2006/07/08 - 2006/07/18
5839位(同エリア8891件中)
目黒警部さん
数多くのアンコール遺跡がアンコール・トムと東バライの間と、その周辺に散在している。
とりわけアンコール王朝中興の祖であり、仇敵チャンバの脅威を除いた、救国の英雄ジャヤヴァルマン7世(在位1181〜13世紀初め)が建設した重要な寺院や僧院がこの周辺に多い。
ジャヤヴァルマン7世は歴代の王の中では例外的に大乗仏教を信奉した。
王が造った仏教遺跡をみてまわろう。
参考文献:アンコール・王たちの物語:石澤良昭著/アンコールワットとカンボジア:地球の歩き方/アンコールワット密林に眠っていた巨大遺跡:旅名人ブックス・谷克二著
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 航空会社
- タイ国際航空
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7月13日 昼
アンコール・トム王宮広場の中央に位置する、大きな木の下に連結された電動自動車が3台あった。
近くの看板には、一人2ドルと記載されている。 -
電動自動車の脇にいた運転手に何時間で2ドルなのか聞いてみると3時間位だと言う。
東バライまで行けるか?と尋ねるとそこまでは行けない王の沐浴池であったスラ・スランまでと言った。
希望を言えば、その範囲だとどこの遺跡でも行ってもらえるようだ。
ただ中華系の会社が運営しているこの電動自動車には、一応会社が決めたルートがあるらしい。 -
いずれのせよ、周辺の遺跡を3時間ではすべて見れない。
運転手に行き先は任せることにした。
ただ血管のように寺院に絡まる木が見たくて、タ・プロームへ行くかどうかの確認。
最終点をアンコールワットにお願いした。 -
景色が、良くみえる電動自動車は快適だった。
ゆっくりと静かに走る電動自動車の座席に心地いい風が舞い込んで来る。 -
電動自動車は、王宮広場より勝利の門を通りアンコール・トム都城の東へと進んだ。
左手にトマノン遺跡を垣間見た。
ここには立ち寄らないようだ。 -
トマノン遺跡前の道路にはみやげ物やが並んでいた。
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電動自動車は、真っ直ぐに東へと進む。
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シェムリアップ川に架けられた石の橋・スピアン・トモーを渡る。
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電動自動車が、初めに訪問した寺院はクリスタルの古老と言う意味を持つタ・ケウだった。
クメール語にては、タがおじいさんの意味にてケウがクリスタルの意味らしい、偶然だろうか?タイ語と同じである。
タイ語のターはおじいさんでケウはガラス・宝石といった意味である。 -
タ・ケウ寺院は、アンコール・ワット造営の試金石とされる。
この寺院は、ジャヤヴァルマン5世によって11世紀初頭に造営が始められたが、王の突然の死によって石材を積み上げた状態で未完成のまま放置されていた。
四方に副祠堂のある5塔主堂型の平面構成を持つ寺院でピラミッド式寺院の周囲に回廊を組み合わせるという新しい造形への挑戦がなされている。
最後まで完成されていれば、ピラミッド式寺院の中でも造形上優れた物の一つに数え上げられただろう。 -
タ・ケウの見学をそこそこに済ませて、修復中のタ・プロームの西塔門に到着しました。
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ジャヤヴァルマン7世は建寺王である。
アンコール地方における最初の大建築はタ・プロープ寺院で当時は、ラージャヴィハーラ(王の僧院)と呼ばれていた。
タ・プロープ寺院の主神は、プラージュニャパーラミター(般若波羅蜜覆多)でジャヤヴァルマン7世の母親を模して彫像を作り、1186年に安置された。
この主神を中心に、境内の中小の祠堂には260の神々が祀られたという。
タ・プロープ寺院は、1860年に再発見された当時のまま保存されている。 -
西塔門から少し歩きます。
緑が目にしみます。 -
道端にて目の不自由な方が演奏をされていました。
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東西1km、南北600mの敷地にめぐらされた三重の回廊は榕樹に破壊され、荒廃した世界を造り出していた。
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内庭と回廊。
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中央祠堂の周りは美しいデバダーの宝庫。
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彫りが深く妖艶なデバダーが見えた、カメラを構える。
まるで1枚の絵をみるような錯覚に陥る。 -
スポアン(榕樹)は寺院発見当時の景観として保存するため、取り去られていない。
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敷地は、ラテライトの壁で囲まれている。
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スポアン(榕樹)と祠堂。
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長年の猛威に祠堂や回廊が耐えている。
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タ・プローム寺院の祠が、巨樹に呑みこまれてしまっている。
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前柱殿では、石が山積みになっていた。
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押し潰されようとされている寺院。
自然の勢いを感じさせられる。 -
美しいデバダーが残っていた。
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盛時には舞姫615人、高層18人、僧侶2700名を含む1万人が住んでいたとされる。
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ちょうどアンコール朝が隆盛に向かおうとする西暦1000年頃、世界はどれだけの人口だったのでしょうか。
世界の推定人口は、約2億5000万人、その中で大人口を抱えもっとも栄えた都市は、コルドバ(スペイン)で人口は約45万人。 -
タ・プロームで最も有名な木のスポアンです、皆さんこの大木の前にて記念写真を撮られています。
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第二番目の都市は、中国の宋の開封、ここは中国河南省北部の都市で、宋朝では物流の拠点であり、北宋の首都でもあった、人口は約40万人。
第三番目はトルコのコンスタンチノープル、ローマ帝国を引き継ぎビザンツ帝国の首都があったところでその最盛期の人口は約29万人、今のイスタンプールである。 -
そして第四番目がアンコール朝の都城アンコール、ここは水利灌漑都市として栄え、広大な領域を支配し、人口は約21万人。
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アンコール地方は、1000年から飛躍的に発展し、1113年のアンコールワット建設時には三倍近い人口が集中していたと推定され背景人口は50万〜60万とも言われている。
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第五番目は日本の京都で、貴族文化が花開く藤原一族の全盛時代、推定人口は約16万人。
この後、エジプトのカイロ、イラクのバグダット、イランのニーシャプールと続く。
アンコールワットが建築される時期には、世界に冠たる人口を誇る大帝国だったのです。 -
昔は王の今は子供たちの水浴場、スラ・スランにやって来た。
東西700m、南北300mの人工池。ラジェンドラヴァルマン1世が10世紀後半に造り、200年後にジャヤヴァルマン7世が全面改修して美しいテラスを加えた。 -
護岸の為岸辺を砂で固めたので、最初よりは小さくなった。
テラスをクメールの獅子とナーガが守り、ラテライトの階段が水中の降りている。
かつて祠堂があった。
池の底には石が敷きつめられている。 -
スラ・スランを見学すると、電動自動車はもと来た道を引返した。
シェムリアップ川を渡る。 -
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神々の並ぶ欄干へ。
アンコールトム都城の東の門、勝利門が見えてきました。 -
西側(内側)から見る勝利の門。
両側は森である。 -
勝利の門をくぐり、アンコールトム都城内に入り、出発点に戻った。
これでお終いかと思うと、電動自動車は王のテラス前にて北に方向を変え、北大門を通り又城都外に出た。 -
プリア・カーンに到着。
ナーガ(蛇)の欄干のある橋を渡ります。 -
ナーガの欄干
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プリア・カーン、ナーガ(蛇)の欄干のある橋を渡り正面の西塔門から入場します。
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ジャヤヴァルマン7世は自らは熱心な大乗仏教徒であったが、ヒンドゥー教を圧迫はしなかった。
伝統的で強力であるヒンドゥー教を圧迫はできなかったのかもしれない。
西参道より入ったところの塔門横の壁にあるガルーダ像にそれがよく表れている。 -
プリヤ・カーン寺院は前王の球王宮敷地跡に建てられた。
そこはチャンパー軍との戦いで主戦場となったところである。 -
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周塀内の広さは、タ・プロープ寺院より少し狭い56ヘクタールである。
しかし寺院の敷地部分は前者よりも大きく、3.5ヘクタール。 -
僧院と同時に仏教大学であり、僧侶養成機関であった。
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東参道、東西800m南北700mの巨大寺院
ここでどのよう修行が行われていたかは不明であるが。1000人以上の僧侶がいたことは分かっている。 -
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タ・プロームほどではないが、スポアン(榕樹)が遺跡にからみついています。
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踊り子のテラスでは繊細なレリーフを楽しめる。
これは13名の躍るアプサラ。 -
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踊り子のテラスでは繊細なレリーフが楽しめる。
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東塔門を入るとテラスが広がる。
ナーガにまたがるガルーダの欄干が見事。 -
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ニャック・ポアンに到着。
ジャヤヴァルマン7世は、寺院の東側にかなり大きなバライ(ジャヤタターカ・長さ3.5km、幅900m)を造営したその中央の一辺350mの正方形の人口の島は、現在にニャック・ポアンの名で知られている。 -
ニャック・ポアン、この絡み合う蛇という名は、中央祠堂の基礎部分に巻きついている二匹の蛇に由来している。
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この旅行記へのコメント (2)
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- コンSPANさん 2006/09/18 10:45:27
- 改めて感動!
- またまたコンヌアです。いやー、正直カンボジアの歴史に関しては全くと言っていいい程知りませんが、警部殿の写真付き解説で勉強させて頂いています。それにしてもカンボジアって昔は凄く栄えていたのですね。人口もその当時にしてみれば、かなりですし、アンコールワット建設時には3倍とは・・いつかは行ってみたいと思っていたカンボジアでしたが、うずうずしてきました!スポアンも是非間近で見てみたい!!
- 目黒警部さん からの返信 2006/09/19 19:31:55
- RE: 改めて感動!
- コンヌアさん いらっしゃいませ。
アンコール王朝は、想像以上の大帝国でした。
帰国していろいろな書籍を読み再確認できました。
多くの人達をひきつけるに十分な魅力を持っている遺跡だと思います。
殺戮と破壊の限りをつくした、あのクメールルージュでさえ、積極的には破壊しなかった、アンコールワット。
カンボジアの人達には、昔も今も観光の遺跡ではなく、信仰の対象であり国家の象徴でありカンボジア人の心の支えでありそしてカンボジアそのものなのでしょう。
コンヌアさん 是非一度訪問してみてください。
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