2006/09/16 - 2006/09/24
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A・イリーさん
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7日目の旅程は「西晋墓→莫高窟→柳園駅」
朝、ホテルの部屋のカーテンを開けると鳴沙山が見えた。旅も終盤が近づき、心配だったつれの体調もかなりよくなった。天気もいいし、今日も暑い一日になりそうだ。
- 交通手段
- タクシー
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ホテルのレストランの入り口の写真。今回は朝食がついていた。
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中華のバイキングである。私は朝はあまり食べられないほうなのだが、せっかくなのでここでたっぷり野菜を食べることにする。味は普通。オレンジジュースは薄くて甘かった。
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食事を終え、ホテルのチェックアウトを済ませたら『旅人の家』に行く。隋さんに莫高窟に行きたいと相談すると、車で連れて行ってもらえることになった。またガイドブックにはあまり掲載されていないが、最近発見された西晋の墓があるというので、そこも見学することになる。
写真は『旅人の家』。旅人ノートなどがあり情報収集に役立つ。隋さんは日本語も上手でとても親切だった。
【出納簿】
車[旅人の家⇔莫高窟] 40元(≒597円) -
町から外れ、見渡す限り何もない砂漠の荒野を横ぎったところに西晋墓はあった。西晋時代(265-316年)の古墳ということだが、墓は地下にあるため、外には入り口だけがある。西晋墓には中国人のガイドがおり、隋さんが日本語に訳してくれることになった。
【出納簿】
西晋墓チケット 30元(≒448円) -
地下の墓へと続く通路にはレンガで詰まれた細長いアーチ状の門のような壁がある。レンガは複雑な組まれ方をしており、虎などの動物の絵が描かれたパネルもはめ込まれている。門を過ぎ、さらに下っていくと、小さな部屋があり夫婦の棺がひとつずつ置いてあった。部屋の隣には台所とトイレもあり、死後も生活に困らないようにという思いからこれらを作ったらしい。この西晋墓に眠っている夫婦が誰なのかはいまだ特定できていないそうだ。西晋墓は工事でこの場所を掘っていたら偶然発見されたらしい。砂漠の地下にこのような立派な墓が眠っているとは誰が想像できただろう。
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西晋墓周辺(地上)には小さなトカゲがいっぱいいた。
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盛り土のところは下に古い時代の墓があるそうだ。しかし、発掘すると酸化してしまうため、そのままの状態で放置しているという。
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つづいて莫高窟を訪れる。
日本語ガイドに案内され、私とつれ、それに関西出身の女性2人が加わり、合計4人で見て回った。窟は全部で492あるが、ひとつひとつに扉があり、鍵がかかっている。扉の鍵はガイドが持っているので、ガイドと一緒でないと窟の中を見ることが出来ない。そのため中を見学できた窟は7つだけだった。
写真は第96窟の九層楼。中には唐代の大きな弥勒菩薩がある。
【出納簿】
莫高窟入場チケット 120元(≒1793円) -
日本語ガイドは懐中電灯で仏像や壁画を照らし説明をしてくれた。莫高窟は366年に造営が始められ、その後1000年にもわたって仏像が彫り続けられたそうだ。説明を聞きながら窟の中にある仏像や壁画をいくつも見ていると、各時代の特徴がだいたいわかってくる。これは唐の時代、これは西夏時代となんとなく判断できるようになった。1900年に大量の巻物が発見された第17窟にも入る。予習をしておいたおかげで説明もわかりやすい。とても小さな窟だが、発見されたときは古文書がびっしりと詰め込まれていたそうだ。まるで小説のような現実の話だ(これをもとに井上靖の『敦煌』という小説も書かれている)。
17窟の外側の壁に古めかしい文字が書かれていたのでガイドに尋ねると「これはただの落書きです」と言われれる。昔ここを訪れた人がいたずら書きしたものらしい。そういえばアンコールワットにも落書きが結構あった。
内部の撮影は禁止のため外からの写真のみ。 -
莫高窟の古文書の歴史的価値やすばらしい仏教美術に魅せられて、1900年初頭、日本人を含む外国人が仏像や古文書を持ち帰っている。剥ぎ取られた壁画の跡を見ると胸が痛くなった。
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莫高窟のすぐ上に砂漠が迫ってきている。
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各ドアの上に窟の番号を示すプレートがある。扉は小さいが入ってみると中は意外と広い。正面を向いた仏像が安置され、壁は一面に絵が描かれている。
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莫高窟の見学を終え、町に戻ってきたらもうすでに夕方になっていた。夜には寝台列車に乗るので柳園駅に行かなければならない。隋さんに別れを告げ『旅人の家』をあとにした。
写真はバスの待合室。 -
柳園行きのバスの時刻表。
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昨日と同じくまた二時間かけてバスで柳園駅に向かう。直線の道路が果てしなく続いている。
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柳園駅に着く。
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駅前にはタクシーがたくさんとまっている。
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駅にあった公衆電話はICカード対応型のようだ。
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寝台列車の出発時刻まで二時間もある。やることもないのでつれとボードゲームをして時間をつぶす。
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写真は駅の改札の様子。構内に入るにはカバンを右下のセキュリティの機械に通さなければならない。
出発の時刻が近づいたので、セキュリティチェックを終えて中に入るとすでに待合室はいっぱいだった。電車を待っている人々はバナナやチキン等をカバンから取り出し、むしゃむしゃと食べはじめる。中国人はどんな場所においても食べるなあと改めて思う。
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