2006/06/08 - 2006/06/20
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captainさん
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塩野七生著「コンスタンチノープルの陥落」を当地テオドシウス城壁で読むことを主目標に据え、約10日間のトルコ見物。
イスタンブール パムッカレ エフェス サフランボル ハットゥサ カッパドキアにお邪魔したドキドキ個人旅行。その5日目
「サフランボルでの一日を満喫した一行は、次の目的地「ハットゥサ遺跡」へのアプローチを計画する。あまりにも少ない事前情報とその事前情報と食い違う地元人の発言が冒険心に火を付ける。多少の不安を包み込んだサフランボルの優しい夜の終わりを、アザーンが告げる。」
-
Day5-1(サフランボル新市街 「metro」のミニバス)
まやもや早朝の「お祈りタイムだよ」放送が夢の中で流れ、なんとなく目覚める。小鳥のさえずりと穏やかな朝日だが、こちらは早々に身支度をする。一階のキッチンでは少年2人が朝食の準備をしていて、早朝の出発を見送ってくれた。町は早くもチャイハネが開店していて、お祈り帰りと思われる地元の人々が談笑している街路は焼きたてのパンの香りが立ちこめていた。幸運にも広場に停まっていたタクシーを見つけ、新市街の「metro」バスオフィスに乗り付ける。チケットを購入後、すぐにセルビュスでオトガルへ。
新市街バスオフィスまでのタクシー 5YTL
アンカラまでのバス 10YTL -
Day5-2(metroバス)
無事にバスに乗り込み、出発後すぐに到着したカラビュックオトガルで休憩と客待ち。
バスから降りてタバコを吸っていると「WELCOME!!! MY FRIEND!!!」とやたらハイなでかい親父にハグをされる。彼は少し足が不自由なようだったが、「さあさあ、こっちに来て座りなよ!(多分)」とカラビュックオトガルのインフォメーションブースの中へ案内され、チャイをごちそうになる。「ジャポン!ジャポン!まあ、バスの出発までくつろいで行け!(多分)この写真見てくれよ!(多分)」と、満面の笑顔で二枚の写真を手渡される。
家族の写真でも見せてくれるのかな?と思ったが、目を疑った。
L版以上の大きな白黒写真に写されていたものは、大破したバスと元は乗用車だったと思われる鉄の固まりだった。唖然としている東洋人をよそに「Two Die! Two Die!」と嬉しそうに語ってくれる。英単語とジェスチャーで、コミュニケーションを続ける。どうやら彼はこの大破したバスを運転していたようで、この事故が原因で足に障害を負ったようだった。明るく語る彼と朝のチャイを楽しむうち、またもや腕相撲を挑まれる。人が集まり、盛り上がる。どんな展開だ。かなりの剛腕だが勝利。勝負を見ていたトイレの管理人が、なぜか「今度は俺が相手だ!(多分)」と2連戦。こちらは昨日のメフメット、親父以上の腕力だったが30秒で辛くも勝利。3人で互いの健闘を讃え合ったところでバス出発の時間となり、別れを告げた。
バス大国トルコだが、幹線道路といえど整備は遅れている印象で、
すれ違う車も同じ車大国に住む「日本人」からみれば骨董品級の品物も多い。
トルコの交通事故の多さは有名だ。
自分が今、まさにバスで移動していることも忘れ、深刻であろう大事故を明るく語る彼のことを考えていた。 -
Day5-3(ヨズガットへの道のり)
バスは10:20にアンカラオトガルに到着する。ここからヨズガット行きのバスを速攻で確保しなければならない。
ここで大きなミスを犯してしまった。電光掲示板で10:30ヨズガット行きを再度確認し、チケットを購入するためカウンターを慌てて探すが、思わず客引きに反応してしまう。彼は「ヨズガット行きあるよ!」とカウンターの裏側に我々を招き、「大丈夫大丈夫」と繰り返し、早々にチケットを発行してしまう。眠気もあいまって「ヨズガット行きがそんなにたくさんあるはずがない、まあいいや」と思い、軽く購入してしまう。しかし、これはまずかった。金額は相応だったが、バス出発時刻は30分後の11:00となっている。今回は30分のロスで済んだが、カウンターの裏側では表示価格も確認出来ない上に、他の情報が得にくい。曖昧な態度を見せたことと、すでに二回利用している「metro」カウンターの横にいたことで、ホイホイ付いて行ってしまったことを反省する。Honeyに怒られる。
時間通りバスに乗り、未開の地「ヨズガット」へ向かう。この旅の初ミスにちょっと落ち込むが、景色を見ているうちに忘れてしまった。
途中のドライブイン休憩で、「フランス語話せる?」と青年に話しかけられる。「ボンジュール ムッシュ。ジュマペール○○」と流暢(多分)に返すも、「ごめん。フランス語の知識はこれだけで。」と正直に話すとウケてくれた。お互い片言の英語で、なぜか格闘技「プライド」の話で盛り上がる。
「DVDいっぱい買っちゃった。俺ヒョードルのファンなんだ!あんなクールな奴は他にいない!」
「サクラバ?イエス!彼のグラップル技術はグレートだ!日本に観戦に行くために、お金貯めないとね!なんであんなに高いの!」とか。
「ヨズガットに行くの?なんで!?ハットゥサ?驚いたな。僕はヨズガット出身で今はベルギーに住んでる。今回は休暇で里帰りをしてたんだ。ヨズガットはツーリスト向けの町じゃないけど、良い旅を!」と言ってくれるので、前から言ってみたかった「ボンボヤージ!」を叫ぶと「ボンボヤージ!」と笑顔で返してくれた。
ヨズガット行きのバス 15YTL -
Day5-4(ヨズガットオトガル)
バスはヨズガットオトガルに到着した。思っていたより大きな町で少し安心する。
一応定番なのか、客待ちのタクシーから「ハットゥサ!?ツアー!?」と声がかかる。
ここは慎重に、先に宿の確保だ。客待ちに「後で、後で」と言いつつ調べておいたホテルに電話をする。
「チャムリックホテルですか?英語話せますか?」
「すんません、ドイツ語しか話せないです。」
ドイツ語と来たか!グーデンモルゲンしか知らない。
まあおんなじゲルマン語系統だし、なんとかなるかな?と
とりあえず「Do You Have a Room tonight?」とゆっくり一語一語聞いてみる。ムリヤリ。
「ah! Room!? Yes Yes! We have a room today!」と丁寧に言ってくれる。
値段を確かめるため「How much for a night?」 と続けるが、
「ah... sorry.I can?????\'t speak English.」とのこと。
といあえず「ok ok Thank you. See you later.」と電話を終える。
もう一件にかけるが、こちらはまったく英語が通じなかったので「タマム タマム テシェキルエデリム(オーケーオーケーアリガトネ)」と電話を終える。なんて田舎だ!ホテルで英語が通じないなんて!と自分もそんなに話せないくせに考えるが、この考えは「日本に来て道を尋ねているくせに「英語話せないお前が悪い!」みたいな視線を浴びせてくる白人男性A(偏見)」と同じなことに気づき、反省する。しかも、向こうは外国語であるドイツ語をマスターしている!
お邪魔しているんだから、最低限のトルコ語ぐらいはマスターしておくべきだった。
今日は反省することが多い。とりあえず、きちんとタクシー乗り場でお客を待っていたタクシーに乗り込み、空き部屋があることの判明した「チャムリックホテル」の所在地を運転手に見せる。「チャムリックオテル。タマム。タマム」と万事心得た様子で走り出した。 -
Day5-5(チャムリックホテル ロビー)
タクシーは、中心部を離れ高台を登る。程なく丘の上に立つチャムリックホテルに到着した。時刻は15:30。日の長いこの国では、十分遺跡見学を楽しめる時間だ(と思う)。
きちんとタクシー乗り場で待っていたこと。しっかりメーターを使っていたこと。運転がおだやかだったこと(アンカラの恐怖体験から。もはやトラウマか!)、受け答えも丁寧だったことからハットゥサ遺跡の見物ツアーを交渉することにした。メモを使い「ホテルから、ハットゥサぐるっと行って、またホテル」を伝えると。「ツアー?」と理解してくれる。「おいくら」と聞くと、5秒考えた後「60YTL(およそ4500円)」と筆談による回答。
事前情報によると
1,「50ドルから60ドル(値引き交渉も可能です)」by 「地球の歩き方」
2,「200km以上あって、恐ろしい額になる!」by「バストンジュパンシヨンの兄ちゃん」
と6000円までを見積もりつつ、不安だったので即決。お願いする。
「じゃあ、チェックインの間待ってるよ(多分)」という感じでエントランスに案内してくれた。
チャムリックホテルは、なかなか立派なホテルで、エントランスホールには「4つ星ホテル」の表示があった。
レセプションには、きちんとしてそうなホテルマンが二人いるが英語は通じない。通じないが対応は親切だ。
「ダブルルーム空いてる?おいくら?」と電話よりはジェスチャーと筆談がある分、随分楽だ。
「一泊90YTLです。朝食も付いてますよ。」と、なかなか威勢の良い価格だが、他のホテルを探すのも面倒で、 なかなか設備もキレイで眺めも良さそうなことから、値引き交渉や部屋チェックもせずにお願いすることにした。手動ドアのエレベーターに少しビビるが、早速部屋に入り身支度。予想通りヨズガットの町を見渡せる良い眺めに未練を残しながらもタクシーに戻った。 -
Day5-6(タクシードライバー Ali と スタンドのお兄さん)
初老の運転手(右)は「Ali と言います。よろしく!(多分)」と自己紹介してくれ、車中をすぐに和やかな空気にしてくれた上、ハットゥサのツアーマップをくれた。燃費向上のために余分なガスは入れていないのか、ガスを入れるためスタンドに立ち寄る。ガス補給の間「チャイしようぜ!(多分)」とプラスチックカップのチャイをおごって貰ったり、スタンドの人の写真を撮らせてもらったりしてちょっと遊ぶ。 -
Day5-7(ヤズルガヤ-12神の行進)
アリの年季の入ったルノーが平原を走り抜ける。途中猛スピードのタクシーに抜かれる。景色のスケールが大きいため、市街地よりはスピードを感じないが、Aliタクシーのスピードメーターも80km/h弱を常に指していた。おそらく110km/h強で舗装が万全とは言えない田舎道をすっ飛ばすタクシーを見送り、「あっちで無くて本当にヨカッタ。。。」と穏やかにハンドルを握るアリの後頭部に感謝した。途中、羊の群れに行く手を阻まれるトラブルを堪能するも、30分程でヤズルカヤ(ハットゥサ遺跡の2km北東にあるヒッタイト人の聖地と考えられる遺跡)に到着した。アンカラ「アナトリア文明博物館」の予習が功を奏し、噂の「12神の行進」レリーフに感動する。なんとなくカワイイッス!タクシーに戻ると、ここでは数人の土産物売りが居て「10$!センエン!ヤスイ!ミテクダサイ!」などと攻勢が始まる。一つだけ「ミニレリーフ」が欲しくなったが、「土産はイスタンブールで」と決めていて、「No thank you!!!!」とさっさとタクシーに避難した。後日談で恐縮だが、ハットゥサ関係の土産物はイスタンブールでもマイナーだったのか、ほとんど見かけなかった。アリがさっさとアクセルを踏み込む時には「2$!!」まで下がっていたので、買っておけば良かったかもしれない!恐るべき変動相場制だ。 -
Day5-8(ハットゥサ遺跡-大城塞跡付近)
ボアズカレ村を素通りし、ハットゥサ遺跡入り口ゲートに到着。ゲートのおじさん2人、2人の土産物売り、牛飼いの人と牛がいただけで、ほぼ貸切。かつて一大帝国を築きアナトリア一帯を支配したヒッタイト人の首都も、この日の昼間人口は、わずか約8人と 数匹の牛。「盛者必衰の理」を肌で実感するが、清盛の栄華からも2000年以上も前であったことに気付き、歴史ロマン。
なんでも、このヒッタイト王国を題材にした少女漫画に夢中だったらしく、Honeyが大ハシャギ。
積年の想いをこの旅の第一目標で達成中の彼女は、狂ったように走り回っていた。ちょっとひく。 -
Day5-9(ハットゥサ遺跡-スフィンクス門の地下道)
見所1つ1つにタクシーを停めてくれ、一つずつ丁寧に見物する。乗降車の際にはアリがドアの開け閉めをしてくれ、その度に「ウィ、ムッシュー」と言うので「メルシーボークー」と返し、何度か彼とフランスごっこをして遊んだ。また、後部座席が何かに興味を示す度に停車し、「見てくるかい?(多分)」と聞いてくれる非常に丁寧なツアーコンダクターとなってくれた。 -
Day5-10(ボアズカレ村-Hotel Baykal)
約1時間半の遺跡見物を終え帰路へ。「チャイいっとく?(多分)」と聞かれ、昼食も取っていなかったこともあり即返事。ボアズカレ村にあるHOTEL BAYKALへ寄ってチャイを楽しむ。
ビジネスマン風のホテルのオーナーは英語を話し、「食事もできますよ」と言う。昼間から付き合わせている上、すっかり彼になついてしまっていたので「「ミスター アリも一緒に食べましょう。」と伝えてくれ。もちろん彼の分は一緒に払う」とオーナーに伝える。アリは律儀にまったく同じ物を注文していたようだ。気持ちのいい中庭のテラスで、アリと3人でかなり遅い昼食を取る。なぜかオーナーも一緒に座る。
オーナー「この宿は日本のガイドブックにも紹介されているんだよ。」
俺「知っている。見たことあるよ。ナイスなところだね。」
オーナー「なぜうちに宿泊しないんだい?」
というぶしつけな質問をしてくる。真顔で。
「ある日本人の滞在日記に、「「オーナーの彼女」と称する感じの悪い日本人女性がいた。」というのを見たからさ。」とはとても言えず、
「明日ギョレメに行くから、トランジットの距離の問題だ。(実際そうなんだけど)」と応えた。
オーナー「そうかそうか。ヨズガットからギョレメ行きのバスは13:00ちょうどだ。アリがバスチケット購入の手助けをしてくれるだろう。彼に、この後オトガルへ寄るように伝えたよ。」と、なかなか親切だ。
帰り際に「うちはキリムとカーペットも置いているんだ。良かったら。。。」と言われるが、
「結構です。食事とチャイにセンキュー。またね!」と早々にタクシーに乗り込む。
Hotel Baykalでの昼食 25YTL(3人で) -
Day5-11(ボアズカレ村のトラクター)
途中、トラクターをかわし、今度は牛に行く手を阻まれるトラブルを堪能した後、再び平原を走り抜けヨズガットの町へ戻ると、オトガルへ寄ってくれる。オトガルのバスオフィスは、英語はまったく通じない。アリが何か伝えると「ギョレメ?13:00 で タマム?(オーケー?)」と筆談混じりで言ってくれるが、
もう少し早い便で行きたかったので、ギョレメ直通ではなくカイセリ経由で入る便を探すため、
「カイセリ!カイセリ!」と言い出すと、他のバスカウンターへ案内される。
次のカウンターで、カイセリ→ギョレメ 13:00発があることが解り、それに間に合う9:30ヨズガット発
を購入。3時間程早くギョレメに入ることができる計算だ。
カイセリ行きのバスチケット 10YTL -
Day5-12(チャムリックホテル客室からのヨズガットの夜景)
ホテルに戻り、アリにお代金を支払う。細かいことだけど最初の契約にはない「オトガルへ寄る」というサービスが一つ増えたのに、ツアー代金は最初の60YTLから変更は無かったことと、随分丁寧にツアーをしてもらったことへのチップ、そして昼の「オトガル→ホテル」間の7YTLを併せた上で70YTLを支払う。お釣りを出そうとしてくれる。
Honeyが「明日 9:00AM ホテル オーケー?」というトルコ語を駆使して伝えると「タマム!タマム!(OK OK)」と翌朝のオトガルまでの送迎も引き受けてくれた。
客室に戻り、ホテル探検。プールとサウナがあるとパンフで見つけたものの、地下へ向かう階段でホテルマンに「シーズンではありませんので、やってないんです。ごめんなさい。(多分)」と止められる。残念がる。
フロントでジェスチャーを駆使し、なんとか洗濯を頼む。「朝8:00に受け取れます。」
安心した後、ホテル内のレストランへ。結構賑わっている。
メニューを見て混乱していると、ウェイターさんも困り顔だ。
お客の一人が「メニューブック解るかい?説明してあげるよ!」と英語で言ってくれる。
彼の助けもあり、おいしい夕食を楽しめた。
トルコ語もドイツ語もできない東洋からの珍客に戸惑いの表情(多分)を見せていたウェイターさんも、サーブの度にいちいち「テシェキレル(ありがとう)」と繰り返すうち、表情が緩んでいた。なんとなく嬉しい。また食べ過ぎる。
客室に戻ると、意外ときらびやかなヨズガットの夜景が!ベランダにて堪能する。
おかげで今日も楽しかった!ありがとうヨズガット!な気分で、就寝。
前情報の少なかったヨズガットの滞在。
バストンジュパンシヨンの兄ちゃんは「ヨズガットからハットゥサまで「200km以上あるよ!」と言っていたが、無事に遺跡見物を楽しむことができた。お互い片言の英語だったので、やりとりの中で誤解が生じたのだろう。ロスト イン トランスレーション。いや、それ以前の問題か。この旅行を始めて、言葉の壁による誤解を「意識した」のは初めてだ。おそろしく小さな壁で、結果はまるでオーケーだったが。現地の言葉が解っていればもっと楽しいのかもしれないなと思うが、同時に聞かなくていいことまで耳にしてしまうかもしれない。右も左も解らない旅行者だけが非日常の空間を楽しめるのかもしれないとも思うが、旅行者にとってのおとぎの国は同時に、いや主に人々の日常生活の場だ。今日までで、熱心な物売りを何人無視しただろうか。なぜかそんなことを考えた五日目の夜が終わった。
オトガルからホテルまでのタクシー代 7YTL
Aliタクシー ハットゥサツアー 60YTL
アリへのチップ 3YTL
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