2006/08/31 - 2006/09/04
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k-kaoruさん
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久々の海外。
思えば前回の海外旅行もタイやったなぁ。
仕事終わり、深夜便でいざタイはバンコクへ。
ガラガラやとばっかり思ってた飛行機はものすご混んでたなぁ。 無理矢理寝る。
到着後、早速、タイ西部、ミャンマーとの国境近くの町、 カンチャナブリーへ。「戦場に架ける橋」で有名な町。(見てないけどなぁ)
別名?死の鉄道?(Death Railway)とも言われる泰緬鉄道が 映画に出てくる鉄道。
第二次世界大戦中に海上シンガポール経由で、 ビルマ・インド戦線へ軍需物資を送ることが困難になりつつあった日本軍にとっての内陸部を通る新しい輸送路として計画された鉄道。
同盟国のタイからビルマへとジャングルを抜けて走る総全長415km (タイ側263km、ビルマ側152km)にも及ぶ鉄道は、
1942年(昭和17年) 9月16日タイ側のノンプラドックにおいて建設開始。
この難工事には、約3万人の連合軍兵士、10万人以上のアジア人強制労働者が投入され、そのうちの捕虜1万6千人、
それからアジア人労働者10万人のほとんどすべてが、熱帯のジャングルの様々な疫病にかかり、
医療品の不足などで死亡。
戦中に調査を行った日本の技術者達は、当初泰緬鉄道の建設には 最低5年はかかるとみていたそう。
でも実際には、日本陸軍は選挙区の ひっ迫からわずか16ヶ月の突貫工事を試みた為、
鉄道は翌1943年(昭和18年)12月25日、15ヶ月余りという驚くべき早さで開通、
そのために多くの犠牲をも生むことにつながった・・・・・。
実際に鉄道を歩いてみて、ここが本当に強制労働の場であったことは なかなか想像できなかった。
列車にも乗って、ものすごい断崖の中を走る線路の工事が相当な困難だったことも伺い知れた。
でも写真!写真!って張り切って笑顔を作る自分とつながらない。
鉄道を見学した後、JEATH戦争博物館へ。 写真やイラストで当時の労働の過酷さを見ることができる。
博物館自体が収容所を再現していて、簡素な造りである事がよくわかる。
ここに幼稚園の子供達が見学(?)に来ていた。 歌をうたったり、走り回ったりの子供達はめちゃくちゃ可愛い。
戦争博物館にいる事を忘れてしまいそうになる。 大はしゃぎする子供達を見て、平和ってものをさらに考える。
その後は象トレッキング。川へバシャバシャ入ってくれたり、 急斜面を上り、下り、スリル満点。
カンチャナブリーは本当にのどかで自然いっぱいの素晴らしい町。
日本人として複雑な気持ちになる場面も多々あるけど、 今度はもっとゆっくりこの町を見ようと思う。
夜はバンコクへ戻り、これは外せないねぇ。「タイスキ」を食す。 めっちゃおいしい!!なんぼでも食べれるよ。
それから、これまた超有名スポット「オカマショー」へ。 ものすご美人でビックリ!笑わしてくれるねぇ。
今日はタイの観光の色んな面が見れた一日やった。 この国は本当におもしろい☆
寝てる暇はないね。ナイトマーケットにも行かな!
※泰緬鉄道の歴史の文章はJEATH博物館に入場する時に配布された、 日本人用パンフレットから引用
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- タイ国際航空
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