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11月10日(日)<br /><br />今朝のニュースのトップは昨日のデモだ。<br />PRIMO PAGEという番組は何回も同じ場面を映すので、辞書を引きながらトップページを眺めている。「平和の祭典」「静かなる一陣の風」なんてタイトルが読み取れた。もちろん報道内容はまったくわからない。<br /><br />そうそう、イタリア語もできないくせに、なんで辞書なんか持っているのかというと、Tの夫のカルロと少しでもコミュニケイションをとろうと配慮したからだ。「イタリア語が面白いほど身につく本」というCDつきの本を買って、CDを流していた。でも彼と会うことがないとわかったので、真剣にならず、結局はまったく身につかなかった。覚えたのは「Dove\\\\\\\\\\\\\\\&#39;e la stazione?」くらい。<br /><br />駅に行くと、構内で野宿した若者たちがシュラフにくるまって寝ている。犬もいっしょだ。ごくろうさん。駅の清掃もこの一時的ホームレスを追い出すことはせず、まわりを掃除している。<br />「日本だったら追い出すだろうね。でもこの人たちが来たことでフィレンツェにかなり経済効果があったと思うけど、警官の動員や警備を考えたら、どっこいかな」そういえば、警官に道を尋ねたら「わからない」とフランス語が返って来たな。動員されて来てたのだろうか。<br /><br />参加者たちは三々五々引き上げていく。今日は日曜日だ。彼らも明日からまた平常の生活に戻るのだろう。そうそう、警察の車にpoliziaとcarabiniereと書いてあったので、辞書を引いてみた。poliziaは国家警察、carabiniereは国防省警察。ふーん、役割はどう違うのだろう。<br /><br />IC 8:42ナポリ行き。papasan、今回もまた1等だったが、No smokingにしてあった。コンパートメントの窓側が私たちのシート。入り口にはご夫婦が座っている。<br />Buon giorno.と挨拶して席につく。もちろん彼らも挨拶を返す。<br />そうだった、前もローマを通り越してフィレンツエからナポリに行ったんだった。そしてナポリからアルベロベッロへ行き、アドリア海を北上して、リミニからサン・マリノ、フィレンツエへとまわり、ローマを終着駅にしたのだった。ROMA TERMINIは文字通り終着駅。そういえば「終着駅」って映画があったな。<br /><br />ナポリに近づくと前方にヴェスヴィオが見えてくる。ナポリの駅裏には以前なかったガラス張りののっぽビルが立ち並んでいる。<br />再開発なのだろうか。では町中もかわったかな。<br />今日はサレルノに泊まるか、ソレントにするか、決めてなかったので、この先のチケットは買ってない。papasanがSARELNOまでのチケットを買いに行く。<br /><br />チケット売り場でチケットの裏に18番線と書いてくれたので、そこに行って待っていたら、SARELNO行きは違うホームから出発してしまった。やれやれ。<br /><br />14:30のローカル線で15:15にSARELNOに着く。がたがた電車。車中、後の席で3人の女性が話していたのだが、そのがたがたに負けじと声を張り上げるからうるさいこと!そうでなくてもイタリア人は声が大きい。はじめはイタリア語ってドラマチックだね、だからオペラにはふさわしいんだね、などと言っていたのだが、あまりのうるささに「なるほどね、蝉は幸いである。物言わぬ妻がいるから」なんて故事を口にし始める。<br />おほほ、私としたことが。この発言は問題発言だね。<br /><br />SARELNOの駅から海岸まではすぐ。海岸に向かって右手にムードのある山々がそびえている。papasanがこのホテルを予定していたんだが、と通りのホテルを指差す。ここに泊まってもいいが、まだ日は高い。アマルフィまで行ってしまおう。港でアマルフィまでの船を聞くが、船はもうないからバスだという返事。バス乗り場とチケット売り場を聞いていく。バスのチケットはたいていタバコ屋とかバールで扱っている。ここもSITA BUSだ。<br /><br />バス停に行くと、若者たちの一人が「ニーハオ」と声をかけてきた。「Not Chinese、I am Japanese.」というと「こんにちは」という声が返ってきた。彼が親切にアマルフィ行きのバスを教えてくれた。<br /><br />海側の席をとり、窓からのぞいていると、サレルノからアマルフィまでの道は断崖絶壁の細い道、しかもくねくねと曲がっている。なんとなく昔の伊豆半島を行くみたいだ。(今はいい道になってるけど)バスはゆっくりと走る。対向車が来ると代われないくらい。まして右側通行だから、なれない私は思わず「ヒャー」と声をあげる。たった54キロの道のりが1時間半もかかるわけだ。しかし景観はすばらしい。光の中で見たら、きっと海の色は地中海(正確にはここはティレニア海)独特のあのセルリアンブルーに輝いているんだろう。<br /><br />海岸から切り立つ急斜面にはオレンジやレモンが栽培されている。収穫は大変だろう。ケーブルもなさそうだし、荷揚げは人力なのだろうか。この地を畑にするには、先人たちはさぞかし苦労したことだろうな。いやはや人間の努力はたいしたものだ、とアラン島を思い浮かべる。崖っぷちにへばりつくようにして、白い家々が建っている。夕日が崖っぷちを赤く染めて海に沈んでいく。きれいだ。とすぐに、すっと夜の帳が下りてくる。<br /><br />ポジターノを通り過ぎ、やっとアマルフィに着く。バスはここでストップ。さて、ホテルは?と探すと、バス停の50mくらい先にホテルを見つけた。Hotel La Bussola、あそこを当たってみよう。大丈夫。ホテルはこの時期がらがら。チェックインのとき、Papasanの署名を見て、マダムが日本の文字はデザインみたいで好きだと言った。聞くと彼女はかつてデザインを専攻したのだという。そうだ。持ってきた折紙にかな文字の模様があったな。<br />あれで明日鶴を折ってあげよう。<br /><br />マダムにアマルフィからの船便をきくと、今は冬時間だから船はないのだという説明。ガイドブックにもそうは書いてあるが、さっき船は走っていたなァと半信半疑でいる。<br /><br />案内された部屋は3階で海に面していて、窓を開けると、まるで海に浮いているようだ。海辺に育ち、海辺近くに生活しているので、海近くに来るとなんとなくほっとする。洗濯をし、荷物を片付け、町を見に行く。<br /><br />先ずは防波堤の先端まで行き、町全体を見る。明かりが小さく分散してきれいだ。電灯はオレンジに統一されている。街づくりの協定なのだろう。ネオンサインは一切ない。それがかえってムードをひきたてる。<br /><br />今度は明かりの中に入る。崖っぷちの町。細い階段が迷路のように続く。住民には、とりわけ年寄りにはたいへんだろうが、その細い迷路が旅人にはとても魅力的だ。たしか人間大学で建築家の安藤忠雄さんが、ここの建築や生活様式を取り上げていたのを見たことがある。<br /><br />ドゥオモまで行く。こんな小さな町にしては立派なドゥオモだ。<br />ドゥオモの階段はきつい。坂道はなんとか歩けるんだが、階段はどうも苦手だ。中ではミサが行われていた。といっても、説教壇に神父さんの姿はない。席に座っていると、どこからともなく消え入りそうなふるえ声が聞こえ、参加者たちがそれに唱和している。声はどこから聞こえるんだろう、ときょろきょろするが<br />わからない。テープなのだろうか。Papasanが自主ミサで女性が先導役を勤めていたという。だからあんなふるえ声だったのか。<br />それにしても、こんな小さな町で、これだけのドゥオモをつくったのは、財政的にも大変なことだったのだろう。さぞかし住民にはこのドゥオモは誇りだったのだろうね。<br /><br />ドゥオモの辺りが町の中心らしく、商店やリストランテが並んでいる。リストランテはどこも7時半から開店だ。リモン・チェッロ(レモン・リキュール)がいっぱい売っている。大きいビン、小さいビン、形もさまざま。へばりつくようなレモン畑を見たので、貴重な生産物を買っていこうかと手にしたが、ビンは重いと考え直し、また元に戻す。<br /><br />ビンはビンでも今日飲んでしまおうと、Lacrima Christiの赤を1本買った。この地方のワインだ。だからどこにでもあると思っていたのだが、この前ナポリで飲もうと思ったら、リストランテにおいてなくて飲めなかった。日本で白を買ったことはあるが、それは美味しくなかったので、再度の挑戦。うん、これは美味しい。そこで明日もう1本買おうと思ったが、翌朝店はまだ開いていなくて買いそびれてしまった。1本10ユーロちょっとだった。<br /><br />明日のバスの時間を聞こうとチケット売り場に行き、タイムテーブルがあったので手にすると、係りの人が「それは船の時刻表です」という。<br />「船便あるんですか?」<br />「ありますよ。どこへいきますか?」<br />「ソレントへ」<br />「ソレントへは9時30分があるから、それで行って帰りはこれにしたら」と時刻表にしるしをつけてくれた。チケットは明日で十分間に合うという。やっぱり船はあったんだ。サレルノからの山道はあれはあれでスリルがあって良かったけど、海岸線を海から眺めるのも一興、とソレントまでは船で行くことにする。<br /><br />7時半、マダムに教えられた海辺のリストランテに行く。<br />人が繰り出すのは夜更けてからというが、海岸のそぞろ歩きにそろそろ人が出始めてきた。このリストランテはマダムは魚が美味しいという。私のお目当ては生牡蠣。だけどメニューに生牡蠣はない。ウェイターにきくと、カキはないがムール貝ならあるという。なーんだ、がっかりだなぁ。海辺に来たのは生牡蠣を食べたかったからなのに。ヴェネツアにはあったのになぁ、と一人でぶすぶすぼやいている。<br /><br />そうだ、この前、ナポリで食べたタコが美味しかった。そこで前菜にタコやムール貝やエビの盛り合わせを頼んだ。それとスパゲッティ・ボンゴレと同じく魚介類のスープ煮を一人前づつ頼んだ。ワインはラクリマ クリスチの赤。でも、出てきたワインはラクリマ クリスチではなかった。ラクリマ クリスチはリストランテではあまりお目にかからない。どうしてだろう。まぁ、いいや、さっき買ったから、ホテルに帰って飲むとしよう。<br /><br />出てきた前菜のタコは水っぽくって全然美味しくない。Papasanはイワシのマリネは美味しいと言ったが、私はイワシは嫌い。<br />スープ煮もエビやイカ、ムール貝、魚が入って、びっくりするくらいの量と豪華さだが、味は塩辛くて私にはいまいち。<br />これ1皿、25ユーロ。ほとんど残してしまった。「残してごめんね。美味しかったけど私たちには多すぎるの」とは言ったけど。<br /><br />昼間は暑いくらいだが、夜はやはり寒い。<br />中天に白鳥座。水平線ぎりぎりにオリオンの姿も見える。<br />日の出は山の向こうからだ。<br /><br />

イタリア7

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2002/11/05 - 2002/11/16

585位(同エリア622件中)

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10

buchijoyce

buchijoyceさん

11月10日(日)

今朝のニュースのトップは昨日のデモだ。
PRIMO PAGEという番組は何回も同じ場面を映すので、辞書を引きながらトップページを眺めている。「平和の祭典」「静かなる一陣の風」なんてタイトルが読み取れた。もちろん報道内容はまったくわからない。

そうそう、イタリア語もできないくせに、なんで辞書なんか持っているのかというと、Tの夫のカルロと少しでもコミュニケイションをとろうと配慮したからだ。「イタリア語が面白いほど身につく本」というCDつきの本を買って、CDを流していた。でも彼と会うことがないとわかったので、真剣にならず、結局はまったく身につかなかった。覚えたのは「Dove\\\\\\\\\\\\\\\'e la stazione?」くらい。

駅に行くと、構内で野宿した若者たちがシュラフにくるまって寝ている。犬もいっしょだ。ごくろうさん。駅の清掃もこの一時的ホームレスを追い出すことはせず、まわりを掃除している。
「日本だったら追い出すだろうね。でもこの人たちが来たことでフィレンツェにかなり経済効果があったと思うけど、警官の動員や警備を考えたら、どっこいかな」そういえば、警官に道を尋ねたら「わからない」とフランス語が返って来たな。動員されて来てたのだろうか。

参加者たちは三々五々引き上げていく。今日は日曜日だ。彼らも明日からまた平常の生活に戻るのだろう。そうそう、警察の車にpoliziaとcarabiniereと書いてあったので、辞書を引いてみた。poliziaは国家警察、carabiniereは国防省警察。ふーん、役割はどう違うのだろう。

IC 8:42ナポリ行き。papasan、今回もまた1等だったが、No smokingにしてあった。コンパートメントの窓側が私たちのシート。入り口にはご夫婦が座っている。
Buon giorno.と挨拶して席につく。もちろん彼らも挨拶を返す。
そうだった、前もローマを通り越してフィレンツエからナポリに行ったんだった。そしてナポリからアルベロベッロへ行き、アドリア海を北上して、リミニからサン・マリノ、フィレンツエへとまわり、ローマを終着駅にしたのだった。ROMA TERMINIは文字通り終着駅。そういえば「終着駅」って映画があったな。

ナポリに近づくと前方にヴェスヴィオが見えてくる。ナポリの駅裏には以前なかったガラス張りののっぽビルが立ち並んでいる。
再開発なのだろうか。では町中もかわったかな。
今日はサレルノに泊まるか、ソレントにするか、決めてなかったので、この先のチケットは買ってない。papasanがSARELNOまでのチケットを買いに行く。

チケット売り場でチケットの裏に18番線と書いてくれたので、そこに行って待っていたら、SARELNO行きは違うホームから出発してしまった。やれやれ。

14:30のローカル線で15:15にSARELNOに着く。がたがた電車。車中、後の席で3人の女性が話していたのだが、そのがたがたに負けじと声を張り上げるからうるさいこと!そうでなくてもイタリア人は声が大きい。はじめはイタリア語ってドラマチックだね、だからオペラにはふさわしいんだね、などと言っていたのだが、あまりのうるささに「なるほどね、蝉は幸いである。物言わぬ妻がいるから」なんて故事を口にし始める。
おほほ、私としたことが。この発言は問題発言だね。

SARELNOの駅から海岸まではすぐ。海岸に向かって右手にムードのある山々がそびえている。papasanがこのホテルを予定していたんだが、と通りのホテルを指差す。ここに泊まってもいいが、まだ日は高い。アマルフィまで行ってしまおう。港でアマルフィまでの船を聞くが、船はもうないからバスだという返事。バス乗り場とチケット売り場を聞いていく。バスのチケットはたいていタバコ屋とかバールで扱っている。ここもSITA BUSだ。

バス停に行くと、若者たちの一人が「ニーハオ」と声をかけてきた。「Not Chinese、I am Japanese.」というと「こんにちは」という声が返ってきた。彼が親切にアマルフィ行きのバスを教えてくれた。

海側の席をとり、窓からのぞいていると、サレルノからアマルフィまでの道は断崖絶壁の細い道、しかもくねくねと曲がっている。なんとなく昔の伊豆半島を行くみたいだ。(今はいい道になってるけど)バスはゆっくりと走る。対向車が来ると代われないくらい。まして右側通行だから、なれない私は思わず「ヒャー」と声をあげる。たった54キロの道のりが1時間半もかかるわけだ。しかし景観はすばらしい。光の中で見たら、きっと海の色は地中海(正確にはここはティレニア海)独特のあのセルリアンブルーに輝いているんだろう。

海岸から切り立つ急斜面にはオレンジやレモンが栽培されている。収穫は大変だろう。ケーブルもなさそうだし、荷揚げは人力なのだろうか。この地を畑にするには、先人たちはさぞかし苦労したことだろうな。いやはや人間の努力はたいしたものだ、とアラン島を思い浮かべる。崖っぷちにへばりつくようにして、白い家々が建っている。夕日が崖っぷちを赤く染めて海に沈んでいく。きれいだ。とすぐに、すっと夜の帳が下りてくる。

ポジターノを通り過ぎ、やっとアマルフィに着く。バスはここでストップ。さて、ホテルは?と探すと、バス停の50mくらい先にホテルを見つけた。Hotel La Bussola、あそこを当たってみよう。大丈夫。ホテルはこの時期がらがら。チェックインのとき、Papasanの署名を見て、マダムが日本の文字はデザインみたいで好きだと言った。聞くと彼女はかつてデザインを専攻したのだという。そうだ。持ってきた折紙にかな文字の模様があったな。
あれで明日鶴を折ってあげよう。

マダムにアマルフィからの船便をきくと、今は冬時間だから船はないのだという説明。ガイドブックにもそうは書いてあるが、さっき船は走っていたなァと半信半疑でいる。

案内された部屋は3階で海に面していて、窓を開けると、まるで海に浮いているようだ。海辺に育ち、海辺近くに生活しているので、海近くに来るとなんとなくほっとする。洗濯をし、荷物を片付け、町を見に行く。

先ずは防波堤の先端まで行き、町全体を見る。明かりが小さく分散してきれいだ。電灯はオレンジに統一されている。街づくりの協定なのだろう。ネオンサインは一切ない。それがかえってムードをひきたてる。

今度は明かりの中に入る。崖っぷちの町。細い階段が迷路のように続く。住民には、とりわけ年寄りにはたいへんだろうが、その細い迷路が旅人にはとても魅力的だ。たしか人間大学で建築家の安藤忠雄さんが、ここの建築や生活様式を取り上げていたのを見たことがある。

ドゥオモまで行く。こんな小さな町にしては立派なドゥオモだ。
ドゥオモの階段はきつい。坂道はなんとか歩けるんだが、階段はどうも苦手だ。中ではミサが行われていた。といっても、説教壇に神父さんの姿はない。席に座っていると、どこからともなく消え入りそうなふるえ声が聞こえ、参加者たちがそれに唱和している。声はどこから聞こえるんだろう、ときょろきょろするが
わからない。テープなのだろうか。Papasanが自主ミサで女性が先導役を勤めていたという。だからあんなふるえ声だったのか。
それにしても、こんな小さな町で、これだけのドゥオモをつくったのは、財政的にも大変なことだったのだろう。さぞかし住民にはこのドゥオモは誇りだったのだろうね。

ドゥオモの辺りが町の中心らしく、商店やリストランテが並んでいる。リストランテはどこも7時半から開店だ。リモン・チェッロ(レモン・リキュール)がいっぱい売っている。大きいビン、小さいビン、形もさまざま。へばりつくようなレモン畑を見たので、貴重な生産物を買っていこうかと手にしたが、ビンは重いと考え直し、また元に戻す。

ビンはビンでも今日飲んでしまおうと、Lacrima Christiの赤を1本買った。この地方のワインだ。だからどこにでもあると思っていたのだが、この前ナポリで飲もうと思ったら、リストランテにおいてなくて飲めなかった。日本で白を買ったことはあるが、それは美味しくなかったので、再度の挑戦。うん、これは美味しい。そこで明日もう1本買おうと思ったが、翌朝店はまだ開いていなくて買いそびれてしまった。1本10ユーロちょっとだった。

明日のバスの時間を聞こうとチケット売り場に行き、タイムテーブルがあったので手にすると、係りの人が「それは船の時刻表です」という。
「船便あるんですか?」
「ありますよ。どこへいきますか?」
「ソレントへ」
「ソレントへは9時30分があるから、それで行って帰りはこれにしたら」と時刻表にしるしをつけてくれた。チケットは明日で十分間に合うという。やっぱり船はあったんだ。サレルノからの山道はあれはあれでスリルがあって良かったけど、海岸線を海から眺めるのも一興、とソレントまでは船で行くことにする。

7時半、マダムに教えられた海辺のリストランテに行く。
人が繰り出すのは夜更けてからというが、海岸のそぞろ歩きにそろそろ人が出始めてきた。このリストランテはマダムは魚が美味しいという。私のお目当ては生牡蠣。だけどメニューに生牡蠣はない。ウェイターにきくと、カキはないがムール貝ならあるという。なーんだ、がっかりだなぁ。海辺に来たのは生牡蠣を食べたかったからなのに。ヴェネツアにはあったのになぁ、と一人でぶすぶすぼやいている。

そうだ、この前、ナポリで食べたタコが美味しかった。そこで前菜にタコやムール貝やエビの盛り合わせを頼んだ。それとスパゲッティ・ボンゴレと同じく魚介類のスープ煮を一人前づつ頼んだ。ワインはラクリマ クリスチの赤。でも、出てきたワインはラクリマ クリスチではなかった。ラクリマ クリスチはリストランテではあまりお目にかからない。どうしてだろう。まぁ、いいや、さっき買ったから、ホテルに帰って飲むとしよう。

出てきた前菜のタコは水っぽくって全然美味しくない。Papasanはイワシのマリネは美味しいと言ったが、私はイワシは嫌い。
スープ煮もエビやイカ、ムール貝、魚が入って、びっくりするくらいの量と豪華さだが、味は塩辛くて私にはいまいち。
これ1皿、25ユーロ。ほとんど残してしまった。「残してごめんね。美味しかったけど私たちには多すぎるの」とは言ったけど。

昼間は暑いくらいだが、夜はやはり寒い。
中天に白鳥座。水平線ぎりぎりにオリオンの姿も見える。
日の出は山の向こうからだ。

  • アマルフィの町

    アマルフィの町

  • アマルフィ海岸

    アマルフィ海岸

  • 朝日の中を

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  • 朝日を受けて

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    アマルフィのドゥオモ

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