあたりで、各自の職業の紹介になったのですが、私以外の4人がそろいもそろってアカデミックな人たちばかりでした。
イタリア人カップルは、2人とも医者。
ブラジル人の母子は、娘さんが弁護士で、お母様は化学者。
ふつうのOLと名乗るしかない私は、ちょいと片身が狭くなりました(泣)。
特にブラジル人の娘さんなど、アメリカのテレビドラマにでもヒロインとして出てきそうなくらい可愛いらしい人だったので、ちょっとギャップを感じたくらいです。
いいなぁ、才色兼備ですか@ -
ロイヤル・レッドな皇帝の書斎
宮殿内は撮影禁止でしたので、ゲデレー宮殿で買ったパンフレットから、いくつか写真を抜粋します。
パンフレットは56ページあり、全ページとも美しいカラー印刷で、お値段は1,490フォーリントでした。
(2006年10月現在、1フォーリント=約0.6円)
まずは、皇帝フランツ・ヨーゼフの書斎です。
フランツ・ヨーゼフの部屋の壁の色はロイヤル・レッドです。
見学の最初で、宮殿の修復に使われた5種類の壁紙の見本を見せてもらいました。それぞれ色が違いますが、皇帝の部屋は赤い壁紙で統一された、と言われたときは、質実剛健なフランツ・ヨーゼフにしては派手派手でいやがらなかったのかしら、と思ったものです。
ところが……いやはや、さすがロイヤル・レッドです!
軽薄ではない、どっしりとした風格を感じました。
新古典主義のマントルピースの右側には、ハンガリー国王としての彼の肖像画と、息子のルドルフ皇太子の肖像画があります。
右側の少年の絵は、誰だったかな〜。
この写真には写っていないのですが、書斎机のそばの壁には、ちゃぁぁんと愛妻エリザベート(シシィ)の肖像画もあります。
皇帝の部屋の写真はこれ1枚ですが、皇帝の部屋はこれ1室だけではありません。
サロンもありました。
ただしベッドルームは、今や「戴冠の間」として作り替えられていました。
というのも、室内の復元には記録写真が頼りだったのですが、ベッドルームのようなあまりにプライベートな部屋は写真を撮ることを控えたというのです。
そのため、ベッドルームはどうであったか、という資料は一切なく、復元できないそうです。
それは皇后エリザベートのベッドルームも同様でした。 -
スミレ色なシシィのサロン
ゲデレー宮殿で買ったパンフレットから
皇后エリザベートことシシィの部屋は、壁紙は彼女のお気に入りの群青色です。
すみれ色と書いてある本もありましたけれど、私には群青色にしか見えません@
見学の最初に宮殿の修復に使われた壁紙の見本を見ましたが、シシィのお気に入りの壁紙の色を見たとき、こんな色で壁を統一したら暗くなるだろうに、シシィって意外に趣味が悪い!───などと思ってしまいましたが、実物を見て納得です。
むずかしい色づかいですが、高貴にまとめていると思いました。
それにはもちろん、ロココな家具・調度品の存在も必要でしょう。
この部屋の薄紫色の家具はとても気に入りました。すばらしい色づかいです。本当にすてきです。うっとり。
同時に、部屋の主人は高貴さがにじみでている方でないと、座っても似合わないなぁと思いました。私には高嶺の花(泣)。
このレセプション・ルームで、シシィは、アンドラーシュ・ジュラ伯爵やデアーク・フェレンツィといった、ハンガリーの重要な政治家たちと面会します。
ハンガリーびいきのシシィこそが、オーストリアとハンガリーの争いの終結である二重帝国成立の立役者でした。
中でも2代目首相となったアンドラーシュ伯とはあまりに親密だったため、彼はシシィの愛人ではないか、といった口さがない噂がたちました。
末娘のマリア・ヴァレリアはアンドラーシュ伯の子ではないか、などという誹謗も飛び交ったようです。
写真の部屋に飾られている大きな絵は、ハンガリーの衣装を来たシシィです。
ハンガリーの伝説だったか、王妃のきまりだったか、それに従って戴冠式に着るマントを修繕しているところの絵です。 -
スミレ色なシシィの書斎
ゲデレー宮殿で買ったパンフレットから
皇后だって勉強するんです。プライベートはいっつも、ダイエットに旅行に乗馬だけにいそしんでいたわけではありません(笑)。
というか、彼女の勉強熱心さには舌をまきます。
というか、むしろ彼女がオーストリア・ハンガリー二重帝国の立役者になるべく動くからには、ハンガリー語と歴史を学ぶことは、政治的にも必要だったでしょう。
シシィはハンガリーにすっかり魅了されました。側付きの侍女もハンガリー人です。名前はフェレンツィ・イーダ。
シシィの読書室(書斎とは別)には、イーダの写真と机もありました。シシィはそこでイーダに本を読んでもらっていたそうです。
難しいと言われるハンガリー語も、イーダから教わって会得しました。えらいですよね。ハンガリー語は文法や単語など、母国語のドイツ語とは体系が違うので、英語やフランス語を会得するのとは苦労が段違いだったはずです。
書斎のテーブルには、シシィがハンガリー語で書いた手紙が展示されていました。ガイドいわく、文法やスペルのミスもあるそうです。でも、ハンガリー人ではない彼女がこれだけ自在にハンガリー語が書けるのはたいしたものだと言っていました。
シシィのお気に入りの詩人は、なんとシャーンドル・ペティーフィだそうです。シシィが愛読した彼の詩集も、この先のドレッシングルームのテーブルに展示されていました。
シャーンドル・ペティーフィは、確かにハンガリーの国民的詩人です。でも、対ハプスブルグ独立戦争である1848年革命の火付け役でもあるのです。
ハプスブルグ帝国にたてついた革命闘志の詩人。でもそんな詩人の作品を愛用したシシィは、こんなところからも、とても柔軟な思考の持ち主であったことがよく分かります。
ちなみに右側に写っている青年の肖像画は、シシィと婚約したときの若き日の皇帝フランツ・ヨーゼフです。当時、皇帝は23才。シシィは16才。
皇帝は、むしろ晩年のふさふさのおひげの姿の絵や写真の方をよく見かけます。そっちの姿の方になじんでいたため、この若い青年は「おおっ、これ誰よ!」というかんじです。
フランツ・ヨーゼフとシシィはいとこ同士なので顔立ちが似ています。
シシィの美しさは有名ですが、皇帝もかなりの美青年です。
しかし、なんでヨーゼフだけで、シシィの肖像画はなかったのか、ですか?
ありますよ。
皇帝の肖像画の隣にはちゃあんと16才のシシィの肖像画。宮殿でも並んで飾られていました。
でも、写真に撮りたかったのはあくまでシシィの書斎の方でしたからね。書斎の写真の写真だけを撮るのが難しかったからなのです。皇帝の写真をファインダーに入れまいと無理して気に入らない写真にするくらいなら、いっそ入れてしまえ、ってね@ -
シシィのドレッシングルーム
ゲデレー宮殿で買ったパンフレットから
着替えや仕度に利用された部屋だと思いますが、彼女の心を支える人々や動物の写真や絵に囲まれていました。
たとえば、母親のルドヴィカに姉のマリア、それから3人の子供たち、長女のギゼラ、ルドルフ皇太子、それから末娘のマリア・ヴァレリアの写真。
ちなみにシシィの母親のルドヴィカは、皇帝フランツ・ヨーゼフの母親ゾフィの妹です。フランツ・ヨーゼフとシシィは母親つながりでいとこでした。
また、この部屋には彼女の愛馬と愛犬の絵も飾られていました。
愛馬の名前はアボロン。愛犬は、シャドウ。ゲデレー宮殿の庭園には、大理石で造られたシャドウの墓があるそうです。
それから、写真のテーブルの上の本が、シャーンドル・ペティーフィの詩集でした。 -
シシィを偲ぶ部屋の1つ
ゲデレー宮殿で買ったパンフレットから
シシィを偲ぶ品でまとめられた部屋は3つほどありました。これはその最後の部屋でもあり、たしか宮殿内見学もこの部屋で終わりでした。
大理石のシシィの胸像は、同じタイプのものをブダペストのあちこちでいくつか見た気がします。少なくとも1つはマーチャーシュ教会で見ました。
壁の写真は、胸像の向かって右側は、エリザベート(ハンガリー風に発音するとエリジュベート)の名を持つ場所の写真です。たくさんあります。
ブダペスト市内に限ると、観光客がよく目にし、なじみがあるのは、見上げればゲッレールトの丘が見える位置に架かったエリジュベート橋とか、デアーク広場のすぐ近く、バス停のたくさんあるエリジュベート公園あたりでしょう。
胸像の向かって左側の壁の写真は、皇帝が計画した、エリザベートを偲ぶ記念碑や建築物の完成予想図です。とてもたくさんあった上、時代もあわただしかったので、さすがにそのすべてを実現させるのは叶わなかったようです。
パンフレットでは、見学ができた部屋のほぼ全ての解説か、写真がありました。
日記とあわせてひっくり返してみると、まだ記憶が残っていて、意外に思い出せます。
他にも印象深かった部屋として、まずは、最初の方で見学した「食器室」。
右翼のロイヤル・レッドな皇帝の部屋と左翼のスミレ色な皇后の部屋の間にあった部屋の1つです。
小さなダイニング・ルームに隣接して食器室が設けられていました。
なぜかというと、皇后が食べ物の匂いを嫌ったので、キッチンは離れたところに設置されたためです。そりゃま、ダイエット中の身には、食べ物の匂いはたまったものじゃありませんよね。
そのため、ダイニング・ルームのそばに食器室を設けて、そこで配膳の準備をしなければならなかったというのです。
それからホール。
これもロイヤル・レッドな皇帝の部屋と、スミレ色な皇后の部屋の間にあります。
宮殿にふさわしい華やかさのあるサロン。
現在でも、コンサートや演説などの会場として使われています。
結婚式もここで行われることがあるそうです。
お金さえ払えば一般庶民でも挙式できます。べらぼうに高いと思いますけどね。
そしてシシィのお忍びの階段。パンフレットでは、単に「バロック階段」とのみ紹介され、シシィのことは一言も載っていなくて首をかしげたのですが……宮殿は、グラシャルコヴィッチ伯爵時代とフランツ・ヨーゼフ皇帝夫妻の時代とでは部屋の用途が違うから、ということで。
その階段の前にある部屋は、表に扉がない隠し部屋のようになっているという説明は一致しています。
そしてその階段から厩まで屋根続きで、シシィが誰にも会わずにこっそり乗馬に出かけられるようになっていたそうです。
そう、ゲデレー宮殿では厩舎が独立した建物ではなく、あたかも宮殿の一部のようになっていたのは、そのためだったのですね@
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この旅行記へのコメント (2)
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- 萌愛さん 2007/01/20 12:13:13
- 夏の宮殿
- まみさん、こんにちは。
ごぶさたしてごめんなさい。「石」探訪に出ていたもので…m(__)m
ゲデレー宮殿は私も行きたかった場所のひとつです。エリサベートがこよなく愛したってことでも有名な宮殿ですね。でも彼女の放浪癖は、夫フランツの浮気と子供の育児を姑の王妃に取り上げられて、始まったとか?
私がハンガリーへ行った時に調べて印象的だったのは、エリザベートはハンガリー人の気質を愛して、自ら進んでマジャール語の勉強して見事な早さでマスターし、ハンガリー独立戦争の時は彼女自ら国民の前に立ち、マジャール語を駆使して、説得にあたったとか…ハンガリーを愛しハンガリーに愛された王妃ですよね。ここで、まみさんに質問が…召使もハンガリー人だった彼女が最後をとげたジュネーヴでも同行していたハンガリー人スターライ伯爵夫人の資料が、この宮殿にありましたか?
- まみさん からの返信 2007/01/22 12:23:06
- RE: 夏の宮殿
- 萌愛さん、こんにちは。書き込みありがとうございます。
また沖縄にいらしていたんですね。
旅行記を拝見途中です@
おちついたらコメントしまーす@
萌愛さんはエリザベートについてお詳しいんですね。
私はルードヴィッヒ二世と、息子のルドルフ皇太子の側から、エリザベート皇妃のことをぽつりぽつりと知るようになった次第で。。
あとは日本で見たウィーン発のミュージカルの「エリザベート」くらいかな@
スターライ伯爵夫人についての資料は、ごめんなさい、あったかどうか不明です。注目してなかったので。。。
ガイドさんも侍女のイーダのことは比較的丁寧に指摘し、説明してくれたんですけどね。
エリザベートのすごさは、ハンガリーに関心を持つようになってから分かるようになりました。それまで、なんでエリザベートがハンガリーびいきになったのか、ハンガリーの歴史や語学を学んだ意味について、ピンと来なかったんですよ。
いやぁ、ハンガリー語、ドイツ語などと体系が違うから難しいですしね〜。
放浪の気まぐれな王妃という印象の強かった彼女ですが、ハンガリーとの二重帝国成立に尽力したり、ほんと、ハンガリーでは人気なわけが納得です。決して、棚からぼた餅式に好かれたわけでしゃなかったんだーって(そうだと思っていたところがありました、美しいから@)。
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