2006/04/29 - 2006/05/07
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tawassanさん
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いつものとおり夜のうちに花巻入りし、スーパーで夕食&朝食の買物をした際、店員に花巻温泉のことを尋ねたら、(名前は忘れたが)あるホテルの温泉がいいと奨めてくれた。公衆浴場と比べたら値段は高く800円。入浴している人は、私達のような宿なしと違い、ほとんどが宿泊客。風呂も広くてきれいだった。元をとるくらいゆっくりと温泉に浸かって一日の疲れをとった。花巻には道の駅がなかったので国道4号線を少し北上し、「道の駅 石鳥谷」で寝床についた。翌朝、花巻に戻り、JR花巻駅でマップを仕入れ、この街が生んだ宮沢賢治ゆかりの地を中心部はウォーキングし、郊外の羅須地人協会と宮沢賢治記念館は車で行った。特に羅須地人協会は、花巻農業高校の構内にあり、私達が入ると、すれ違う生徒達が大きな声で「こんにちは〜」と挨拶してくれ、気持ちがいいものだった。さすが、宮沢賢治が教壇に立った学校であると感心したりした。16時頃、この街を後にして次の目的地八戸に向った。
表紙:羅須地人協会(花巻農業高校構内)
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
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JR花巻駅。観光案内所に行き市内のお歩き用マップをもらう。
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花巻城跡。
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城跡の公園の桜は満開。
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イギリス海岸付近の川土手の桜も満開。
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イギリス海岸のことを書いた賢治の本の一節。
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これがイギリス海岸???雪解け水で水量が多いため、単なる川であるが、水量が少ない時は、白っぽい岩が露出されていて、まるで白亜のイギリスの海岸のようであることから宮沢賢治が命名したとのことである。
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イギリス海岸から歩いて羅須地人協会に向ったが、もらった地図ではもうとっくに着いていると思われるが、途中で聞くと、まだまだかなりの距離があるとのことで、一旦、市内まで引き返し車でここにやってきました。ちなみに地図は略図で“距離は裏面に記載してます”と注意書きがあった。
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賢治が花巻農学校を辞めてから、農耕生活をし、農民に農業や芸術を教えた“羅須地人協会”。花巻農業高校の構内にある。
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羅須地人協会は賢治が農耕生活をした住居であるが、現在、移築されてここ(花巻農業高校)にあるために、全て同じ高さであり、下がないし、畑もない。
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羅須地人協会(賢治の住居)の内部。ここで農民に音楽等を教えたのであろうか。オルガンがあった。この内部は無料で見学ができ花巻農業高校から鍵を借りて入る。
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車で移動して宮沢賢治記念館の近くにある賢治の童話名と同じ「注文の多い料理屋」。
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宮沢賢治記念館。宮沢賢治は童話、詩、音楽、宇宙、農業などいろいろなことに取り組んだ人物であった。
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童話「風の又三郎」(だったと思う)をイメージした展示物
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童話「風の又三郎」(だったと思う)をイメージした展示物
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宮沢賢治記念館から見た花巻
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これは宮沢賢治の詩碑の近くにあり、曲がり家とは違うし、どちらかと言えばコの字型の茅葺の家。これは同心屋敷と言って、南部藩主の警備をしていた花巻同心組の人が住んでいた家。
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同心屋敷の遠景。水が張られた田んぼに藁葺き屋根はなかなかよく似合う。
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同心屋敷から宮沢賢治の詩碑があるところまでの道沿いには、賢治の童話を連想させる演出がなされている。
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宮沢賢治詩碑のまでの案内の碑
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宮沢賢治詩碑の付近のベンチ
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宮沢賢治詩碑の付近のベンチ
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ここにも、「下ノ 畑ニ 居ヲリマス」と書いてあったが、ここは、宮沢賢治詩碑の付近であり、賢治の家、つまり羅須地人協会(現在は花巻農業高校に移築)があったところで、この家の下の方に賢治が耕した畑がある。
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宮沢賢治詩碑。「雨ニモマケズ詩碑」
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宮沢賢治詩碑のところにある掲示板。
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掲示板には賢治の「雨ニモマケズ」の原本の複製がある。
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この画像を拡大しても何が書いてあるかは分からないが、これが宮沢賢治石碑で、雨ニモマケズの後半部分を高村光太郎の書で彫っている。
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